第2話 婚活神が婚約者を決める世界

『人に喋ったら殺すわよ』


 隣に座る美少女すぎる義妹に、睨まれながら渡されたメモに対して、


『もちろん誰にも言わないよ』


 と、ふっくらした丸い手でメモを書いて彼女に手渡した。


 彼の記憶によれば、シルフィの母親はおれの父の後妻で、シルフィは連れ子との事だ。歳は同じだけど、彼、つまり今の俺の方が三ヶ月ほど誕生日が早いから、俺が義兄となっている。


 なぜ義妹から殺人予告にも似たメモが手渡されたのか。それは先ほど講堂で行われた『婚活神サセタ・イ・ケッコーン様の天啓の儀』が原因だった。





 彼はその『天啓の儀』から逃げる途中で階段から落ちて、奇しくも同時刻に階段から転げ落ちた俺と魂の交換転移という、ある意味で奇跡が起きた。


 彼の通う学院で目覚めた俺は、「やっぱり……」とため息をつきながら、お相撲さんばりの巨体を起こそうとするが、慣れない巨体で起き上がれない。


 階段から落ちたおれに気が付いた先生が起き上がるのに手を貸してくれて助かった。いや、マジで重いわ、このデブ!


 そして『天啓の儀』に参加した俺に降りた婚約者の名前が、シルフィ・ツンデーレ。俺の義妹だった!


 シルフィはおれの事が嫌いだった。まあ、おれを懇意にしている人は誰もいない。二百キロを楽に超えるデブで、男爵家の三男では旨味がまったくない。


 そんなキモデブの義兄が婚約者ともなれば、それはそれは、おれを殺したくなるのも仕方のないことだろう。


 シルフィをチラっと見ると、俺の視線を感じたのか俺を見つめ、『殺すよ』的な殺気を帯びた視線で睨まれた。





 彼の記憶によれば、婚活神サセタ・イ・ケッコーンは貴族に人気で、平民には不人気な神様だ。


 理由は簡単で教会のお布施レートが、めちゃめちゃ高いからだった。最低でも金貨一枚。この世界の平民にしたら半月分の生活費にあたり、平民は信仰する事はほとんどないらしい。


 ならばなぜ貴族に人気なのか。しかも恋愛相手を神様に委ねる程の対価とは。


 それはギフトを貰える事だ。ギフトとは『スキル』と呼ばれる技術を神様から貰える事らしい。


 そもそも『スキル』はその分野で研鑽し身につくものだが、ギフトは先天的または後天的に神様から贈られる。


 有益なギフトを貰えれば貴族は上級貴族として伯爵以上の爵位を狙う事もできる。


 俺みたいなキモデブの男爵家三男にもワンチャンあったりするのだ。


「よう、キモデブゥ、お前なんかでも婚約者はいんのかよ」


 俺の事を心配してくれる友達が二人、俺の席にやってきた。いや、友達ではないな。


「可哀想になぁ、こん中のどのブスちゃんだぁ、やっぱりおデブちゃんかなぁ」

「ギャハハ、キモデブくんの婚約者なら、やっぱりキモデブちゃんか豚デブちゃんだろ!」

「「ギャハハハハハハハハ」」


 彼らは俺への興味から他の事が気になったのか、隣の席に座るシルフィに視線を動かし、そしてツインテールの女の子、金髪巻き髪の女の子へと視線を動かした。


「しかし、うちの学院の三大美少女と結ばれたヤツは誰なんだ?」

「オメェじゃねえのは確かだな」

「「ギャハハハハ、まぁ俺らも無理だけどな!」」


 彼らは「がっくし」と肩を落とし、項垂うなだれて自分の席にトボトボと帰っていく。


 俺は彼らと同じように、ツインテールの女の子、金髪の女の子を見ながら瞳を輝かせ、そして「はぁ〜」とため息をついた。


「婚約破棄は出来るみたいなんだよな〜」




 そして放課後、俺はとある女子生徒の呼び出しで、校舎裏に足を運んだ。


 現世で振られた時の「ダサヲタが私に告白とか、キモいんでやめてよね」という言葉を思いだし、ただでさえデブの重い足が、余計に重くなった。


(また、振られるのか……)


 秋の綺麗な花が咲く校舎裏の花壇の脇に、背の小さな女子生徒がツインテールを風になびかせて立っていた。


「来やがったか、キモデブ、です」


 身長は俺の半分くらいしかない幼女体型の小さな女子生徒で、ツインテールが愛らしさを更に演出している。学院でもトップスリーに入る美少女で、名前はクスノハ・ムッソウ様。ムッソウ子爵のご令嬢だ。


「はぁ、はぁ、こ、この度はご愁傷様です」


 この可愛い女の子が俺の二人目の婚約者だった。あの時の様に俺は断られるのだろう。何しろ俺は、男の俺からして絶対に付き合いたくない風貌をしている。


「てめぇが言うな、です!」

「す、すみません」


「はぁ〜、ボクの婚約者がよりにもよってキモデブのリオンかよ、です」

「す、すみません」


「まぁ、無害ちゃあ無害なんだけどさぁ、そのデブを何とかしろよな、です」

「す、すみません」


 本当に、このデブを何とかして欲しい。


「んでさぁ、クエストは受けんだよな、です」

「はい。クスノハ様はいかがしますか?」

「貰ったギフトは気に入ってんだ。だからクエストはきっちりやるよ、です」


 クエストとは神の啓示で、選ばれたカップルに与えられる試練だ。その試練を乗り越えられない場合、授かったギフトは消えてしまう。


 またクエストレベルは与えられたギフトの質に比例する。そして俺達に与えられたクエストは超難題だった。


「そ、それっての婚約者になるって事ですか?」

「仕方ねぇだろ、です!」


 うォ、まじでか! こんな美少女と婚約者になれるなんて異世界は天国か!


「クスノハ様は何のギフトなんですか?」


 しかし、こんな俺を婚約者にしても良いって程のギフトはめっちゃ気になる。


「ボクのギフトは剣王だ、です! えへへ、剣神、剣聖に次ぐギフトだぜ、です!」


 剣王か! それは凄いギフトだ。彼の記憶によれば、この国の騎士団長でさえ剣豪までしか持っていない。つまり、クスノハ様は将来の騎士団長と言ってもいい。


「んで、てめぇのギフトは何なんだ、です」

のギフトは『スキルメイク』です」


「……何つったぁ、です?」

「『スキルメイク』っていうギフトみたいです」


「なんだそれ、です?」

「えっとそれはですね――――」





【学院一の美少女】


「話は聞いたぞ、ルミアーナ」


 お城に帰ったわたくしは、直ぐにお兄様から呼び出されました。


「今日のサセタ神の啓示では、婚約者はツンデーレ男爵家の肉達磨であったと報告があった。王家には全く持って相応ふさわしくない相手だ。お告げの婚約は破棄しろ」


 わたくしに何の権限があって命令をするのでしょうか。


「嫌ですわ。オホホ」


「なにィ!」


「わたくしは肉達磨なリオン様を、この世の誰よりもお慕い申し上げておりますから。オホホ」


 

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