14.虚偽階級《フェイカー》

「ああ、もうやられてしまったのね……。元々、下位クラスなんかには期待していなかったけれど」


 黒髪に、対極的な白い左前髪がアクセントになっている小柄な女性が呟く。


 Dランク人形師、真白里香ましろりかと氷みたいに透き通る水色の鎧と日本刀で武装したロボットのような魔法人形ウィズドール氷桀丸ひょうけつまる


 しかし、実際に彼女らと戦った一輝かずきは、ある違和感を覚えていた。そして、さっき彼女が放ったその言葉から、確信する。


「同じDランクにしてはやけに強いとは思ったけど……その言い方からして、もしかして『虚偽階級フェイカー』か?」


 対して、その人形師は開き直ったかのような調子でこう返す。


「そうだとしたら? ……別に大学のルールを破っている訳じゃないんだし。私だって上位クラスむこうに戻れば蹂躙される側。単位を取る為には仕方のない事でしょ?」


 虚偽階級フェイカー。ここ、下位クラスと同様に、上位クラスはまた上位クラスという括りの中だけで、こうして単位を賭けた演習が行われている。


 頂点からCランクまでの人形師が所属するそこでは当然、その括りの中で言えば一番下であるCランクがやはり底辺なのだ。そして、上位クラスでのランク差は、下位クラスとは比べ物にならない程、明確な実力差へと繋がってくる。


 よって、一定数現れるのだ。……演習の単位が取れない故に、わざとランク考査の成績を落として、下位クラスへと逃げてくる学生が。


「確かに、文句を言われる筋合いがないのは分かってるさ」


 ルールの穴を突いているとは言っても、違反ではない。わざと手を抜いて、こちらにやって来ようがそれは当人の勝手かもしれない。


「でもよ、上位クラスで勝てなくてこっちに逃げてきたんだったら、それはもう立派な下位クラスの学生だろ? そうやって仲間を見下せるような立場じゃねえと思うけどな」


「……うるさい、私だって……。もういい、無駄なお話はやめましょう」


 雪のように冷たく、寂しそうな声でその女性は続ける。


「私は単位さえ取れればそれで構わない。そして本来、私はCランク。二人まとめて相手にした所で、私が負けるはずはない。だって、それほどまでに『上位』と『下位』には絶対的な差があるのだから」


「言ってやがれ。……タッグ演習で一番大事な所を見落としている、哀れな『Cランク』」


 そこへ、狼型の魔法人形を片付け終えた圭司けいじ納乃ののがやってくる。


「一輝、状況は?」


「五分五分って所だなー。ま、圭司が来てくれたならもう心配はいらないけど」


「そうか。……なら、このまま押し切るとするか。納乃!」


「リリア、俺たちも続くぞっ!」


 二人の人形師と、その魔法人形が走り出す。


 対する真白とその人形である氷桀丸も、勢いよく向かってくる彼らを迎え討つ為、構えの姿勢を取る。


 最初に飛び出し、その右手に持つ魔法銃を放ったのは――納乃だった。元々、人間よりも脚力がある上に、ヴァルフと戦った際の『アドア』で僅かに残った魔力を、そのスピードに変換したのだ。


 ――ギュインッ! 放たれた銃弾は氷桀丸の心臓部を目がけて飛んで行くが……スパンッ! と、その刀一振りで断ち切られてしまう。


 それに続いたのはリリアだった。納乃には遅れを取ってしまったが、アドアの強化さえなければリリアの方が一回り速い。


 メイド服の中にこれでもかと隠し込んだ投げナイフを指と指で右手に四本挟み、リリアの移動速度を乗せて一気に放たれる。


 しかし、同時に放たれた四本のナイフさえも、氷桀丸が刀を一振りするだけで、その全てを叩き落としてしまう。


 ……だが、それらは


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 リリアの影から飛び出したのは、自身の魔力によって生み出された紫色の刃を持つ『魔法剣』を右手に握る一輝だった。


 金属の刃と魔力の刃が触れ合い、甲高い金属音と、バチバチと魔力の弾ける音が交差する。


「へっ、流石の元上位クラス様も、刀を塞がれてはどうにもできないだろ? みんな、今のうちに集中砲火だっ! 俺を巻き込むとかは気にしなくていい、どうせ防護制服の上からだしな!」


「おい、流石に無茶だろ一輝……。納乃、アイツを巻き込まないギリギリまで魔力を込めて、撃ってくれ」


 一輝は時折、リリアよりも無茶をする事がある。……彼のそんな一面に、圭司も何度か助けられた事はあるが、人形師としての戦い方としては相応しくないような気もする。


 納乃は軽く返事をすると、激しいつばぜり合いを続ける氷桀丸に向けて、魔法銃を向けた。圭司もその隣で、魔法銃を握るその手に力を込める。


 リリアは、最早どこに隠し持っているのかすら定かではない追加のナイフを取り出すと、これも氷鎧を纏うその人形に向けて投げ放つ。


 避ける為に刀から力を抜けば一輝の剣に貫かれ、その剣を受け止め続けていれば、三人の放ったそれら全て、直撃を受ける事になる。


 詰み。……そう表されるような状況下で、氷桀丸、そして真白里香が取った行動は――彼ら四人の攻撃、その全てを受け止めるという選択だった。


 直後、あらゆる攻撃が混じり合い、轟音と共に爆発のような激しい衝撃が巻き起こる。


 やがて、煙が晴れたその先には――。


「流石はCランクって所だよ。あれだけの攻撃を受けてもまだ戦えるなんてな」


 一輝と氷桀丸、二人のつばぜり合いはまだ続いていた。並の魔法人形なら、立っている事すら出来ないダメージのはずだが……その刀には、まだ力が残っていた。


「でもよ、」


 彼の言葉に続けて、今度は鎧がボロボロになりつつも戦い続ける氷桀丸、その後方から今度は別の声が飛んできた。


「……トドメは急所に、一本だけ。優しく命を狩り取る一撃をOne Knife, One dead.


 その声を発したのは、大量のナイフを内側に隠したメイド服で着飾っている、ピンクのツインテールを揺らす少女。


 そして、その右手から――たった一本だけ。砕けた鎧、そのヒビの入った隙間に向けて、ナイフが放たれた。


 ――グサリッ! そんな、漫画のような擬音が聞こえてきそうな程、綺麗に突き刺さったそのナイフは彼女の言葉通り、その魔法人形の命を刈り取った。


 刀を握る手から、力が抜ける。


 カランカランカラン……。という寂しげな音が、試合の終わりを告げた。

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