13.銀狼《ヴァルフ》
演習を行うスタジアムは、座学の講義を受ける大学本棟とは少し離れた『演習エリア』にある。演習による流れ弾で他の建物が犠牲にならないようにだろう。
……そもそも、数百にも及ぶ大量のスタジアムを造るには相応の広い土地が必要だ。
建物内を模したスタジアムは一建物として集約したり、屋外演習場もまるでビオトープみたいな圧縮具合になっているが、それでも魔法大学の敷地の九割を占めている時点でその広さが実感できる。
「よおしっ、
「そうだな。シエラの事も心配だし……さっさと終わらせて帰るとするか」
数百と建つ中でも、比較的スタンダードで戦いやすいと評判の草原を模したスタジアムにて、二人の人形師が言葉を交わす。
午後のタッグ演習が始まり、ここまで二勝一敗。全勝とはいかないものの、この調子でいけばすぐに三勝、単位をゲットできるだろう。
そして、単位を取り終えたらあとは自由時間、解散となっている。強者は時間的に得をして、弱者はそれだけ努力をしなければならない。よく出来たシステムだ。
「任された。相変わらず指示が適当だな、アイツ……。行くぞ、
「はい、圭司さんっ!」
対する、相手の人形師二人もこちらと同じく、とりあえずは一対一の状況を作り出そうとしているようだった。
タッグ演習においては、様子見という意味も込めてまずは二手に分かれるのが定石となっている。
あえて定石を外して、一気に二人で片方を叩くという戦法もあるが、こちらは
敵は圭司よりも一つ上のEランク、
人型ではなくとも、その仕組み自体は変わらない。なので、姿や形に関わらず、人間以外を模したものでもまとめて『人形』と呼ばれている。
「行けぇッ! ヴァルフ、一瞬で決めてやれ!」
『ウオオォォォォッ!!』という力強い咆哮と共に、狼型の人形、ヴァルフがこちらに向かってくる。馬鹿正直にまっすぐではなく、右へ、左へと回避行動をとりながら、着実にこちらとの距離を縮めてくる。
「納乃ッ!」
「はいっ!」
二人は左右別々に分かれ、ヴァルフの猛進を避ける。
その先で――互いに向かい合う形になった二人は、互いに目配せして――人差し指にかかる引き金を、双方同時に引いた。
――ギュギュイイインッ!! 銃らしからぬ、レーザーが放たれるような音と共に、光る銃弾が二発、狼を挟み撃ちにするような形で放たれる。
二人の使う魔法銃は、いずれもリボルバー型の物。この演習のような近距離戦では使い勝手が良い。
……というのも、魔法銃は自身の魔力を弾に変換してくれる為、リロードという作業の必要がない。よって、高威力の一撃を引き金を引くだけで実現できるからだ。
逆にデメリットは、メリットにも繋がる『魔力を使う』ということ。圭司ならともかく、納乃の場合は撃つたびに命が削られていくと同義。
圭司の銃弾と、納乃の命を込めた銃弾。ヴァルフは高く飛び上がり、回避する。
「納乃、こっちに来てくれ!」
「はいっ!」
納乃が、彼の声に応えてこちらに向かってくる。
人形師の持つ、魔法師とは違った強みは『二人の連携』。二人が一緒に戦ってこそ真価を発揮する。
納乃が圭司の元へとやって来ると、圭司は納乃の後頭部に左手でそっと触れる。
「マズい、『アドア』をされたらいくら相手がFランクでも不利だ。止めてくれ、ヴァルフ!」
流石に、こちらの行動は筒抜けらしい……。相手の人形師が言うように、今、納乃に行っているのは人形師としての最も基本的な魔法である『アドア』。
魔力を送り込んで魔法人形の能力を向上させたり、命そのものとなる魔力の回復をする為の魔法。昨日、シエラに魔力を送り込んだのもこれだ。
しかし、あの狼の速さに対抗できる程の強化を行う魔力を送るには、それ相応の時間が掛かる。
ウオオオオオォォォォンッ! と、ヴァルフが雄叫びを上げながら、アドアを行う二人の元へと突進していく。
納乃に手を触れながら、圭司は右手の魔法銃で応戦する。ギュイン、ギュインッ! と、続けて何発か撃ち込むが、そのどれもが当たらない。魔力を与えながらなので、普段よりも右手に力が入りにくく、狙いが上手く定まらないからだろう。
双方の距離はすぐに縮まり、ヴァルフが勢いを付けて力強い後ろ足で踏み切り、前足の鋭い爪を向けてこちらに飛びかかって来る。
しかし圭司の顔に、不思議と焦りといった表情はなかった。
「……助かった、リリア」
その瞬間、一直線にこちらへ飛び込んで来ていた銀狼、ヴァルフがその場でバランスを崩し、地面に転がり落ちる。
その原因は、一本のナイフだった。ヴァルフの胴体に向けて真っ直ぐに放たれたそれを避ける為には、こうして突撃を中断する他なかったのだ。
ふと向こう側を見てみると、こちらに向けてウインクをするリリアの姿があった。それだけ終えると、再び彼女らの敵を見据えて戻っていく。
「――溜まりましたッ! 圭司さん、そしてリリアさん……ありがとうございますっ!」
「よし、今の納乃なら無敵だ。行ってこい、納乃ッ!」
「はい、いきますっ! はあああああああああああああッ!!」
魔力が溜まり、勝利条件の一つである『人形師の心臓部に取り付けられたバッジの破壊』を目指して勢いよく走り出した納乃は、圭司のアドアによって一段とパワーアップしていた。その身体からは魔力が溢れ、水色の光が放たれる。
相手だって、そんな納乃を逃しはしない。さらに力強く、後ろ足で地面を蹴ると、納乃の元へと真っ直ぐに、最短距離で向かっていく。
「……一撃で仕留めますっ!」
納乃は全力で魔法銃に弾を込めると、さっきよりも一層重くなったその引き金を、両手の人差し指で力を込めて引く。
さっきのような安っぽいレーザー音ではない。ギュオオオオオンッ!! という重い音と共に、銃弾と言うよりは砲弾の様な、大きな魔力塊がヴァルフへと飛んでいく。
「――『サモンド』ッ!」
三隅は『サモンド』――人形師としての基本魔法の一つ、魔法人形を人形師の元へと呼び出す魔法だ――を唱える。
しかし、サモンドには発動まで、かなりのタイムラグがある。当然、納乃の銃弾の速度には勝てない。
ヴァルフも自力で避けようとするが間に合わず、右前足に直撃を食らう。血ではなく、紫色をした、気体状の魔力が傷口から漏れ出す。
「ウオオオオオォォオンッ!?」
発動しようとしていたサモンドは、納乃の銃弾によるダメージによってキャンセルされてしまう。
「もう一撃。――はああああああああああああああああああッ!!」
再び放たれた銃弾に、銀狼は立ち上がる間もなく、その銃弾を正面から喰らい、再び吹き飛ばされる。地面を四回転ほどバウンドして、ザザザザ――ッと引きずられたヴァルフは、もうびくともしなかった。
「やりました……か?」
「ああ、流石にもう動けないはずだ」
魔力が完全に尽きた時と同じような状態になっている。……が、心配はない。
演習の際、魔法人形には『リミットブレア』という、指定した割合の魔力を使わずに温存しておく小型の装置を取り付けている。それさえ外せば、すぐにあの狼も意識を取り戻せ。
「納乃、ありがとう。お疲れ様……と行きたいが――向こうはまだやってるみたいだな」
「そうですね。加勢しましょうっ、さっき助けてもらったお礼もまだですし!」
スタジアムの反対側では、氷を纏ったサムライのような人形と、メイド服を着飾ったリリアが戦いを繰り広げている。
圭司と納乃は、休む間もなくそちらへ向かう事にした。
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