7.封じられたもの《空白の心》
「いや待て、『感情が備わっていない』って何だよ。だって、それって――」
魔法人形の感情とは本来、人形を作った際に、その副作用的に自然と現れる物なのだ。わざわざ自分で取り付けるような物ではない。
そんな感情であるからこそ、本来なら備わっていないなんて事、あり得ないはず。その
「シエラは戦闘の為だけに作られた魔法人形です。感情という概念は、戦闘において邪魔なだけであると、シエラの
ただ、それをいざ本人の口から聞くのとはまた別だ。その事実を踏まえて彼女の声をもう一度聞くと、同じ声であるはずなのに、どこか淋しいものに感じてしまう。
「そんな。感情を奪われるなんて……私にはとても、想像すらつきません」
いつの間にかこちらに戻ってきていた
いかにして、感情を封じ込めるという所業ができたのかは分からない。彼女の途方もない魔力容量からしてやはり、作った人形師は只者じゃないだろうし、そういった技術を持っていても不思議ではない。
ただ。強さを求めすぎたが故に、そんな非道な事さえも平気でしてしまうことが、彼にとってはどうしても許せなかった。
それに関しての線引きは、かなり難しい所でもある。『ヒトのクローンを造ってはならない』という倫理的観点から定められた法に似通った部分が多い。
クローンに宿る感情も、人形に宿る感情も、どちらも人間が作った物であることには変わらない。よって、超えてはならないラインの線引きがクローン同様、難しい物となっている。
その為に『人形法』が施工された訳だが……。この法律が制定される前は、犯罪スレスレのかなりグレーゾーンな事案も多発していた。自らの欲求を満たす為の、人形に対する
人形法が施工される前は、こういった事件に巻き込まれる人形師も多かった。……人形師というのはそもそも戦闘職であり、返り討ちに遭う可能性も高いためか、狙われるのは新米の人形師がほとんどであったが。
ただ、そんな人形法に『宿った感情を封じてはならない』という項がない以上、結局は一個人が抱いている一感情の域は出ない。
……しかし、シエラと話した中でもう一つ、気になる事があった。
「さっき、捨てられたって言ってたけど……とてもじゃないが、そこまで弱いとは思えない。何か捨てられた理由でもあるのか?」
実際に戦っている所を見た訳じゃない。ただ、シエラへと魔力を送り込んだあの時に感じた、底知れぬその容量。根拠と言えるものはそれだけだ。
しかし、それだけでも十分シエラが弱いはずないと断言できる。それほどに、彼女の魔力容量は並の人形師が作ったものとは逸脱しているということ。
「シエラは戦闘において、主様の求めていた性能を発揮できない欠陥品だった為、コンタクトを切られ、そのまま捨てられた。ただそれだけの事――」
その凄惨な出来事を、ただ無表情で紡ぐその姿から、改めてシエラは本当に感情を奪われたんだという事が見て取れる。
そもそも、その人形師……感情を奪ってまで強さを求めるなんて、どれだけ理想が高いんだとは思うが。
「それだけって……。そうだ、お前を作った人形師の事、覚えてないのか?」
「はい、覚えています。シエラを作ったのは、みか――」
彼女を作った人形師の名前であろう、それを言いかけた途端。ここまで、一切無表情だった彼女の顔に初めて『ある表情』が浮かび上がった。
「――ああああああああああああアアアアアアアアアアアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
それは、
感情は取り除かれた。そう言ってはいたが――彼女を作った人形師は、一丁前に負の感情だけは残していたって訳だ。
「――シエラッ!!」
「申し訳ございません。どうやら、シエラの記憶にはプロテクトが掛かっているようで。思い出そうとした瞬間、弾き返されるような感覚に陥ってしまいました」
「いや、俺が悪かった。少し考えれば分かったものを……」
当然と言えば当然だ。人形をそこらに捨てるという行為は、感情を封じるのとは違って『人形法』にも抵触する、人形師としての沽券に関わる問題だ。
簡単にその当事者の情報について口を割るような状態で、そこら辺に捨てたりするはずがない。
「まあまあ、圭司さん。もういいじゃないですか」
そんな彼に向けて、納乃が言う。
「この家で、一緒に暮らす『家族』が増えただけ。圭司さんだって、そう言ったじゃないですか」
その言葉を聞いて、ひどい話に思わずムキになっていた彼はハッとする。
……ああ、そうだよな、納乃。俺が間違っていた。
シエラが、いったい誰に捨てられたのかとか、感情を封印されただなんて些細な事だ。
ただ、意識を失い倒れていた人形の少女を拾っただけ。そして、今日から同じ部屋で暮らす家族が増えた。その事実さえあればもう十分だ。
「そうだな。……今日からよろしくな、シエラ」
「改めて、よろしくお願いしますね、シエラさん」
そんな二人に向けて、鎧を纏った人形は無表情のまま――なぜそんな言葉を投げかけてくれるのかというような、不可解な視線を送るだけだった。
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