6.無表情の魔法人形《虚な道具》

 その魔法人形ウィズドールは、瞼を開くと――髪色と同じ銀色の瞳がこちらを覗きこむ。


 そっと起き上がると、首をゆっくりと動かしてきょろきょろと辺りを見回し、一言。


「……ここは……?」


 その人形は、まだ弱々しく静かな声で、そう一言だけ問いかけてくる。

 

「気がついたんですね。えっと、圭司けいじさんはいま……」

 

「すまない。まだ立ち上がれそうにないから、このままでも大丈夫か?」

 

「は、はあ」


 ひどく困惑していた。……そりゃそうだ。


 気がつけば見慣れないアパートの一室で、見知らぬ人形に介抱されていて、その主人マスターであろう男は床で力なくぶっ倒れているのだから、目覚めたばかりの彼女にとってはあまりにも情報過多だった。

 

「あなた方は……。このシエラを助けて頂いたのでしょうか」


 シエラと自身を呼んだその人形は、無表情のまま、口以外のパーツを一ミリたりとも動かさずに、言葉を発する。


 それに対して、彼は。

 

「助けた……なんて、大層な事じゃない。だったのかもしれないとまで思ってる」


 何故そう言ったのか。それは彼、一個人の感情で彼女を目覚めさせた。ただ、それからどうするつもりなのかを考えていなかった訳で。


 彼女に主人はもういない。かといって、彼が主人になってあげられる訳でもない。


 何故なら、人形師が魔法人形と繋げられる『コンタクト』は一本だけ。人形師としての常識であり、例外はない。


 彼女を助けたいと思って動いたのが、むしろ彼女を目覚めさせてしまい、余計に苦しめてしまったのかもしれない。……そういった、後悔の念も同時に感じていたからだった。


「理解不能です。シエラを助ける事で、あなた方に一体どのようなメリットがあるのでしょう。シエラは主に捨てられた身ですので、もう存在価値はありません。よって、助けて頂いた所で、何もお返しできる物はないのですが」


『理解不能』……か。確かに、自分でも理解不能だった。人形師にとっては戦う為に作られた『道具』であるはずの魔法人形に。それも、自分のではない余所の人形にまで、こんな感情を抱いてしまうなんて。


 彼は、心の中でそう呟いた。でも、仕方ないだろうとも思う。だって、目の前で意識を失い倒れているのを見て、それが人間だろうと人形だろうと放ってはおけなかったのだから。


「見返りだなんて求めてないさ。俺は、自分のやりたいことをしただけの事。結局のところ、俺の自己満足なんだ。……でも」


 取らなくちゃ、いけないだろう。


「決して、目覚めてしまったことを後悔はさせない」


 俺の勝手な気持ち一つで、そのまま消え行くだけだったはずの人形の少女を。


「俺は、お前の主人マスターにはなれないかもしれない。でも」


 主人に捨てられ、もう存在する意味さえなくなってしまったこの世界へと呼び戻した事に対する。


「……この家で、一緒に暮らす『家族』になら、なれるんじゃないか?」


 ――



「……………………ああ」


 ついに理解する事を諦めてしまったかのように、無表情のまま。シエラはたった二文字だけ、とてつもなく平坦な言葉を発した。


「あの……、圭司さん」


 ふと、納乃ののの方を見ると、なんだか悲しそうな目でこちらを見下ろしていた。


「ちょっと待て! なんでそんなに痛々しい視線を送るんだ!? 今のはシエラが驚きつつも、笑顔で『はいっ!』――っていう王道パターンになるはずじゃ!?」


「……」

「……」

「……?」


 いや、なぜ誰も喋らない。どうするんだよこの空気感。


「圭司さん、すみませんっ! 私にはもう……この空気は耐えられません。聞いているこっちまでなんだか恥ずかしくなってきちゃいました……っ!」


 逃げるように、そそくさと遠くへ離れていってしまう納乃。だがこのアパートは別に広くもないので、この空気感から逃げるのは不可能だぞ。早く帰ってきてくれ。


「なあ、シエラも黙ってないで、何か喋ってくれないか……?」

 

「……え、あ、はい。……ありがとうございます」


 真顔でドン引いてるじゃねえか。確かにちょっとカッコ付けたかもしれないけど、そこまでおかしい事を言ったつもりはない。


 愛想笑いでもいいから、少しは笑ってくれよ――と、床に倒れ続けている圭司は嘆く。その言葉に対して、シエラはこれまた平坦なトーン、まるで読み上げソフトの音声みたいな調子で返す。


「いえ、そういった意味合いはなく。……そもそも、シエラには『感情』が備わっておりませんので」


 それを聞いた圭司は、ああーなるほど。それならよかった――。……と

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