8.魔法人形は眠らない《人形夜会》
魔力で動いている人形は、そもそも眠る必要性がないし、決して眠くなる事もないからだ。
夜の間はいつも、眠っている
しかし、すっかり慣れてしまったこの警護ではあるが、今日は普段と違う事がある。……警護をする魔法人形がひとりではないのだ。
「……シエラさん、どうですか? あれから体調は良くなりました?」
「はい、お陰様で。軽い戦闘ならこなせる程度には回復いたしました」
「それは良かったです。それにしても、シエラさんを見つけた時はどうしたものかと思いましたよ……」
意識を取り戻す程度にまで魔力が供給されれば、あとは動かず安静にさえしていれば、魔力は少しずつ回復していく。より厳密には、体内の魔力を少しずつ増幅させている、といった方が正しいだろうか。
「それにしても流石というか。シエラさん、ついさっきまで意識を失っていたとは思えないくらい回復が早くてびっくりです」
そういや、彼女の魔力容量はとてつもなく大きいらしい。それも相まってなのか、相対的に魔力の自然回復量も多く、一日経たずで歩けるくらいにまで回復したといった所だろう。
もし、自分が同じくらいに消耗したとしたら。彼の助けを借りない、自然回復に任せるだけでは、こうして動けるようになるまでに何日も掛かるはず。
ただ、動けるようになったとは言っても。……やはりというか、彼女が感情を見せる事は一度もなかった。今も、彼を護るべく何時間も、真剣な眼差しで剣の鞘を握りながら立ち続けていた。
「そんなに気張らなくても大丈夫ですよ。確かに警護をするとは言いましたけど……、もっとリラックスです、リラックス」
「リラックス、ですか。納乃様の命令とあれば」
「いやあ……。命令、という訳ではないですけど……。というか、命令されてするようなものじゃなくないですか?」
感情を表に全く出さない彼女ではあるが、ではこうして会話をしていても楽しくないか? と聞かれれば、少なくとも納乃は首を横に振るだろう。
確かに感情は一切見せないかもしれない。表情だって変わることもないだろう。だが、感情がなくとも――確かにシエラという存在が、意思を持って話しているという事実がしっかりと伝わってくるからだ。
「そのうち、しれっと笑ったりして……。なんだか、そう思えるんですよね。シエラさんと話していたら」
「はあ。シエラは感情を封じられた身ですので、笑うなんて事はあり得ないと思いますが」
理論上はそうかもしれない。……が、そんな理論をも超えられそうな何かが、彼女と話していて感じられる。
「……やはり、シエラがここに居てはお邪魔ではないでしょうか。どうやら気を遣わせているようですし」
「え? 邪魔だなんて。気を遣うどころか、いつもは圭司さんが寝ている間は一人なので、話し相手がいるのが私、すっごくうれしいんですっ」
そんな納乃を、真顔でこちらの顔を見つめるだけのシエラに向かって続ける。
「私は家族が増えてうれしいし、圭司さんだってきっと同じことを思っているはずです。だから、そんなことは言わないでください」
自分の人形でも無いのに居場所をくれて、何故か食事まで用意してくれて、まるで自分の人形であるかのように優しくしてくれる。
その行動から考えても確かに、納乃の言葉は間違いじゃないのかもしれない。
しかし、もしそうだとすれば余計に彼の考えていることがシエラには理解ができなかった。
「ああ、話は変わるんですけど」
納乃がふと、暗い方向に向かっていったその話題をバッサリと切り替えるように。
「……『やり返してやろう』とかって、思ったりしないんですか?」
「シエラが復讐……ですか。一体誰に?」
「もちろん、シエラさんを作った人形師に対してですよ。プロテクトがどうとは言ってましたけど、あなたを作った人形師のこと、薄々は覚えてるんですよね?」
まあ……。と、無表情で頷くシエラ。
「もし私が、シエラさんのように捨てられたりしたら……ムカついて、もっと強くなって見返してやろうーっ! って思いますよ。シエラさんは、そういったことを考えたりはしないんですか?」
「主様に対する恨みや憎しみといった部類の感情は、全くありません。……これって、シエラがおかしいのでしょうか」
「どうでしょう。私のほうが、おかしくなっちゃったのかもしれませんね?
うふふ、と、納乃は笑いながら言う。
「そうだ。試しに笑顔、作ってみてくださいよ。まずは形からとも言いますしねっ」
突然、笑顔になれと言われても……と言わんばかりに困惑するシエラへ向けて、納乃は「ほらほらっ」と、彼女の顔に近づくと――頬へとまっすぐに手を伸ばす。
シエラはされるがまま、納乃によってぎこちない笑顔にさせられてしまう。
彼女にとって、初めて力を入れたであろうその口角が、ぐいっと上がる。元々整った顔立ちであったからか、やはり笑顔が似合うなあと納乃はうんうん頷いた。
「うふふ、これが『笑顔』ですよー。さ、次は自力でやってみてくださいっ!」
納乃に言われ、断るような雰囲気でもなかったせいか、今度は自力で。初めて力を入れたその口角を、再びぐいっと上げてみる。
これが『笑う』という事なのか。存外、疲れるものなんだなあとシエラは感じた。
「すみません。やっぱり笑うのは難しいです。上手く笑えているのか、シエラではよく分かりません」
その様子を眺めていた納乃からすると。それはやはり、本当の感情は宿っていない、ハリボテのような笑顔に見えてしまった。
「……いつか」
少し間を置いて、納乃が口を開く。
そして、これが笑顔という物だよとお手本を見せるかのような満面の笑みで、シエラに向けて言い放つ。
「シエラさんを心から笑顔にしてみせますからっ!」
そんな納乃をただ見つめるシエラ。……その時、少しだけ。ほんの一瞬だけ、彼女が微笑んだように見えた。
「……あれっ、シエラさん。いま、ちょっとだけ笑ったような……」
「……? シエラは感情を封じられた身ですから、笑うなんてこと、するはずがありません」
勘違い、だったのだろうか。どちらにせよ、納乃が密かに抱いた目標は変わらない。
シエラが再び感情を見せるようになるまで、たくさん話したり、共に過ごしたり。どんなに些細なことでも、自分にできることを続けていこうと。
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