第二十話「閑話 ~一条 朔編~」
これは結月がこの宮廷に住むようになってから、二週間ほどたったある日のこと。
結月は
(何度か会うけれど、やっぱり緊張するな……)
「朔様、結月様をお連れしました」
入れ、と少しの間のあとに返答がくる。
「……失礼します」
結月は遠慮しがちに中に入る。
中では朔が膨大な書物に囲まれた机の前で筆をとっていた。
忙しいのか入ってくる結月に一瞥もしない。
部屋の隅にちょこんと座って待ってみる結月。
半刻経過してもまだ朔からは何も言葉が発せられない。
結月はどうしていいかわからずこれまた遠慮しがちに、あの、とうかがった。
だが、返事がなかった。
恐る恐る結月は朔のもとへ近づいてみる。
改めて近くでみると、綺麗な白い髪の毛に長いまつ毛、伏し目がちな目は美しい。
頬杖をついたり、足を組んだりするところをよくみるが、今日は正座して背筋の通った綺麗な姿勢をしている。
そのまま結月は視線を机の上に移すと筆がすらすらと止まることなく進んでいる。
よく見ると、良家の当主なだけあり、達筆だ。
(きれい…)
結月は自分の字が下手とは思っていなかったが、これまで見たどんな字よりも美しい目の前の字に見惚れていた──
「なんだ」
気づくと前のめりになっていた結月に朔が怪訝そうな顔で問いかけた。
「あっ! 申し訳ございません! その……綺麗な…………字だなと!」
思わず『綺麗な姿』と口走りそうになったがあわてて字だと付け加えた。
「そんなことか」
と、また書いていた手紙のような紙へ目線を戻す。
「どうやったら…綺麗にかけるのですか?」
結月は自分でも阿呆な質問をしたと思った。
だが、意外にも朔はまじめな顔で一旦筆をおくと、目の前にあった紙を横におき、新しい紙をとった。
「こい」
「え?」
結月がおどおどとしていると、朔は結月の腕を引っ張り、自分の座っていた座布団の上に座らせた。
すると、朔は膝立ちになり、結月に筆を持たせると、後ろから抱きしめるようにしてその手の上に自分の手をかぶせた。
(──っ!!)
結月はあまりの距離の近さと経験したことのない状況に鼓動が早くなった。
「いいか、筆を持つときは力を抜いて持ち、一定の速さで書け」
そういうと結月の手を動かし、文字を書く。
結月の心臓の鼓動は朔に聞こえるのではないかというほど高まっていた。
「あとは姿勢を正しく保ち、書くことだ」
言いながらもう片方の手で結月の腰をくいっと押す。
いくつか文章を書くと、筆をおき、結月を解放した。
結月は朔の顔が見れず、うつむいていた。
「数をこなせば、次第にうまくなるだろう」
言いながら、朔は何事もなかったかのように再び紙に筆を滑らせていく。
結月はしばらくの間鼓動と呼吸を整えるのに精いっぱいだった──
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