第43話






■side:東京私立大神高等学校3年リーダー 白石 舞







 LEGENDのプロ選手になる。

 それが私の夢だった。

 かつて煌びやかな世界で戦うプロ選手達に憧れ、LEGENDをプレイし始めた。


 最初は全然上手くいかなかった。

 何度練習しても、実力のある選手には勝てない。

 自分には才能が無いのではないか?と考えたこともある。

 そうして私は、当時の監督に言われストライカーを辞めて別の兵科に変更することになった。


「いつも射撃だけは良いんだけどな」


 そう言われ続けた私は、その射撃に専念出来るブレイカーを選んだ。

 当時は今よりもブレイカーの地位が低かった。

 単純に後方から狙撃による支援しか出来ず、いざという時に前に出ることも出来ない。

 狭いマップで前が詰まりそうな時だけの職業。

 そんな風に言われていた。


 ブレイカーに転向してからもしばらくは活躍らしい活躍など出来なかった。

 次第に『白石を試合に出す意味がない』とまで言われるようになった。


 ……悔しかった。


 夢を諦めろと言われているようで、ただ悔しかった。

 自分には夢を叶える才能が無いのだと、ただ悔しかった。

 いい加減に現実を見ろと言われているようで、ただ悔しかった。


 次の日から、私は狂ったように練習に打ち込んだ。

 人生の全てをLEGENDに使うようになった。

 そして……それでもダメだったら潔く去ろう、そう決意した。


 それから数か月後。

 私にチャンスがやってきた。

 もう勝ち試合だろうという状態だからだろう。

 私に残り3分間ほどの出番が与えられた。


 未だにその3分間を覚えている。

 私の夢を、努力の全てを銃弾に込めて相手にぶつけた。


 『3分間で11連続ヘッドショットを決めた天才』


 その日、ようやく私の全ては報われた。

 今までの努力を祝福するかのように、周囲は私を持て囃した。


「きっと今まで努力が足りなかっただけ。だって頑張ったらこうして報われたんだもの」


 それ以来、もっと努力するようになった。

 そうしたらどんどん結果が付いてくる。


 中学生大会優勝!

 U-15女子日本代表!


 連日のようにマスコミがやってきて私を天才と言って褒め称える。


「やっぱり努力が大事なんだわ!頑張ればみんなこうして認めてくれる!私を必要としてくれる!」


 思えばこの時、気づくべきだったのかもしれない。

 周囲が欲していたのは『天才ブレイカー』であって『白石舞』ではないということを。


 結局、U-15でも翌年のU-18でも結果が残せなかった。

 それでもまだチャンスはあるとみんなは言う。

 みんながまだ私を必要としてくれる。


「もっと努力しなくちゃ。そして結果を出さなきゃ」


 でも結局、U-18はまたダメだった。

 優勝候補筆頭のロシアと同じ予選ブロック。

 結果は、予選敗退。


 今回は、運が無かった。

 周囲はそう言ってくれた。

 だから今度も大丈夫。

 最後の最後に結果さえ出せばいい。

 そんな風に思っていた。

 でもそんな都合の良い話なんてなかった。


『アジア勢初の快挙!! U-15女子日本代表優勝!!!』


 その報道を見た時、それが現実だと受け止めるのに時間がかかった。

 それでも次に私が勝てばこんな風に祝福して貰えると思えば感情の整理も付いた。


 だが現実は非情だ。


『天才ブレイカー 霧島アリス』


 彼女の登場が全てだった。

 私よりも正確で素早い連続ヘッドショットを武器に私でも出来ない遊撃を行う少女。

 誰もが彼女を持て囃した。

 そして気づけば私の周りには誰も残っていなかった。


 私を取り囲んでいた人々は彼女を取り囲み、私を称賛する声は全て彼女の称賛へと変わっていた。

 私に残されたのは『白石は終わった』『白石ではダメだ』という声だけだった。


「……私は、またあの頃に戻るの?夢を諦めそうになっていたあの頃に」


 もう叶ったと思っていた。

 もう大丈夫だと安心していた。

 それがきっとダメだったんだ。


「もっと練習しなきゃ。もっともっと練習して私が強いって、私じゃなきゃダメだって証明しなきゃ」


 あの時からだろうか。

 そう思い始めたのは。


「―――そして私から全てを奪った霧島アリスを倒して、私こそが『天才』だということを示さなきゃ」


 そして更に前よりも練習に全てを注ぎ込んだ。

 霧島アリスを称える声を聞くたびに私の中の何かが叫び声を上げる。

 周囲の顔なんて見えなくなっていた。

 ただ私にあるのは私から全てを奪った霧島アリスから全てを奪い返すことだけ。


 あまりにもVR内に居る時間が多くなり過ぎて、体調に影響が出始めた。

 医者からもしばらく休むように言われた。

 でもそんなこと出来る訳がないじゃない。


 私が練習をしなければ、私が努力を怠れば……全て消えてしまうかもしれないのだから。


 そうして薬を飲みながらも練習を続け、ようやく私は全てを取り返すチャンスを得た。

 全国女子高生LEGEND大会決勝戦。

 

 ここで全てを出し切って結果を残せば、またあの頃に戻れる。

 ただそれだけを信じて私は戦った。

 だが相手は違ったようだ。


 開幕の2キル以外動かないのだ。

 ひたすらこちらを挑発するような行動ばかりで真面目に対戦しようとしない。

 この場は私にとって全てを取り戻すための神聖な場所だ。

 またあの頃のようにみんなと夢に向かってLEGENDをプレイするための試合だ。

 それをお前は―――


 手元のライフルを撃たれて弾き飛ばされた。

 そんなことをする必要など無いはずなのに。


「ふざけんじゃないわよッ!!!」


 気づけば心の底から叫んでいた。

 私から全てを取り上げただけでは、まだ足りないというのか!?


 途中、谷町がリーダーをやると言い出したからそのままくれてやった。

 私をそんな下らないことに巻き込むな!

 私は今日、全てを取り返さなければならないのだ!!


 それからずっと霧島アリスを狙い続けたが、相手はずっと逃げるばかり。

 私から全てを奪ったまま返さないつもりだ。


 そこで気づいた。

 なら『試合に勝てばいいじゃないか』と。

 そうすれば相手だって正面から戦わざるを得ない。

 スグに近くの乱戦に目を付け、相手のストライカーを潰した。


 点数が動いてこちらの優位になる。


 どうだ!

 これで動くしかないでしょ!!

 さあ、動きなさいよ霧島アリスッ!!!


 点差が動くと周囲が一気に乱戦に突入した。

 そんな中で、ついに霧島アリスが動いた!

 こちらに迫るように動くと顔を出した瞬間に発砲してきた。

 それは予想済みだ。

 相手はリロードを挟む関係で連射が出来ない。

 だからこそ、堂々と顔を出した。

 リボルバーで健気に反撃してきたが、それで終わりだ。


「私の勝ちみたいね、霧島アリス」


 これで私は、ようやく全てを取り戻せる。

 私の夢も、周囲の人々も、みんなの称賛も!

 全部、ぜ~んぶ返ってくる!

 みんなで笑い合いながらプレイしていたあの頃に帰れる―――


 私は、想いの全てを込めて……ライフルの引き金を引いた。


 思わず目を閉じる。

 数えきれないほどやってきたことだ。

 外しようがない。


 銃声が響いて、私はようやく全てが終わったのだと安堵した。

 ゆっくりとその場で脱力すると背中のシートの感触が返ってくる。


 ―――そこで私は、ようやく気づいて飛び起きた。


 目の前の復活カウントとキルログ。



 ◆ヘッドショットキル

 × 東京大神 :白石 舞【L】

 〇 滋賀琵琶湖:安田 千佳



 何も考えられなかった。

 頭が現実を受け入れることを拒否した。


 そして気づけば……私は病院のベッドの上だった。 


 私の意識が戻ったことに気づいたのは、傍にいた監督だ。

 監督は、私に泣きながら謝った。


「お前の力になれなかった。お前を救ってやれなかった。監督として私は失格だ」


 その時私は、初めて監督の顔をちゃんと見た気がした。

 泣いていた監督は、そのまま語り出した。


 かつて自分もエースだと呼ばれていたこと。

 そして1つのミスで周囲から見放されたこと。

 それらを取り戻そうと必死になるあまりにプロ選手を引退するハメになったということを。


「お前の苦悩を一番理解してやれるはずの私が、一番気を使い過ぎてお前をダメにしてしまった」


 その話を聞いて、ふっと力が抜ける気がした。


「……何がダメだったんでしょう?」


「何1つダメなんてものはない」


「……どうして私じゃダメだったんでしょう?」


「ダメなんかじゃない!お前を必要としている人もちゃんと居る!」


「だったらどうして―――」


(どうして監督しか居ないんですか!!)


 そう叫びそうになった瞬間だった。

 病室のドアが開いたと思えば、見慣れた制服姿の少女達が現れた。


「先輩!大丈夫ですか!?」

「先輩!」

「先輩!」


 何人もが一気に入ってくる。


「……アナタ達」


 見覚えがある。

 LEGEND部の部員だ。


 そして正面に何かと煩かった【谷町・大野・鈴木】の3人が並ぶ。


「せっかく先輩がくれたリードを活かせず乱戦に持ち込まれて逆転負けを許してしまい、申し訳ありませんでしたッ!!」

「申し訳ありませんでしたッ!!」


 谷町の言葉の後に全員が頭を下げて謝罪する。


「……あれは、私がアリスに―――」


「違います!」


 谷町が言葉を遮る。


「リーダー権を引き付いた私が、もっと乱戦を警戒していればアリスとの一騎討ちに余計な邪魔が入らなかったはずです!!」


「私達が抜かれなければ……先輩、申し訳ありませんでした!!」

「私達さえしっかりしていれば、正面からの撃ち合いで先輩が勝ってたはずなのに!!」


 大谷と南の突撃にやられた江里口と石井も泣きながら頭を下げる。


「……私は別に、何も―――」


「そんなことはありません!」


 周囲から他の部員が声を上げる。


「先輩は、私が才能無いかもって悩んでる時に励ましてくれました!」

「私は、先輩にブレイカーの動き方を何時間も付きっ切りで教えて貰いました!」

「いつも先輩に『頑張ったわね』って声をかけて貰えて嬉しかったです!」

「私も先輩には―――」


 次々と私とのエピソードを語り出す部員たち。


「わ、私は……」


 私は、そんなことを覚えていないのだ。

 自分に必死過ぎて、いつの間にか彼女達の顔すらまともに見なくなった。

 いつの間にか切り捨ててきたものだ。

 これでは私が馬鹿みたいじゃないか。


「全てを求めた結果……全てを失っていたなんて、馬鹿みたい」


 私は、そう呟くしかなかった。


「……もう一度やり直してみないか、白石」


 監督が私の顔を真っ直ぐ見ながらそう言う。


「監督、違いますよ」


 それを谷町が割り込む。


「そうですよ、監督。みんなでやり直すんですよ」


 大野が笑いながら声を上げる。


「次こそ……どこにも、誰にも負けない」


 いつも生意気なことしか言わない鈴木も照れ臭そうな顔をして会話に参加してくる。


「……だ、そうだ白石。一度だけで構わない。私を、みんなを信じてやってみないか?」


 その日、久しぶりに……本当に久しぶりに悔しい以外の感情で涙を流した。



 …………………。

 ……………。

 ………。



 零式ライフル。

 霧島アリスを意識して使い出した銃。

 それを構えて相手のストライカーに撃つ。

 肩盾と障害物を上手く利用していて、ちゃんとヘッドショット対策も取っている。

 ―――だが


「ヘッドショットだけがブレイカーではないことを、教えてあげる」


 僅かにはみ出た足を狙って撃つ。

 足とは言え高火力ライフルの一撃だ。

 一気に相手の耐久値が4割ほど減る。


 後方に居る相手ブレイカーが飛び出してこちらにライフルを構える。

 その頃には、既にこちらのリロードも終わっている。

 既にこちらがリロードを終えていることに気づいた相手ブレイカーは、驚いていた。

 何度も、何度も、気が遠くなるほど繰り返した動きだ。

 目隠ししていてもこれぐらいのことは出来る。


 相手が驚いたことによる、その一瞬の隙が全てを決める。

 こちらの方が相手よりも先に狙いを定めて引き金を引く。

 相手が引き金を引こうとした瞬間、相手の腕にこちらの弾が命中して耐久値の8割を持っていく。

 腕に当たった衝撃で銃の向きが動いてしまい相手の弾は明後日の方向へと飛んでいった。

 体勢を崩した相手ブレイカーだが、そのまま後ろに倒れ込むようにして射線を切ってくる。

 向こうも相当練習してきたことが解る動きだ。


 そんなブレイカーをカバーしようと先ほどのストライカーが前に出てくるも、既に私はリロードが完了している。

 障害物から相手が身体を晒した瞬間、それを見逃さずに引き金を引く。

 相手は咄嗟に肩盾でガードしようとするも、既に攻撃を受け過ぎた盾では零式ライフルの弾を防ぎきれずに貫通する。

 弾はそのまま胴体を貫き、相手の残り耐久値全てを奪った。

 撃破判定となったストライカーは、光の粒子となって消える。



 ◆キル

 × U-15:岡部 奈緒子

 〇 U-18:白石 舞



 キルログが更新して点数が動く。


「私は、もう一度最初から挑戦する。今度こそ見失わないように―――」





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