第35話






■side:琵琶湖女子1年 霧島 アリス






 試合開始の合図と共に全員が動き出す。

 いつもの光景だ。


 今回のマップである研究所は特殊な存在だ。

 相手とのエリアが近いせいでどこからでも相手と交戦状態になる。

 しかも占領しなければならない発電所が一番遠い。

 そのため一番抑える必要がある中央が激戦区となる。


 まずは中央で相手の出方を窺うつもりだったが障害物の隙間からブレイカーとアタッカーが全力で発電所に向けて走るのが見えた。

 たまにではあるが、速攻で抑えて有利を取ろうという作戦をしてくる相手も居る。

 なのでそれ自体が問題だというのではない。

 本来ならその後ろに更に後続が走っていなければならないし、中央で接敵しているはずなのだ。

 しかし最初に走っていった2人以外の姿が見えない。

 いきなり人が消えるのは撃破された時ぐらいだ。

 つまり残りがどこかに居るということ。

 そして開幕で中央に存在せず残りが居る可能性がある場所と言えば……。


「チッ、そういうことか」


 開幕ダッシュでゲートを開け、こちらが気づかず配置に就いた段階で一斉突撃で終わらせる。

 なかなか考えられた博打だ。


「―――相手速攻!たぶん司令塔に総攻撃来るッ!!」


 突然、指揮などするつもりは無かったが今回だけは別だ。

 例え公式試合だろうが世界大会だろうが、これがいつも通りなら勝敗などどうでもいい。

 だが今回はただの練習試合ではない。

『特訓』という話だったはずだ。

 勝利にこだわるような試合でもなければ『戦術』を試すためのものでもないはずだ。


「え?」

「はい?」

「ちょっと……」


 急に指示を出したからか、それとも状況が理解出来ていないのか間抜けな声が返ってくる。

 これがもし本物の戦場なら全員再教育コースだ。


「ああ、もう!千佳、司令塔防衛!新城先輩はオマケ連れて中央!残りは発電所半包囲!!」


 もはや時間との勝負だ。

 さっさと動けというつもりで強く命令すると、ようやく全員が動き出した。



 ―――ブルーチーム、発電所制圧!



 やはり、そういうつもりか。

 幸いなことに晴香と京子ちゃんが配置についた。

 これで相手はそのまま突っ込むことは出来ないだろう。

 一瞬でも足が止まれば終わりだ。



 ―――ヘッドショットキル!




 ◆ヘッドショットキル

 × U-15代表 :岡部 奈緒子

 〇 琵琶湖女子:霧島 アリス



「……練習試合だって言ったのに」


 思わず声が出る。

 今回は『特訓』のはずだ。

 撃ち合いをするはずなのに、騙し討ちのようにそれらを回避するとはどういうつもりだ。



 ―――ヘッドショットキル!



 ◆ヘッドショットキル

 × U-15代表 :橋田 三美

 〇 琵琶湖女子:霧島 アリス



「『戦術』が試したいなら他でやれっての」


 最初から『全力で』とか『公式戦と同じく』や『戦術なども試す』と宣言したのならともかく、何の告知も無しに『互いの練習のため』という話をひっくり返してくるとはどういうことだ。



 ―――ヘッドショットキル!



 ◆ヘッドショットキル

 × U-15代表 :和田 麗美

 〇 琵琶湖女子:霧島 アリス



「あの馬鹿、一度追い詰めなきゃわかんないみたいだね」


 そういうすれ違いが無いように散々言ったにもかかわらず、あの馬鹿は。

 一度徹底して追い詰めて二度と舐めたことが出来ないようにしなきゃ解らないのか。



 ―――ヘッドショットキル!



 ◆ヘッドショットキル

 × U-15代表 :曽野 純子

 〇 琵琶湖女子:霧島 アリス



「ホント、くだらないことを……」


 大体こんな博打戦術など練習すら不要だろう。

『琵琶湖女子に通じたから世界でも通じる!』とでも言いたいのか?

 そんな訳あるか。

 こういう奇襲戦法は、決まる時は決まるし外す時はとことん外すものだ。

 外した時の対処まで作戦に入っていてそれも含めて試したいというのなら解らなくもないが、どちらにしろそれならこちらに何か言うべきだろう。

 ただの練習試合で何がしたいんだと言いたい。


 目の前のU-15選手は、最初あれだけ威勢が良かったのにもう逃げ腰だ。

 たった4人ほど倒れただけだろう。

 今のうちに突っ込むなり一時的に引いて立て直すなりしろと言いたい。

 既に私ではなく千佳の銃撃にすら怯えて隠れ、こちらが前に出るとその分だけ下がる始末である。

 それならもういっそ大きく下がって立て直せよと。

 ああ、本当に雑魚ばかりで嫌気が差してくる。

 それでもコイツらを一旦ちゃんと『躾けて』おかないと、また変なことをしかねない。


 とりあえずあの馬鹿を適当なタイミングで呼び出すか。






■side:U-15女子日本代表 鳥安 明美






*画像【研究所:包囲】

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 まあこうなるよね。

 相手は無理攻めせず延々とこちらを銃撃で狩るのみ。

 ある意味強制的な『特訓』になっている。


 もう既にメンバー全員が通信など関係なく恐慌状態だ。

 何か指示を出しても泣き言か文句しか返ってこない。


「だから私は『戦術』なんてやめた方が良いって言ったのに……」


 監督には今回しっかりと『特訓』として練習に『付き合って貰えることになった』と言ったのだ。

 にも拘わらず何故か『練習試合』になっており『戦術』を使うと言い出した。

 もちろん反対した。

 アリス先輩は『特訓』だとか『互いのメリット』と言っていた。

 つまり『正面からの撃ち合いによるKD戦』をすると宣言していたのだ。

 そうすることでアリス先輩側も撃ち合いの強化が出来るしこっちも貴重な格上との撃ち合い経験が出来る。

 運が良ければ狙撃のコツなども教えてくれるかもしれない。


 そういう『練習』を予定していたのに、いつの間にか監督は『練習試合で相手を倒す』という方針を打ち出した。

 何故練習試合でそこまで勝利を目指す必要があるのか?

 無理をする場面でもないはずなのに『戦術』まで用意している監督に『ああ、これ無理なやつだ』と諦めるしかなかった。

 あとでアリス先輩に謝らなければならないこっちの身にもなれよと言いたいが、何故か他メンバーも全員やる気だ。


 あれ?おかしいな。

 コイツら全員には事前に『特訓に付き合ってもらう』と言っていたはずなんだが。

 そしてその結果が現在である。


「……やっぱりコイツら全員馬鹿だわ」


 去年のU-15女子の優勝は、確かに色んな選手が活躍した。

 アリス先輩だけじゃないってことを示した。

 でもそれって結局戦績見れば解るでしょ?

 アリス先輩が居なければ間違いなく優勝なんて出来なかったよ。


 なのにコイツらは『自分達だって代表に選ばれるだけの実力がある』とか『私達だって優勝出来るはず』という都合の良い幻想ばかりを見ている。

 確かに前回のようなG.G.Gの直前認可などというイレギュラーは起きないだろう。

 ……でもそれだけの話だ。


 世界を相手に勝ち上れるかどうかは、また別の話である。

 自分達が如何に井の中の蛙だということを理解していない。

 所詮、日本代表など日本の中の小さい世界での順位付けであり、それ以上の相手が外に居るなど考えたこともないのだろう。


 ……まあその気持ちは解らなくはない。

 誰もが壁にぶつかって初めてその高さに気づくのだから。


 しかし、その壁に当たった結果がこれだ。

 リーダーの指示によってチームで動く。

 通信による連携を取る。

 こんなことLEGENDのルールブックの最初に書かれているような内容だ。

 それすら今、彼女らは出来ていない。


 ただひたすらに恐慌状態になり、リーダーの指示は無視か反論で返して最後には泣き言を言うだけ。

 それで組織的な動きなど出来る訳がない。

 にも拘らず『何とかしろ』である。

 正直、ここまで酷いとは思わなかった。


 ……おっと、足元にワザと銃弾が撃ち込まれた。

 ああ、アリス先輩が遠くでハンドサインを出している。


『急げ』『来い』『指示出せ』……ああ、さっさとこっちに来て説明しろって話ですか。


 必死に撃ち合うことしか考えていない仲間の1人に声をかけて一番奥に下がるように言う。

 すると彼女は全速力で奥に逃げ込んだ。


 私が前に出ると先輩側の弾幕が明らかに減った。

 その隙に一つ前の壁まで駆け抜ける。

 するとその壁の向こう側から先輩の声が聞こえてきた。


「……で、どういうこと?」


「えっと、話せば長くなるというか……」


「短く的確にまとめろ!」


「はぃ!何故か監督やメンバーが『練習試合とは言え勝つ』とか言い出しまして!止めたのですがこちらの話など一切聞かず!」


「事前に『特訓』だと説明したのに?」


「そうなんです!あの馬鹿どもがどういう訳かそちらに勝てると思い込んでいるようでして!せめてそっちに通知をと言ったのですが!」


「言ったのですが?」


「あの馬鹿が『わざわざ相手に作戦があるとバラしてどうする!』とか言い出して!」


「はぁ、何なのそっちの監督」


「知りません!」


「ちょっとそこで待ってなさい。こっちも確認してくるから」


 そう言って魔お……先輩が去っていった。

 恐らく一旦離脱して自分の方の監督と相談しに行ったのだろう。

 ホント、色々勘弁して欲しいわ。






■side:U-15女子日本代表監督 芳川(よしかわ) 浅子(あさこ)






「ちょっと何をやっているのよっ!!」


 私は思いっきり机を叩いた。

 控え選手の小さな悲鳴が聞こえたが、そんなものはどうでもいい。


 せっかくの降って湧いたチャンス。

 ここで先手の1勝を上げればそれだけで、どれほどの価値があっただろうか。


 今、日本のLEGENDを取り巻く環境は大きく変化している。

 私の夫が中核を担っている改革派と呼ばれる派閥。

 そして今、散々人の計画を破壊してくれている少女の祖父が仕切っている保守派。

 この2つが争っている状態だ。


 保守派は未だ選手の保護と育成などという温いことばかりを掲げ、せっかくのチャンスを逃している。

 逆に夫の改革派は、もっとLEGENDをプロ寄りにしようという考え。

 日本のLEGENDが弱い理由の1つが、海外に比べてプロなどへの旨味が少ない点だ。

 例えばアメリカのトッププロなら日本のトッププロの10倍は給与が違う。

 一攫千金、アメリカンドリームという点で日本は完全に負けている。

 10倍も違えば選手達も目の色を変えて戦うだろう。

 そうすれば選手の質も向上するはず。

 中高のLEGENDにも賞金制度などを導入して、より商売としてのLEGENDを加速させる。

 そうすることでLEGEND協会も潤沢な資金が出来る。

 そこまで行けば国際LEGEND協会に堂々とロビー活動を仕掛けることも出来るだろう。

 日本の影響力を世界に届かせることが出来れば、日本はより発言権を増す。


 それをあの保守派ども、特に大臣の霧島のジジイは理解していない。

 孫がたまたま良い戦績を残したからといって、それを理由に保守派がやってきた選手育成が間違っていないと言い出した。

 特に中高生に対しての話になるといつも同じことを言う。

『特に多感な年頃の子供なのだから、しっかりと育成すべきである』と言うのだ。

 そして頑なに商業化に難色を示す。

 今でも十分に国際LEGEND協会にアピールできるチャンスもあるのに、それも利用しない。


 こんな連中に任せておけば数十年経とうが日本LEGENDは、上に立つことは出来ないだろう。

 それらを何とかしようにも孫の活躍が邪魔になっている。

 だから私が何とかするしかないのだ。


 例え練習試合であっても私がここで霧島アリスという幻想を叩き潰せば全てが収まる。

 今年集めたメンバーは、ようやく何とか試験的に導入したLEGEND特待生を中心とした編成だ。

 LEGENDで一定以上の成績を残せば学費など全てが免除されるどころか一定の支援金まで出る。

 ここで彼女らが練習試合とは言え勝てば『高校生優勝チームにすら勝ったU-15女子日本代表』や『あの霧島アリスに勝利した』として大々的に宣伝出来る。

 そうなればそれだけでも商業化への流れが作れる。

 もし世界戦で優勝すれば、霧島のジジイが何を言った所で止めることなど出来ない。


 鳥安の奴が、色々煩く言ってきたが関係ない。

 何が『特訓』だ。

 何が『付き合って貰える』だ。

 上から目線とか、孫も孫だ。


 どちらにしろ『練習試合だ』とあれだけ言ったのだ。

 戦術を予想していない方が悪いし、何より練習試合なのだから色々試しても文句など無いだろう。


 ……そう思っていたはずなのに。


「クソッ!!あのジジイも孫も、どうしてアタシと夫の邪魔ばかりするのよッ!!」


 あまりの怒りに叫んだ瞬間だった。

 まだ決着が付いていないはずの試合が突然終了となる。


 試合ログの欄には『リーダー権限によるサレンダー』……つまり鳥安が勝手に試合を終わらせたということだ。

 あの子もあの子で使えない。

 次の霧島アリスだ、次の白石舞だと言われている子だから使ったのだが、根性が足りない。

 試合終了によって隔離状態が解除される。


 とりあえず勝手な判断をした鳥安を指導する所から始めるか。

 そう思っているとベンチ側の扉が開いた。

 そして相手側の監督……確か前橋とかいう小娘が入ってきた。


「事前の話とかなり違うようですが、どういうことなのか説明して頂けないでしょうか?」


「あら?何の話かしら?練習試合だと聞いていたのだけど。それにしても流石に優勝校は違うわねぇ」


 こんな何も出来ない小娘など適当にあしらっておけばいい。

 まだ第二、第三の戦術があるのだ。

 焦ることはない。


 するとまたドアが開いたかと思うと、あの忌々しいのが入ってきた。

 そしてそのままスーッとこちら側の端末に向かうと何やら勝手に操作をし始める。

 既に試合が終わって選手達もVRから帰ってきているとは言え、あまり良い気分ではない。

 とりあえず腹いせに怒鳴りつけでもして止めようとすると、小娘が邪魔をしてきた。


「誤魔化さないで頂けませんか?『特訓』ということは暗黙の了解で撃ち合うということ。その辺りは前日の段階でお話させて頂きましたよね?」


「そうだったかしら?みんな緊張しちゃったのかしらね。そういうの忘れていつも通りに動いちゃったみたいだわ」


 適当な話であしらっていると、端末を触り終えたのか戻ってきたアレが小娘に軽く耳打ちをした。


「……解りました。とりあえずこちらの選手達も困惑しています。少し早いですが一旦昼休憩としましょう」


「ええ、そうね。休憩を挟めばこちらも落ち着くでしょう」


 面倒だけど仕方が無い。

 U-15の連中も逃げるように休憩に行った。


「まあ次よ。次こそ勝ってみせるわ。保守派どもの好きになんてさせない!」


 そう口にしながら次に実行する戦術を選ぶ。


 そうしている内に昼休憩の時間が終了した。

 だが選手が1人も帰ってこない。


「まったく、何なのよ!」


 仕方なく外に出て探すことにした。

 するとあの子達は、向こうの子達と話をしていた。

 とっくに休憩時間は終わっているはずである。

 一体何をしているのか。

 怒鳴りつけてやろうと近づいた瞬間だった。


 突然目の前にスーツを着た連中が現れる。

 どこかで見た顔だ。


「お久しぶりですね、芳川役員の奥様。いや、元・役員と言った方が良いかな?」


「こ、これは会長」


 スーツの連中に囲まれながら出てきたのは日本LEGEND協会の会長。

 どちらかと言えば保守派寄りの困った人だ。

 しかし元政治家でありその発言力は現政権にすら影響力があるほどだ。


「ところで元・役員というのは、どういうことでしょう?」


「いえ、どうもこの前のU-15女子日本代表監督を決める会議があったでしょう?それに関してどうも不正があったようで」


「ふ、不正……ですか?」


「ええ。芳川役員を中心に何名かの方の間で何やら色々とあったそうで」


「そ、そんなバカな!何かの間違いです!」


「本来、こう言ってはダメなのですが別に芳川役員やその周囲が不正をしようが構わないのですよ」


「へ?」


 突然変な流れになった会話に思わず変な声が出てしまう。


「法律にはギリギリ引っかかっていないようなグレーなやり取りですし、何よりそんなことが表沙汰になれば協会の信用問題になりますからね」


「は、はぁ」


「しかし今回、芳川役員とアナタはやり過ぎた。こちらの許容できる範囲を超えたのですよ」


 会長は、まるで他人事のように話を進める。


「U-15の私物化。日本LEGEND協会の権利を利用した各種圧力。無関係な子達を巻き込んだ結果による彼女達の自信喪失。どれだけ協会に迷惑をかけるつもりですかね?」


「ち、違うんです!」


「『クソッ!!あのジジイも孫も、どうしてアタシと夫の邪魔ばかりするのよッ!!』」


「えっ!?」


 突然私の声であの時の台詞が聞こえてきた。


「『まあ次よ。次こそ勝ってみせるわ。保守派どもの好きになんてさせない!』」


 慌てて周囲を確認すると、会長の後ろで宙に浮いた端末画面を操作するあのジジイの孫の姿。


「ああ、知りませんでした?ベンチには録音機能が付いているのですよ。不正防止のためにね」


 その言葉を聞いて頭が真っ白になった。

 そんなものがあるなんて知らない。


「まあ知らないのは当然です。アナタが現役の頃には無かったシステムですから」


 気づけばスーツを着た集団が周りを囲んでいた。


「私は別に保守派だろうが改革派だろうが、どちらが勝っても良いのです。どちらの意見も理解出来ますからね」


 そう言いながら会長は私に近づく。

 そして顔を近づけると―――


「ですが勝手に政治闘争をしたあげく、選手を巻き込むのだけはいただけない」


 小声だがハッキリと聞こえる声でそう言うと会長は、笑顔を浮かべてから離れた。


「それでは少し付き合って頂けますかね?」


 その言葉で周囲のスーツを着た連中に腕を掴まれる。


「ちょっと!ま、待って下さい!何かの!きっと何かの誤解です!」


「素直に付いてきては頂けませんかね?何ならそれなりの証拠を揃えて警察を動かしても良いのですよ?」


「警察……ッ!!」


 ここでこれ以上騒ぐのは危険だと判断した私は、大人しく会長に付いていくことになった。






■side:琵琶湖女子監督 前橋 和歌子






 私も多少事情などを説明されていたとはいえ、この展開に正直言葉が無い。


「という訳だ。申し訳ないが今日1日だけそちらで面倒を見て貰えるかね?」


「は、はい!」


 目の前に映る端末には霧島大臣の姿。

 ただの一監督が大臣の言葉を拒否できるはずがない。


 通話が終わるとため息が出た。


「せんぱーい。超展開過ぎて訳解んないんですけど、どういうことですか~?」


 相手側のリーダーである鳥安さんが霧島さんに声をかけていた。


「要するに、最初の段階で詰み一歩手前だった人が今回ので完全に詰んだだけの話。しかも完全に自爆でね」


「イマイチよく解らないんですけ」


「何?大人の詳しいドロドロした利権争いとか聞きたいの?」


「そっちは遠慮します。で、どうして今回会長さんが出てきたんですかね?」


「呼んだから」


「先輩がですか?」


「そう」


「日本LEGEND協会の会長を個人的に呼びつけられる女子高生って普通居ませんよ?」


「前々からこの辺のドロドロした話は聞いていたからね。今回音声も手に入ったからそれを出したら出てきたって訳。これで会長の笑いは止まらないでしょうね」


「どうしてですか?」


「スキャンダルになりそうな連中を一掃出来た。霧島大臣側にも恩が売れた。自分の権力集中にもなった。そして自分だけの一人勝ち」


「はぁ……」


 横で話を聞いている私でも訳が解らないのだ。

 彼女がよく解ってませんという顔をしているのは当然だろう。


 とりあえず私は黙って私の仕事をしよう。


「とりあえずみんな訳が解らないと思うけど聞いて欲しい。また後で事情説明があると思うからその時に気になることは聞いて」


 そう言うとイマイチな反応ではあるけど、ポツポツと返事が返ってくる。


「まああとはアナタ達に関係ある話をしましょうか」


 前置きをしつつ彼女達の顔を見る。


「今回、自分達より格上の相手が居るってことは嫌でも理解したでしょう。今後世界と戦うのなら世界にもこうして格上が居るかもしれない。だからこそ今ちゃんと理解出来たことは良いことなの」


 出来るだけ相手が素直に聞けるように言葉を選んで声をかける。


「そしてせっかくこうしてお互いに交流出来た訳だし、自分より上の相手から話を聞いたり指導を受けてみる気は無いかしら?きっとアナタ達にとって貴重な経験になると思うわ」


「はーい!それが良いと思いまーす!」


 鳥安さんが元気良く手を上げながら賛同してくれる。

 するとジワジワとU-15の子達からも賛同の声が上がる。


「アナタ達だってもっともっと強くなれる。互いに競うことも、互いに協力することもどちらも大事なことなのよ」



 こうしてただの練習試合のはずが、色々なものに巻き込まれた一日となった。

 ちなみに後日聞いた話によると、日本LEGEND協会では芳川氏を含めた約半数の役員が突如辞任することになったらしい。

 そしてU-15の監督だった奥様の方も『健康面の問題』として監督を辞任。

 この一連の辞任劇にマスコミが少々騒いだが、結局真相にたどり着ける訳もなくスグに別の話題に塗り替えられてしまう。

 その代表となったのが『新しいU-15女子日本代表監督』だ。


 何と去年U-15女子日本代表を優勝に導いた、あの名物監督が帰ってくることになった。

 今は最大手のプロLEGENDチームの監督だったので一度は拒否された話だったのだが、プロLEGENDチーム側が突如快く貸出に応じた形だ。

 まあここで再びU-15が優勝でもすれば、その効果は何より一番の宣伝にもなるだろう。

 そういう大人な事情が裏で働いたようである。


 今までLEGENDというスポーツの良い面ばかりしか見てこなかった現役時代。

 しかし監督になってから急激に大人の事情を含んだ黒い部分ばかり見せられている気分だ。


「はぁ、監督になったの失敗したかなぁ?」


 そんな弱音がつい、口から零れてしまった。





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