第36話 The last one
■side:とあるプロゲーマー
『The last one』というゲームがある。
これはVR装置を使ったゲームの1つだ。
100人が参加する大きな島で最後の1人になるまで殺し合うバトルロイヤル方式。
プレイヤーは、総勢50人居るキャラクターの中から好きなキャラを選び、そのアバターで試合に参加する。
キャラクター達は、それぞれが固有の特殊能力を持っておりそれらを駆使して戦いを行う。
ただし難点があり、武器が現地調達でしか入手できない。
運が悪いとロクな装備が手に入らない。
回復アイテムや投擲武器なども全て拾うしかない。
その辺もこのゲームを面白くしているポイントだろう。
あとは倒したプレイヤーからも装備を奪ったりもできる。
人間を超越したキャラクター達になりきることで何メートルもジャンプ出来たり、逆に何メートルもの高さから落下してもダメージすら無いなど完全にヒーローのような状態となる。
そして時間経過と共にフィールドが削られていく。
これは完全に地面などが無くなっていくため、消えたフィールドは即死の奈落と化す。
なのでエリア縮小と呼ばれるフィールドが削られる範囲は、一定時間ごとに表示されるため位置取りも重要だ。
流石にLEGENDには敵わないものの既にサービス開始から10年経つ大人気ゲームである。
俺はそのゲームを中心に活動するプロであり、獲得賞金だけで既に億を超えていた。
そんな俺だが、どうしても倒したい相手が居る。
今日はそいつが入って来やすい時間とやらでマッチング待ちをしていた。
『マッチング完了!』
ゲームの合図と共に大型輸送機へと移動させられる。
この輸送機が大きな島の上を通過するまでに飛び降りて背中のロケットで地面までたどり着く。
輸送機を出た時点でゲーム開始だ。
誰かと一緒に飛び出すもよし、誰も出そうにない場所で飛び出すもよし。
輸送機が発進し、そろそろゲームの大きな島の所まで飛んできた。
誰もがソワソワしている。
それもそのはず。
俺だけじゃなく他のプロ連中までもが、ソイツをチラチラと見ていた。
『ALICE』
細身の男忍者のアバターを着たプレイヤーの名だ。
このプレイヤーには色々な噂がある。
一番有名なのが『運営が用意したチートキャラ』である。
次に噂されているのが『LEGENDの霧島アリスでは』という説。
3番目に多いのは『プロの兵隊が参加している』という説だ。
何故こんな話になっているのか?
当然だ。
このプレイヤーの戦績は、一万戦を軽く超えているにも関わらず1位率100%なのだ。
そんなことあり得る訳がない。
実際に戦ったプレイヤー達も何故自分がやられたのか理解していないものがほとんど。
撃ち合いをしたことがある連中も『あんなに的確に撃てる人間なんて居ない』と言っている。
何度も何度も運営にチート報告がされ続けたがアカBAN(追放処分みたいなもの)されることはなかった。
それどころか運営が異例の告知を出し、名前こそ挙げなかったがチート報告が大量に来ている某アカウントに不正は一切ないと言い切ったのだ。
しかもこの『ALICE』。
なんと大会などには一切出てこない。
なので本当に実在する人物なのか?という説まで出ているほどだ。
だから俺達プロゲーマーにとって『ALICE』というプレイヤーは伝説であり、必ず倒したい相手である。
俺も何度か戦ったがいつも負けてしまう。
そしてリベンジをと思っていたらさっそく出会ってしまったという訳だ。
大きな島の上空に到達すると1人、また1人と人が飛び降りていく。
そして忍者が飛び降りようと出口に移動すると、ゾロゾロと人が立ち始める。
「……もしかしてこいつら」
俺の懸念は、当たってしまった。
忍者が飛び降りた瞬間、50人ほどが一斉に飛び降りたのだ。
本来なら無視するのだが、俺も気になって慌てて飛び降りる。
ロケットで方向を微調整するのだが、全員が忍者を目指していた。
「おいおい……」
俺も昔やられたから解る。
最初の武器が無い間に全員で押しかけて初期に持っている接近武器だけで倒してしまおうという奴だ。
キャラによっては特殊攻撃として飛び道具を持つ者もいる。
流石に武器も無い状態で数十人に襲われれば死ぬしかないだろう。
「そんなことまでして勝ちたいのか?」
プロとしてはどうかと思うが、やはりお互いにある程度装備などを揃えてからが本番だ。
そこで勝ってこそと思う俺は、きっと異端なのだろう。
このままでは一方的にボコられて終わりだなと思っていると忍者が動き出す。
忍者の特殊技能『潜伏』だ。
10秒間だけ姿を消す特殊能力で姿を消している間は無敵。
その代わり姿を消している間は武器を使うことはもちろん、装備などを拾うことすら出来ない。
忍者は『潜伏』で消える。
ロケットごと消えてしまい何処を狙って落下しているのかが解りにくくなった。
追いかけていた連中は焦りながらも、落下地点近くにある小屋を目指すと踏んだのかそこに集中して降りていく。
だが俺は考える。
もし本当に勝率100%の化け物なら、そんな当然な場所に降りるか?
ハッとして後ろを見ると逆方向に落ちていくロケットが1つ。
「まさか、消えてる間に強引に反転したのか!?」
よくそんな咄嗟の判断が出来たなと感心する。
そして全員が地面に着地した。
小屋周辺に降りた連中は、小屋から武器を持ち出すとスグに忍者を追いかける。
俺は、50人も居るので小屋は何も残らないだろうと思ってそのままの状態でみんなを追いかける。
普段ならそんなことはしないが、この50人をあの忍者がどうするのかが気になって仕方が無い。
リプレイ機能?
そんなものより直接見る方が何倍も勉強になる。
忍者が下りた場所には、物置小屋がある。
既に扉が半開きになっているので中は捜索した後だろう。
だが忍者の姿が見えない。
もう逃げたと思わせて物置の中に居るということも考えられる。
ハンドガンを持ったプレイヤーが半開きのドアをそっと持ち、そのまま全開まで開ける。
―――その瞬間、爆発が起こった。
◆:ネコ大好き
◇:ALICE
◆がやられた側。
◇がやった側。
ログが更新された。
恐らくトラップか何かだろう。
いきなりの爆発で何人もが慌てて周囲を見回す。
「あそこだ!」
誰かの声が聞こえると、小屋近くの崖上に忍者の姿が見えた。
そしてスグに逃げ出す忍者。
それを逃がすまいと追いかける残りのメンバー。
俺も慌ててそれを追いかけようとすると、発砲音が響いてログが更新された。
◆:†紅蓮†
◇:ALICE
「音的にはアサルト系かな?」
あまり銃弾は無いだろうが、初手で良い引きをしたなと思いつつ一応爆発した小屋の中を見る。
「あった」
先ほど死んだネコ大好きが持っていたハンドガンと弾だ。
悪いが俺は何も持っていない。
誰も拾わないのなら俺が貰っても問題ないだろう。
ハンドガンを拾うと先を急ぐ。
忍者を追いかけている連中は、途中で大き目の小屋があったのだが忍者が入らないように遠距離から銃撃を繰り返す。
その甲斐あってか忍者は大人しく小屋を諦めて先へと逃げていく。
追いかけてきた連中で武器無しの奴らは、ここで大半が武器を1つ手に入れた。
武器が結構落ちていたみたいでかなりの武装集団と化している。
だが忍者を追いかけていた集団は、ここで自分達の失敗に気づいた。
次に見えてきた所は、旧軍事基地。
広い敷地に崩れかけだが大きな建物。
そしてここは武器の宝庫だ。
間違いなくここに忍者が居るだろう。
だが人数差は、圧倒的だ。
一度でも見つかればそのまま追い込まれて終了だ。
集団が旧軍事基地に突撃していく。
俺はそれを見送ると近くにある射撃練習場を捜索する。
「おっと、ラッキー」
そこで俺はアサルトライフルと弾。
そして双眼鏡と回復アイテムを手に入れた。
これだけ手に入れば十分だ。
俺は少し離れた位置に移動すると伏せた状態でマップと時間を見る。
まだまだ余裕がありそうだ。
双眼鏡で旧軍事基地を探索する集団を監視した。
状況が動いたのは、スグだった。
誰かが4階建ての3階部分を捜索中に突然爆発して死んだ。
◆:誤射王
◇:ALICE
スグに連中が3階に集まってくる。
すると3階へ向かうために階段を上がっていた連中は、自分達が通り過ぎた2階でガラスの割れた音がして階段途中で振り返る。
その時点で既に遅かった。
ガラスを破りながら登場した忍者にアサルトライフルの銃撃を受け階段を登っていた連中は次々と死んだ。
◆:くっころ
◇:ALICE
◆:Alex
◇:ALICE
◆:ミスターX
◇:ALICE
◆:頼む殺さないでくれ
◇:ALICE
一瞬で4人を仕留めたその腕に思わず拍手を送る。
しかもその騒ぎで集まってきた相手は、階段を下りる際にワイヤートラップに引っかかりまたも死亡ログが加速する。
◆:ショタスキー
◇:ALICE
◆:永遠の山田
◇:ALICE
このままではマズイと思ったのか、蜘蛛の子を散らすようにバラバラになって外に飛び出す連中。
そうなるともう終わりだ。
いつの間にか屋上に立つ忍者が、逃げる連中をひたすらアサルトライフルで殺していく。
よくそんな距離で的確に当てれるなと思うが、まああれだけの動きが出来る奴なら可能だろう。
半数以上討ち取られた段階でようやく忍者の位置に気づいた連中が再度、銃撃で牽制しながら軍事施設に集まる。
このゲーム特有の身体能力やキャラが持つ固有能力などを使って何人かが外からジャンプして屋上を目指し、残りは中から屋上を目指す。
そして屋上に到着した連中は忍者に攻撃を仕掛けるもスグに階段へと逃げられてしまう。
しかし中へ続く階段の下からは別の連中が登ってきている。
完全な挟み撃ちだ。
それを理解しているのか、連中は慎重に距離を詰めていく。
そして曲がり角で上から来た連中と下から来た連中が出会う。
互いに発砲しかけて焦っているが、スグにおかしいと気づく。
途中で隠れられる場所も逃げられる場所も無かったはずだ。
それを見て俺は連中は馬鹿だなと思う。
忍者の代表的な能力を忘れたのかよと。
スグにどこからともなくスモークグレネードが投げ込まれる。
室内故にスグに煙で周囲が見えなくなる。
俺も外からは完全に見えない。
ただスグに銃の発砲音やガラスが割れる音。
そしてどんどん更新されるログ。
◆:唯我独尊
◇:ALICE
◆:サンマ
◇:ALICE
◆:スメル
◇:ALICE
◆:ロリコン男爵
◇:ALICE
◆:百合こそ至高
◇:ALICE
◆:arrow
◇:ALICE
◆:もつ鍋
◇:ALICE
◆:(≧∀≦)
◇:ALICE
◆:バナナはおやつ
◇:ALICE
まあ次から次へとログが更新される。
あまりの虐殺に普段誰も使わない全体チャットでも会話が行われるほどだ。
「おい、ログwww」
「ヤバすぎワロタ」
「チートか?」
「勝率100%の奴おるやん」
「どこで戦ってるんだよ」
「とりあえず隠れとこ」
「虐殺過ぎるわ、ナニコレ」
「ホント、これ見てチートじゃないとかうっそだろって思う」
「チート疑ってるやつ後でリプレイ見てこい」
「チートだとリプレイおかしいことになってるけど、この人の場合普通なんだよね」
「俺もリプレイ見たことあるけど、頭おかしいぞwww」
「俺も見たことあるけど再現出来ない動きしてる」
「どっかの特殊部隊員じゃね?って噂あるよな」
最後の1人になるまで争うゲームをやっている最中とは思えないほどの会話である。
気づけばいつの間にかログも止まっており、戦闘音もしなくなっていた。
改めて双眼鏡で覗くと、丁度忍者が次の所へ向かおうとしている所だ。
「ん?」
ふと目が合った気がしたが、気のせいだろう。
相手もスグに視線を外したし、何よりかなり離れているのだ。
こちらが見つかる訳がない。
ゆっくりと、しかし離されないように付いて行く。
途中で何度が武器も拾うが運悪く狙撃銃が出てこない。
アレさえあれば隙を突いて一撃決めることも出来ただろうに。
アラームが鳴ってマップの縮小が始まる。
これが何度か繰り替えされジワジワと範囲が狭まっていく。
相変わらず忍者は強い。
奇襲による狙撃すら回避し、特殊能力を利用して相手の隙を突いて倒す。
その動きにいつの間には俺は魅了されていた。
自分が目指すべき到達点を見た気分だ。
上には上が居る。
当たり前の話ではあるが、俺はずっとその頂点に居ると思っていた。
だがそれは俺の驕りだった。
頂点こそあの忍者なのだ。
そしてあの忍者を倒してこそ、俺は堂々と最強を名乗れるのだ。
アラームが鳴って範囲の縮小がまた始まる。
ついに範囲は半径50mほどになった。
ド定番な森の中で周囲の木々に隠れるしかない。
ここにはもう3人しか残っていない。
100人中、78人を倒した『ALICE』は現在場所が解らない。
途中で急に『隠密』を使用され完全に振り切られてしまったのだ。
だがまだチャンスはある。
俺の斜め左側にチラっと見えたのは、3人目の生き残りである『トレーニー』という人だ。
この人は俺と同じくプロゲーマーでかなり強い人である。
そう、俺達は暗黙の了解のように共闘状態にあった。
俺はマップを見る。
次の縮小は、俺達が動かなければならない。
ここで動けば居場所が確実にバレる。
なのでここで勝負に行かねばならない。
何故なら森の中とはいえ、相手は丘のように高い位置を取っているからだ。
対して俺とトレーニーさんは下側。
圧倒的に不利な位置関係だ。
トレーニーさんと目が合う。
……何かする気だ。
すると彼は、大きくその場で跳躍した。
超人のように高く飛び上がる彼はそのまま特殊能力を発動する。
彼の使用するキャラの固有能力『バリアシールド』だ。
これは忍者の『隠密』と同じく効果中に攻撃や拾うなどの行為が出来ないが5秒間だけ無敵になる。
垂直ジャンプなどすれば即撃ち殺されるだろう。
その対策をしての跳躍だ。
「5先」
白地の全体チャットに文字が入る。
俺はその意味に気づいて俺から5本先の木に向かってアサルトライフルを撃つ。
すると隠れていた忍者がスグに後ろに後退する。
「逃がすか!」
俺はアサルトライフルを構えながら全力で前に出る。
トレーニーさんも少し遅れながらも走っているのが見えた。
丘を登った瞬間に撃たれることもある。
だから登りきる瞬間に少しフェイントを入れたが撃ってくる様子がない。
そのまま登りきったが誰も居ない。
スグにヤバイと気づいて近くの木に隠れる。
ここで棒立ちなどあってはならない。
だが次の瞬間、アサルトライフルの発砲音がしたと思ったら―――
◆:トレーニー
◇:ALICE
思わず声が出そうになった。
いつの間に……である。
これで今日の試合、ALICEが倒したプレイヤー数は79人。
そんなことがあり得るのか?と思うが現実に目の前で起こっているのだ。
―――もし『潜伏』を使ったとするなら。
そこで俺は気づいた。
ALICEが『潜伏』を使ってトレーニーさん側に移動して奇襲した。
とすれば今はトレーニーさん側に居るはずだ。
そして今『潜伏』はクールタイム中で使えない。
相手は下でこちらが上で位置も悪くない。
ここが勝負だと勢い良く飛び出す。
「―――は?あれ?」
トレーニーさんが居た場所の周辺は、森の中でも木々が無い場所で隠れられる所などない。
『隠密』も使えないはずだ。
じゃあどこに?
急に寒気がして思わず後ろに一歩下がる。
だがその瞬間、ガチャっという音と共に後頭部に硬い何かが押し付けられた。
「―――ははっ、うっそだろ」
全てを察して、俺がその言葉を口にした瞬間。
ゲームは終了した。
VRから現実に戻されると目の前には『惜しい!2位だ!次こそ1位を目指そう!』という文字。
「くっそー」
思わずシートに倒れ込む。
悔しさも当然あったが、それ以上に興奮していた。
「次だ……次こそ俺が勝つんだ!」
久しく忘れていた高揚感を感じながら、次に出会った時にどう倒そうかと考えているとメールの着信音が鳴る。
ゲーム内のメールだ。
これで互いの健闘を称えたり、逆に罵倒しまくるなど使い方は人それぞれのもの。
「え?」
俺は、思わず差出人を二度見する。
『ALICE』
このプレイヤーはメールを送ってくることも送ったメールを返してくることもない。
そう聞いていたし、チャットなどでやり取りしたという人も居ない。
俺は震える手でそのメールを開封した。
「覗き見趣味の人へ。ずっと見てたけどあまり良い趣味とは言えないわ。せっかく最後良い判断してたのだからもっと真面目にプレイすればもっと上手くなると思うわよ?」
メールの中身を見て思わず乾いた笑いが口から零れた。
そう、最初から気づかれていたのだ。
あの時、目が合ったような気がしたが気がしたのではなく実際に目が合っていたのだ。
「ホント、すげーなこの人」
記念にメールに保護をかけてから、俺はゲームを切った。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
同じ頃、とある寮の一室で自分用のVR装置から起き上がった青髪の少女はメール機能でメールを打つ。
そして目の前に表示されっぱなしの『やったね!1位だ!おめでとう!』の文字を気にすることなくゲームを終了させる。
「ど~も人間離れした身体能力とか固有能力ってのが現実感無くて気持ち悪くなるのよねぇ。まあ便利ではあるのだけど」
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