第33話
■side:琵琶湖女子監督 前橋 和歌子
色々あった全国大会が終わり、様々な調整などに駆り出されていた私もようやく暇になる。
そして遅れているU-18女子日本代表の選考会がスグに始まる訳だが、ここに関して私は関係無い。
というよりも10人しか居ないチームから確実に代表選手が何人か出る状態なのだ。
まともな練習も出来なくなる以上、残った選手には個別の強化メニューによる調整をしつつ呑気な立場で世界大会を眺めるだけである。
大会が終わった直後は、そう考えていた。
しかし現実というものは予想出来ないものだ。
優勝したことで知名度が上がり選手だけでなく私まで様々なイベントなどに呼ばれるようになる。
日本の高校生LEGENDは、春に調整し夏の大会で爆発する。
そして秋に国際大会があって冬にお祭り的なイベントを挟む。
そうしてまた春を迎えるというサイクルになっていた。
ただこれに関して日本LEGEND協会内では『冬季大会も開催すべき』という声が大きい。
冬に行われるLEGEND感謝祭というお祭りは、中学生~プロまでのLEGENDプレイヤーの中でも有名選手が勢揃いしてLEGENDを通しての遊びを行う。
例えば1対1の決闘バトルや、プロアマ混合戦などである。
普段は絶対に見られない戦いや、ここでは勝敗など関係なく遊ぶ選手だらけになるため真剣な試合とのギャップなどが好評で毎年開催していた。
これも国際大会と同じで大多数のプレイヤーには関係のないものになってしまう。
だからこそ夏だけ、1回だけのチャンスではなく冬にもう一度チャンスがあっても良いのではないか?というのが声の中身だ。
そしてこの声には賛同者が多い。
春に入学して夏までに成長しきれなかった1年生や実力を出し切れなかった3年生。
更に怪我など事故で大会に参加出来なかった選手など、そういう境遇の選手なら全員が賛同するからだ。
しかもプロの選手になりたい者達にとって夏大会だけの一発本番のみというのは、あまりにもアピールチャンスが少なすぎるとの声もある。
この件に関しても最近、日本LEGEND協会から全国の中高生LEGEND部顧問に対して意見が聞きたいという話があり何度もオンライン会議に出席せねばならず、仕事が増える一方だ。
そう思っている所に今回、U-15女子日本代表との練習試合である。
本当にどうしてこうなった。
現役で選手をやっていた時の方が明らかに楽だった気がする。
ミーティングルームでは現在、リーダーの藤沢さんが練習試合に関しての説明をしている。
前日ほぼ徹夜で考えた戦術を彼女には渡してある。
それを彼女らが検討し、必要なら手を加えて試合に挑む。
監督のやれることなどそこまで多くは無い。
作戦の下地を作る。
選手個別のトレーニングメニューを考える。
選手のメンタルケア。
試合中の選手交代などの代理手続き。
その辺が主流である。
中には選手に任せず全て自分でやるという監督も居るが、少数派である。
実際、戦闘中に相手の強さや動きで作戦を変更するのはそれを肌で感じる選手自身の方が確実性が高い。
だからこそLEGENDのリーダーは、必要以上に重い立場になる訳だが逆に監督が指揮を執ってしまうと相手の突然の動きに対応出来ない。
何故なら監督は、咄嗟に指示を伝えられないのだから。
なのでほとんどがリーダーを主軸にそれを監督がサポートしたりリーダーと共同で作戦を練る。
琵琶湖女子も私が新人監督なのもあってそういうスタイルにしていた。
今回はU-15女子日本代表メンバーは既に決まっているので情報を集めやすかった。
そして今、その集めた情報を各メンバーが真剣に頭に入れている。
それにしても先ほど挨拶をしたU-15の監督は、本当に何なのだろう。
確か日本LEGEND協会の役員をしている方の奥様だという話を聞いたことがある。
本人も元プロ選手だったはず。
去年のU-15監督は、優勝という戦績を引っ提げて帰ってくるとスグに最大手のプロLEGENDチームの監督に就任した。
そのため今年は彼女になったらしい。
まあそこまでは別に構わないのだが、あの圧倒的自信と遠慮の無さは何なのか。
出会いがしらに人の肩を強めに叩きながら『まあ良い試合にしようじゃないか』である。
考え事をしていると机を軽く叩く音で周囲を見る。
どうやら藤沢さんが、各選手に関して話をしている最中に無意識に机を叩いてしまったようだ。
「それで……最後ですがリーダーの『鳥安 明美』さんでしたっけ?彼女はどういった方ですの?」
「ハイエナ」
「好戦的」
「うっかりさん」
藤沢さんの問いかけに霧島さん、大谷さん、南さんが一斉に答えた。
……どれも良い評価に聞こえないのは私だけではないはずだ。
現に藤沢さんも呆れた顔をしている。
「えっと……もう少し詳しくお話頂けると助かるのですが……」
「ヘッドショットを狙わないって訳じゃないけど、確実に相手を仕留めるために撃ち合いで手負いになって下がった相手を狩ることに特化してる」
「そうそう、だから物凄く好戦的。積極的に撃ってくる。特に耐久値が半分以下の相手は基本逃がさない」
「でも前に出過ぎて定期的にカウンタースナイプされたりして撃破取られるのよね。防御より攻撃優先って感じかな」
3人がそれぞれ追加で感想を述べる。
話を聞いた感じは、霧島さんや白石さんのような天才型ではなく昔ながらの削って倒すブレイカースタイルに近い。
「聞いた感じですと、通常の狙撃対策で何とかなりそうな気がしますが」
「そこがアレの怖い所。一度食いついた獲物には狙撃の精度が跳ね上がる。それはU-15の戦績を見れば解るはず」
霧島さんの指摘で皆が納得し始める。
確かに彼女の撃破率は、非常に高い。
私ならもっと試合に出しているだろう。
「まあ、ずっとしつこくヘビみたいにまとわりついて来るのよりはマシだけど」
彼女の冗談か本気か解らない台詞に、全体的に薄っすら笑いが起こる。
私からすれば彼女も謎な人間だ。
驚異的な才能。
100年に1人の天才。
彼女を彩る言葉は増える一方だ。
しかし彼女に関わるほど謎も増えていく。
まず彼女は『勝敗を気にしていない』のだ。
勝ちにすらこだわっている感じがない。
勝っても負けてもどっちでもいいという考えにしか見えないスタイルだ。
彼女自身は『チームプレイを重視している』と言うが、それでは説明が付かないことも多い。
特にそれを強く感じたのは全国大会だ。
大阪日吉戦のグングニル。
彼女は相手の意表を突いた戦術として、もっともらしい言葉で仲間を説得した。
しかし冷静になって考えてみれば最高戦力である霧島アリスを、彼女がもっとも活躍出来るであろうマップで使わなかったのだ。
最後の突撃は予想外だったとはいえ、正直グングニルを使うなら霧島さん以外でも良かったはず。
京都青峰との途中で終わってしまった試合。
あれも一見、ヘッドショットよりも牽制を優先したように見えるが彼女ならヘッドショットを取れたであろう場面が何度かあった。
U-15の時なら切り込んでいるであろう場面でも、まったく動く素振りすら見せていない。
そして東京大神との決勝戦。
彼女なら白石を挑発しながらでも他を撃破出来ただろう。
いや、そもそも白石を釘付けにするという無駄な行為の時点で意味が解らない。
あそこまで挑発出来るのなら撃破も当然出来たはずだ。
それは挑発された白石自身が一番わかっていただろう。
だからあそこまで激怒していたのだ。
しかも最後の接戦になってもほとんど動く様子を見せなかった。
やっと動いたかと思えば最後の逆転を安田さんに任せるという大博打。
決まったから勝てたようなものの、アレがもし外れていれば間違いなくウチは負けていた。
何度か本人にそれとなく聞いても『気のせいだ』とはぐらかされる。
彼女は何を求めているのだろう。
LEGENDに対して何を期待しているのだろう。
こういう時ほど自分が凡人であることが悔やまれる。
所詮、凡人では天才の苦悩など解らない。
ただ私に出来ることは、彼女が話したいと思う時にそれを聞くことだけだろう。
ミーティングが終わって少し時間が余ったものの、先に準備でも始めようということになり部屋を出る。
すると向こうも早く終わったのか選手が部屋から出てウロウロしていた。
何気なくその光景を見ていると相手の監督と視線が合う。
するとニヤニヤと余裕そうな顔をこちらに向けてきた。
……私もあれぐらいの自信家ならこんなに悩まなくても済んだのかな?なんて思いながら自軍ベンチへと向かった。
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