第28話






■side:とあるLEGEND関連団体の幹部(安田千佳の休日)






「よ、よろしくお願いします……」


 目の前でこちらが申し訳なるほど恐縮している少女。

 孫が居ればこんな感じなのかなと思いながらも声をかける。


「緊張しなくて大丈夫ですよ。今日は、貴女の話したいことを話せばいいのですから」


「で、でも、その……そんな大したことは―――」


「構いません。貴女が感じたこと、思ったこと……それをただ話してくれさえすればいいのです」


「わかりました。精一杯頑張ります」


 講演の時間となり少女を送り出すと、ステージの横という特等席に移動する。


「それにしても彼女は何なのですか?」


 部下の1人が私の横にやってくると、ステージで話し始めた少女を見ながら聞いてくる。


「彼女は、LEGENDプレイヤーですよ。この前優勝したチームの」


「ああ、滋賀県の!……でもおかしいなぁ。彼女の名前にあまり覚えが無いんですよねぇ」


「それはそうでしょう。彼女はつい半年ほど前にLEGENDを始めたばかりの初心者ですから」


「へぇ!それで優勝!……才能があったんですね!」


 驚く後輩を見て思わず苦笑する。


「いえいえ、彼女は決して優秀だと言われている訳ではありません」


「そうなのですか?」


「予選から優勝まで全試合に出て、僅か1キルしかしていないそうです。しかもそれが人生初キルだとか」


「へ?1キル?人生初?」


「しかもデスに関しては、結構な数だったとか」


「……なら、彼女は何でここに呼ばれて講演を?」


「その人生初の1キルで倒した相手が、あの『白石舞』なんだとか」


「白石舞と言えば、去年のU-18で随分と騒がれたエースって言われてた子ですよね!?」


「そう、その白石選手です」


「それは……こう言っては何ですが、マグレなのでは?」


「多分、マグレでしょうね」


「……解ってて講演を行ったのですか?」


「マグレでも何でも良いのですよ」


「へ?」


 よく解らないという顔をする部下を見て『まだまだだな』とため息を吐く。


「強豪校の中で素人がプレイをする。相当なプレッシャーだったでしょう。何度もチームに迷惑をかけたと悩んだでしょう。そんな彼女が最後の最後にマグレだろうが相手エースを倒したのです。それがどういうことか解りますか?」


 部下は、ハッとした顔でステージで話続ける少女を見る。


「例え才能が無くとも、お荷物と呼ばれようとも彼女は諦めなかった。精一杯の努力をした。夢に向かって走り続けたのです。周囲から馬鹿にされたかもしれない、周囲との差に絶望したかもしれない。それでも彼女は立ち上がった。止まらなかった。だからこそ最後の最後で奇跡を掴めたのです」


 ふと部下を見るともう既に私の声が聞こえていないのか、返事すらせず彼女の話を熱心に聞いていた。

 今日この話を聞きに来たのはLEGENDに興味を持つ小さな少年少女達だ。

 ステージ上で精一杯自分が感じたことや頑張ったことを話す少女の言葉を真剣に聞いている。

 この子達は、いずれ彼女と同じく様々な壁にぶつかることだろう。

 だが願わくば彼女のように乗り越えて欲しいものだ。

 それがきっと将来かけがえのない財産となるはずだから。


 彼女の話を真剣に聞いている部下から離れ、事務所へと向かう。


「そう言えば和菓子をよく食べていたな」


 途中で出会った若い女性の事務員を呼び止めると休憩室に和菓子を追加で準備しておくように指示を出す。

 話を終えて帰ってきた彼女が和菓子を頬張る姿を想像して、ふと笑みを浮かべた私は残っている仕事を片付けるために自分の部屋へと戻った。






■side:とあるLEGEND雑誌のカメラマン(宮本恵理・三峰灯里の休日)






「え~!アリスちゃん来られないってぇ~!?」


 アシスタントの子からその話を聞いて、私は思わず叫んだ。

 普段インタビューすらほとんどNGという霧島アリス側との長期間に渡る交渉の末、ついに雑誌の表紙用のモデルをやってくれることになった。

 その写真を撮るのが今日だった。

 それが『急な予定が入って無理』だと連絡があったらしい。


「こっちは数か月前から予定押さえてたんでしょう!?急な予定って何!?」


「……それが、国際LEGEND協会の会長が急遽来日することになり政府側から―――」


「あんのぉクズ政治家どもめぇ~!!」


 怒りのあまり思わず叫ぶ。


「……あ、あのぅ~」

「……し、失礼します」


 スタジオ内が私に気を使って静かになってなければ恐らく聞こえなかったぐらいに小さな声。

 ふと入口を見ると10代の少女が2人。


 1人は、背中まである髪を首の後ろあたりでヘアゴムで軽くまとめていて地味な印象。

 平均的な身長で特に目立った特徴も無いがスレンダーな体型でスポーツ少女っぽい。


 もう1人は、髪が肩ぐらいまでのセミロング。

 髪先にウェーブがかかっていて手入れをしている感じが解る。

 平均より少し高めの身長で顔も可愛い系。

 特に胸が大きく魅惑的なその身体はグラビアアイドル向きだろう。


「あら?あの子らは?」


「急遽来られなくなったアリスさん側からの提案で代役を送ったと聞いてます」


「はぁ……」


 思わず間抜けな声を出してしまった。

 確かにまあ悪くはない素材かもしれないが、どう見てもモデル経験が無さそうな素人だ。

 そんなものを送られても……と思う。


「一応、社長からも『代役が来てくれるらしいから、その子で何とか良い表紙を頼む』と……」


「……あんにゃろ~」


 全て私に責任を押し付けるつもりだな?

 ふざけやがって。


「よし!良いでしょう。こうなったら最高の一枚を撮ってやろうじゃないの!」


 気合を入れて臨んだ撮影会だが、やはり相手は素人。

 なかなか上手くいかない部分も多いがその辺はこちらで何とかする。

 こっちもプロだ。

 例え素人相手でも、完璧な仕事をしてやるよ!


 ……それから数時間経ち、休憩に入る。

 素人2人は初めてのモデルという仕事に疲れ切っていた。


「はい、ココアよ」


 2人の前にココアを置く。


「あ、ありがとうございます」


 2人とも何とかという感じで返事を返してくれる。


「そう言えば霧島さんの代役って聞いたけど、2人はどうしてこの仕事を?」


 興味本位での質問だった。

 だが2人の少女は、その言葉を聞いた途端に前のめりで事情を説明してくれた。


 どうやら霧島アリス本人から『短時間、高収入、安心安全、一日限定のバイトをする気がないか?』と聞かれたらしい。

 LEGENDというスポーツは意外とお金がかかる。

 高校生ならアルバイトという選択肢もあるがLEGENDをしながらアルバイトというのは現実的ではない。

 丁度、今日は休日ということもあり2人は仕事の中身をよく確認もせず飛びついたそうだ。


「まさか雑誌のモデルだなんて……」


「ホント、直前で言われてビックリしたよねぇ……」


 それを聞いて思わず乾いた笑いが出る。

 この子達、変なのに騙されないかしらと。


「そう言えば2人にこの仕事を紹介したアリスちゃんって、どんな感じの子なの?」


 軽い気持ちで聞いた質問だったが、2人が揃って何度も唸りながら悩み続ける。


「べ、別に答えにくいのなら答えなくて構わないわよ?」


「ああ、いえ。そういうのではないんです」


「はい、ただどう説明すればいいものか」


 そう言いながら2人が霧島アリスについて語り出す。


 LEGENDが大好きなミリオタで、軍が定期的にやっている見学会の常連らしい。

 成績が良く特に語学が堪能で既に何ヶ国語も話せるらしく、この前ロシアから来たLEGEND関係者とロシア語で話をしていたそうな。

 それでたまに政治家である祖父に呼ばれて通訳の仕事をすることもあるらしい。


「会話さえ出来れば何とかなる」


 彼女はいつもそう言っているそうな。

 まあ確かにそうだよねとしか言えないけど。

 英語1つですらカタコトな私からすれば羨ましい限りだ。

 最近は精度の高い自動翻訳機が登場しているが、やはりそれを使わずに直接話す姿に憧れが無い訳ではない。


 その後も彼女達とは色々な話をした。

 何だかんだ言ってもやはり現役女子高生。

 大人になった私からすれば眩しい限りである。


 そして休憩後はお互いに会話をして仲良くなったからか、それとも緊張が解れたのかスムーズに仕事が進んだ。

 そして予定より一時間も早く仕事が終了した。


「もしよければ、またお願いしたいわ」


 そう言って2人に本日の給与と一緒に名刺を渡す。

 2人はそれを受け取ると疲れてはいるものの、嬉しそうに帰っていった。


 そして後日。

 2人を表紙にした雑誌が発売となる。

 スグに「この子達は誰だ?」と話題になり雑誌は普段の倍以上売れ、社長が会社で小躍りして喜んでいたそうな。

 結果を聞いた私は、ココアを飲みながら窓の外を見る。


「あの2人なら、どんな特集が合うかしら……」





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