第27話





■side:とある日本軍基地所属の師団長(霧島アリスの休日)






 今日は定期的に行われている基地の特別見学会の日だ。

 まさかこの日が私の担当日になるとは運が無い。


 特別見学会とは、一般見学とは違い普段見せることが無い奥の施設まで見ることが出来る。

 そして最後に射撃練習場で本物の銃を教官指導の元で撃つことが出来るというものだ。

 それ故に非常に競争率も高い人気見学会となっている。

 特にLEGENDというスポーツが誕生してからは男性の軍事オタク……通称ミリオタよりも知識のある女性が急増していた。

 実際、軍人を志望する女性も増えている。


 もちろんそれらは喜ばしいことで、軍人に対して一般の人々が理解を示してくれるのは良いことだ。

 特別見学会に多数の女性が参加しているのも問題はない。

 ……そう、彼女を除いてはだ。


 普通の女性の見学者は、多脚戦車や対空砲などを見て写真を撮ったり大体は砲身やレプリカの弾に興味を示す。

 だが今、目の前に居る小柄で青髪の美少女は、ボルト1本から稼働部位の耐久性など他のオタクと呼ばれる人々があまり興味を示さない場所に興味を示している。

 目を輝かせて質問してくる年頃の美少女に何とか良い所を見せたい手伝いの若手兵士達だったが、あまりにも専門的な質問に困っているようだ。


 そしてこの特別見学会最大のイベントである本物の銃の試射会の時間になった。

 参加者達は、本物の銃に興奮しながらも1人1人に兵士達が指導員として付いているため彼らの説明を真剣に聞いている。

 やがて1人、また1人と的に向かって銃を撃ち、その迫力に驚きながらも愉しそうに射撃を行う。

 そんな中、あの美少女はいつも同じ銃を選択する。

『KAWASHIMA社製狙撃銃:零式ライフル』だ。

 それを慣れた手つきで点検する。

 彼女に付いた指導員の立場の兵士は最初に銃の説明をしようとしたのだが、あまりにも手慣れた手つきで銃を扱う少女の姿に驚いてフリーズしてしまっていた。

 ……そうか、アイツはあの少女のことを知らないのか。

 それは悪いことしたなと思いながらも、私も目の前の参加者に銃の指導をする。

 万が一、事故などあってはならないからだ。


 参加者達が愉しそうに射撃をし始めた頃。

 例の少女が高そうなワンピース姿にも関わらず銃の先端下部にある二脚のバイポッドを立てて伏せ撃ちの構えになる。

 彼女が構えると、どこからともなく関係の無い兵士達まで集まってきてその光景を眺めていた。


 一瞬の静寂の後、彼女が引き金を引く。

 銃声と共に弾が飛んでいく。

 彼女は慣れた動きでスグに次弾を装填する。

 その様子は、完璧なベテランの狙撃兵だ。

 決まった数の弾を全て撃ち尽くした少女は、名残惜しそうに立ち上がると全てを片付けた後に服についた埃を叩いて払う。


「あの可愛い子、雰囲気がベテラン兵っぽくて面白いですね」


 いつの間にか隣に居た年下の広報官が声をかけてきた。


「……アレが可愛いで済むキミが羨ましいよ」


「どういうことでしょう?」


 私の言うことが解らない彼に、黙って超高倍率の双眼鏡を手渡す。


「彼女が狙撃した的を見たまえ」


「まさか1キロ先の的にでも命中してるんですか?」


 笑いながら冗談半分っぽい感じの彼を見て思わずため息が出る。


「『例の的』だ」


「は?」


「良いから見たまえ。それで解る」


 私が言うことが信じられないのか広報官は、不審そうな顔をしながら例の的を双眼鏡で探す。

 例の的とは、兵士達がお遊びで設置した的で本来狙うようなことがない的だ。


「……え!?あの穴は……そんな……まさか!?」


 彼が驚くのも無理はない。

 何故なら例の的は、6キロ先にあるのだから。

 銃の性能が上がった関係で狙撃の記録も日々伸びている。

 今の世界記録と言われているのはカナダ兵による4.8キロ先に立っていたテロリストへの狙撃だ。

 銃を撃ってから当たるまでに10秒近くの時間がかかるほど遠い距離。

 手元で0.1mmでも狂えば完全に別の方向に弾が飛んでしまうような世界だ。

 だから兵士達は『世界記録へのチャレンジだ』と言って暇な時に練習のついでとして狙ったりしている。

 だが未だ1人として当てたことがない的である。


 周囲の見学会参加者は、誰もこの異常に気付いていない。

 気づいているのは、双眼鏡片手に見学に来ていた事情を知っている兵士達だけだ。


「この前、若いのに聞いた。彼女はLEGENDの選手らしい。それも世界レベルの実力者だそうだ。まあ当然だな。アレに毎回弾を当てていくのだから」


「ま、毎回!?」


「そう……毎回だ。あの少女は定期的にこの特別見学会に参加しては零式ライフルであの的を撃ち抜いていく」


「バ、バカな……」


「本当に馬鹿な話だよ。おかげで狙撃班の連中が全員必死になって6キロ当てに挑戦しているが、未だ成功者無しで肩身の狭い思いをしているそうだ」


 若手の兵士達が思わず赤面してしまうほど可愛らしい笑顔を浮かべ満足そうに『愉しかった』と言ってライフルを返却する少女。

 少女は、どこまでもマイペースだった。


「アレを本物の天才と呼ぶのだろうな」


 広報官が慌てて何処かへと走り去っていった。

 最後に参加者全員が、私に敬礼をして見学会が終了となる。

 その中でもベテラン兵並みに堂々とした敬礼を行うその少女を見て、私は思わず苦笑した。


 そして数日後、関東方面のとある基地で開催された『本物の軍人とLEGENDで対戦してみよう』という企画に例の小柄な青髪の美少女が現れたらしい。

 その少女は、イベントに参加した軍人全てをヘッドショットで倒すという神業をやってのけ、悠々と去っていったそうだ。

 一連の報告書が私の手元に届いた時『まあ、そうだろうな』と思いながら、のんびりとコーヒーを飲みつつ窓の外を見た。












■side:とある大手会社の開発部社員(藤沢花蓮の休日)






「はぁ、今日も残業か……」


 ため息を吐きながら返却された報告書の山を見る。

 とてもではないが本日中に終わる量ではない。


 ある日、突然本社の社長直々にとあるプロジェクトが立ち上がった。

 それはこの前優勝した学生チームの限定モデルを作って販売するというもの。

 正直、プロチームや有名プロ選手のモデルを作るのなら解らなくもないが、アマチュアの女子高生チームのモデルとか意味が解らない。

 しかしそのプロジェクトのトップになったのは、まだ学生である社長の一人娘だ。


「学校側や本人達の許可は取ってあるので、完璧なモデルをお願い致しますわ」


 俺達に丁寧に頭を下げた社長令嬢は、美人でスタイルも良い。

 そして何よりプロジェクトの内容を見てみると、どうやら優勝したチームにこのお嬢様が参加していたそうな。


「……なるほど、愛する娘への記念品か」


 最初は、そう思っていた。

 だからそれらしく性能よりも見た目にこだわった作品に仕上げた。

 しかし提出したものは全てダメ出しを受けて返却されてしまう。


「こんな低品質をウチの名前で出すつもりですか?」


 どうやら本気でこの売れそうにない企画に大金を突っ込む気らしいと気づいた時には大量に仕事が溜まっていた。

 そりゃそうだ。

 何度も何度も差し戻され、仕事が一向に進まないからである。

 ある日、腹が立って抗議しにいった。

 だがあの社長令嬢は、さも当然のように言い切った。


「本人の名前のモデルを作るのに本人のデータを使わないなんてあり得ないでしょう?」

「高品質の最高ランクのモデルを作ろうとしているのに、先にコストを気にする必要がありまして?」

「アナタは開発のプロなのでしょう?ならプロとして完璧な仕事をなさって下さい」


 確かに正論だが、年下の女にデカい顔をされてやる気が出る訳がない。

 でもだからといって手を抜く訳にはいかない。


「あの生意気なお嬢様が、何も言えなくなるようなものを作ってやろうじゃないか」


 そこから死ぬ気で働いた。

 本来なら専用モデルの開発など最低でも半年以上かかる。

 それをたった3ヶ月でやり遂げたのだから、俺はやはり天才だ。


「やれば出来るじゃありませんか」


 その言葉を聞いた時、思わずガッツポーズが出た。

 例えこのモデルが売れなかろうが、俺は仕事をやり遂げたのだ。

 あとの責任は、このお嬢様が取るだけである。


 そう思っていた。

 しかし世の中、解らないものだ。


 FUJISAWA社の新商品。

『私立琵琶湖スポーツ女子学園:大会優勝Ver』として発売されたLEGEND用装備は、予約の時点で即日完売。

 後日、追加で制作されたものも全て即日完売という大人気商品となった。


 それにより社内では、あのお嬢様の評価が爆上がりしており会社の株価も急上昇。

 そして開発に関わった社員全員に、臨時ボーナスと特別休暇一週間が支給された。


「いや、ホント世の中わからんねぇ」


 そう思いながらも特別休暇を愉しむために俺は飛行機のチケットを予約した。






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