第136話 おはようございまする!

「ん……」


 【主の部屋】から外へと意識が戻った事で、空気が変わったのがわかった。

 それと、父さんや母さんの匂いもする。


 二人の匂いがすると安心するなぁ。


 身体が怠い気がするけど、とにかく起きた事を伝える為にも目を開けないと、と思って目を開ける。


 すると何度か見た覚えのある天井が視界に映る。


 やっぱり領主様に迷惑を掛けちゃってたか……と半ば諦めの気持ちが芽生える。

 物事って上手くいかない事が多いよね……


 と、思考が遠くに行きそうになってしまったけど、現実を受け止めねばっ



「よっと……」


 怠さの残る身体を起こすと、私と同じタイミングで戻ってきたのであろうカトレアさんと目があった。


「おはようさん」

「おはようございます、カトレアさん」

「シーちゃん!」「シラハ!」


 カトレアさんに挨拶をしたら、母さんと父さんが詰め寄ってきたので、ちょっとビックリしてしまった。


 長時間【主の部屋】に居たせいか、まだ少し切り替えが出来ていない気がする。


「父さん母さん、おはよう。ちょっと寝坊しちゃったみたいでゴメンなさい」


 ちょっとじゃないらしいけど……とにかく心配かけてしまった事については謝っておかなきゃね。


「何を言っているの……シーちゃんが謝る必要なんてないわ。目を覚ましてくれれば、それで良いのよ」

「そうだぞ、シラハ。本当に良かった」


 母さんが涙ぐみながら私にギューと抱きついてくる。

 少し苦しいけど、あったかい……


 母さんの背中に手を回して私もギュっとしておく。



 母さんに抱きつきながら、ふと部屋を見渡すとカトレアさんが私達のやり取りを見守っていた。

 ちょっと恥ずかしい……


「本当に、アンタには甘々なんだね……」


 しかも、ちょっと呆れられている気がするっ


「こんな姿を見ていると、なんだか二人が竜だという事を忘れそうになるね……」


 と、カトレアさんが呟く。


 そっかカトレアさんは、二人が竜だって言うのは知っているんだ。

 父さんと母さんが進んで説明したってのは想像がつかないし、カトレアさんが察して確認でもしたのかな?


 

「シーちゃん、ごめんなさいね。私のせいで辛い思いをさせて……」


 私に抱きついて落ち着いたのか、母さんが謝ってきた。

 母さんのせいって……倒れた時にも、そんな事を言っていたけれど、気にしないでほしい。

 竜の子の魔石を取り込んだ事で、私に真化の影響が及んでいるのだとしても、それは私達の家族としての繋がりでもあるのだから。


「私は寝てただけだから辛くはなかったよ。だから謝るのはナシだよ」

「……わかったわ」


 しょうがないわね、といった雰囲気の母さん。

 だけど、どうしようもない事で謝られるのも心苦しいからね。



 さて……十日も経過しているって話だけど、街はどんな状況なんだろう。


「ねぇ、お爺ちゃん達はどうしてるの?」


 さすがに街の外で待機しているなんて事はないと思うけど、確認は必要だ。


「お義父様は散々ゴネていたけれど、レイリーとマグナスが連れ帰ったわ」

「シラハが心配だと喚いてばかりだったな」

「ガイアスも狼狽えてばかりだったと思うわ」

「そ、そんな事ないぞっ」


 父さんがあたふたと動揺している姿を見て、ふふっと笑ってしまう。

 心配をかけたお爺ちゃんや苦労をかけたレイリーやマグナスさんには、帰ったら何かしてあげないと、かな?


「そういえば、シリューやヨークは?」


 ヨークはレイリーのところへ行ってもらったけど、シリューには魔物を倒してもらっていたはず。


「あの子達は、シーちゃんが眠って少ししたら消えてしまったわ」

「え…消え……」


 母さんの言葉を聞いて背中がヒヤリとした。


 私の中に戻せないでいると消えちゃう?


 じゃあ、シリューやヨークは……と、一瞬考えてしまったけど【主の部屋】の中でステータスを確認した時に《紫刃龍騎》と《森林鷹狗》の名前はあったから大丈夫だと自分に言い聞かせる。


 以前にナヴィが、シリューとヨークは私の中で溜めた魔力を使って活動するって言ってたし、魔力が無くなったら姿を維持できなくなるってだけのはずだ。きっと。


 二人の無事は確認したいけど、今いる所は領主様の屋敷だからね。


 さすがに此処で呼び出すのはマズい。

 なので次の質問。


「街は特に被害はなかったんだよね?」


 被害についてはカトレアさんにも聞いたけど念のため……


「どうなのかしら……私達はシーちゃんに付きっきりだったし、街の事はわからないわ……」


 そうだよね……母さん達は街に興味ないもんね。

 これは質問した私のミスだね。



「アルクーレの街の被害は軽微だ。怪我人は出たが死者は出なかった」


 すると、そこへタイミング良く領主様がセバスチャンさんを連れてやって来た。……と思ったけど、どうもカトレアさんが私が目を覚ました事を報告したらしい。


 それで、わざわざ領主様が来てくれたと。

 なんか申し訳ないです……


 偉い人なのに足を運ばせてばかりな気がするなぁ私。


「突如現れた竜と蛇の魔物が魔物の群れと帝国兵を蹴散らし、アルクーレの街は無傷。まぁ街道が多少荒れはしたが、魔物の群れと争っていたら……という事を考えれば、被害は無かったといっても差し支えないな」


 と、領主様自ら説明してくれたけど、ちょっと待って。

 魔物と帝国兵?


 魔物はともかく帝国兵も一緒に蹴散らしちゃったの?


 ちらりと父さんを見ると若干気まずそう。

 責めてるんじゃないよ?

 何があったのか知りたいだけだよ。


「物見の報告では五体の竜と空を飛ぶ大きな蛇のような魔物が出現したと言う。それらの暴れっぷりが凄まじく、その蛇の魔物が帝国軍にまで牙を剥き、かなりの被害が出たそうだ」


 それ……シリューじゃない?


 私のせいで帝国兵に被害が出ちゃったって事?


「ち、ちなみに帝国兵には、どれくらいの被害が……?」


 恐る恐る尋ねると、


「正確な数は不明だが……二千人以上は死者が出たのではないかと報告を受けている」

「二千……」


 数を聞いてクラっとした。

 私の中にいる魂と比べれば数は少ないけれど、それでも私の行動で二千人もの死者が出たとなれば、さすがに堪える。


「犠牲になった帝国兵は気の毒だが、それは派兵した側の責任だ。こちらが気にする必要はない」

「そう……ですね」


 ヤバい……ちょっと目の前が真っ暗になりそう。

 領主様の言い分はもっともだけど、殺したのはシリュー……つまりは私の責任だ。


 アルクーレの街を守る為なら、帝国兵だってブッ飛ばす! くらいの気持ちでいたけど、実際にそれだけの人を殺したとなると、それなりに揺らぐよね……


 私に危害を加えようとした人を仕留めるのは平気なのにな……



 私がショックを受けていると追い打ちとばかりに、領主様がペラリと一枚の手紙を取り出した。



「シラハ……この手紙は君が書いたモノか?」



 ああ、私が書いたヤツだ。

 だけど、それを認めるのはな……


「なんですかソレ」

「そうか……違うのか」


 私が惚けると、領主様はあっさりと引き下がって、手紙をセバスチャンさんに預ける。


 良いんですか、それで?


 あまりにもあっさりしているので、バレているんじゃ……って気もするけれど、そこにはもう触れないでおこう。



「目覚めたばかりだし、もう何日かはゆっくりして行くといい」

「あ、はい。ありがとうございます」


 特に追及される事もなく会話は終了。

 そして領主様は退室。

 ボロを出しそうだから、追及されなくて良かったけど……



 ボフッとベッドに倒れ込むと、さっきの話を思い返してモヤモヤする。


 あ〜……帝国兵さん、ごめんなさい。


 謝って済む事ではないけれど、心の中でだけでも謝っておく。



 そして自分のメンタルを守る為にも、一旦思考停止して眠りにつくとしようかな……










◆ルーク・アルクーレ視点


「はぁ……」


 シラハとの会話を終えて執務室へと戻り溜息一つ。


「シラハ様に事実確認をしなくて宜しかったのですか?」

「シラハが惚けるのなら、それで構わない。むしろ、そんな事実を抱え込みたくない」

「そのような事を仰って……ですが、あのお二人の前でシラハ様を問い詰めるような真似をすれば、何をされるかわかりませんからな」


 シラハが竜を動かせるかどうか、というのは確認しなければならない事ではあるが、今でなくても問題はあるまい。

 シラハの両親を怒らせると、恐ろしそうだし……

 シラハ自身も本調子ではないだろうしな。



 今回、アルクーレの街に被害は無かった。


 先日、王都から被害確認に来た役人に、魔物の群れが本当に来たのかと疑われたから、街の西側に大量に山積みになっている魔物の死骸を見せてやったら、青ざめた表情になりながらも漸く信じた様子だった。


 虚偽だと発覚すれば領主といえど罰せられるというのに、そんな嘘をつく訳ないだろうが……


 帝国側に被害が出た事は王都にも報告済みだから、あとは向こうでどうにかしてもらいたい。


 ついでに竜の事も報告はしてはあるが、こちらに関しては半信半疑といった感じだった。

 竜が街を守った、なんて話は信じ難いのだろう。


 これについては仕方がないと思っている。


 逆の立場だったら、私も同じ反応をしそうだ。


 あっさりと退いて行った竜の動きは奇妙なもので、これがシラハの指示だと言うのなら多少は納得もできるのだがな……



「ルーク様。事後処理はまだまだ沢山ありますので、頭を悩ますのは手を動かしながらでお願い致します」

「悪魔か……」

「執事でございます」


 ニコリと笑いながら、そんな事を宣うセバスを睨みながらも、私は手を動かし始めた。




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