第134話 闖入者と居候

◆カトレア視点


「よっ…と」


 あたしは真っ白い空間の真っ白な床の上へと着地する。


 というか、此処はどこだい?


 領域を広げる要領で、あの子に魔力を通そうとしてみたものの、案の定上手くいかなかった。


 あの子の魔力量は、あたしよりもずっと多くて上手く干渉ができなかった。

 それでもどうにか干渉できないものかと思ったんだけど、それも表層止まりだ。


 干渉しているあたしは異物のようなモノだし、あの子の魔力量を考えると、此処ら辺りが限界だね……




 白い空間を見渡すけれど、見渡す限りでは何もないし、果ても見えない。

 何処に行けばいいのやら……


 困ったね……宿主ならともかくとして、他人の身体に干渉した事はないから、あの子にどんな影響が出るかも分からないから長居はしたくないんだけどねぇ。



「いらっしゃいです。カトレアさん」

「っ?!」


 背後から掛けられた声に、咄嗟に距離を取って振り返る。


 いつの間に……?

 気配は無かったはず……



 振り返ると、声の主と思しき少女が立っていた。


 あの子と歳が近い印象は伝わってくるけれど、顔とかがハッキリと見えない。

 だけど敵意は感じられない……味方、と考えても良いのか?



「アンタは何者だい?」


 あたしの質問に、目の前の少女がクスリと笑った気がした。


「私は貴女と同じで、シラハお姉ちゃんの身体にお邪魔している存在ですよ」

「あたしは用が済めばお暇させてもらうつもりだけど?」

「はい、知ってます。だからカトレアさんの力になる為に会いに来ました」

「それはありがたいけどね……。アンタはあたしを知っているかもしれないけれど、あたしはアンタの事を何も知らないんだ。そんなアンタを信用できる訳ないだろ?」


 少しでも情報が欲しい今、目の前の少女から話を聞くべきなんだろうけど、どこか恐ろしい印象を受けた。

 得体の知れない場所だからかね?


「私はナヴィです。名前が無かったので、お姉ちゃんに付けて貰ったんですけどねっ!」


 目の前の少女は、あたしの警戒なんて気にした様子もなく嬉しそうに名乗る。

 表情は見えないんだけど。


「それでナヴィ。あの子を助ける為に出来そうな事はあるのかい?」

「はい! お姉ちゃんが取り込んだ魔石の力の一部を消せばいいんです」

「消す?」


 あの子の力については話で聞いただけだけど、取り込んだ力というのは簡単に取り除けるモノなのかい?


「元々、魔石の力を消す事は出来たんですけど、お姉ちゃんは忘れちゃってるのか、勿体無い精神が働いているのかは分からないんですけど、それで領域に負担を掛けてしまっているんです」

「なら、アンタがそれをあの子に教えてあげれば済む話なんじゃないのかい?」


 あたしがそう聞くと、ナヴィは少しつまらなそうにしながら――


「私の声は、お姉ちゃんが起きている時にしか届かないんです……」


 と、呟いた。



「アンタの声が届かないのなら、あたしの声も届かないんじゃないのかい?」

「かもしれませんし、ここまで来られたカトレアさんなら、或いは……とも思っています」


 確実ではないけれど、他に手がないのも事実……


 それなら、その方法に賭けてみるしかないか。


「あたしの声をあの子に届けるには、どうしたら良いんだい?」

「その前に少し聞きたい事があるんですけど……」

「なんだい?」


 あの子の事を考えると早くして欲しい気持ちはあるけれど、協力関係になるのなら多少は話をするくらい構わない。


「カトレアさんは、どうしてお姉ちゃんの事を『あの子』…なんて呼ぶんですか?」

「はぁ? そんなのアンタには関係ないだろ」


 何の話かと思ったら呼び方とか……そんな事、他人にどうこう言われる筋合い無いっての。


「関係ない? 私はお姉ちゃんの中にいるので無関係でもないんですよ。何かあれば、こちらにも影響があるかもですし。それに……」


 急にナヴィを取り巻く空気が変わり、寒気を感じた。


「名前を呼ばないで人の事を『アレ』だ『コレ』って……大人の勝手で産まれた子供を邪魔者扱いしてっ……!!」


 風がぶわりと、あたしにぶつかる。


 事情は分からないけれど、どうにもあたしの言動がナヴィの機嫌を損ねたらしい。

 これだから子供は苦手なんだ……


 だけど苦手だからといって、このままにしておく訳にもいかない。


「アンタ……ナヴィって言ったね。あたしがあの子を…シラハを名前で呼ばないのには、あたしなりの理由があるんだよ!」

「……理由?」


 ナヴィから吹いてくる風がピタリと止んだ。

 どうやら話を聞く気はあるらしい。


 あまり話したくはないんだけどね……


「ナヴィはあたしが、シラハとどういう関係なのかは知ってるのかい?」

「その辺の話は、お姉ちゃんの中で聞いてました。カトレアさんがパラシードって言う魔物だというのも知ってます」


 あたしとあの子だけで話していたつもりだったのに、他にも聞いているのがいるとはね……


「あたしがさ……もしもシラハにお母さん、だなんて呼ばれるようになったら、ナヴィはどう思うんだい?」

「それは……良い事なんじゃないんですか?」

「そうかも知れないけどさ……あたしはシラハの本当の母親じゃないのに、お母さんだなんて呼ばれるようになったらエイミーに申し訳ないよ……」


 だから、あの時シラハと話をして思ったんだ。

 なるべく、この子から離れようって……


「肉体も人生も奪っておいて、さらに娘から「お母さん」なんて呼ばれたら、それはエイミーから全てを奪ったようなもんじゃないか。実際そうなんだけどさ……」


 どう取り繕うとも、その事実は変わらない。


 シラハといると、どうしてもエイミーの存在がチラついてしまう。

 形がどうであれ、あたしは母親を害した魔物で、シラハはその娘。


「本当の母親を奪ったあたしが、どんな顔してシラハの側でシラハの名前を呼べば良いのさ……」

「お姉ちゃんは、そんな事は気にしないと思いますけど……?」

「いや……そんな簡単に割り切れないんだよ、あたしが……」


 確かに、あたしの事については気にしてないみたいだけさ。

 赤ん坊だった頃を知ってるあたしとしては、複雑なんだよ。


「つまりカトレアさんは、きちんとお姉ちゃんと向き合うつもりはあるけど、今は無理って事ですか?」

「ああ。もう少し整理する時間が欲しい……」


 本当は逃げるつもりだったとは言えないけど、いつかちゃんとシラハと向き合えるようにしないとね。


「なら今回は見逃してあげます。……でも、お姉ちゃんを悲しませるような事はしないでくださいね」

「気をつけるよ」


 あたしがそう言うと、ナヴィは納得したのか小さく頷いていた。




「では、お姉ちゃんがいる場所に案内するので、私について来てください」


 あたしはナヴィの後ろをついて行く。


「此処はシラハの内側だというのは分かるけど、どんな場所なんだい?」


 自分で入って来たとはいえ、他人の身体に入り込むのは初めてだったから、此処がどんな場所かも見当がつかなかった。


「此処は、お姉ちゃんの身体の中……っていう説明くらいしか出来ないですね。ちなみに今向かっているのは、お姉ちゃんのスキルで作られた部屋です。あそこでなら対話が可能なはずです」

「部屋?」


 こんな何もない空間に部屋だなんて、と思っていたらポツンと扉が建っているのが見えた。


 此処はなんでもアリなのかい?


 よく分からないけれど、此処はそういう場所なのかもしれない。



「その扉なんですけど、カトレアさん開けられますか?」


 ナヴィがあたしに確認してきたので、警戒を解かないようにしながら、そっと扉に触れる。


 扉からは確かにシラハの魔力が感じられる。


 しかし押しても扉は開きそうにない。


「やっぱり開きませんよね」

「やっぱりって……開かないなら、どうするのさ?」

「となると……カトレアさんがお姉ちゃんの中に入って来た時と同じ方法くらいしかないのでは?」


 そうなるか……


「だけど、シラハの魔力はあたしより強いから上手くいくかは分からないよ? というか今更だけど魔力で干渉しても大丈夫なんだろうね?」

「お姉ちゃんは他の人よりは丈夫なので問題ないかと。もしもカトレアさんに危険が迫るようでしたら、なるべく早くお伝えするので安心してください」

「そんな状況に陥ってる時点で安心なんてできないけどね!」

「あはは。そうですね」


 くそっ他人事だからって笑いやがって……



「それじゃ……やってみるよ」




 あたしは領域を扉に広げるように魔力を動かし始めた。



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