第133話 格が違う

◆カトレア視点


 あたしは今、アルクーレの街に来ている。


 数日前までは別の街で活動をしていたのだけれど、何故かアルクーレのギルドマスターから指名依頼が入ったとかで、やってくる事になってしまった。


 あたしとアルクーレのギルドマスターとの接点なんて、あの子……エイミーの娘シラハに体力回復薬を渡した時だけだ。

 あの時は、ギルドマスターだなんて知らなかったけどね。


 後日に領主様のお屋敷に呼ばれた時は、なにかやってしまったのかと思ってヒヤヒヤしたね……


 だけどシラハあの子に事情を話せたおかげで、エイミーが恨まれたままにならずに済んで本当に良かったよ。


 あの子に、お母さんと呼ばれたのはむず痒かったけどね……




 とはいえだ。

 あたしがアルクーレに呼ばれたのは、おそらくはあの子絡みの事のはずだ。


 さすがにあたしが魔物だという事は喋っていないとは思うけど、また領主様のお屋敷に行くことになるのかと思うと緊張するね。



 そういえばアルクーレに向かう前に、アルクーレの街が魔物に襲われている…なんて話を聞いたけど、あの子は無事なんだろうね?


 なんか急に不安になってきたね。


 あの子は危なかっしい印象があるし……いきなり二階から落ちてきたしね。


 何にせよ、まずは呼び出したアルクーレのギルドマスターに会うとしますか。



 あたしは冒険者ギルドの中に入り、受付へと向かうと冒険者カードを出しながら受付嬢へと話しかける。


「此処へ呼び出された冒険者のカトレアだ。ギルドマスターは居るかい?」

「カトレアさんですね。来たらギルマスの部屋にお通しするように言われています。こちらへどうぞ」


 そう言うと受付嬢が動き出し、あたしはその後をついて行く。

 

 二階へと上がり、一番奥の部屋へと到着すると受付嬢がドアをコンコンと叩く。


 人間はこのように報せや合図を求めたりするが、そのまま部屋に入ってしまえばいいといつも思う。

 部屋の中で何をしていようが、そもそも隙を見せる方が間抜けなのだから。


「ギルマス。冒険者のカトレアさんがお着きになられました」

「おおっ、そうか! 通してくれ」


 受付嬢が部屋の向こうにいるギルドマスターに、私の事を伝えると何故か嬉しそうな反応が返ってきた。


 あたしとギルドマスターには関わりなんて全くといっていい程に無いというのに、なんでそんな反応になるんだ?


 不思議に思いながらも部屋に入って行くと、ギルドマスターが席から立ちあがりながら、あたしに入ってくるように促す。


 別に敵対している訳ではないから不思議ではないけれど、ここまで好意的に迎えられるのは珍しい。


「アゼリア、スマンが馬車を表に用意してきてくれ。すぐに出たい」

「わかりました」


 受付嬢が頭を下げてから部屋の扉を閉める。

 すぐに出たいって……そんなに急ぎなのかい?


「到着して早々に悪いな」


 ギルドマスターが疲れた様子を見せながら、そんな事を言い出した。

 急ぐのは別に依頼なんだから構いやしないけどね。


「それは良いんだけど、依頼の内容を聞いていいかい? 何をしに何処へ向かうかくらいは教えてもらいたいんだけど」

「ああ……これから向かうのは領主の屋敷だ」


 予想はしていたけど、やっぱりか……


「そして、領主の屋敷で療養している、とある娘を治療して欲しい」

「は?」


 治療?

 何を言っているんだ、この男は……


「治療ってアンタ、あたしは冒険者だ! 病気だか怪我だか知らないが、そんなの医者に頼むもんだろ?!」

「分かってる! 分かってはいるんだが、もう何でも良いから何か手を打たなければ不味いんだ!」

「不味いって何がさ?」

「それは屋敷に着けば分かる……」


 ギルドマスターは、そう言うと力なく肩を落とした。


 あまりに変な事を言うから、ギルドマスターをアンタとか言ってしまったけど、そんな事よりこれから向かう場所に不安しかない。



「ちなみに、その娘ってのはシラハの事かい?」

「そうだ」


 やっぱり……相手があの子なら断りたくはないけど、あたしに何ができるっていうのさ?


 簡単な止血といった応急手当なら冒険者になってから覚えたけど、人間が罹る病気といったモノとは無縁だからね……


「依頼を断る気はないけど、力になれる保証はないよ? だから何も出来なかったとしても失敗扱いにはしないでほしい。あと成功報酬は当然だけど、失敗したとしてもアルクーレの街に来るまでにかかった費用くらいは補填して欲しい。それでも構わないのなら依頼を受けるよ」

「それで構わない」


 構わないのかい……

 ギルドマスターは安堵した表情をしているけれど、あたしは本当に何も出来ないんだけどねぇ。



「ギルマス、馬車の用意ができました」

「わかった。……カトレア」

「はいよ」


 ギルドマスターが急かすようにして、あたしと馬車に乗り込んだ。


 ガタゴトと揺れる馬車の中で、まだ聞いていなかった、あの子の容体について訊ねる。


「あの子……シラハは今、どんな状態なんだい?」

「屋敷に運ばれて来た時には起きていたみたいなんだが、休ませるとすぐに意識を無くしたらしい。そこから目を覚ましていない」

「運ばれて来たのはいつだい?」

「十日前だな」

「十日?!」


 ガタっと立ち上がって声を上げてしまった。

 寝たきりとはいえ、十日も飲まず食わずだなんて人間の身体が持つわけない!


「……十日もあって何も出来なかったって事かい?」

「そうなるな……」


 ギルドマスターが気落ちしているが、あたしも力になれなさそうな話を聞いて力が抜けてしまう。

 エイミーの娘だから助けてやりたい気持ちはあるけれど、あたしがエイミーを助けるとは訳が違うんだ。


 無力感が込み上げてくる。


 きっとエイミーも、こんな気持ちだったんだろうね。



 そして馬車が領主様のお屋敷に到着した。


 ギルドマスターに案内されるままに連れて来られた部屋からは、冷たい空気と身を突き刺すような魔力が漏れ出てきていた。


「……この部屋かい?」

「ああ……」


 ギルドマスターの表情を見ると、緊張しているのが分かった。

 あたしは緊張どころか今すぐにでも逃げ出したい気持ちだよ。



 ギルドマスターが部屋の扉を開けると、真冬を思わせるような冷たい空気がそこにはあった。

 しかもあちこち霜だらけで白くなっている。


「これは……」


 別に人間の病気や怪我に詳しい訳ではないけれど、この状況が普通でない事は理解できた。

 そして部屋の中にいた人とは思えない二人組と、冷気を発しながらも眠りについている、あの子が部屋の中にいた。



 というか部屋の中にいる二人はナニ?!



「レギオラ。コレがシーちゃんの知り合い?」

「そ、そうだ……」

「シラハの知り合いと聞いてはいたが、また随分と珍妙な……」


 この二人は人間じゃない……あたしはそう直感した。


 しかも、そこいらにいるような魔物とも違う……ずっと上位な存在。


「ギルドマスター……この二人は……?」

「ああ…この二人はレティーツィアとガイアス。嬢ちゃんの…シラハの両親だ」

「両親?!」


 こんな物騒な存在が両親?!

 いや…この二人がいたから生贄にされても無事だったという可能性も?

 以前あの子と話をした時は、その辺の事は細かく聞いてなかったね……


 あたしが目の前の存在に困惑していると、ギルドマスターが顔を近づけてきた。


「この二人が嬢ちゃんが倒れてから、みるみると機嫌が悪くなっててな……屋敷の連中が怯えてるんだ。だから嬢ちゃんを治せるのなら、と藁にも縋る思いでアンタを呼んだんだ」

「あたしの評価が藁以下になろうが、こんなのが居るって聞いてたら断ってたよ……」


 さっきから体の震えが止まらないくらいだしね……


「何が出来るかは分からないけれど、とにかく少し診させてもらうよ」

「頼む」


 二人からの圧は無視して、とにかくこの子の様子を診ない事には始まらない。


 しかし、診ようにも何故か冷気を発しているのだから触れなくて困る。


 どうしたものか…と思案していると、ふとこの子から発せられている冷気から、圧を発している二人に似ている魔力を感じた。


 血の繋がっている人間同士なら、魔力の波長が似ている事もあるかもしれない。

 だけど、この二人とは血の繋がりはないはずだ。


 だとするとコレは……



「ギルドマスター」

「な、なんだ? 何か分かったのか?」

「悪いんだけど、部屋の外に出ててくれるかい?」

「それは構わんが……良いのか?」


 ギルドマスターがちらりと二人を見る。

 心配はありがたいが、人間がいると話しにくいからね。


「大丈夫だよ」

「わかった。何かあれば呼んでくれ」


 ギルドマスターはそう言うと部屋から出ていった。



「ふぅ……邪魔者が居なくなった所で聞きたいんだけどさ、アンタ達は何者だい?」


 機嫌を損ねたら殺される不安はあるけれど、この子を助ける為には知りたい事がある。


「レギオラが私達の紹介はしたはずだけど?」

「それは聞いたよ。ただ、あたしが聞きたいのはそう言う事じゃない。アンタ達だって分かってるんだろ? あたしは人間じゃない。そしてアンタ達もだ」

「そうだな、我等は人間ではない。だが、それがシラハを治す事に繋がるのか?」

「それはまだ分からない。だけど治すにしても、いくつか知っておきたい事があるのさ」

「何が知りたいの?」


 二人も、あの子を治す方法がなくて困っているのは間違いない。

 だからこそ必要であるならば……と話してくれる気になったらしい。


「まずはアンタ達とこの子……シラハの出会った状況…かね?」

「シーちゃんと出会ったのは……――――」




 と、少し話を聞いたんだけど、あの子がこの二人と会ったのはあたしと別れてから、そんなに経ってないらしい。

 しかも竜?!

 そりゃ震えも止まらなくなるよ!

 格が違うにも程がある!


 さらにあの子自身にも妙な力が備わってたなんてね。


 領域……あたしがこの言葉を使った時に、確かにこの子は反応してた。

 そりゃ気になりもするよね、自分にも似たような力があるのなら。


 あの子は「またお話をしたいです」とも言っていた。


 それは、その力についての相談もあったのかもしれない。


 あたしは会いにくれば良いみたいな事を言ったけれど、その後はいくつかの街を転々としていたし……


 もしかしなくても、相談も出来ず……今みたいな事に?


 だとしたらエイミーに顔向けできない……!

 何やってるんだよ、あたしは!


 あたしに魔物の力を取り込むなんて事は出来ないけれど、領域という共通点があるのなら何かできるかもしれない。



 疎ましい……そう思っていた力に頼らなければならないなんてね……




 自嘲気味に笑うと、あの子…シラハを前に座り込むと、あたしは目を閉じて自身の領域に集中した。


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