第129話 急襲! 白い獣

◆ ルーク・アルクーレ視点


「魔物は今どの辺りにいる?」

「外壁から視認できる距離に到達したようです」


 私が確認すると、セバスからすぐに返事が返ってくる。

 もう目前にまで迫っていると言うことか……


 住民の一部は既にアルクーレの街から離れて避難している。

 ただ冒険者には残ってもらいたいので、金を支払うと言って留まってもらっている。

 当然だが前金も支払っていて、それで英気を養ってもらっていたのだが、その一部の住民が冒険者を護衛として雇い連れ出してしまっているらしく困っている。


 レギオラから報告を受けた時は頭を抱えたくなったが、前金を貰ったにも拘らず他の依頼を受けた冒険者は、後々それなりの罰則を与えるとの事だ。


 避難した住民というのも、冒険者を雇う事のできる者に限られているがな……


 アルクーレに迫っている魔物に後ろから襲われる可能性もあるとは伝えてあるが、魔物の群れに囲まれるよりかはマシだと考えて出て行った者達を責める事は出来ないが、防衛の為に確保していた人員を連れて行くのだけは勘弁してもらいたい。


 

「ルーク様。レギオラ殿が来ております」

「ん? そうか、通してくれ」


 私が許可を出すと、セバスがレギオラを部屋へと招き入れる。

 レギオラも少し疲れた表情をしているが、背中に大剣を背負い防具も着込み戦闘準備万端といった感じだ。


「レギオラ、どうしたんだ?」

「これから街の前に出るからな。その前に報告をな……」

「大丈夫なのか? 何度も言っているが、前線はかなり危険だぞ」


 魔物の群れは密集してアルクーレに進んで来てはいるが、それでも先行している魔物がちらほらいるらしい。

 レギオラ達冒険者とこちらの兵士が、その突出している魔物を倒す為に出張る事になっているのだが、引き際を見誤ると取り残される事になるだろうから、まず助からない。


 そんな危険な事はさせたくはないが、外壁の上から攻撃する為の投石や弓矢といった資源は有限だから、数を減らす事が必要なのも理解している。


 だが、それでも――


「大丈夫だ。孤立する前に適当に戻ってくるさ」

「そうか。なら気を付けて行ってこい」

「ああ」


 私の言葉に応えた後、レギオラが背を向けて部屋から退室しようとした時だった。


 外から大きな音が響く。


「何事だ!」


 私はすぐに確認をするが、当然セバスにもレギオラにも状況は分からない。


 するとレギオラとセバスが何かに気が付いた様にバッと窓の外を見た。

 私もつられて視線を向けると、何かが窓を突き破り侵入してきたのだった。


「なっ」


 咄嗟の事で反応できないでいた私の前にセバスが立ち、レギオラが背中の大剣を抜いて侵入してきた何かに斬りかかる。


「をふっ?!」


 侵入してきたものは、大きな白い獣のような魔物だった。

 魔物に詳しい訳ではないから、名前は分からない。


「ルーク様、お下がりください!」


 セバスが少し焦った様子で、そう指示する。

 それほどに危険な魔物なのか?


 白い獣はレギオラの攻撃を悉く避けている。が、そこで白い獣の口に何かが咥えられているのに気付いた。

 紙……?


「セバス、あの魔物の口を見ろ」

「……何かを咥えておりますな。レギオラ殿! 攻撃を止めてください」


 セバスがレギオラに声をかけると、攻撃を止め警戒しながら白い獣との距離をとる。


「なぜ止めるんです、セバスチャンさん!」

「レギオラ殿、落ち着いてください。どうも、あの魔物には敵意を感じられません」


 セバスが少しずつ白い獣に近付いていき目の前へと立つ。


「その咥えている物を届けにきた……と、考えて宜しいでしょうか?」

「わふんっ」


 セバスが白い獣に話しかけると言葉を理解しているのか、ポトリと咥えていた物を床へと落とす。

 人の言葉を理解できる魔物がいるのか……


 私が驚いているとセバスがそれを拾い上げて、それに目を通していく。


「どうやらこれは、ルーク様宛のようです」


 そう言うと、セバスが私に紙を渡してくる。

 その紙を受け取り、書いてある文字を読んでいく。



『領主様へ


 現在、街の外に人員を配置しているようですが、危険なのでそれ以上前に進ませないでください。


 魔物の群れは竜が片付けてくれるので問題はありませんが、逃げた魔物についてはそちらで対処してください。


 竜に敵意は無いので攻撃をしない様にお願いします。


 あと、この手紙を届けた子にも敵意はないので攻撃しないようにして下さい』



 手紙から視線を外す。


 この手紙は……いや、そんな事より竜?

 竜が街のすぐそばまで来ていると?


「ルーク、どうした?」


 レギオラが私の様子を窺うように尋ねてくるので、そのまま紙を渡してやる。

 頭が痛くなってきたな……


「セバス、すぐに外で待機している者達に、竜には手を出すなと通達を」

「かしこまりました」


 セバスが素早く部屋を出て行くと、ちょうど読み終わったのかレギオラがこめかみを押さえている。

 その気持ちはよく分かる……


「ルーク……この手紙どう思う?」

「事実だとしたら大変な事だが……」


 魔物の群れをどうにかしてくれるのはありがたい。……だが、竜が来ているというのは、正直恐ろしい。


「いやまぁ書いてある事もそうなんだが、これ送ってきたの嬢ちゃんだろ?」

「やはりそう思うか?」

「他にこんな手紙を送ってきそうなヤツに心当たりがないからな……」


 そう思うよな。

 私も真っ先に思い浮かんだのがシラハだった。


 そこでセバスが戻ってきたのだが、どうも表情が固い。


「どうしたセバス。何か問題が?」


 今のアルクーレには問題ばかりなのだが、これ以上に何かあるのだろうか?


「それが……物見の報せでは、現れた竜は五体…だそうです」

「「は?」」


 私とレギオラの声が重なった。

 それ以外に何が言えただろうか……


「竜が五体って……何かの間違いって事は」

「報告した者も取り乱してはいましたが、一を五と間違える事はないでしょう。五体の内の四体が地上に降り、一体が上空に留まっているようです」


 私は窓から空を見ると、確かに上空に竜らしき姿が見える。

 アレが他に四体とか……もう笑えてくるな。


「ルーク、俺は一度外に行ってくる。たぶん混乱しているだろうからな」

「ああ。全員街の中へと戻して、竜の動きに注意しておいてくれ」

「分かった」


 レギオラが足早に部屋を出て行く。


「ルーク様……」

「分かっている。住民達も混乱しているだろうし、落ち着かせる為に私も出向こう」

「外は混乱しているので、ルーク様はお屋敷で待機していてもらいます。それより、こちらの…手紙を届けてくださった子? は如何いたしますか?」


 セバスに言われて、部屋の中にいた白い獣の存在を思い出す。

 竜の出現で、既に頭の中から抜け落ちていた。


 白い獣が、ジッと私を見ているがどうしたものか……と考えていたら、バッと外に視線を向けたかと思ったら外に飛び出して行った。

 すると外に出た白い獣から翼が生え、すぐに飛び去ってしまう。


 何かあったのか?


 白い獣の行動は良く分からないが、考えても仕方がない。

 今は私に出来ることを考えなければ。



 竜に敵意は無いと手紙には書いてあったが、やはり不安は残る。


 魔物の群れについては心配しなくて良くなったかも知れないが、なにやら問題が大きくなったような気がするのは私だけなのだろうか……?










◆レギオラ視点


 ルークの屋敷から馬を使って西門まで向かう。

 平時であれば街中で馬を走らせる訳にはいかないが今は有事な為、外に出ている者は多くない。


 俺が西門に辿り着くと、やはりと言うべきか皆が騒然としていた。


「ギルマス! 良かった、戻って来てくれて……」


 すぐにギルドの職員が俺に気付き、泣きそうな顔で駆け寄ってくる。

 俺が不在の間だけ留守を任せていたが、その間に竜が現れたのだから気持ちは痛いほどわかる。


「すまん、遅れた。まだ魔物はこちらには来ていないな?」

「魔物よりも竜ですよ! いきなり空から落ちてきて滅茶苦茶ですよ!」

「ああ……そうだな。竜には間違っても攻撃するなよ? 街が無くなる」


 そこまで言ってから魔物の群れがいた方向に視線を向けると、地面から岩が生えたみたいに突き出ているのが見えた。

 俺が此処から離れる時は、あんなの無かったよな?


「なぁ、アレはなんだ?」

「え…? あぁ、アレは竜が来てから急に地面から出てきたんです。状況から見て、竜が何かしたのかと……」

「そうか……」


 俺が立っている場所から見渡す限りに岩が生えているから、魔物も簡単には近付けないだろうな。

 というか竜は規格外だな……


 だが魔物の心配をしなくて済むのは、ありがたい。


「アレなら魔物も近寄れないだろうな。俺達は一旦、街の中に戻るぞ」

「り、竜は大丈夫なんですか……?」


 コイツの心配は分かる。

 とてもよく分かる。

 俺も不安だし、目の前に竜がいるのを見ると更に不安になってくるしな。


「心配なのは分かるが、今俺達に出来る事は無い。行くぞ」


 もしかしたらルークが住民を避難させるかもだが、竜が現れたと知られたら大混乱に陥る可能性があるからな。

 あの手紙も、どこまで信用していいものか……



「あ、あの……ギルマス」


 移動しようとしたところで、声をかけられた。

 声のした方を見ると、三人の冒険者が立っていた。


「どうした?」


 俺は声をかけながら、三人の顔を思い出そうとしていた。

 そうだ…どこかで見たことがあるな、と思ったら以前に昇格試験で会ったな。

 あの時は合格にはしてやれなかったが、中々に惜しかったと記憶している。


 名前は確か……デューク、フィッツ、リィナだったか?


「実はさっき街中から魔物が飛んで来たんです。皆は竜に気を取られてて、伝えられなくて……」

「街中から?! どんな魔物だった!」

「えっと……白くて翼の生えた獣のような……」


 その説明を聞いて、ルークの屋敷に飛び込んで来た魔物を思い出した。

 アレか……それなりに図体がデカいのに、俺の攻撃を避ける厄介なヤツだった。

 そういえば竜が現れてから、ヤツの存在が綺麗に頭から抜け落ちていたがルークは無事だよな?


 それにしても街の外に出て行ったって事は、嬢ちゃんの下に戻ったと考えても良いのか?

 それなら……


「たしかリィナ…だったな?」

「は、はい!」

「その魔物は何処に向かって行った?」

「あっちの森の方角です」

「案内を頼めるか?」

「はい!」


 俺は三人を連れて、白い魔物を追いかける事にした。

 こっちの事は職員に任せる。


「という訳だから此処にいる連中は皆、街中で待機だ。あとの事は任せたぞ」

「え…? ギルマス、何処に行くんですか?!」


 俺に任せられると思っていた職員が、また泣きそうな顔に戻ってしまったが、頑張ってくれ。


 あの手紙が嬢ちゃんなら、まだ話が出来るかもしれないが……そうでなかった場合は、相手の出方によっては取り押さえる必要があるからな。


 いや…相手が嬢ちゃんだとしても、竜を五体も引き連れてこれるのなら、脅威でしかない。


 俺は少し……いや、かなり嫌われてる気がするから、嬢ちゃんと顔見知りらしいコイツ等を連れて行けば、多少は会話が出来るだろう。


 だが嬢ちゃんがアルクーレに危害を加える気なら、最初から竜を突っ込ませればいいだけだからな。

 だから敵意は無いと思っている。


 もし殺す気なら……相手が竜だし、どうにもならんだろ。

 その場合は、俺が死んでもコイツ等くらいは逃してやりたいがな。




 俺達は、途中で出会した魔物を倒しながら森の方へと向かって行った。




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