第130話 母の祈り

◆レティーツィア視点


 私は人化を解いて竜の姿へと戻りながら、その身に冷気を纏う。


 私達の眼下にひしめく魔物共を踏み潰すのに真竜の力は不要なのだけれど、この力を慣らす為にも魔物共を使わせてもらうとしましょうか。


 魔物を踏み潰しながら地上に降り立ち、そっと息を吐く。


 私から吐き出された息で、近くにいた魔物が凍りつく。


 これは……気を付けなければ、シーちゃんを凍えさせる所では済まなそうね。

 魔力を込めなければ冷気が漏れる事はないけれど、それでも何かの拍子にシーちゃんに危害を加えてしまう……なんて事が起こらない様にしなければいけない。


 シーちゃんは私達とは違うのだから……


 それでも他の人間に比べたら、多少は丈夫ではあるのだけれど、私達から見れば大差はない。

 だから、シーちゃんからは目が離せないのよね。


 そんなシーちゃんの意思を尊重して、一人で行きたい所があると言えば、好きにさせてはいるのだけれど、私達の目が無いところで死にかけたりしているのだから不安になってしまう。


 そこで少し心配になった私は、シーちゃんの魔力を探ると森の中に降りようとしているのが分かった。


 魔力で探せるとはいえ、できれば姿を見失いやすい場所には行かないで欲しいのだけれど、シーちゃんにとっては身を隠しやすい場所の方が安全なのかもしれないから口に出しにくい……


 竜と人との認識の差が恨めしいわ。


 するとシリューがシーちゃんの中から飛び出してきた。

 魔物を散らすだけなら私達だけで十分なのだけれど、やっぱりシーちゃんからしたら可能な限り魔物は倒したいのでしょうね。



 私は背後にある街に視線を向ける。

 吹けば崩せそうな壁の前には人間が群がっている。


 アレがシーちゃんの守りたい人間達……


 少し嫉妬をしているのかしら……?

 もしも私やガイアスが危機に陥ったら、シーちゃんは助けに来てくれるのかしら?


 あの子は優しいから、きっと駆けつけてくれるのでしょうね。


 本当にそんな事態になったら嬉しいもあるのだろうけど、竜を窮地に追いやる存在に人が戦いを挑むなんて、無謀でしかないから逃げて欲しいわね……言っても聞かなそうだけれど。

 そんな妄想をしている自分が可笑しくてクスリと笑ってしまう。


 私が、こんな妄想に耽ってしまうだなんてね。


 その間にも力量差を理解する事もできずに向かってくる愚かな魔物を、尾で薙ぎ払う。


 私達の出現により魔物共は混乱し、私から少しでも距離を取ろうとする魔物もガイアス達に潰されていく。


 これならば、そこまで時間もかからずに終わらせる事が出来そうね。

 そう思っていた。



 異変を感じたのは、魔物を潰し、薙ぎ払い、凍らせて砕くという単調な動きに飽きてきた頃だった。



「グルルアァァッ!」


 シリューが悶えるようにしながら、苦し気な声を上げた。


 シリューは苦しさからか、地に落ちてのたうち回る。

 それを私だけでなく、ガイアス達も気付いたのかシリューの動きを見ていたが、更に変化が起こる。


 地面でのたうつ様に暴れているシリューに薙ぎ払われた魔物が凍りつき始めたのだ。


 これは……


 考えるまでもなく、これは私の真化による影響だと分かった。


 シーちゃんの力には不明な部分が多く、なぜ私の力がシリューに流れ込んでいるのかは分からないのだけれど、シリューがこうなっているという事はシーちゃんにも何らかの影響が出ている可能性がある。



「ガイアス!」

「ああ! ここは我に任せて、レティーツィアはシラハの所へ行け!」


 ガイアスも私が言わんとする事は分かっていたのか、すぐにそう返事が返ってきた。


 私はすぐにその場から飛び上がるとシーちゃんがいる辺りへと移動をしてから人化する。



 森の中へと降り立つと、魔物共がそこかしこに彷徨いていたので、シーちゃんの下へと向かいながら手の届く範囲で薙ぎ倒す。


 少し走ると木々の合間からヨークの姿が見えた。

 その足元に横たわるシーちゃんの姿も……


「シーちゃん!」

「母さん……?」


 少し弱々しくも返事が返ってきた。


 意識はあるみたいで少し安心したわ……倒れているのを見つけた時は本当に生きた心地がしなかったもの。


 急いでシーちゃんに駆け寄り抱き上げると、シーちゃんが倒れていた場所が凍りついていた。


 人の身体が、それ程までに冷たくなる事はないはずだから、やはりこれも私の影響? と疑問もあったが、まずはシーちゃんの体調を確認しなければ……!


「シーちゃん、身体の調子はどう? 辛いところはない?」

「身体に力が入らなくて、今はスキルも使えないの。それより母さんは、どうして此処に?」

「シリューの様子が少し変なの。それでシーちゃんに何かあったのかと思って、私が様子を見に来たのよ」

「そっか……心配かけてゴメンね」

「シーちゃんが謝る必要はないわ。シーちゃんもシリューも私の真化による影響を受けているのかもしれないから、謝らなければいけないのは私の方よ」

「やっぱり考えられる要因は真化だよね。でも、それでこんな事になるものなのかな?」

「シーちゃんの中にある力は私達から産まれたモノ。だから無いとは言い切れないわ」

「あ…竜の子の魔石……」


 シーちゃんが少し言いにくそうに呟いた。

 やはりシーちゃんは、我が子の竜核を取り込んだ事を後ろめたく感じているのね……

 その事に負い目を感じる必要はないと言うのに……


「それよりも、シーちゃんの不調は寝ていれば治るのかしら?」

「うーん……私も、こんな風になった事ないから……」

「くぅん……」


 私達が困って唸っていると、人の気配が近付いてきたのが分かった。

 ヨークも警戒をしている。

 そしてシーちゃんを私達の背後へと隠す。


 ガサガサと草木を掻き分けながら姿を現したのは、四人の人間だった。

 もしこちらに攻撃を仕掛けようものなら、声を上げる間も無く氷漬けにしてやる。



「さっきの白い魔物……という事は、そこにいるのは嬢ちゃん…じゃなくてシラハか?」


 現れた人間がシーちゃんの名前を出してきた。

 シーちゃんの知り合い?


「その声は……レギオラさん、ですか?」

「ああ」


 シーちゃんの反応から知り合いという事は分かったのだけれど、何の為に此処に来たのか。


「貴方がシーちゃんの知り合いだとして、何故此処に来たの?」

「俺達は街の中から飛び出してきた、そこの白い魔物を追いかけてきたんだが……そういうアンタは何者だ?」


 四人の中で一番力がありそうな男が私を警戒しているのが分かるが、敵意はなさそうね。


「私はレティーツィア。この子…シーちゃんの母親よ」

「母っ?! え、おま……家族とは絶縁してるんじゃなかったのか?」

「絶縁というか……私の生みの親は他界してますよ。でも母さんは私の家族です」

「そ、そうか……つまり信用して良いんだな?」



 私の家族……ああ、シーちゃんにそう言われると凄く嬉しいわ。


「それで……嬢ちゃんは、こんな所で何してるんだ?」

「あ〜……なんと言いますか、魔物退治をしていたら調子が悪くなってきたと言うか……」


 シーちゃんがレギオラという男に、説明をしようとしているのだけれど歯切れが悪い。

 おそらくは私達の事を伏せたおきたいのだと思うのだけど、動けないシーちゃんをこのままにしておく訳にはいかないわ。


「悪いのだけれどシーちゃんは体調が優れないの。だから話は後にしてもらえるかしら?」

「そ、そうだな、悪かった。なら…ここは落ち着かないし、ルーク……いや、領主の屋敷で休ませてもらったらどうだ? そこなら医者もいるからな」

「医者……そうね」


 人間の医者なら、シーちゃんの容体を見てもらえるわね。

 もっとも、今の状態できちんと診れるか分からないけれど……


 それならば、とシーちゃんを抱きかかえて立ち上がる。


 するとレギオラという男が待ったをかけた。

 急いでいるのだけれど……


「領主の屋敷の場所は分かるか? 分からないならコイツらに道案内をさせる」


 そういってレギオラが視線を向けた先には、一緒にいた三人の人間。

 正直言って、このレギオラという男より弱そうで頼りにならなそう。

 でも私はアルクーレという街に詳しくはないし、話せるとはいえ調子の悪いシーちゃんに道を聞きながら、という訳にもいかないわね……


「それなら案内をお願いするわ」

「は、はい!」


 一人の男が返事をする。

 どうにも萎縮しているような気がするのだけれど、頼りないわね。


「なぁ、アンタ。こっちに危害を加える気はないから、その圧をなんとかしてやってくれないか? 俺はともかく、コイツらにはちとキツイ」

「…………そう」


 そう言われて、漸く自分が警戒を通り越して、周囲に対して魔力をぶつけているのが分かった。

 たしかに私に睨まれていたら人間にとっては息苦しいでしょうね。


 私が魔力を抑えると、人間達が安堵したのが伝わってくる。


 私……シーちゃんに息苦しい思いさせてないわよね?



「行きましょうか」

「あ、こっちです!」


 私が声をかけると人間が道案内を始め、歩き始める。


 場所が分かれば飛んで行きたいのだけれど……仕方ないわね。



 森の中を無言で歩いていくが、道案内をしている三人が時折こちらを見てくる。

 正確にはシーちゃんを、だけど。


「さっきから、こちらを見ている様だけど何か用?」


 その視線が鬱陶しくて、少し威圧するようにして聞いてみる。


「あ…いえ! すみません……」

「母さん、その人達も私の知り合いで、前に私が急にいなくなっちゃったから心配してくれてたんだと思う。リィナさん、デュークさん、フィッツさんもご心配をおかけしました」

「ううん、シラハも無事……ってのは調子悪そうだから違うかな? 何にしても、また会えて良かったよ」


 シーちゃんがそう言うなら仕方ないわね。

 ただ話しかけて負担をかけすぎないようにはしてもらいたいわ。


 シーちゃんと人間の会話を聞きながら森を抜け、街へと向かう。

 その道中で、


「あーっと……その白い魔物はさすがに街には入れられないから、外で待っててもらいたいんだが」

「くぅん……」


 ヨークが悲しそうな声を上げているけれど、たしかに人間の街に入れたら騒ぎになってしまうわね。


「ヨーク。私は大丈夫だから、レイリーの所で待っててくれる?」

「わふっ」


 シーちゃんの言葉にヨークは返事をすると、翼を広げてレイリーがいる空へと上がる。

 ヨークを中に戻せない程に、シーちゃんは弱っているのね……



 私達はヨークを見送ると街に入る。

 街の中は随分と騒がしかった。


 以前に他の街に行った時は賑やかといった感じだったけれど、此処は騒然としている。

 あの程度とはいえ、やはり人間にとって魔物は脅威でしかないのね。


「俺はギルドに行って、様子を見てこなきゃいけないから後のことは任せたぞ。屋敷についたら俺から指示を受けたと言えばいい」

「わかりました!」


 そう言ってレギオラは、何処かに走って行った。



 私達はしばらく歩いて、漸く領主の屋敷と思われる建物に着いた。

 入り口でシーちゃんにリィナと呼ばれていた人間が話をしている。

 少しして違う人間が出てきて、シーちゃんの姿を確認すると少し驚いたような顔をしていた。


 この人間も、先程別れたレギオラに近い力を持っているわね。

 もっと洗練されているようだけれど。


 そんな事を考えながらも、案内された部屋へと入る。

 部屋の中には大きな寝具があった。

 ここにシーちゃんを寝かせろ、という事なのだろう。


「母さん、ここまで運んでくれて……ありがとね」

「これくらい、なんて事ないわよ」


 シーちゃんを寝具に寝かせると、シーちゃんは限界だったのかすぐに目を閉じた。


「随分とシラハ様のお身体が冷えていますね……。魔物による毒…で、この様な症状は聞いた事がありませんが……」


 この部屋へと案内をした人間が、シーちゃんの様子を見ながら思案している。

 やはり人間にも、この症状は見慣れないものなのね。


「今のシーちゃんに触れれば、手が凍りつくから注意しなさい」

「それほどですか……」


 その後、医者がシーちゃんの容体を確認したけれど、分かる事は何もなかった。

 となると、ここに留まる理由はないのだけれど……


 そんな時に外から大きな音が響く。

 地響きが伝わってくるほどだから相当な音だ。

 

 ガイアス達に何かあったのかしら?


 魔物共にやられるような事はないだろうけれど、シリューはどうなったのかしら?

 気にはなるけど、今のシーちゃんの側から離れる訳にもいかない。



 私は冷たくなったシーちゃんの手を握りながら、快復を祈る事しかできなかった。




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