第128話 ぷちっと蹂躙だー!

 私は不安を抱えたまま王国と帝国の国境上空に到着した。


 慌てて飛び出そうとした私に、心配だから……と父さん達もついて来てくれたのは心強かった。

 マグナスさんとレイリーは面白そうだから、という理由でついて来てたけどね。


 私と母さんは、お爺ちゃんの背中に乗っていて、お爺ちゃんの背中に乗るのを嫌がった父さんは、マグナスさんと一緒にレイリーの背中に乗っている。

 父さんも最初は竜の姿でついてこようとしていたんだけど、さすがに竜が何人も飛んでいたら騒ぎになっちゃいそうだったので、人化ができない二人に乗せてもらう感じになった。


 もしも帝国がアルクーレに向かっていた場合は、皆に力を貸してもらう事になるだろうから、あまり気にする必要もないかもなんだけどね……



 そして、国境へと到着すると国境門が閉じられているのが分かった。

 帝国側には人がいるけれど、王国側には人の姿は見えない。

 それどころか王国側には、魔物の死骸があちこちに転がっているし、ちらほらと魔物が彷徨いているのも見える。


 魔物が現れたから国境を閉じた?

 帝国が兵を動かしたのは魔物退治の為?


 王国側には人が倒れているのは見えないから、魔物が増えたから退いたのかもしれない。


「お爺ちゃん、あっちの方に向かってくれる?」

「うむっ」


 お爺ちゃんから元気な返事が返ってくる。


 私だけが焦っても仕方ない。

 父さん達は私の心配はしているけれど、他の人の心配はしてないから焦りもしていない。

 当然なんだろうけどね。


 お爺ちゃんは私が指示した方角に向かって飛んで行く。


 たしか、こっちにはタブル村があったはず。

 あそこはリィナさん達と一緒に行った時に、いきなり囲まれたから良い記憶がないんだよなぁ……



 と、そんな事を思い出しているとタブル村が見えて来た。


 此処も国境と同じで魔物の姿がチラホラと見えるけれど、誰かが倒れている、といった事はないので一安心だ。

 ただ魔物が暴れたか何かしたんだろうけど、いくつかの家が壊されているので、人が戻って来ても復興が大変そうだな…とか考えてしまう。


 あまり現実感が湧いてこなくて、なんかテレビ越しに災害地の被害を見ている気分だ。


 見ていても実感が湧かないせいか、少し冷静になってきた気がする。

 単純に私が冷たいだけなのかもだけど。



 そしてタブル村が見えなくなってきた辺りで、前方に何かの集団を見つけた。


 人だ。


 しかも全員が鎧に身を包んでいるし、もしかしなくても帝国の兵士なんじゃ……

 近くに旗みたいなのも掲げられているけど、それがどこの国かは分からない。

 王国の紋章とは違うみたいだし、たぶんあの集団がルミーナさんの言っていた帝国兵であっているはず。


 何人くらいいるかはパッと見た感じでは分からないけど、攻め込む為だとしたら少ない気もするんだよね。

 いやまぁ、戦争の事とか分からないんだけどさ。


 とりあえず帝国兵の頭上を通過しないように、少しだけ迂回してアルクーレに向かう。



 帝国兵を迂回して、それほど離れていない距離に今度は魔物の群れがいた。

 というか群れといか大群だ。


 なにあれ……何千、もしかすると一万以上いるのかもだけど、魔物があんなに群れる事なんてあるの?

 同じ魔物が一緒に行動してるのは何度も見たけど、色々な種類の魔物が一緒にいるのは見たことがない。


 大抵が弱肉強食な感じなのに、なんでこんなに……?



 魔物の頭上を通り過ぎると、すぐにアルクーレの街が見えてきた。

 こんなに近くまで魔物が近付いてきてるんだ……

 街の中は、どうなってるんだろう。

 混乱してるのかな?

 避難したりとかしてるのかな?


 そんな事を考えていると、西門の前に沢山の人が集まっているのが見えた。

 同じ鎧を着た人達の集まりと、武器も格好もバラバラの集まりができている。


 同じ鎧を着ている人達は領兵とか警備隊みたいな人達かな?

 他の人達は冒険者だと思うけど……


 それよりも正面切って魔物の群れと戦うつもりなの?

 魔物の数と比べると、アルクーレ側の方がずっと数が少なく見える。

 それなのに真正面からぶつかったら、被害はかなり酷いことになるんじゃないの……?


「シラハ、どうする? シラハが人間を助けたいのなら、我が魔物を薙ぎ払ってやるぞ」


 私が考え込んでいると父さんから声がかけられた。

 そうだよ。私はアルクーレの街に帝国兵が向かっているかもって思って此処に来たんだよ。

 そして相手が帝国兵から魔物に変わっただけで、やる事は変わらない。


「うん。魔物をやっつけたい。だから手伝って貰ってもいい?」

「当然だとも」

「儂も久々に暴れるとするか!」

「俺も参加するぞ!」

「あ、マグナスさんは駄目です」

「なん…だと……!」


 マグナスさんが私の発言に驚愕している。

 だって皆、遠慮とかしなさそうだし……


「周りに森もあるので、マグナスさんが参戦すると森が焼失しそうなので待機でお願いします」

「いや待つのだ、ガイアスの娘よ! たしかに俺は炎竜で森を焼き尽くすのも容易いが、別に炎を使わなければ構わんのだろう?!」

「あー……それなら大丈夫かも? マグナスさんが近付いただけで燃えたりはしないんですよね?」

「大丈夫だ!」

「それなら……お願いします」


 そんなに暴れたいの? と思いながらも頼んでおく。


「それじゃあ僕は上で待ってるよ。もしも森の中から魔物が出てきたら片付けておくから。長老は下に降りたら、まずは人間と魔物の群れの間を隔ててね」

「レイリーの言う事に従うのは気に食わんが仕方ないな……」

「レイリー……ありがとうございます」


 こういう時は、一歩引いて見てくれているレイリーの存在はありがたい。

 今の私は、結構周りが見えてない気がするからね……


「では行きましょうか」


 母さんが声をかけると、レイリー以外が飛び出した。

 私は【有翼(鳥)】を使って、お爺ちゃんから離れてレイリーの背中へ移る。


 そして皮袋から紙とペンを取り出して、さらさらと文字を書く。

 私、字を覚えてから文字を書くなんてやってなかったなぁ……とか考えながら書き終わった紙をクルクルと丸める。

 読めるよね? 久々に書いたから字がヨレヨレだ……。


「ヨーク。街の真ん中辺りにある領主様の家に、この紙を持って行って貰っていいかな?」

「わふん!」


 ヨークは私が持っていた紙を咥えると、勢いよく飛び出していった。


「なんで娘ちゃんが持って行かなかったの? その方が話早いでしょ?」

「まぁ、そうなんですけどね……。私が竜を引き連れてやって来たって、そのまま伝えるのは騒がれちゃうかなー……とか思っちゃいまして」

「下で長老達が暴れてる時点で、人間達は戦々恐々としてるんじゃない?」

「だと思います……」


 問題の先延ばしでしかないのは分かってるんだけどねー。

 魔物をやっつけたら、そのまま帰っちゃおうかなー…とか考えてたりしちゃってたりして……。


「僕は構わないけど、助けてあげたのが娘ちゃんだってのは教えた方がいいんじゃないの? じゃなきゃ、娘ちゃんタダ働きになっちゃうし」

「私が助けたくて勝手にやってる事なので、報酬とかは特に考えてないんですけどね。父さん達には帰ったら、何かしらお礼はしたいですけど」

「バレたくないのに助けたい、だなんて難儀な性格だねー」

「本当ですね。…………さて、父さん達だけに魔物退治してもらう訳にもいかないですし、私も少し行ってきますね」

「気を付けてね。もし娘ちゃんが怪我とかしたら、暴れるであろう竜達がいるから……」

「それは怖いですね。気を付けます……」


 レイリーから離れて下を確認すると、隆起した地面が壁となって魔物が街に近付けられないようになっていた。

 さっきレイリーが言ってた感じだと、あれはお爺ちゃんがやったのかな?

 さすが地竜。


 父さん達は周囲の被害を抑える為か、魔物を踏み潰すか尻尾で薙ぎ払うだけに留めてくれている。


 魔物達はいきなり現れた父さん達に慌てふためいてる感じで、少しでも離れようとしてたり、向かっていってプチっと潰されているかのどちらかだ。



 私はそれを見ながら、さらに戦力を投入する。


「シリュー、下にいる魔物をやっつけて。あと森とかはなるべく傷付けないように気を付けてね」

「グルルルゥ!」


 私の中から飛び出してきたシリューが、任せろと言わんばかりに魔物の群れに向かっていく。

 そして大きく口を開けて、そのままバクリと何匹も口に咥えてはバリバリと咀嚼した後に飲み込んでいく。

 魔物を容赦なく口に放り込んでるけど、シリューお腹壊さないかな……



 シリューのお腹の心配はあるものの、これなら魔物の群れを蹴散らすのは問題なさそうだな、と思いながら森の中に降り立つ。

 平野部分にいる魔物と戦おうとすると、父さん達の邪魔になっちゃうから森の中を彷徨いている魔物を少しでも減らしておこう。


 皮袋から刀をニョキっと取り出して、ふらふらとやってくる魔物を片っ端から斬り伏せていく。

 その間にも、遠くで地響きのような音が聞こえてくる。


 皆、暴れ過ぎて街に被害とか出してなければいいけど……。

 あとはヨークのおつかいが無事に終わってれば問題はないはず!


 あ、おつかいが終わったらヨークは私の所に戻って来れるのかな?

 私の中から出てきてるから、魔力的な繋がりがあるんじゃないかなって勝手に思ってるんだけど……もし戻って来れなかったらレイリーの所で待機しててくれるよね。きっと。


 しばらくの間、無心で魔物を倒していると急に身体に寒気が走った。


 魔物かな? と一瞬思ったけど、とにかく寒くて仕方がない。

 そういえば母さんの真化が終わった直後も、何か冷たいものを感じたっけ……やっぱり風邪かな?


 アルクーレの街がピンチかも、とか考えて余裕がなくなってたから調子が悪い事にも気付かなかったのかも。


 まだ動けない事はないけれど、無理して怪我でもしたらあとで何を言われるか分かったもんじゃない。



 とにかく一度レイリーの所に戻って……あれ?


 カクンと膝から力が抜けて、その場に座り込んでしまう。


 あ、コレ不味いヤツだ。

 ゾクゾクと寒気も止まらないし、身体に力も入らない。

 こんな所を魔物に襲われたら……



 と思ったそばから魔物がガサガサと音を立てて姿を現す。

 スキルで身を固めてはいるけど、それもいつまで保つか分からない。

 ヤバい……


 のそのそと歩いてくる魔物達。


 フォレストマンティスもいるし、鎌のような手でスパっとやられたら流石に不味い。


 焦っていると、プスン…とガス欠でも起こしたみたいに身体強化系のスキルが解除される。


 あ、詰んだ……そう思った時、上から白い何かが飛び降りてきた。


「ガウウゥッ!」


 ヨークだ。


 ヨークは私の目の前まで来ていたフォレストマンティスの首に噛み付いて、そのまま引きちぎると周囲の魔物に飛び掛かっていく。


 そんなヨークを見て、わふんじゃなくてガウウと明らかに怒ってくれている姿に、少し嬉しくなってしまう。


 手当たり次第に襲い掛かっているから、真っ白な毛並みも返り血で酷い事になってるけどね……。



 ヨークが魔物を倒し終わると私に駆け寄ってくる。


「ありがとうね、ヨーク。助かったよ」

「わふんっ!」


 自慢気に応えるヨークの頭を撫でてあげる。

 返り血が手についちゃうけれど、本当に助かったのでそんなのは気にしない。


「おつかいもちゃんとできた?」

「わっ…ふん」


 元気よく返事をするかと思ったら、微妙に返答に詰まるヨーク。

 どうしたのかな? ちゃんと私の目を見ようか。コラ、目を逸らさない。


「領主様に届けられなかったの?」


 私の言葉に首を横に振るヨーク。

 やっぱり私の言ってる事は理解できてるんだよね。しかもちゃんと意思表示までしてくれるし。


「届けられたけど、何か問題でもあったの?」

「わふっわふっ」

「わぶっ! ちょっとヨーク顔を舐めて誤魔化さないでー!」


 何かを必死に誤魔化そうとするヨークに抵抗しようとするけど、力が入らないのでされるがままである。

 さっきまで、そのお口で魔物に噛み付いたりしてたはずなのに……帰ったら速攻お風呂に入ろう。



 そんな決意をした私だったけど、ついにはその場に倒れ込んでしまう。

 あー……全身に力が入らないし寒い。


 ヨークも急に倒れた私を心配そうに見つめている。

 そんな目で見られると、なんか罪悪感が……


「ヨーク……私をレイリーの所まで運んでくれる?」

「わふっ」


 ここで倒れているのは、いくらヨークがそばにいても危ないからね。


「ゔぁふ!」


 ヨークが私の服を咥えようとすると、ヨークが急に飛び退いた。


 どうしたのか、とヨークを見ると口の周りが白く凍り付いているのが見えた。

 必死に口を動かしたりして、氷を落としているヨーク。


 氷って……私の身体がそんなに冷えてるって事?

 いやいやそんなの凍死しちゃうし!


 でも、なんで急にこんな……と、そこまで考えてふと思い至る。


 もしかして母さんが真化したから?


 その影響が私にも出ているのかもしれない。


 全然よく分からないけど。


 ヨークも運べないし、かと言って誰かを呼んで貰うにしても、動けない私をそのまま放置するのは危ないし……



 私は身動きが取れなくなって、途方にくれるのだった。




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