第127話 国境から……
◆国境警備隊隊長ガレウス視点
「バダック……それは本当なのか?」
明日はせっかくの非番なのだからと、帝国の警備隊長であるバダックと酒を飲んでいたのだが、そこでバダックが不穏な事を口にした。
「本当だよ。明日から国境門を開くな、って指示が出されている」
バダックとは国境の警備隊に就いてからの仲で、当然だが今まで帝国側の情報を漏らすような事はなかった。
そんなバダックが唐突に上から下されたであろう指示を、俺に暴露したのだ。
「バダック、お前……そんな事を俺に言って大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないかもしれないが、アレは正式な指示じゃないからな。構わないだろ」
「正式じゃない……というと」
「帝都からじゃない。どこのお偉いさんの命令かは分からないが碌な事じゃないだろうさ」
むしろ、碌な事をしない奴の命令を俺に伝えたりして、バダックの身が心配になるんだが……と考えているとバダックの表情が真剣になるのがわかった。
「ガレウス……最近、帝国側の国境沿いに妙な連中が彷徨いているんだ。俺も調査を行おうとしたんだが横槍が入って調べる事が出来なかった」
「おい、バダック……」
「いいか、ガレウス。お偉いさんが何を考えているかは分からないが、何かが起こるのならそれは間違いなく国境で起きるだろう。だから明日、帝国側の国境門が開かない事を確認したら、お前らは国境を離れるんだ」
「そんな事できるわけないだろ」
「お前の立場を考えれば難しいのは分かる。だが何かあってからじゃ遅いんだ……! 俺は、お前も他の奴らも友人だと思っている。だから……」
バダックの必死さが伝わってくる。
だが俺は、国境を預かる者として、そんな簡単に国境から離れるわけにはいかない。
「バダック……すぐに離れるわけにはいかないが、もし異変が発生したのなら、すぐに街に避難すると約束する」
「そうか……。いや、それで十分だ」
その後、ようやく落ち着いたらしいバダックと少し話をして解散した。
とても酒を飲む空気では無くなってしまったしな。
翌朝、国境門の付近が騒ついていた。
やはりと言うか、バダックが言っていた通り帝国側の国境門は閉ざされたままだった。
そこへ部下のクェートが俺に駆け寄ってくる。
「隊長! 帝国側の門が定刻になっても開かれません! 連絡を取ろうにも通用口も閉ざされており……」
クェートが困惑した表情を隠さずにいる。
俺も昨夜にバダックから話を聞かされていなければ、何故? と混乱していただろうな。
「クェートは、応答がなくても帝国側との連絡を試み続けてくれ。ラッツは何人か連れて待機している商人達に、いつ通れるかが不明とだけ伝えて来てくれ」
「伝えるのは良いですが、商人達が騒ぎ出しませんか……?」
「騒ぐ連中がいたら、なら国境門を開けてみせろと言ってやれ。俺達は国境を警備する為にいるのであって、帝国側の門を開け閉めする権限なんぞ持ってないってな」
「了解です……!」
ラッツの心配は分かるが、俺達だって何を知ってる訳でもないんだ。
騒ぎたい連中は騒がせておけばいい。
暴れるアホは、警備隊権限で捕まえるがな。
それにしても、どうしたモノか……。
まずは、ルーク殿に連絡が先か……。なんて説明したものか…いきなり国境を閉ざされました、か? いや、バダックからの話は伝えておくべきか……。
国境を閉ざされた翌日。
立ち往生していた商人達の一部が、街に戻る為に引き返して行った。
残っている連中は、まだ門が開くと思っているのだろうが、前触れもなく国境が閉ざされたのだから、そう簡単には開かない事が想像できないのだろうか?
「隊長……」
「どうした、ラッツ」
「商人が護衛に金を渡して国境を越えられる場所を探しているみたいです」
「はぁ……越えられる訳ないだろ」
国境は高い壁で遮られているから門以外の場所で国境を行き来するのは難しい。
不可能じゃなくて難しいだけだ。
足場なり長い梯子なりを用意すれば、越えることはそこまで難しくはない。
それを俺達のような警備隊に見つからないようにするのが難しいだけで……。
と言っても、森の奥深くとなると俺達も目を光らせる事は出来ないのだが、そんな深い場所は魔物もそれなりに出るので、そんな場所から国境を越えようとする奴なんて碌なヤツではない。
そこまでは防げないのが現状なのだが、こういう事態になると分かり易い行動に出るヤツは少なからず出てくるものだ。
「ラッツ……手の空いてる奴を連れて、その連中を見張っておけ。国境壁を登ろうとしたら捕縛しろ」
「了解しました!」
ラッツが元気よく返事をして森の中へと入っていく。
はぁ、俺も森に入って魔物と戦ったり、馬鹿なヤツを叩きのめしたりしてたいな……。
部下に指示出しとか向いてないと思うんだよな、俺。
剣を振ってる方が性に合ってる気がする。
いつもとは違う、だがいつもの日常と大差無い一日は夕方で終わった。
「隊長!」
ラッツがノックも無しに執務室へと駆け込んできたが、余裕のなさそうな表情をしていて、何かが起きたであろう事は明らかだった。
「どうした? 見張っていた奴等に逃げられでもしたのか?」
取り逃したのなら問題ではあるが、もうすぐ日も暮れるし追跡は行えない。
だがラッツの反応から察するに、そうではないらしい。
「追跡中に魔物の群れと遭遇した為、追跡を中断して戻って来ました……。帰還途中にも何度か魔物と遭遇しました」
「他の奴等は、何か言っていたか?」
「周囲を警戒中の者に確認をとりましたが、今日は魔物の姿をよく見かけると……」
ラッツの報告を聞いて、昨夜のバダックの話が脳裏を過ぎる。
バダックが言っていたのは、この事だったのか……それとも偶然なのか。
「ラッツ、戻って来たばかりですまないが、食糧を中心に荷物を纏めておいてくれ」
「隊長?」
「最悪の場合は、此処を放棄して街に逃げる。その場合は途中にあるタブル村の住民も避難させる必要があるから、荷物は多くなり過ぎない様に注意してくれ」
「わ、わかりました!」
ラッツが慌てて部屋を出て行く。
色々と聞きたい事もあるだろうが、俺の方もちゃんと事情を把握している訳じゃない。
もしも魔物が大量発生した場合は、国境警備隊だけでは抑えられない。
下手に抑え込もうとすると部下に被害が出るし、早々に逃げれば後で
そんな連中は、ちょっと前の騒動で悪事に加担してたとかで大体が捕まったとも聞いているが、国境にいると全然身近な話に聞こえてこないんだよな。
しかし、魔物と戦ったりしていたい……とか思ったが、こんな事態は望んじゃいないんだがなぁ。
◆ルーク・アルクーレ視点
「旦那様、国境警備隊のガレウス殿からお手紙が届いております」
「……手紙には、なんて書いてある?」
あまり聞きたくはないのだが、それでも聞かなきゃならないのが領主の辛い所だな。
「帝国側の国境門は未だ開放されず、魔物の数も日毎に増え続けている為、国境門を放棄…タブル村を経由し、住民と共にアルクーレまで避難する、との事です」
「やっぱり何事もなく終わらなかったか……」
「予想はしていたではありませんか」
セバスがやれやれと呆れた様子を見せる。
予想はしていたが、それが現実になれば疲れもするだろ……
最初にガレウスからの手紙が届いた時は頭を抱えたくなったし、場合によってはタブル村の住民もアルクーレで受け入れなければならなくなるので、それらの準備を進めつつもそれらが無駄に終わるように祈っていたのだが、やはり現実は甘くない。
「国境で増え続ける魔物は、こちらに来ると思うか?」
「自然に発生したのであれば分かりません、とお答えするのですが……帝国の動きを考えますと、こちらに向かって来てもおかしくはありませんな」
「そうだよな……」
今の状況で帝国と魔物の動きは関係ない。だなんて誰が考えるだろうか。
本当に関係ない可能性も捨て切れないが、それでも帝国を無警戒でいるなんてできるはずもない。
「他の村にも魔物が流れ着く可能性を伝えて、事前に避難できるのなら避難するように連絡を。もしもアルクーレに魔物が到達した場合は救助を行えない事も、しっかりと伝えておくように」
「かしこまりました」
あとは他領にも救援を頼んでおくべきか?
あまり借りは作りたくはないが、それで領民を助けられるのなら
私の頭くらいいくらでも下げてやるさ。
他にもレギオラに冒険者達を留めておいてもらって……あとで拘束した分の費用も払わなきゃだし……あー、もしこれが誰かの仕業だとしたら絶対に許せないな……!
と、思っていたのだが……
「魔物の数が増えている?」
「はい。こちらの予想を遥かに上回っています」
「数は?」
「およそ三万程です」
「多いな……」
国境を放棄する、と連絡があってから二日が経ったが事態は良くなるどころか悪化する一方だ。
「それと……ガレウス殿が先程、タブル村の住民と共にこちらに到着しました」
「分かった。ガレウスから直接話を聞きたい」
少しすると疲れた様子のガレウスが私の前へとやってくる。
本当なら少しは休ませてやりたいんだがな……
「到着してすぐにすまないな」
「いえ、仕事ですので」
「ガレウス、魔物の動きはどうだった?」
「我々を襲いに向かってくる魔物もいましたし、ふらふらと東…アルクーレに向かう魔物も見られました」
「何かを使って誘導しているのか?」
「方法は不明ですが、その可能性はあるかと……。それと魔物の群れの中に上位種を何体も見かけました」
「上位種もか……厄介だな」
上位種を相手に出来る者は限られているというのに、乱戦の中でそれらを対処できるだろうか……
「アルクーレの住民を避難させる事も考えなければな……」
アルクーレの領主として、こんな事は口にしたくはなかったんだけどな……
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