第53話 長老、あなたもですか……
「ダンジョンコアを取り込んじゃった……。って、そうだ、父さん!」
私はすぐに気を取り直して扉に向かって走り出す。
ダンジョンコアが無くなったせいか、扉が徐々に開いていく。
扉の向こう側では、父さんが虫の残骸の中で佇んでいた。
よかった無事だった……。そう思った。
けれど父さんが私に気付いて振り返った時、私はある事に気が付いた。
「うわっ……何この匂い……」
そう。父さんが残った空間には、虫の残骸が放っているのか、鼻が曲がりそうな匂いが漂っていた。
「何これ……父さん、凄く臭いね……」
「ぐほぁ?!」
私が父さんに匂いについて聞こうとすると、父さんが突然胸を押さえて倒れた。
父さんは虫の体液を全身に浴びている。まさか毒?!
「父さん?! どうしたの大丈夫!?」
「も、問題なくはないが……大丈夫だ……」
私は慌てて父さんに駆け寄るけれど、父さんが片手をあげながら大丈夫だと言う。
本当に大丈夫なのかな……。
父さんを心配していると、奥の部屋から光が漏れてくる。
その光に気が付いて、そちらに視線を向けると光が床に円を描いていた。
もしかして、あれって魔法陣?
ダンジョンを攻略すると使えるようになる脱出用とかの?
もしそうなら早く帰れそうだね。
「父さん、最奥の部屋に魔法陣みたいなのが出てきたけど、あれに乗れば迷宮の外に出られる?」
「まほーじん? いや、あれは転移陣だ。だが、アレを使えばすぐに戻れるぞ。よく分かったな、さすが我が娘だ」
父さんが褒めながら私の頭に手を伸ばそうとするけど、それをすぐに引っ込める。
頭撫でてくれないんだ。あ、もしかして……
「父さん、匂いを気にしてるの? 大丈夫だよ。父さんが臭くても私気にしないから」
「ぐぼぁ?!」
今度こそ父さんが倒れる。
「父さん?! 父さーん!!」
私の声が迷宮内に虚しく響き渡った。
「あはははは! 何それ、そんな理由で倒れたの? どんだけ娘ちゃんの事が好きなのさ」
「娘が好きなのは当然だろう、抉るぞ?」
「シラハが可愛くないとでも? 毟るわよ」
「ごめんなさい!」
私達は今、迷宮の外にいる。
迷宮から出てきて、すぐに父さんは虫の体液を洗い流しに水浴びをしにいった。
私はその間に母さんとレイリーにダンジョンコアを取り除いた事を説明した。
正確には取り込んじゃったんだけど、その事は父さんと母さんにしか言うつもりはないので、今は伝えていない。
どうも父さんは体に付いた匂いを気にしていたらしく、早くダンジョンから出たそうだったので、父さんにも話はできていないので、帰ったらまた検証も含めて説明したいと思っている。
少ししてから父さんが水浴びから戻ってきて、最奥の部屋の前で何があったのかを聞いていたら、あのGに似た虫が放つ匂いを私に嗅がせたくなくて私を先に行かせたらしい。
そして、戻ってきた私の言葉に酷くショックを受けた模様……。
ゴメンね。パパ臭ーい、みたいな意味で言ったつもりはなかったんだよ。ホントだよ!
そして父さんが私の言葉にショックを受けた事を話すと、レイリーが転げて笑い出したのだ。
当然のように父さんと母さんに脅されて謝ってたけど……。学習能力ないね。
そして母さんがレイリーに文句を言ったあと、父さんの方に顔を向けた。
「それでガイアス。なんでその可愛いウチの娘がボロボロなのかしら?」
「うぐ?! い、いや今説明しただろ。シラハをあの悪臭放つ虫の中には置いておけない、と思ってだな……」
父さんが必死に言い訳を始める。
たしかに酷い匂いだったけど、あんな心配させられるくらいなら一緒に残りたかった、って思うんだよね。
「あら…ガイアス、貴方たしか迷宮に入る前にシラハには指一本触れさせない、とか言ってなかったかしら? そこまで大口を叩いておきながら発生したての迷宮にいいようにやられるなんて真竜が聞いて呆れるわね……」
「ぐぐぅ……」
ああっ……! 母さんが容赦ないよぅ!
止めてあげて! さっきの私の臭い発言もあって父さんはボロボロなんだよっ!
「まあ異臭を放つ部屋に娘を残す、なんて事をしなかった事は褒めてあげるわ」
母さんが怒りを収めてくれて、漸くその場が落ち着いた。
「さてさて、話も終わった事だし長老のところに行って報酬の話でもしようか」
レイリーは母さんのお叱りが終わるのを待っていたらしく、話が終わるとすぐにそんな事を言ってきた。
「長老に会うのは面倒だな……。レイリー、お前が報酬決めてこい。我等は帰る」
「ダメに決まってるでしょー。たまには親に顔見せたらどうなのさ」
「顔を見せたら、どうせ小言ばかりだ。だから嫌だ。帰る」
「子供かい……?」
「子供ね……」
長老というと里の一番偉い人……というか偉い竜だよね。
それが父さんの父親なんだ……。
結局、父さんは母さんに説得されて長老の所へと顔を出すことにしたらしい。
私も母さんの背中に乗せてもらってついて行く。
右も左も分からない所で置いて行かれても困るしね。
長老のいる場所というから神殿のような場所なのかな、なんて思ってたけれど山の頂に近い所に、木や岩や魔物の骨などを積み上げたり下に敷いたりしただけの、まさに巣だった。
そうだよね。人と関わり持ってないのに、こんな雲より高い山頂付近に神殿なんて造れる訳ないよね!
ちょっと考えればわかる事だけど、少しくらい期待しちゃうのも仕方ないよね!
その長老のお宅と思われる場所には一頭の竜が丸まっていた。あれが長老かな?
長老は岩や石が張り付いたようなゴツゴツとした体の竜だった。若干、苔が生えたりしている。
あの体で空って飛べるの?
私達が長老の巣に降り立つと長老が顔をあげた。
「ほほぅ……まさか放蕩息子が顔を出すとはな……」
「相変わらず鈍重そうな体だな……」
「貴様のように鉛を背負っている竜には言われたくないわ」
「鉛じゃねえ、刃だ。研ぎ澄まされてるから軽いくらいだ。誰かさんみたいに周囲と一体化している置物には分からんだろうがな」
久しぶりに再会した親子の会話じゃないでしょ……。
なんで、こんな言い合いするのさ。
「ほらほら長老。久々の再会だろうけど、じゃれるのはそこまでにして報酬の話といこうじゃないか」
「目が腐ってるのか、レイリー。状況を見る事もできないのなら、その目玉抜き取ってやろうか?」
「いやいや、ここは翼を捥いだ後に地に埋めて、首だけ出して食い物だけを口に詰め込まれるだけの哀れな生き物にしてやろう」
「なんで、そういう時だけ仲良いんだよ?!」
レイリーが珍味にされそうだけど気にしない。
あんなのの間になんて入りたくないしね。
「ときに……そこな人間の子供は何者だ? どうやら普通の人間ではないようだが……」
長老の視線が私に向けられる。
先程までの軽口を言い合う雰囲気ではない、私を見定めるような目だった。
「私は……」
緊張して喉がカラカラする。
声が掠れて言葉が途切れるが、そこで母さんが口を開いた。
「この子はシラハ。私とガイアスの娘ですよ、お義父様」
「娘……? その人間がか?」
「ええ」
「長老であろうと、我等の娘に手を出すならば容赦はせんぞ」
「ふむ…………。つまりは――」
シンと周囲が静まる。
もし長老に襲われたらどうしたら良いんだろう。
やっぱり全力で逃げる? それしかないよね。父さんの家族なんだし。
「つまり儂の孫と言う事かっっ!!」
「え?」
「えっ?」
私とレイリーから困惑の声があがる。
え? 父さんと母さんはウンウンと大きく頷いているよ。
驚いているのは私とレイリーだけ。解せぬ。
「シラハと言ったか? どれ、近くに来て顔を良く見せておくれ」
「あ、はい」
私の警戒心はどこかに飛んでいき、言われるがままに近づいて顔を見せる。
「今は何歳だい?」
「じゅ、12歳です」
「十二ちゃいでちゅかー! 可愛いのぅ! ガイアス良くやった! レティーツィアよ素晴らしい娘だな、良き母になるのだぞ!」
「誰だよ、お前……」
「間違いなくガイアスの父親ね」
あ、父さんが呆れてるけど、その横で母さんが父さんと長老を見て呆れていた。
だよね。二人ともそっくりだよ……。
「はぁ……長老が認めたなら誰も文句は言えないね。まぁ認められなくてもガイアスは気にしないだろうけど」
レイリーが大きく溜息を吐いた。
うん。今の長老を見たら疲れも出るよね。緊張して損したよ。
「当たり前だ。認めなかったら僅かに残っていた親子の縁も切っていたわ」
「認めない訳なかろう。レイリーお主は馬鹿なのか?」
「五月蝿い! なんでお堅そうなアンタらが、そんなに人間に寛容なんだよ! 態度が変わり過ぎてこっちが反応に困る!」
「さっさと全部受け入れた方が楽よ?」
「忠告ありがとう! とっても身に沁みるよ!」
レイリーが自棄っぱちになってる。
頑張れ。強く生きてね。
「さて、儂に初孫とは喜ばしい事だが、シーちゃんが娘になった経緯を聞かせて貰えるか?」
長老が私に愛称を付けてきた。いきなりだね、ほんと。
でも、なんか良いね……。ハッ! 違う、そうじゃないよ! そんな事言い出したら父さん達が何を言い出すか……
「シーちゃん?! なんだ、その素敵な呼び方は!」
「可愛らしいわね。私もシーちゃんと呼ぼうかしら」
「儂が考えた呼び名だが特別にお主らも使って良いぞ」
全然問題ないみたいだね。
むしろ仲良くなっちゃったよ。
「あの、レイリーさん。長老っていつも、あんな感じなんですか?」
「そんな訳ないでしょ……。というかあんなに浮かれているのなんて初めて見たよ……」
「あんなんで竜の里は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと思いたいけど、初めて直面する問題だからねぇ……」
私は盛り上がっている三人から離れてレイリーと話をする。なんかレイリーは遠い目をしている気がするけれど、きっと気のせいだ。私悪くない。
「貴様ぁ! 儂の孫に色目使ってんじゃねぇよ!」
「鱗剥ぐぞ、ゴラァ!」
「ひぃ?! って何もしてないから!」
父さん竜とお爺ちゃん竜がチンピラになりました。
どうしたら良いのでしょう。
私は考える。そして――
「父さんとお爺ちゃん、怖い……」
嘘泣きをする事にしました。
「ち、違うぞ、シラハ! 我は怒ってなどいないからな!」
「そうじゃぞ、シーちゃん! ……む? 今、なんと言った?」
「え? ……お爺ちゃんって」
「ぬおー! 最高の響きだ! なんだ、この今まで感じた事のない高揚感は!? 今なら儂、世界を滅ぼせる気がするわ! ちょっと行ってくる!」
「長老、落ち着いて! 娘ちゃんはそんな事望まないから!」
「む? そうか……」
私はコクコクと首を縦に振ると、お爺ちゃんが落ち着きを取り戻した。
というか、さっきのテンションなら本当に世界を滅ぼしに出かけちゃいそうだよね。
ちょっと買い物行ってくる、くらいのノリで……
「ほら、それより娘ちゃんとの出会いを話してくれるんじゃないの?」
レイリーが催促をしてくる。
私は竜に話すのなら、父さんや母さんが信用できる相手なら話しても良いとは思っている。
実際、レイリーは竜の里の為に父さんを探し出したり、里の中で他の竜を説得したりと飛び回っていたみたいだし信用はできると思う。
あとは父さん達の許可が出るかどうかだけだ。
「他の奴等には他言するなよ」
「勿論さ」
父さんがレイリーに念を押して、それに頷くレイリー。
その横で母さんも頷いていたから、真眼の祝福でも確認したんだと思う。
父さんが話を始めようと口を開く。
あ、そうだ。忘れる前に聞いておかないと。
「そういえば、お爺ちゃんも真竜なの? 名前もまだ聞いていなかったけど……」
「儂か! 儂は地竜で名はゲオルグだ! だが、これからも、お爺ちゃんと呼んでくれていいからな! もしくは、じぃじでも構わない!」
「長老……」
お爺ちゃんに名前を聞くと、テンションが急激に上がって、その勢いのまま返答が返ってくる。
元気だね、お爺ちゃん……。
私に嬉々として名乗る、お爺ちゃんの横でレイリーが遠い目をしているのは、もうどうしようもないよね!
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