第51話 迷宮だよっ
「それじゃあ母さん、行ってくるね」
「ええ、気をつけてねシラハ。ガイアスもシラハをお願いね」
「任せておけ。我等の娘には指一本触れさせぬわ」
私と父さんは岩陰に隠れるようポッカリと空いた、地下へと続く階段を前にして母さんと挨拶を交わす。
なんと、ここはダンジョンの入り口で、私もダンジョンに潜る事になったんだ。
「レイリー、レティーツィアの事を頼む」
「分かってるよ。任せといて!」
「怪我の一つでもしていたら、貴様の鱗を全て剥いでやるからな」
「何それ怖いっ! しっかり守るから脅かさないでくれよー」
父さんがレイリーに母さんの事を
あれ? この階段はダンジョンが出来てから現れたらしいから、すでに
そんな益体もない事を考えながら私は父さんの後ろについて行く。
「そうだ。シラハは迷宮について分からない事はないか? 我が知っている範囲の事なら答えよう」
階段を降りている最中に父さんが、迷宮の事を教えてくれると言い出してくれた。
アルクーレにいた頃は、人からもダンジョンの話を聞く事はなかったので、とてもありがたい。
「えっと……それじゃあ、ダンジョンの破壊って具体的に何をするの?」
なので、まずは一番の目的について聞いてみる事にする。
竜の力を持ってしても、外から破壊する事が出来ないのなら、ダンジョンの中で一体どのようにして壊すのかを知っておく必要があると思ったからだ。
「なに簡単な事だ。迷宮の最奥に行き、そこにある
「ダンジョンコア……」
おおっ、異世界モノとかのダンジョンで度々出てくるアレだね!
こっちにもあるとは! ダンジョンコアを守るのはダンジョンマスターなのかな、それとも強いボスがいたりするのかな?
「嬉しそうだな」
「え、そうかな?」
「ああ。なんだかワクワクしているように見える」
父さんの言葉にドキリとする。
私は前世で聞いた言葉をこっちで聞けた事で想像が膨らんでただけだけど、普通の反応じゃなかったかもしれない。
「迷宮を金儲けに使う国もあるそうだが、迷宮は周囲の魔力を吸うからな。そのおかげで魔物は出現しなくはなるが土地が枯れる。故に金を稼ぐ必要のない我等竜族にとっては害しかない物だ」
たしかに竜にとっては必要なさそうなモノだよね。でも、人の国ではどうなんだろう。土地は枯れると言うけど、その周辺に魔物が出なくなるのなら、それを良しとする国もあるのかもしれない。
そこの土地が枯れても補う事ができるなら、だけどね。
「ねえねえ、父さん。ダンジョンの中でなんか凄いアイテムとかって落ちてたりするの?」
「あいてむ?」
「あ、道具の事ね! 他にも装備とか宝石とか? そういった物が落ちてたりはしない?」
やっぱりダンジョンと言えば、レアなアイテムを手に入れるのは定番だけども、そういったアイテムってダンジョン内に落ちているのかな?
「ふむ……。我は人間が出入りする迷宮に入った事はないから、そのアイテムとやらは分からんが、たしかに魔力を帯びた武具や道具は存在するな。使い道が分からんから拾った事はなかったが……」
今まで行ったダンジョンで、何かしらのアイテムはあったんだ。でも全てスルーしたと……。凄いアイテムもあったかもしれないのに……勿体ない。
「そっかぁ……」
「だ、だが今回はシラハが居るからな。何か欲しい物を見つけたら拾っていくといい。我は使わないからな」
「ん。ありがと、父さん」
私が明らかに残念そうな声を出してしまうと、父さんが少し慌てて私の顔色を窺う。
いけないいけない。残念なのは本当だけど、別に父さんが悪い訳ではないのだから、気を遣わせるのはダメだよね。
気をつけないと!
私達が話していると、漸く降り階段が終わった。
辺りは洞窟っぽくて、壁や天井も岩でゴツゴツとしている。
私が来た道を振り返っても、外の明かりは見えてこない。
随分と地下へと潜ってきたね。
母さん大丈夫かな……。
「安心しろ、レイリーは約束を守る奴だ。レティーツィアの事なら心配するな」
「うん……」
父さんが私の心配を察したのか声をかけてくる。
本当なら父さんだけでダンジョンに潜る予定だったのに、私もついていく事になったのには当然理由がある。
それは無理矢理に頭を下げさせたのもあるけれど、人間である私が里で待っていたら他の竜に何をされるかが分からなかったからだ。
何かあっても母さんやレイリーが守ってくれる、と言ってくれていたけれど、あのライゴウが何を仕出かすか分からないので、それなら私もダンジョンに潜った方が手出しできないから安全だ、という結論に至ったのである。
「階段も降りきったし、ここからは魔物が出るだろうから気をつけるのだぞ」
「うん。わかってる」
私は周囲を警戒しながら歩いていく。
父さんは警戒しているのか分からないくらいに、体から力が抜けているように見えるけど、たぶんあれでいて魔物の気配に注意しているんだと思う。
すると、さっそく何かの音が近づいて来た。
これは羽音?
「父さん」
「む、魔物か?」
「うん。数は分からないけど、前から来てるよ」
「ふむ。我にはまだ分からないが、さすがは我が娘だな!」
父さんが嬉しそうにする。
今回は匂いじゃなくて【側線】で音を察知しただけなんだけど、それでも父さんより早く反応できたのは、ちょっとだけ誇らしい。
力押しじゃ相手にもならないんだけどね!
父さんは腕を前に伸ばすと、いくつかの竜鱗が前方に飛んでいった。
「あ、音が止んだ」
「当たったようだな」
そう言って父さんが歩き出す。
今のところは一本道だけど、よく平気でズンズンと歩いて行けるね。
道を歩いて行くと、大きな蝙蝠がたぶん六匹くらいバラバラになって落ちていた。
暗い所は見えるけど、まだ距離があったせいで私は視認できていなかったのに良く当てられたよね。父さん凄い。
「蝙蝠か。こんな小物が出てくるという事は、本当に発生したばかりの迷宮なのだな」
「そうなの?」
私はバラバラになった蝙蝠の魔物から、魔石を直接手で触れないように注意しながら回収していく。いきなり領域に枠ができて、勝手に取り込んだりしても困るからね。
そして戦ってないから魔石くらいは私が回収しないと、ほんとただのお荷物になってしまう。
私は魔石を剥ぎ取りながら父さんの言葉に耳を傾ける。
「発生したばかりの迷宮は魔力の蓄えが少ないからな、迷宮内に出現させる魔物の質もたかが知れている。それに竜が手を出せないように地下深くに階層を作るのを優先させたようだし、もしかするとすぐに潰せるやもしれんな」
たしかに、このダンジョンはちょっと可笑しい。
他のダンジョンの事なんて私は知らないけど、地下へと長々と続く階段を降りて、それが終わったと思ったら今度はただの一本道。
もしかすると、すでにダンジョンの罠に嵌っていたりするのかもしれないけれど、現時点ではどうしようもないので警戒だけに留めておくしかない。
それよりも先程の父さんの言い方だと、まるでダンジョンが意思を持っているみたいだったから、やっぱりダンジョンマスターみたいなのがいるのかもしれないね。
「ねぇ父さん。ダンジョンが出来ると里が滅んじゃうって言ってたけど、それって土地が枯れちゃうからなの?」
実際どういった理屈で里が滅ぶ事になるのかが、いまいち分からないので、そこも聞いておく事にした。
「この霊峰アシュバラは既に土地が枯れているようなものだから土地は構わないんだが、魔力を取られると我等竜には住みにくい土地になってしまうな」
なるほど。
変な例えかもしれないけれど、空気が薄くて息がしづらいみたいな感じなのかな?
「さらに迷宮が成長すれば里の至る所に迷宮の入り口が広がるやもしれんし、力を付けた迷宮は竜をも飲み込むのだ」
「え、竜を……?」
「そうだ」
ダンジョンが竜を飲み込む?
え? ダンジョンって、そんなに凶悪なの?!
「と言っても、そんな事は百年、二百年生きた迷宮でもできんがな。まずは手始めに魔物を取り込むところからだな」
「それって人も取り込まれちゃうの?」
「いや、それはない。迷宮は魔石を持つ者を取り込むらしいからな」
父さんの言葉にホッと胸を撫で下ろす。
でも、すぐに安心してしまった自分に腹が立った。自分がよくても父さんや母さんは安心できないというのに。
自分は最低だ、と思いつつも私は質問を続ける。
「魔石をって事は父さんにも魔石があるの?」
「ああ……。我等は魔石ではなく竜核と呼んでいるが、魔力の塊という点では同じだな」
竜核って竜にとっての魔石の事だったんだ。
あれ、魔石? 魔石を持つ者って……
「ねぇ父さん。私って魔石を持つ者になるのかな?」
「む? …………むぅ、どうなのだろうな。我が子の竜核を取り込みはしても、シラハの中には竜核や魔石があるようには感じられん。とは言え試すわけにもいかんしな」
父さんが腕を組んで唸る。
私も自分を餌に実験とか、する気はないから気にしないでね。
歩いていると、今度は何かが転がってくる音がした。
私がそれを父さんに伝えると、父さんはまた竜鱗を飛ばして終わらせる。
音の発生源に近付いていくと、そこにはアルクーレ周辺で倒した事があるダンゴムシのような魔物ゴロンゴが、やはりバラバラになって辺りを汚していた。
ゴロンゴはFランクの魔物だったはずなので、もしかすると、さっきの蝙蝠の魔物もFランクなのかもしれない。
そうなると、父さんにとっては敵ですらないのかもしれない。
「父さんはどうやって魔物を狙ってるの?」
私がゴロンゴから魔石を剥ぎ取りながら気になった事を聞いてみる。
父さんは魔物を認識していないのに攻撃を当てている。
どうすれば、そんな事ができるのかな?
「狙ってないぞ?」
「え? 狙ってないのに攻撃を当てられるの?」
「簡単な事だ。我は魔物に直接当てているのではなくて、魔物の近くで我が鱗を周囲に散らせているのだ」
「散らす?」
「うむ。こうやるのだ」
父さんは一枚の鱗を掌に生やすと、それがパリンと音を立てて爆ぜた。
「あ…あー! なるほど!」
「ふふん。どうだ、凄かろう」
「うん! 父さんは凄いよ!」
教えて貰えば、なんて事はなくて私が竜鱗を着弾すると同時に弾けさせるのと同じ事をしていただけだった。
ただ私と違うのは、何かに当たっていなくても弾けさせるという事だ。
たしかに、その方法なら直接刺さらないので深手を負わせることはできないけれど、広範囲の敵に手傷を負わせられる。
私では威力が出ないかもしれないけれど、相手の勢いを削るのには使えるかもしれない。
「それじゃあ魔物の位置は? 勘で攻撃してるの?」
それなりに広範囲に攻撃できても、弾けさせるタイミングは速くても遅くてもいけない。
つまり父さんは何かしらの方法でタイミングを計っているはずなのだ。
「それは魔力を感じとっているだけだな。しかしアレだけ弱々しい魔力を察知するには常に集中せねばならん。だからシラハが教えてくれなければ気付くのにもっと時間がかかる」
「そうなんだ」
「ずっと蟻の足音に耳を傾けるようなモノだ。そんな集中など長くは続かん」
父さん……集中しても蟻の足音なんて聞こえないと思うんだ。
難なく魔物を倒すから、私は全く役に立ててないと思っていたけど、少しくらいは力になれてたんだね。
その事実に嬉しくなる。
私達は何度か魔物を倒して先へと進んで行くと、また降り階段を発見した。
ここまで一本道で、さらに階段。
迷う事もないのに
「ふむ。我にとっては害虫駆除のようなモノだが、迷宮にとっては竜の里に発生してしまった事は災難だったのだろうな」
「どういう事?」
「中途半端に浅い迷宮にしてしまうと竜の総攻撃で
そう言われると可哀想になってくるね。
竜の総攻撃を凌げる程には深く出来たのかもだけど、それで結局ダンジョン内の警備が手薄になっちゃったんだから詰んでるよね、コレ。
それでも自分の命? が掛かってるんだから抵抗はするんだろうけどね。
私は最後の足掻きには気を付けよう、と考えながら階段を降りて行った。
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