第50話 竜の里

 私は今、母さんの背中に乗って空を飛んでいる。


 父さんは人化して私と一緒に母さんに乗っているので、空を飛んでいるのは母さんとレイリーだけだ。


 そんな私達は竜の里に向かって移動している最中なのだ。


「ねぇねぇ、なんでガイアスは娘ちゃんを家族にしようと思ったのさ。教えて教えてー!」


 レイリーが道中は退屈だという事で、私を娘にした経緯を話して欲しいとねだってきた。


「うるさい黙れ。黙らなければ帰るぞ」

「ええー。そんな事したら娘ちゃんに嫌われるよー?」

「父さん母さん、やっぱり帰ろっか」

「え?! ウソウソ! 黙るから帰らないで!!」


 レイリーが私の言葉に慌て始める。

 たしかに竜の里にもダンジョンにも興味はあるけれど、何度も私をダシにして押し通そうとするのは見過ごせない。


 というか腹が立つ。


 里に着いたら竜達には謝ってもらうとはいえ、私達……いや、父さんと母さんが簡単に動いてくれると思われるのは良くない。


 だから、そんな態度なレイリーには、心を鬼にして接しなければいけない。


「里の方達に頭を下げてもらう、という条件を果たして貰っていない現在は、私達の気分一つで帰る事もある、という事を忘れないでくださいね」

「申し訳ありませんでした!」


 レイリーが素直に謝ってくる。

 他の竜は知らないけど、レイリーは本当に里を助けたいと思っているんだろうね。


「見えてきたわよ」


 私がレイリーを相手にしていると、母さんが声をかけてくる。どうやら目的地に近づいてきたらしい。


 私が前方に視線を向けると、そこには雲にまで届くほどの山が聳え立っていた。

 うわ、たっかい山だなぁ……。


 私が口を開けて山を見ていると、父さんが少し笑っていた。


「あれは霊峰アシュバラ。我等が竜族の始まりの地だ」

「アシュバラ……」


 私はアルクーレの街周辺なら地理の確認はしてあるけれど、それ以外は全然なので霊峰アシュバラがどの辺にあるかは全く分からない。

 今度、どこかの街に行く時は霊峰アシュバラの事を調べてみるのも良いかもしれない。


 私がそんなふうに考えていると、母さんがどんどんと高度を上げていき雲を突き抜けた。


 寒そうだ、と身構えていたけど全くそんな事はなくて、むしろ過ごしやすい気温だったのには驚いた。


 雲の上は暖かいけど、山は岩肌が露出していて植物はあまり見かけない。

 植物にとっては厳しい環境なのかもね。無いわけじゃないけど。


 きょろきょろと辺りを見回していると、母さんは少し開けた場所に降り立つと、何頭か竜がやって来た。


「来たかガイアス。では、さっそく迷宮に行ってもらうぞ」


 近づいてきた一頭の竜が挨拶もなしに、父さんにそんな事を言ってきて少しカチンときたけど、ここはレイリーが説明をするはずだ。

 でなければ私達は帰ると、レイリーだって分かっているはずだから。


「ちょっと待って! ガイアス達は少し休んでてよ。話は僕がしておくからさ」

「分かった」


 父さんもそれ以上は何も言わずに私達は移動する。


 何頭かの竜が私を見ていたけどレイリーが止めたからか、父さんと母さんが睨んでいるからかは分からないけれど、特に何かを言われる事はなかった。


「分かってはいたけど、私歓迎されてないよね」

「シラハが、ではなくて私達が歓迎されてないのよ」

「だな。連中の誇りを汚す我等を快く迎えてくれるわけもないがな」

「その竜族が言う誇りってなに?」


 私もレイリーに里の竜に頭を下げさせろ、と話をした時に誇り云々言ったけど、いまいち竜の誇りというものが伝わってこなかった。

 なので、この際なので聞いておくことにしたのだ。

 

「知らん」

「え?」

「ガイアス、それじゃ伝わらないわよ……」


 父さんは知らないみたいだけど、母さんは何かを知っているみたいだ。誇りを前面に出してはくるけど皆が知っているものでもないのかもね。


「竜の誇りは里の総意の事を指すのよ」

「総意? え、それじゃ皆が父さんを竜の誇りだ、って言えば、それが誇りになっちゃうの?」

「極端な話で言えば、そうなるわね」

「うわ〜……」


 思わず呆れた声が出てしまった。

 だって、しょうがないじゃん。まさか、そんなにガバガバで緩い決め事だとは思わなかったんだもん。


 そうなると父さんが真竜に至ったのにも関わらず蔑まれるのは、嫉妬もあるのかもしれない。世論に左右されるなら、目についたところを突っつけばいいだけだからね。


 そして父さんは刃竜という、人の作った道具である刃を固有の力として発現したから、貶める対象としては最適だったのではないかと思う。


 人も竜も、そういうところは同じで他者を陥れちゃうんだね。

 それで自分達の里を守れる手段の一つを失うんだから、本当にアホらしい。



「お? ガイアスお前こんな所で何やってるんだぁ?」

「チッ……。嫌な奴に絡まれたな……」


 父さんが舌打ちする。

 レイリーの時より露骨に嫌そうだし、父さんに対しての喋り方も見下したような言い方だったね。


「シラハ、私達から離れないようにしてね」


 母さんが自分の体で私を隠しながら、そう忠告してくる。

 つまり、今やってきた竜は素行が悪い可能性があるって事だね。


 私が父さんに話しかけた竜を見ると、薄紫色をした鱗を纏う竜が岩の上から私達を見下していた。


「俺の雌を横から掻っ攫っていった奴が里をウロウロしてねえで、さっさと迷宮駆除でもしてこいよ」

「そうしたいところだが、それをやるには条件があってな。今レイリーが説明しているから話でも聞いてきたらどうだ?」

「俺に関係ある話なのかよ」

「里全体に関わる話だ」

「そうかよ……。ところで、なんで此処に人間がいやがる」


 父さんは目の前の竜をさっさと此処から移動させようと話をしたけど、竜はスッと私に視線を向けてきた。


 あの目は私を異物として見ている。


「我の娘だ。手を出すなよ」


 父さんが簡潔に説明をすると、目の前の竜が笑い出した。


「あひゃひゃひゃひゃ! なんだよ、お前! 俺から雌を奪っておきながら人間のガキを育ててるのかよ! それともお前らの卵から、そのガキが産まれたとでも言うつもりか!?」


 目の前の竜が笑い出すと体にパチパチと光が爆ぜる。あの静電気みたいなのって、もしかして雷?


 という事は、もしかしなくてもアレが雷竜ってヤツなのかな。俺の雌とか言ってるし過去に母さんが番にさせられそうになった、っていう相手がアレか……。


 たしかに増長してて調子に乗ってるね。あんなのと一緒になるとか私が竜でも嫌だね。


「ライゴウ、私はアナタのモノじゃないわ。私はアナタが嫌で堪らないから里を出たの。ガイアスがアナタから奪ったのではなくて、アナタに鱗一枚分も魅力がなかったのが悪いのに他者の責任にするなんて、凄くみっともないわね」

「レティーツィア、テメエ……」


 おお。母さんカッコいい。

 そして雷竜ことライゴウは、凄く小物感が強いね。

 真竜だから相当強いんだろうけど。



 そこに、ちょうど他の竜へと説明を終えたのかレイリーがやってくる。

 この間の悪さ、少し同情するよレイリー……。


「あれ、なんでライゴウが此処にいるの?」

「レイリーか。俺はただ、俺の雌を奪ったガイアスに文句を言いにきただけだが?」

「え? レティーツィアってライゴウの番じゃないよね? 番話つがいばなしが出る度に俺の雌発言して、皆に引かれてるんだから学習したら?」


 うわー、レイリー凄い。

 何言ってるの? みたいな軽い感じで、よくあんなにズバっと言えるね。

 もしかしなくても普通に嫌ってる?


 あと番話って何? 婚約話とか、そんな感じなのかな?


「お前ら……」


 ライゴウが、すっごいプルプルと震えてるよ。相当怒ってるだろうね。

 まあ、ライゴウの物言いが悪かったし同情の余地無しだけどね。


「まあまあ……。どうせライゴウから喧嘩売ったんでしょ? なら少しは抑えなよ。それに迷宮が発生したのは君の巣のすぐ近くだろ? 君がすぐに気が付けば外からでも潰せたのに、それが出来ないほどに大きくなったからガイアスを呼ぶしかなくなったんじゃないか。ここで君が彼の機嫌を損ねたら誰が迷宮を壊すのさ?」

「里に貢献できるのなら、ガイアスだって喜んで迷宮駆除するだろ」

「あはは、ところが残念。今回、迷宮を潰す報酬の一つに、ガイアスを馬鹿にした竜達には頭を下げてもらう事になったんだ」

「は?」


 ライゴウから素の声があがった。

 予想してなかったんだろうね。ざまあみろだよ。


「あれ、聞こえなかった? だからねガイアスを馬鹿にしていた、君も含めた竜全員には謝ってもらう」

「里の一大事なんだぞ?!」

「そう、一大事だねぇ……。なら頭を下げられるよね?」

「ぐっ……。なら、さっさと駆除してこい! 終わったら頭くらい下げてやる!」


 ライゴウがレイリーに言い負かされて、ダンジョンを壊したら、と言い出してきた。

 まぁ、そう言うだろうね。


 だから私は里に着いたら、って条件にしたんだよ。

 事を終えた後だと、有耶無耶にされるだろうからね。


「残念だねー。報酬の一つである謝罪は前払いなんだよ」

「ふざけるな! それでガイアスが駆除に失敗したら、どうするんだ!」

「えー? そりゃ、ライゴウ。君の怠慢で迎えた里の危機に駆け付けてくれたんだから、仮に失敗したとしても、それは手間賃分として十分な対価になるでしょ」

「レイリー! テメエは里が大事じゃねえのかよ!」

「大事だよ? だから、わざわざ何処にいるかも分からないガイアスを探してきたんじゃないか。それなのになんで、ガイアスを追い出すような行為をした上に、里を危機に陥れて何も行動をしない君に責められなきゃいけないの? 頭大丈夫?」

「ぐぐぐ……」


 これは……、レイリーには本当に同情しかないね。

 誇りだか自尊心だかプライドだかの塊の竜達が動かないから、レイリーだけが動いていたんだ。


 何も行動していないのに里が大事とか、どの口が言うんだろうね。


「それにライゴウの事だから、そこにいるガイアスとレティーツィアの娘ちゃんの事についても何か言ったんでしょ? ガイアス達を此処に来るように説得できたのは娘ちゃんのおかげなんだから、機嫌を損ねると本当にこの里見捨てられるからね」


 レイリーが今度は私のフォローをしてくれたよ。

 私の事についてはレイリーも、とやかく言ってたと思うけど、フォローをしてくれたと言う事で今回は目を瞑ってあげるとしよう。私優しい。



「くそっ! 悪かったな、これでいいんだろ!」

「イヤ、全然ダメですね。全く気持ちが篭ってないです」

「ああ?!」


 おっと、全く謝ってる感じがしなかったから、思わずダメ出しをしてしまったよ。でも私悪くない。


「あれで謝ってるつもりなら、それこそ卵からやり直すべきね……」

「ああ、あれで納得できるヤツはいないだろ」

「だってさ。やり直しだね」

「なんで俺が……」

「自業自得でしょ。ほらほら早くしなよ他の竜が集まってくるよー」


 レイリーが謝罪を促す。私の気のせいかな、なんか楽しんでない?

 そんなレイリーの言葉を証明するように、次々と竜が飛んでやってきて周囲を埋め尽くした。

 え、何頭いるの? さすがに怖いんだけど……


 そして驚いた事に、その全ての竜が父さんに頭を下げてきた。


「ガイアス。今まで悪かった……」

「ムシのいい話だが、里を救ってくれないか?」

「まだ謝れと言うなら、お前の気が済むまで頭を下げよう」

「う、うむ……」


 皆が素直に頭を下げるとは思ってもいなかったのか、父さんが驚いている様子だった。

 これで残るは――


「あとはライゴウだけだね。どうする? 君だけが我を通して皆の謝罪を無駄にする?」

「もう謝っただろ!」

「頭下げてないじゃん。そっか、ライゴウのせいで里は滅ぶんだね……。皆悪いけど、ここにいない竜にも伝えて来て」

「レイリー……テメエ……」

「なに? 戦うの? さすがの君でも、ここにいる竜全てを相手に勝てるなんて思い上がってないよね?」


 ライゴウが周囲の竜達に視線を巡らせる。

 そして諦めたかのように、父さんに頭を下げたのだった。



「ガイアス、お前を馬鹿にして悪かった……。だから、どうか里の迷宮を潰してくれ……」



 ライゴウの言葉を聞いて、父さんは大きく頷いた。



「分かっている。我に任せておけ」





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