第48話 惚気かよっ

 ガイアス父さんはその日の内に帰ってきた。


「その…スマン……」


 でも、帰ってきた父さんは何やら気不味そうな雰囲気を醸し出していた。


「父さん、どうしたの?」

「うむ。これなんだが……」


 父さんは懐から刀身が根本から折れた短剣を取り出して、私に差し出してきた。

 ああ。回収してる時に、何かの拍子に折れちゃったんだね。


「折れちゃったんだ。でも他の荷物は持ってきてくれたんでしょ? ありがとう、父さん」

「お、おお! これぐらいはお安い御用だ。それより、壊してしまった事を怒ってはいないのか?」

「ん? 怒らないよ」


 この短剣は、もともと間に合わせで使っていただけなのだから、気にしなくてもいいのに。


 私は父さんから回収してもらった荷物から、服を取り出して着替える。

 ふぅ……。さすがに服を着ないのに慣れるのは抵抗あったからね。助かった。



 父さんが帰ってきたので、三人で魔物肉を齧りつつ監禁場所の状況を聞いてみた。


「それじゃ、あの場所には私以外にも捕まっている人がいたんだ」

「ああ。殆どが死にかけで動く事もできない状態だったな」

「捕まえてた人間は相手をそこまで弱らせて、どうするつもりだったのかしらね」

「全くだ」

「捕まえられていた人達は、従順にさせたり情報を吐かせたりと、何かしらされていたと思うよ」


 私は二人に思いついた理由を説明した。竜種は同族同士で争う事はないのかな?


「人間は回りくどいな。それなら勝負でもして、敗者が勝者に従えば良いだろうに……」


 たしかに、それで解決できたらシンプルで楽なんだけどね。

 でも、力だけでは納得できない人もいるんだよ。


「その捕まってた人達は、街まで届けてくれたの?」

シラハに言われたのだ、当然だとも。だが街まで連れていったら、街の人間にいきなり攻撃されたがな」

「え!?」


 捕まってた人達が気になったので聞いてみれば、父さんがなんて事もない風に、そんな事を言い出した。

 もしかして攻撃されたから返り討ちにしたとか?


 って言うか、竜の姿で街に行っちゃダメでしょ!


「そんな顔をするな。捕まっていた者共を預けなければいけなかったからな。特別に攻撃してきたヤツらは見逃してやったわ」


 父さんの言葉にホッと息を吐く。

 私が余計な事を頼んだせいで街が滅んだなんて事になったら、さすがにヘコむ。


「そもそもガイアスが人化しなかったから、攻撃されたのでは?」


 レティーツィア母さんが的確な突っ込みを入れてくれる。私は頼んだ手前、指摘がしにくい。


「とは言ってもな……。それなりに人数がいたから、馬車に詰め込んで運ぶしかなかったのだから仕方ないだろう」


 そんなに捕まっている人がいたんだ……。

 ちゃんと保護されてるといいけど。


 私を捕まえたのがローエンさんで、他の捕まっていた人もローエンさんが監禁していたのなら、街に連れて行けば領主様が保護してくれるはず。


 問題があるとすれば、それに領主様が関与していた場合だ。

 もしそうだとしたら監禁場所が変わって、さらに厳しい監視体制になるだけだろう。


 でも、父さんが騒ぎを起こしたおかげで、捕まってた人達は目立ったはずだ。

 それなら、その人達をいなかった事にするなんて出来ないだろうし、それなりに安心かも知れない。


 私は、あの街に戻るつもりはないけどね。

 当分は父さん母さんと一緒にいるつもりだし。


「ありがとうね、父さん。てっきり、どこぞの街みたいに攻撃しちゃったのかと思ったよ」

「む? よくそんな昔の事を知っているな」

「ちょっと調べる事ができてね」

「ほう! この我の活躍を知りたかったのか、そうかそうか!」


 なんか急に父さんが上機嫌になった。

 ここで断ると拗ねそうだなぁ……。なんか打たれ弱いし。


「なんで、当時の人達と戦う事になったの?」

「その時に我が寝床にしていた所を人間共がウロチョロしだしたかと思えば、急に人数を集めて我に攻撃してきたからだ」

「じゃあ、その後に街まで行って壊して回ったのは?」

「あれか……」


 父さんの声が低くなる。当時なにがあったんだろう?


「ヤツらは遠くからチマチマと道具を使って攻撃してきてな……。壊しても壊しても街の方から運ばれて来たから、大本を潰してやったのだ」

「じゃあ、父さんからは攻撃するつもりなんてなかったんだ」

「当たり前だ。なんだってあんなチマチマチマチマと鬱陶しい攻撃をしてくる連中と戦わなければいけないのだ」


 つまり自分達で誘き寄せちゃったと。

 当時の領主だった人は近場に竜がいたから退治しようと思ったけど、それが藪蛇になってしまった訳だ。


 これは当時の人達が聞いたら泣いちゃうね……。



「そういえば母さんは、人の姿にはならないの?」


 父さんの話を一通り聞いた後に、私は気になっていた事を母さんに聞いてみる。

 はい。父さんの話は終わりだから、そんなガッカリした顔しないの。


 魔物肉を食べてる時、父さんは人の姿になっているのに母さんは竜の姿のままなんだもん。


 そんな私の言葉を聞いて母さんが残念そうにする。まぁ、竜の姿のままだから雰囲気で、そう感じただけだけどね。


「本当に失敗したわ……」

「失敗?」


 失敗って、なんのことだろう。

 私は母さんの言葉に首を傾げる。


「まさかシラハみたいな可愛い娘ができるなんて思ってなかったから、人化は習得していないの」

「そもそも我々竜は人の真似なぞ、したがらないからな」

「じゃあ、父さんは?」


 父さんが補足をするけど、その理由だと父さんが人化できるのがおかしい。なにか会得しなければいけない理由でもあったのかもね。


「なんか楽しそうだったからだが?」


 とっても軽い理由だったよ……。


「ガイアスは竜の姿のままだと魔物が弱くてつまらないから、人化して魔物を狩りに行ったりするのよ」

「なんか自由だね……」


 母さんが若干呆れながら説明してくれた。

 たしかに呆れたくなるような理由だよね。


 戦いを楽しむ為に自分の力を抑えるとか、私には考えられない事だよ。


「それでも我に敵うヤツは、なかなかいないがな!」


 父さんが勝ち誇ったように笑う。

 やっぱり竜は強い方が偉いとか、そんな考えがあるのかな?


「父さんは、竜の中でも強いの?」


 私は単純に気になった事を聞いてみた。

 だが、私の質問に対して父さんは少し不貞腐れたような顔になる。

 あれ、良くない質問だったかな?


 そんな私の疑問に答えてくれたのは母さんだった。


「誰が一番強い、って言っても相性の問題もあるから一概には決められないけど、成竜相手ならガイアスは負け無しね」

「成竜って、人で言う大人って事?」

「そうね、その認識で問題ないわ。そして、ガイアスと対等以上に戦えるのが、成竜からさらに進化した真竜と呼ばれる竜達ね」

「真竜……」


 竜は御伽噺にも、なっていたりするから、竜種に対する情報は書庫にもそれなりに存在した。

 けれども、成竜や真竜といった単語は出てこなかった。

 人間側と竜側との認識の差というモノがあるのだろう。


 人が知らない裏事情を聞かされているので、楽しくなってくる。まあ、竜から直接聞きました! なんて言っても誰も信じてくれないと思うけどね。


「真竜はね、成竜には無い固有の力を持っているの。それは炎を吹いたり、風を起こしたりと様々だけど、成竜とは一線を画す力なの」


 それって書庫で調べた時に知った、属性竜のことなのかな?


「じゃあ、父さんも真竜?」

「そうね……」


 母さんが歯切れが悪そうに頷く。何かあったのかな?


「レティーツィア……。別に隠す必要もないだろ、アイツらは我を蔑んでいる」

「蔑む……って、どうして?」

「炎竜と天竜は違うが、それ以外の竜は我を下に見ている……。我は刃竜、刃は人間が作った道具だ。そんな力を発現した我は、自然界の力を持つ他の真竜には勝てん」

「真竜に至ったにも拘らず刃を宿したという理由だけで、ガイアスは他の真竜どころか、成竜にも侮られるようになったわ」


 なにそれ……。

 手に入れた力が他者に受け入れられなかったから、侮られるなんて……。


 状況は違うけど、父さんは私と似ているのかも知れない。

 現実を受け入れて、それでも悔しそうな顔をする父さんは、とても悲しそうだった。


「父さん……」

「っ?!」


 私はギュッと父さんを抱きしめた。


 父さんには母さんがいたけど、それでも辛くなかったわけではないはずだ。

 父さんが困っている時、私は生まれてもいなかったけど、今から寄り添ってあげても良いはずだ。


 少しくらい力になってあげたい。



 そう思っていると、父さんが私を引き剥がす。

 これは拒絶ってやつ、なのかな……。


「いいか、シラハ。我にだって父として娘に情けない姿を見せたくない、という矜恃くらいあるのだ。抱きつかれるのは悪くないが、それで慰められるのは……ちょっとな」


 私が拒絶されたと思ってショックを受けていると、父さんが照れ臭そうに笑う。

 良かった……恥ずかしかっただけなんだ。


「さっきまで項垂れて、情けない姿を見せていた雄の台詞とは思えないわね」


 母さん酷いよ!

 もうちょっとオブラートに包んであげようよ!


 ほら、父さんが追い討ち喰らって顔を歪めてるし!


「じ、じゃあ母さんは、どうして父さんと一緒になったの?」


 私は慌てて話を戻す事にして、母さんに話を振る。

 少数派だと思うけど、父さんを認めていた竜もいただろうから母さんも、そうなんだと思う。


「私は……。真眼の祝福で持ち上げられてて、ガイアスの事なんて当時は眼中になかったけど……」

「おい」


 ちょっと母さん?!

 父さんを虐めちゃダメだよ!


「里で調子に乗っていた雷竜の番になれ、って話が出てきたから里を出ようとしてたガイアスにくっ付いてきたの」


 あれ……。ロマンチックな雰囲気が欠片も含まれてなかったよ。なんか妥協みたいな感じじゃん。


「私は竜としてではなく、真眼の力のみを期待されてただけで外に出る事がなかったから……ガイアスと一緒に飛び回るのは、とても楽しかったわ」

「レティーツィア……」

「ガイアス……」


 二人が見つめ合う。親がこういうふうに惚気たら、子供としてはどうしたらいいんだろうね?


 幸せなら、それで良いかもだけどね。




 こうやって話して、触れる事で、いつか本当の家族のようになれたら嬉しいな。



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