第47話 娘

 私の力を信じて貰うことはできた。

 これで私は無罪放免かな?


「では我が子を殺したのは、その蛇という事か?」

「はい」

「そうか」


 ガイアスがレティーツィアへと視線を向けると、レティーツィアが肯定の意を示す。


「その子の言っている事は本当よ。それで、その蛇はどこにいるの?」

「私が殺して食べました」

「殺して食べた? 貴様が?」


 私が仇でないのなら本当の仇を討ちたいのだろうけど、私が内側からやっつけちゃったんだよね……。


「フフ…フハハ……」


 ヤバイ……。ガイアスが静かに笑ってる。

 もしかして仇を討ったヤツを倒せば、直接仇討ちした事になるから殺す、とか言い出さないよね?


 私は冷や汗を流しながら、ガイアスの様子を窺う。


「ガハハッ! 探していた我が子の仇が、まさかよりにもよって、我が子の力を取り込んだ人間に殺されていようとはな!」

「あの…信じるんですか? 私が言うのも何ですけど、私みたいな小娘がそんな事できるはずがない、って普通は相手にしないと思うんですけど」

「だが、本当の事なのだろう?」

「そうですけど……」

「なら問題なかろう!」


 いや、そうなんだけどね。

 なんで、そこまで私の発言を鵜呑みにできるのさ? 騙されてるとか考えないの? 最初はあんなに疑ってたのに。


「レティーツィアが嘘を言っていない、と言うのなら貴様が言っている事は真実だ」

「どんな理屈ですか、それ……」

「私はね、真眼という嘘を見抜く祝福ギフトを持っているのよ」

「えっ……竜も祝福を持っているんですか?」

「なんだ、祝福が人間にのみ与えられた特権だとでも思っていたのか? そんな事あるはずないだろうに……」


 そうなんだ……。

 なんとなく祝福は人間や亜人にしか無いものだと思ってたけど、竜も持っているものなんだね。


「それじゃあ、魔物も祝福を持っていたりするんですか?」

「なんで、そこから魔物に繋がるかは分からんが、ヤツらも持っている個体はいるはずだ」


 これって、誰でも知ってる事なのかな?

 私の知識は色々と足りてないから判断が難しい。


「そうだ、貴様は先程の話で蛇を食ったと言っていたが、貴様ら人間にとって魔物の肉は毒ではなかったか?」

「らしいですね」

「らしいって貴方……」


 そんな他人事みたいな……、って感じで呆れられちゃったよ。仕方ないじゃん、当時は知らなかったんだからさ。


「その時は知らなかったんですよ。ただ取り込んだパラライズサーペントの魔石で毒が効かなかったみたいで、美味しく頂けましたけどね」

「面白い力ね、本当に……」

「そうかそうか、蛇のヤツは自分の力を盗られただけではなく、命も肉も全部を貴様に奪われた訳だ、ガハハ! これは傑作だ!!」


 ガイアスは何が楽しいのか、というくらいに腹を抱えて爆笑している。竜と人では笑いのツボが違うのかも知れない。


「ありがとうね。貴方のおかげで私達も漸く前を向けるわ」


 レティーツィアにお礼を云われてしまった。何を言っているんだろう……。


「ああ、蛇の末路を聞いてスッキリした、礼を云う。そして、いきなり襲って済まなかった。危うく我は仇討ちを果たしてくれた恩人を殺すところだった」


 ガイアスが頭を下げ、レティーツィアが目を伏せる。

 これは彼等なりの感謝を示しているのだろう。



 けど、違う……。

 お礼を云うのは私の方だ。


 酷い言い方だけど、貴方達の子が死んでいなかったら私は助からなかった。

 私は貴方達の子供の犠牲の上に生きている。


 だから本当は謝らなきゃいけないのも、お礼を云わなきゃいけないのも私の方なんだ。


「私の方こそ、貴方達の子の力で生き永らえる事ができました。本当にありがとうございました」


 私は頭を下げた。


 すると私の頭に何かが乗っけられた。


 頭に乗った何かは、ぐりぐりと撫で回すような動きをする。もしかしなくても、これはガイアスの手なのだろうか。


「ふむ。たしかに貴様は我が子の力で生き永らえたかもしれん。だが貴様がいなければ我が子が、我等の下に戻ってくる事もなかっただろう」


 我が子が戻って来た?

 力が私の中にあるだけでは、戻って来たとは言えないんじゃ……。


「もう、貴方達の子供は……」

「いるとも、貴様の中にな」

「え……」

「なんだ、気付いていなかったのか? なら何故、我は貴様を襲ったと思う?」

「それは……匂い、とか?」

「戯け。たしかにここまで近付けば分からんでもないが、そこらの犬畜生ほどは鼻が利かぬ。そこまで卑しい生き方をする必要もないのでな」


 いきなり、犬に喧嘩を売り出したよ……。

 悪気はないのかもだけどさ。いや悪気がないからタチが悪いかもしれない。


「つまりだ。我は匂いではなく、貴様の中にある我が子の魔力を嗅ぎ取ったのだ」

「魔力を……」


 どこから嗅ぎ取ったかは分からないけど、そんな事ができるんだね。私もできるのかな?


「貴様の中には我が子の力が宿っている。そして、その力を自在に操る事ができるのなら、それはもう我の娘という事ではないか!?」

「え」


 あれ、話がいきなり脱線してどこかに飛んでいった。


 ちょっと待って。娘? どんな方程式を使ったら、そんな回答に至れるのかな?


「ガイアス」

「む。なんだ?」


 レティーツィアがガイアスの名を呼ぶ。人間を娘として扱うなんて、ありえない! とか言ってガイアスを叱ってくれるに違いない。


「それはいい考えね! そうよ、この子は私達の娘よ!」

「そうだろう!? 我も妙案だと思ったのだ、ガハハ!」


 止めてよ!

 なんでノリノリなの?!


 いやいや、竜が人間を養子? にするとか、どうなの?!

 

 いや、ダメでしょ! 私は人間で異質な力を持っていて、厄介事に巻き込まれるような存在だよ!

 そんな私を軽く捻ることができる竜の子供なんて……あれ、問題なくない?


 少なくとも、この二人は私の力を見て驚きはするけど、それだけで、むしろ笑ってさえいる。


 街中では力を隠していたとはいえ、訝しむ視線を向けられる事もあった。

 それを煩わしいと思っていたのも本当だ。


 でも、ここなら私の力は特殊であっても脅威にはならない。私は普通でいられるのかもしれない。


 それに――――


「良いんですか? 私が……家族になっても……」

「良いに決まってる! というか、既に我の娘だ!」

「えぇ…ええ! 貴方は私達の娘よ」


 ――私も家族が欲しかった。


 エイミーは私を愛していたと知れたけど、家族として過ごす事はできなかった。


 カトレアさんは、エイミーの子供という事で私を気に掛けてくれていたけど、その関係は家族ではない。


 領主様やアルフリードさんも、私を家に入れるような発言をしていたけど、あれは巻き込んだ事による責任を感じての事のように感じられた。



 この二人は自分の子供の魔力を宿した私を、亡くなった子供の代わりにしようとしているだけかもしれない。


 けれど私の中には他人とは違う、確かな繋がりが二人に感じられた。

 これが、ガイアスが嗅ぎ取ったという魔力なのかも知れない。

 だから私も、この二人と家族になりたい。


「それでは、不束者ですがよろしくお願いします。父さん、母さん」

「父さん……。いい響きだ。だが喋り方が固い! もっと砕けた喋りにするんだ。家族らしくない!」

「えぇ……」


 いきなりダメ出しされたよ。

 私って大抵の人に対して敬語だからなぁ……。

 なんか、いざ敬語を取ろうとすると緊張するかも……。


「えっと……これでいいかな、父さん」

「……最高だっ」


 父さん最初とはキャラが変わってない?

 あ、母さんも自分も! みたいな目でこっちを見てる。


「母さんも一緒に居てくれてありがと。凄く暖かかったよ」

「そう……とても嬉しいわ」


 なんか泣きそうな声だね。

 もしかすると、私と子供の姿を重ねているのかもしれない。


「と、父さんには何かないのか?! こう、ありがとう的な!」

「何か……と言われても、いきなり家庭内暴力を振るわれたって事くらいしか……」

「ぐっふ……!」

「自業自得ね……」


 私の言葉に父さんが倒れる。なんだよ、凄くノリがいい人じゃん!

 倒れた父さんを冷ややかな目で見下ろす母さん。


 何度も止めてた感じだったもんね。それを無視して暴れたんだから、ちょっと怒っているのかも。


「そうそう。シラハも服は着るのよね? 人間は皆が服を着ると聞いていたのだけど……」

「ええっと、それは……」


 ちょっと、服を着てる余裕がなかったんだよ……。決してそういう趣味の人ではないんだよ?


 私がどういう経緯で全裸で飛行していたのかを話すと、突然父さんが立ち上がった。


「よっし! では、その監禁場所に行って服を回収してくる!」

「え、父さん、ちょっと待って。人同士の問題なのにそんな事して貰わなくても……」

「いいか? シラハを拉致監禁、さらには暴行まで加えたんだぞ? それだけで我が手を下すには十分な理由になる」

「私達、竜族は家族を大切にする種族なの」

「父さん……母さん……」


 母さんが鼻先で私に擦り寄ってくる。

 何でだろうね。嬉しいって思っちゃうよ。


「なに、心配しなくても我はやられんさ」

「父さんは強いから心配はしてないよ。でも襲ってくる人しか攻撃しちゃダメだからね」

「む? その監禁場所を吹き飛ばしてはダメなのか?」


 注意しておいて良かった。

 父さんは私とは力の規模が違うから、なんか色々と大雑把そうなんだよね。


「私の他にも捕まっていた人がいるかもしれないから、襲ってくる人だけね! それと、もし捕まってる人がいたら、その人達を街まで連れていって欲しいの」

「何故、我が見ず知らずの人間を助けなければいけないのだ?」


 だよね。

 父さんには家族ではない人を助ける気も、理由もないよね。


 私も余裕がなければ無視するだろうけど、父さんなら大丈夫なはずだ。

 助けられるなら、助けて欲しい。


 偽善と言われるかもしれない。

 けど、閉じ込められていた私を助け出してくれる人はいなかったけど、だからといって他の人もそうであって欲しいとは思わない。


 だから――


「お願い父さん。私、父さんのカッコイイところが見たいの」


 ――私は上目遣いで父さんに強請る。


「我に任せろ! 我にかかれば数人の人間を救うなど造作もないわ! ついでにどこかの国でも救ってきてやろうか!」


 そして、父さんはガハハ! と笑いながら瞬く間に空の彼方へと飛んで行った。




「ガイアス……」


 父さんを見送ると、後ろで母さんが呆れた顔をしていた。


 やっべ。調子に乗りすぎたかも……。


「まあ、元々ガイアスにはシラハを傷付けた償いをしてもらうつもりだったから、シラハがあれで良いなら何も言わないわ」


 良かった、母さんのお許しが出たよ。

 いきなり、こんな腹黒な娘なんか知りません! とか言われたらどうしようかと思った。

 家族結成してから、一時間もしないで家庭崩壊とか笑えないからね。


「それにしても、娘と認定してすぐにこれだと…………先が思い遣られるわね……」

「うん。なんか……ゴメンね」



 私も凄くそう思うよ。




 こうして私は二頭の竜と家族になった。


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