第46話 圧倒的です!

(ああもう! なんだって私ばっかり、こんな目に遭うの?!)


 状況は変わらないが、内心でそう吐き捨てる。


 私が調べただけでも50年前に、どこぞの街を破壊しまくった後は目撃情報がなかったって話だけど、どうして探しても見つからなかったような竜が今、私の目の前にいるんだ、と叫びたい。


 いや、目の前の竜がソードドラゴンという確証はないのだけれども、私が使っている【竜鱗(剣)】と目の前の竜の鱗が同じ物に見えるのだから間違いはないと思う。


(大体、なんでこの竜は私の所にやって来たの?)


 そう、それが分からない。

 

 この竜は明らかに私を見ている。

 私に用があって私の所にやって来た事は察する事ができた。

 できたのだが……、竜は私を見たままグルル…と唸っているだけで動く気配がない。


(戦う気はない? 竜って人の言葉での意思疎通はできるのかな?)


 私は戦うでも、逃げるでもなく対話を試みる事にした。


 どちらを選んでも、どうにかなるとも思えないしね。


「あ、あの……。私に何かご用ですか?」


 私は、とりあえず用向きだけでも聞いておこうとしたが、私が声をかけると竜から発せられる空気が変わった気がした。


「人間よ……」


 竜は意外にも私と同じ言葉が喋れるようだった。

 意思の疎通ができるのなら、無事に乗り切れるかもしれない。そう思った。


 だけど、甘かった。


「我の子を攫い、殺したのは貴様だな」

「え?」


 何を言われたのか分からなかった。


 殺した? 私が? 何を? 竜の子を?


 いやいや、ありえない。そもそも竜の子供と会った事なんて一度も……。


「あ……」


 そこで思い至ってしまった。


 全ての始まりともいえる出来事。


 パラライズサーペントの腹の中で私が手にした力はなに?


 もしも、アレが目の前の竜が言う我の子なら――



「やはり貴様か!」



 目の前の竜が一瞬で私との距離を詰め尻尾を振るう。


 その巨体でどうやって、そこまで機敏に動けるのか不思議で仕方がない。


 私は翼で飛ぶ事は出来ても咄嗟に回避に動く事ができない。


 鳥のような動きをするなんて、とてもではないが無理なのだ。


 よって私が取る行動は防御。


 すでに【竜気】と【剛体】を使っているので、私は【竜鱗(剣)】を使って全身を覆った。


 竜の尻尾が私を薙ぎ払う。


 私の竜鱗は尻尾に触れるとガラス細工のように簡単に砕け散った。


 そして樹木よりも遥かに太い尻尾は、私の体を軽々と弾き飛ばし地上へと叩き落とした。


「ぐっ――?!」


 吹き飛ばされて何本も木々を倒して漸く勢いが止まる。


 全身が痛い。


 背中からは有りもしない痛みを感じる。


 地面に倒れ伏したまま、視線だけを背中に向けると翼は無残にも折れていた。


 周囲に飛び散った羽と、血で赤く染まる羽が痛々しい。


(これ……消せば、あとで元に戻るのかな……)


 それどころではないのだが、何故かそんな外れた事を考えてしまう。


 私は痛む体に鞭を打ちながら、必死に体を起こした。


 幸いにも今の一撃で、手足に着けられていた枷は壊れている。


 背中の翼を消して、上空に佇むその巨大な存在を睨みつける。



 私は今日ここで死ぬ。



 本当に危機に陥った時、誰も助けてくれないのは大蛇の時に悟った。


 でも、あの時とは違う事がある。


 今の私には戦う力がある事だ。


 死を恐れて泣き叫ぶだけだった、あの頃とは違う。


 今でも死ぬのは怖いけれど。


 私を殺そうとするのなら、一矢報いるくらいはしたい。


 


 竜が翼を広げる。何かの攻撃の前兆だろうか?


 私は両手を竜に向ける。


 竜が翼を前に出すと竜鱗が竜の体から離れ、私に向かって飛んでくる。


(やる事は同じか!)


 私も両手から竜鱗を竜に向かって撃ち放った。



 しかし私の竜鱗は竜に届く前に、竜の攻撃によって砕かれる。

 先程の攻防でも分かっていた事だけど、私と竜の竜鱗の硬度が違い過ぎる。


 これが本家と借り物の差なのだろうか。



 降り注いでくる竜鱗を私は避けたり、体に纏った竜鱗で防ぐが傷は蓄積される一方だった。


「ハァ…ハァ………ふふっ」


 血が流れていく。


 勝てないのは分かっていたけど、ここまで手も足も出ないと笑えてくる。


 勝てないのなら、このままジリ貧になるのを待つんじゃなくて、私の最大火力で攻撃するしかないよね。


 私はもう一度両手を竜に向けて構える。


 今の消耗から考えても、これを放ったらもう動けないだろう。


 私の全てをぶつけてやる。


「【竜――」


 私がやろうとしている事を察知したのか、竜が口を開いた。

 その口内には形容し難いが、とてつもない力が集まっている気がした。


 でも私は止まらない。


 私は自分の持てる力を注ぎ込み、それを解放した。


「――咆哮】!」



 私と竜の咆哮がぶつかり合う。その瞬間が見えたわけではないが、ぶつかったと思われる時に周囲を吹き飛ばす程の衝撃が辺りを襲った。


 私もその衝撃によって吹き飛び、木にぶつかって止まった。



「ぐ…ぅ……」


 痛い。


 【竜咆哮】に力の殆どを使ったおかげで、身の守りを固められなかった。



 【竜気】と【剛体】を使わないで木に叩きつけられたせいで、樹皮が刺さって背中が痛む。


 あちこち傷だらけで見るのも嫌になる。


 今まで、こんな事はなかったのに、どれだけスキルに助けられていたのかがよく分かる。



 痛いなぁ……。

 もう動けそうにないから、あとはサクっと終わらせて欲しい。


 竜が少しずつ近づいて来る。


「ああ……結局やりたい事できなかったなぁ……」


 生きる事だけを目的にしていた私だけど、旅はもっとしてみたかった。

 その結果がこれなら、私はアルクーレを出るべきではなかったのかもしれない。


 こんな世界を旅しようと思った時点で間違っていたんだ。


 でも、もっと色んなものに触れてみたかった。



 好奇心は猫を殺すってやつかな……?



 もう抵抗する気どころか、指一本動かせない。


 諦めの気持ちが心を満たす中、空にもう一頭の竜が現れた。



「やめなさい、ガイアス」

「邪魔をしてくれるな、レティーツィア。この人間は我が爪で引き裂かねば気が済まぬ」


 竜が何かを喋っている。

 新しく来た方の竜が、私を助けてくれようとしている? 

 なんで?


 仮に殺す理由がなくても、助ける理由なんてもっとないはずだ。

 ほんと、やめて欲しい。


 諦めがついたのに、ここにきて僅かでも希望があるなんて思わせないでほしい。


 私が二頭の竜を見上げていると、私を襲って来た竜が降りて来る。

 ああ、やっぱりか……。


 竜は大きなその口を開き、そっと口の中へと咥え込んだ。


「…………?」


 あの大きな口で咀嚼すれば、簡単に私を殺せるのに竜は口を軽く開けたまま空を飛ぶ。


「なん…で?」


 返事なんて返ってくるはずがないと、分かっていながらも私は呟く。

 そして温かい口の中で私は意識を失った。




















 体が暖かい。


 自分を包み込むような暖かさを不思議に思い、私は目を覚ます。


「ここは……」

「目が覚めましたか?」

「っ?!」


 突如かけられた言葉に私が振り返ると、そこには私を包み込むようにして丸まっている竜がいた。

 この竜は、後からやって来た方の竜だ。


「驚かせてごめんなさい。でも貴方が眠ってから二日も経っていたから心配していたの」


 どうやら、この竜は私を見守ってくれていたらしい。


「あの、なんで――」

「なんで自分を助けたのか? かしら」


 私の言葉を予想して竜が喋る。

 それに私が頷くと竜はジッと私を見つめてきた。


「貴方と話がしたかったの」

「私と?」

「ええ、そう」


 意味がわからない。

 私は、この竜と知り合いだったなんて事はない。


 考えられる事といえば、最初に襲ってきた竜が言っていた言葉だ。


「話し声が聞こえると思ったら、漸く目が覚めたのか」


 私が考え事をしていると、一人の男がやってくる。

 誰? いや、そもそも目の前に竜がいるのに堂々とし過ぎている。

 この人は……。


「目を覚さなかったのは貴方のせいでしょう、ガイアス」

「ふん。あの程度で動けなくなる軟弱な人間が悪い」


 この会話……。

 もしかしなくても、あの男は私を襲ってきた竜。ソードドラゴンなの!?

 黒髪に赤い瞳、そして褐色肌という、この世界ではまだ見たことがない要素が一杯な姿だ。


「おい、人間」


 私が人の姿をとった竜を見ていると、ずいっと顔を近づけてくる。


「レティーツィアが話を聞きたいと言ったから生かしてはいるが、用が済めば貴様は用無しだ、覚悟しておけ」

「ガイアス……。その子が怯えてしまうからやめなさい」

「本当の事だろう?」

「この子が我が子をどうしたかによって処遇は変わる。そうでしょう?」

「何かしら関わってはいるんだ、ならやる事は同じだろう」


 ガイアスと呼ばれているは私を殺す気満々みたいだけど、レティーツィアって竜がそれを止めてくれてるみたいだね。


「では、まず貴方の名前を教えてくれる?」

「シラハです」

「そう、私はレティーツィア。そこにいるガイアスの番よ」

「我の名は覚える必要はないぞ」


 ガイアスは完全に私を殺す前提な考えだね。

 とにかく答えられる事を答えて、見逃して貰うしかないかな。


「まずは貴方が、本当に我が子を殺めたかどうかを聞きたいわ」


 いきなり核心に迫ってきたね。

 私はパラライズサーペントの腹の中でドラゴンパピーの魔石を手に入れた。

 もしアレが本当に目の前の竜の子だとしたら、私が殺した事になるのだろうか?

 すでに死んでいた、と伝えても信じてくれるのかも分からない。


 でも正直に話すしかないよね。


「私には竜の区別がつきません。なので、私が見た竜が貴方達の言う我が子なのか分かりません」

「それでも構いません。私は真実が知りたいのです」


 レティーツィアの言葉を聞き、私は最初に魔石を取り込んだ時の事を話す事にした。


 信じられない話だとは思うけど、彼女は私を庇ってくれたのだから、私も恩は返したい。


 しかし、そこで当然とも言える反応が返ってくる。


「魔石を取り込む? 貴様、正直に話す気がないのなら今ここで殺してくれようか!」


 ガイアスが私の言葉に怒りだす。仕方ないよね。


「ガイアス。この子は嘘をついてはいないわ」


 レティーツィアが私を擁護する。

 でも、その根拠は? 


 しかし意外にもガイアスは、その言葉で怒りを鎮めてくれた。この二人(竜?)には、なにかしらの確信があるんだろうね。


「レティーツィアが、そう言うならそうなんだろう。だが実際に見てみない事には、やはり信じられん」


 大人しく引き下がったかと思ったガイアスだったが、急にそんな事を言い出した。

 実演しろと言うなら、それは構わない。幸い領域の空き枠は一つあったはずだ。

 本当なら保険の為にとっておきたかったけどね。

 

 だけど今の私は身包み剥がされた状態なので、魔石一つ持っていない。


「ほら、これを使え」


 どうしたものかと悩んでいると、ガイアスが一つの魔石を私に投げ渡してきた。


 私がそれを受け取ると、いつも通りの声が聞こえてくる。



『シャドーの魔石を確認しました。

 領域を確認、魔石を取り込みます。


 シャドーの魔石の取り込みが完了しました。

 スキル【潜影】【影針】が

 使用可能になりました』


【潜影】影に潜む。光に当たると解除される。


【影針】影で針を作る。光に当たると解除される。



「ほほぅ。本当に魔石がなくなったぞ」

「だから言ったでしょう」

「すまんな。だが、こればかりは一度見てみなければ信じられんだろ」


 どうやら二人とも私の力を信じてくれたみたいだね。


「では早速、新たに手に入れた力を使ってみせろ」


 そうでもなかったよ。まぁ、そこまで見せてみないと取り込んだ魔石が私の力になったか、分からないもんね。


 私は攻撃的なスキルではなさそうな【潜影】を使ってみる事にする。


「【潜影】」


 私がスキルを使うと、自分の体が足下の影へと沈んでいく。

 なんか底無し沼にでも沈んでいるみたいで怖いね。

 

 影に入り込むと、自分の影があった場所を窓にして外が見えるようだった。

 この状態で移動もできるのかな?


 そう考えていると、外から声が聞こえてくる。


「ガハハ! 本当に影に入った! まさか人間が本当に魔物の力を使えるとはな!」

「疑ってはいなかったけど、実際に見ると凄いわね……」



 レティーツィアは素直に驚いているけど、ガイアスは凄く楽しそうにしていた。


 さっきまでと反応が違いすぎて戸惑うんだけど……。



「ふむ、実際に貴様の力は見させて貰った。なら我も貴様の力を信じるしかあるまいな!」



 どうやら、これで納得してくれたみたいだね。


 ほんと寿命が縮むかと思ったよ……。





 

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