第45話 脱走!
私は今、ローエンさんに求婚された。
いや、結婚を前提にお付き合いだから告白になるのかな?
どっちでも良いけど。
さて、ちょっと落ち着こうか。
まあ、落ち着かなくても答えはノーなんだけどね。
それより、なんで急にこんな事を伝えてきたのかが分からない。
街に戻る途中、私にはそんな気はないと伝えたはずなのに、こんな事をロエンナさんに知られたら殺されてしまう。
「あの、私としては結婚とかする気はないと、お伝えしたつもりだったのですが……」
どうかこれで引き下がって欲しい。しかし、ローエンさんは諦めてくれなかった。
「君にそのつもりがないのは知っている。だが未婚の女性に口付けをさせるような事をしてしまったんだ。どうか、その責任を取らせてほしい」
あー……、なるほど。
もっともらしい理由が出てきたね。でも、それが本音かは分からない。
もしかするとローエンさんも私の能力を諦められないから、使うように説得するのではなく、自分の側に置いておこうとしているのかもしれない。
「私の行いに対しての責任は私が負います。ですのでローエンさんが気になさる必要はありません」
「しかしっ」
「あの行為をそこまで気になさるとは思っていませんでした……。それにしても、ローエンさんは随分と育ちがいいのですね」
ロエンナさんの言動を見る限りだと、とてもそうは思えないけどローエンさんは立派な人だと思う。
人を斬っても顔色一つ変えないのは驚きだけどね。
ローエンさんは一度目を瞑り、何かを決断したような顔になった。
えっ、やめてよね。これ以上の爆弾はいらないよ。
「本当は君が承諾してくれたら話すつもりだったんだが、先に話すよ。――私はローエン・クエンサ。この街の領主の息子だ」
マジか……。ローエンさんの言動から、もしかしてと考えなくもなかったけど、ロエンナさんがあれだったから貴族は無いと思ってた。
それが、まさかの領主の息子とか!
私って領主と関わってしまう呪いにでもかかっているのかな?
もしこの世界に、お祓いの概念があったら今度祓ってもらおう。そうしよう。
「えーっと、つまり私は未来の領主様の側室になれ、という事ですか?」
「いや正室のつもりだが? 私は何人も娶るつもりなんてないしな」
「そもそも私みたいな他国の人間で、しかも平民という貴族にとっては木端同然の存在を、未来の領主夫人にしていいのですか?」
「随分と卑屈な自己評価だな……。前にも言ったが、帝国は実力主義だ。血筋を重んじる家もあるが、私は必要なのは個人の能力だと思っている」
それって、つまりは私の解毒能力を欲しているって事だよね。隠し事をするつもりはないって事なんだろうけどさ。
「私の
「そうか……」
残念そうな顔をされても絆されないからね! こんな事で私の一生を決めたくないんだよっ。
「それでは、私はこれで失礼しますね」
さすがに、求婚を断った空気の中で甘味をモリモリ食べられる程、私の神経は図太くないので帰る事にする。
今度また食べに来よう。
しかし、この世界では珍しい事ではないとはいえ、12歳かそこらの女の子によく求婚できるよね。
私なんて年齢より、さらに幼く見られるっていうのに。
私は定宿にしようと思っている宿り木という宿屋に戻ってくる。
「あ、シラハさん。お帰りなさい」
「ただいまです、メリーさん」
宿屋に入るとメリーさんが出迎えてくれる。お帰りって言われると帰ってきたなーって感じするね。
「昨夜は帰ってこなかったけど、お仕事ですか?」
「そうなんですよ……。急な依頼で連れ出されまして」
「冒険者も大変なんですね……」
どのお仕事でも大変な事はあると思うけどね。
宿屋としては、部屋を借りてる冒険者がいつまで経っても帰ってこないのは、心配でしょうがないよね。
私はメリーさんと少し話した後は、部屋に戻り眠る事にする。あまり生活リズムを崩す事はしたくないのだけれど、眠気が取れないから仕方ないのだ。
というわけでベッドに飛び込むと、すぐに眠ることができた。
目を覚ますと、すでに夕方になっていた。
このまま夕食までダラダラして、食後もやる事がないのでは退屈過ぎるので、私は少し外に出る事にする。
せっかくなので、防具屋でも探して新しい胸当てを見繕ってくるのも良いかもしれない。
「今から出かけるの? 気を付けて!」
外に出る時はカイトくんに声をかけると、元気よく見送ってくれる。
外に出ると、もうじき夕食時なので色んな所から良い匂いが漂ってくる。
宿屋で夕食を食べる予定だけど、この誘惑には抗えないっ! でも食べ過ぎて夕食に差し支えると申し訳ないので、串焼き一本くらいならいいかな。
私はいくつかの屋台から、最も私の嗅覚を刺激した串焼きを選ぶ。
ああ、この香ばしい匂いが堪らない……。はぐはぐ。
そうだ、少し売上に貢献したし防具屋がどこにあるか聞いてみよう。
教えてくれたら、もう一本買っちゃうよ。私が食べたいってだけじゃないからね!
「防具屋? それなら、そこの路地から反対の通りに抜けると色々あるぜ」
「ありがとうございます。あ、串焼きもう一本ください」
「あいよ」
屋台のおじさんから追加の串焼きを貰う。うまうま。
おじさんに手を振って店を離れると、私は教えてもらった路地に入る。
私が路地を通っていると、建物の上から人が降ってきた。
数は二人。路地裏とかで絡まれるのは良くありそうなイメージあるけど、それなりの高さがある建物から飛び降りてくるなんて、随分と気合の入った強盗だね。
私は腰に差してあった短剣を引き抜く。
降ってきた二人も既に短剣を構えている。面倒だから強盗Aと強盗Bと呼ぼう。
辺りも少し暗くなってきたから手早く片付けて、さっさと帰ろう。
強盗を衛兵に突き出したりしたら、防具屋に寄ってる時間はないだろうね。全く迷惑な話だよ。
私は【竜気】【剛体】を使って強盗Aに斬りかかる。
こちらのスピードに一瞬驚いた感じだったけど、私の一撃を短剣で受け止める。
やっぱり、ただのチンピラではないね。
私は強盗Aに蹴りを放つと、強盗Aは咄嗟に後ろに跳んで避ける。
それを追いかけて追撃しようとするが、強盗Bが割り込んできて私の進路を阻む。
いい感じで邪魔だね!
力と速さなら私の方が上だけど、相手は戦い慣れてる感じがする。
さらに巧みな連携によって私は攻めきれないでいる。
(このままじゃ埒が明かない。来た道を戻って路地を出れば追ってこないはず!)
若干の願望は入っているが、人目のつく場所なら相手も諦める筈だ、と考えて私は強盗ABに背を向けた。
そして、私の鼻が匂いを捉える。
(この匂いは血と……)
ほんの一瞬、知った匂いに気を取られた私の首に、強い衝撃が走る。
「あ……」
地面に倒れ込み意識が遠くなっていく。
(血の匂いと……ローエンさん…の匂…い)
私の意識はそこで途絶えた。
「はっ…………ぃっ…!」
私がガバリと起き上がると首に痛みが走る。
(ああ……そうだ。私捕まったんだ……)
思いのほか冷静だった私は現状の把握に努める。
(服も荷物も無し……。あるのは手枷と足枷だけか……、せめてボロでもいいから用意してくれてもいいんじゃないかな)
自分の身体を見てみるが変な事をされた形跡はない。良かった……。
部屋を見回して見ると、二畳程度しかない狭い石造りの牢屋だった。
ベッドの代わりになる物もないし、トイレ用として桶が置いてあるだけだ。
こんな所に閉じ込めるという事は、私を殺すつもりはないけれど人として扱うつもりもないって事だよね。
(あの時の匂いは間違いなくローエンさんだった。私が断ったから強硬手段に出たって事?)
私が考えていると、何人かの男がやってくる。
(手に持っているのは乗馬用の鞭? それと水桶?)
男達の目的を察して逃げ出したくなる。
枷がなければ逃げる事も出来そうなのだが、手枷は手を後ろに回した状態で着けられているので、まともに振るう事ができない。
戦える状態でもないのに、この男達を倒しても私を気絶させた時にいた強盗ABがいたら、簡単に取り押さえられてしまうだろう。
とにかく、今は耐えるしかなさそうだった。
「まだ体はガキだが色っぽいじゃねえか、そそるねぇ」
「手を出したら殺されるぞ」
「分かってるさ。けど、あと数年後が楽しみだな」
「くだらない事を言ってないで、さっさと始めるぞ」
とりあえず性的暴行はなさそうなので一安心だ。
こんな奴らの相手をさせられるとか、死んでもゴメンだ。
一人の男が私の頭を掴んで水桶の前に跪かせる。
「そろそろ喉が渇いた頃だろ? たっぷり飲めや」
男がそう言うと、私の頭を水桶に突っ込む。
実際、喉が渇いたので遠慮なく飲ませて貰う事にする。
二度、三度と水桶から顔を離しては、また水に浸からせる。
その間、男達から何度か笑い声が聞こえた。
ここにいる男達以外に何人いるかが分かれば、容赦なく殺してるところだ。
私がずぶ濡れになったところで、今度は鞭打ちが行われる。
水責めは【潜水】で凌いで、鞭打ちは【竜気】【剛体】で凌ぐ。
「ほら、泣き叫びやがれ!」
私が悲鳴を上げない事が癇に障ったのか、鞭以外にも蹴りや拳が飛んでくる。
しかし、それらも鞭を打つ男の息があがったところで、責め苦は終わりらしい。
最後に水桶の中身を私にぶち撒けてから部屋を出て行った。
(はぁ……。やっと出て行ってくれた。あれくらいの痛みなら耐えられるし、水責めも苦しくもなかったけど……この寒さは辛いね……)
まだ夜になると肌寒いのに、石造りの部屋で水を被せられて放置とか、熱とか出したら最悪死ぬんじゃないのかな。
あの男達のリーダーが誰かは分からないけど、この暴力行為の目的は私の心を折って痛みで従わせる事だと思う。
これから、どんどん酷くなって拷問のようになる可能性もあるので、さっさと逃げた方が良さそうだね。
服や荷物も取り返したいけど、それで捕まったら困るので、このまま逃げるとしよう。
男達が出て行った出入り口の他に、鉄格子が嵌められた覗き窓のようなものがあったので、そこから外の様子を窺うと、外は暗く周囲は木々で囲まれていた。
もしかすると、ここは街の外なのかも知れない。
ここが街中なら【竜咆哮】に巻き込まれる人がいるかもしれないので使うのを躊躇ったけど、ここなら巻き込まれるのは私を攫った男達だけだろう。
でも街中には木々はなかったので、ここは限られた人間しかいないはずだ。なら遠慮なんてする必要はないね。
「【竜咆哮】」
爆音のような音が響き渡り、石造りの壁を跡形もなく吹き飛ばした。
私は足枷をガチャガチャと鳴らしながら外に出ると、【有翼(鳥)】で背中に翼を生やす。
「うぅ……手も足も固定されてると動き難い」
文句を言いながら私は必死に翼を動かした。
私が空を飛ぶためには【有翼(鳥)】の他にも【竜気】【剛体】を使わなければならないので、長時間の飛行はできないと思われる。
そこまでの検証をしていなかったので、今回は羽を休められそうな場所を見つけたら、そこに身を隠そうと思っている。
私が上空に上がると私が捕らえられていた場所は、やはりというか森の中だった。
そして遠くにはクエンサと思しき街が見える。
本来なら街に逃げ込みたいけど、私を捕まえたのがローエンさんなら戻るのは得策ではない。
ローエンさんを信じたい気持ちはあるけれど、だからと言って確信もないのに街に戻るとかは、ありえない。
次に捕まれば逃げられなくする為に、何をされるか分かったもんじゃない。
とにかく街とは逆方向に逃げて、やり過ごすしかないね。
どれぐらい飛んだんだろう。
振り返れば、街も監禁場所も見えなくなっていた。
「それより、早くどこかで休もう……。空は寒いよ……」
まずは敵から離れたかったから飛び続けたけど、かなり離れた事で気が緩むと、途端に寒さで体が震え上がる。
まずい。とにかくどこかに降りて、落ち葉でも掻き集めて暖を取ろう。
そう思って私が落ち着けそうな場所を探していると、ブワリと風が吹いた。
私は風に煽られながらも、どうにか体勢を整えた。
「なに…今の風は……?」
風が吹いてきた方に私が視線を向けると、そこには巨大な何かがいた。
「嘘……でしょ……」
巨大な体から伸びる翼が今も羽ばたき、その巨体を浮かしている。
私の目が夜にも関わらず、その巨体の姿を捉える。
その巨体には、見るからに硬質で冷たさを感じさせる刃が生え連なっている。
初めて見るはずのソレを私は知っている。
何度も私の身体に生えたソレを見ているのだから分かる。
――あれは。
「ソードドラゴン……」
私が呟くと、ソードドラゴンが咆哮をあげて爬虫類を思わせる、その瞳で私を睨んだ。
ヒュっと息が止まりそうになり恐怖に飲まれるが、ここで泣き叫んでも助けがこない事を私は知っている。
ここでやるべき事は、震える手足を動かして行動する事だ。
戦うか、逃げるか。
私にできる事は、そのどちらかを選ぶ事だけだ。
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