第40話 血祭りだー!

 私達は先程の事と、盗賊に追われた事をロエンナさんに報告した。


「なるほど……。ウチの部下が悪かったな」

「いえ……」

 

 さすがにここで、本当ですよ! とは言えない。言ったら殴られそうだから、なんてもっと言えない。


「よし。お前ら今から出られるか?」

「え、今からですか?」

「ああ、アタシが同行するから盗賊を見に行く」

「でも、途中で夜になっちゃいますよ」

「お前は暗くても見えるんだろ? なら問題ないさ」


 なんかロエンナさんの言い方だと、休まずに移動するみたいな言い方なんだけど……。不安だ、凄く不安。


「アタシは馬車の用意をしてくるから、お前らも準備しな」


 既に行く事が決まっちゃってるし。

 リィナさん達はすでに諦めた雰囲気あるし。


「なんというか、強引な人ですね」


 ロエンナさんが退室した後に、私がそう呟くと三人が頷く。


「ここのギルマスは恐怖で職員も冒険者も従わせているって話だからね。良い噂は聞かないよ」

「俺も他のヤツと話していただけで、ぶん殴られたって聞いた事あるぜ」

「そんな人と偵察に出なきゃいけないとか怖すぎるでしょ……」


 三人は、この世の終わりみたいな顔をしている。

 でもロエンナさんは強引で怖いけど、しっかり話を聞いてくれたし手をあげるのには、それなりの理由があるんじゃないのかな。


 私達が外に出るとロエンナさんは馬車を用意して待っていた。準備するの早いね。


「すみません、お待たせしました」

「構わないよ、あと一人来るから」


 待たせてしまったか、と叱責覚悟で焦って謝罪をしてみたけど、なんて事ないように首を振る。


「誰か付いて来るんですか?」

「ん? そりゃ、お前らの実力も分からないのにアタシ一人でお守りなんてするわけないだろ」


 ごもっともですね。とはいえリィナさん達はDランクだから、そんなに心配する必要ないと思うんだけどなぁ。


「ごめん、待たせた」


 少し待つと一人の男性がやって来た。

 燃えるような赤い髪が印象に残る人だ。


「遅えよ、兄貴」

「いきなり人を呼びつけておいて、その言い草はないんじゃないか? ロエンナ」

「いいから、早く乗れよ」


 やって来た男性はロエンナさんの態度には慣れたものなのか、気にせずに馬車に乗り込む。

 というか、お兄さんですか? 全然似てないですね、態度とか! 髪の色は同じ赤だけど。


 お兄さんが乗り込むと馬車が動き出す。

 私達はどうしたものかと視線を見合わせる。


「えっと、ロエンナさん。この方は……」


 私は御者台にいるロエンナさんに聞いてみる事にしたけど、返事が返ってこない。

 おかしいな、聞こえてるはずなんだけど。


「ロエンナ」

「ん? なんだ兄貴」

「この子が、お前の事を呼んでる」


 お兄さんがロエンナさんに呼びかけると普通に反応する。

 嫌われてるのかな私。


「で、なんだよ」

「あの、この方はロエンナさんのお兄さんなんですか? 一緒に偵察に行くんですし紹介してもらってもいいですか?」

「…………」

「ロエンナさん?」


 話しかけるとロエンナさんは黙ってしまう。そんなに私と話したくないのかな……。


「ああ……悪い。アタシの事を名前で呼ぶヤツは少ないからな、慣れなくて」

「さっきまで、お兄さんが呼んでたと思いますけど」

「すまないね、ロエンナは友人がいないんだ」

「ばっ…! アタシにだってダチの一人や二人いるさ!」

「本当かい? なら今度紹介しておくれよ。ロエンナの友人なら私も仲良くしたいからね」

「そ、そのうちな……」


 ロエンナさんが顔を逸らす。

 あからさまな反応に、お兄さんと目を見合わせて苦笑する。


「それじゃ、ロエンナが使い物にならないから私から自己紹介するよ。私はローエン、Aランクの冒険者だ」


 ロエンナさんのお兄さん、ローエンさんが自己紹介を済ませると、私達もそれぞれ名乗る。


「それでロエンナ。そろそろ私を呼んだ理由を聞かせてくれないか?」

「そんなの決まってるじゃないか」

「分からないから聞いているんだが?」

「当然、兄貴の好きな街の為ってやつだよ」

「はぁ……。私を呼んだからソレは分かる。私が聞いているのは何をしに何処に向かっているか、の話だよ」


 ロエンナさんが面倒だと、言わんばかりの顔をする。それよりローエンさんは、よく何も知らずに付いて来ましたね。

 そっちの方が驚きですよ。


 というか、ロエンナさんはこんな性格でよくギルマスなんか出来るよね。

 なんか必要な事とか、ちゃんと話してくれなさそうだから振り回されそうだよ。


 仕方がないので私がローエンさんに事情を話す事にした。

 もちろんロエンナさんが何を考えているのかは、分からないと言うのも忘れない。


 そもそも偵察だけならローエンさんは必要ないと思う。



 

 夜になっても馬車は走り続ける。

 本当に夜も走るなら明るいうちに、少しでも休ませてもらいたかったよ。


「君は本当に、周りが見えているんだね」

「なかなか便利だな」


 ロエンナさんとローエンさんが少し驚いている。信じてもらえたようでなによりだよ。


「私が夜目が利くと分かったなら盗賊もいる、ということになりません? 眠いし帰りませんか?」

「バッカ、お前。盗賊を確認したら壊滅させるに決まってんだろ」

「あ、やっぱり、そうなんですか……」

「その為に人手を集めたんだからな」


 人手ってローエンさんだけじゃないですかー。私達を入れても六人ですよ。盗賊何人いるかも分かってないんですよ!

 リィナさん達も若干顔色が悪くなってるし……。


「それはさすがに危険過ぎませんか?」

「怖いなら馬車に残っててもいいさ。アタシと兄貴がいれば問題ないからな」


 脳筋か! どれだけゴリ押しする気なのさ、この人は!


「ロエンナ、この子は夜目が利くんだし、付いてきて貰わないと盗賊の居場所はわからないんじゃないか?」

「あー、そっか。それじゃ、アンタは付いてきな」

「えぇ?!」

「シラハが行くなら私達も行きます!」


 リィナさんも参加表明しちゃったよ。デュークさんとフィッツさんは嫌そうな顔をしてたけど、リィナさんの睨みで黙ってしまった。

 そこはもう少し強く出てもいいと思うよ。


 でも、さすがになぁ……。


「もちろん付いていくのを拒否してもいいんですよね?」

「ギルマスであるアタシの指示を拒否するって?」


 ロエンナさんが怒気を露わにする。怖くはあるけど従う理由にはならない。


「冒険者には依頼を受ける自由があるはずです。私達は自分の報告が正しいと証明する為に此処にいるのであって、盗賊の討伐は含まれていません」

「誰かが襲われる前に片付けたいってのは理解できるよな?」

「それは理解できます。でも討伐するだけなら明るくなってからでもできるのでは? お二人はお強いようですし、それで問題ないと思いますけど」

「アタシに逆らえば、もうクエンサの冒険者ギルドには顔を出せなくなるよ」

「そうなったら他の街に移るだけです。クエンサにいる必要性もないですし」


 ロエンナさんが私を睨み、私は微笑を浮かべる。


「アタシはアタシのやる事を邪魔するヤツは嫌いなんだ」

「私も人の予定も気にせずに強引に物事を押し進める人は嫌いです」

「ロエンナ、そこまでだ」

「兄貴!」


 今にも爆発寸前だったロエンナさんがローエンさんに止められる。

 ふぅ〜。じっとりと汗かいてるや……、怖かった。


「そもそもロエンナは彼女達に報酬を提示しているのか? ギルマスという立場で従わせているだけなら、お前の大・好・き・な・父・と何も変わらないぞ」

「あんなヤツと一緒にするな。……あとアタシはアイツが大嫌いだ!」

「なら今一度、自分の行動を思い返してみろ」

「ちっ」


 ロエンナさんが舌打ちをして、そっぽ向く。


「ロエンナがすまない」

「いえ、私の方こそ助かりました。あのままだと殴られていたと思いますし」

「殴られるとわかっていて、よく引かなかったな」

「暴力や権力に屈したら、どのみちお先は真っ暗ですからね。無茶に付き合わされて死ぬとかゴメンですし」

「それなんだが、協力してもらう事はできないか? 待つ事もできるが、やはり早めに街に戻りたい」

「構いませんよ」

「はぁ?! なんでアタシは駄目で兄貴が頼むと良いんだよ!」


 今まで、そっぽ向いていたロエンナさんが私に怒鳴りだす。ちょっと面倒な人だなぁ……。


「頼まれたからですけど?」

「アタシだって――」

「ギルマスは命令しただけですよね。そして私はそれには従えない、と言っただけですが?」

「――っ!」


 ロエンナさんが私の言葉に黙り込む。

 たぶん悪い人じゃないと思うんだよね。でも、自分の言い分が通らなかった事があまりないんだと思う。

 だから周囲の意見を聞かずに突っ走るんだろうね。


「街の為、と言うのは素晴らしいですし協力だってしたいと思います。たしかに個人の事よりも街全体の事を考える方が有意義かもしれません。ですが、それが個人を蔑ろにしていい理由にはならないと思うんです」

「この子の言う通りだ。街の為と言うのなら尚の事お前は、この子達に確認を取ってギルドマスターとして依頼を出すべきだった」

「…………」


 ロエンナさんが俯き、その様子をハラハラしながらリィナさん達が覗いている。

 ゴメンね。私もこんな空気になるとは思ってなかったんだよ。


 誰もが無言になったまま馬車が走る。

 私は気を紛らわせる為にスキルを使って、周囲の様子を窺う事にする。


 まず【獣の嗅覚】を使ってみると、様々な匂いの中に人の匂いを嗅ぎとった。

 これは当たりかな?

 

 そして私は続けて【側線】を使ってみる。

 周囲の音が私に集まってくる。隣にいるロエンナさんの鼓動も聞こえる。

 情報が多すぎて目眩がするが私はその中から、馬車から離れた所にいる者達の声を聞き分けた。

 

 その声に集中すると、それ以外の音が聞こえなくなった。

 そんな事もできるんだね。他の音があると声が聞き難いので助かる。


「おい、また馬車がこんな時間に走ってるぞ」

「どうせ追いつけねえし、ほっとけ」

「でも、またボスにドヤされるぜ?」

「黙ってればいいじゃねえか」

「それもそうだな」


 盗賊と思われる数は五人。

 こちらを追いかける気はなさそうだね。


「停めてください」

「あ? ああ……」


 私が声をかけるとロエンナさんが馬車を停める。

 すでに夜目と鼻については知られているし、相手を見つけた事に対して疑念を抱かれる事もないでしょ。


「どうしたんだ?」

「近くの森に盗賊が潜んでいます、数は五人。このまま攻撃を仕掛けますか?」

「こんな暗闇で分かるのか? 凄いな……」

「いえ、たぶん相手もこちらに気付いてるでしょうし、分かるものなのでは?」

「暗いと言っても月明かりがあるから、馬車くらいなら分かるだろうさ。だが君のように潜んでいる者達を探すなんてできないよ」

「なるほど……。それで、どうします?」


 私としては盗賊がいる事を証明できればいいのだけど、この二人は違うと思う。なので、どうするかは丸投げだ。


「ならアタシとアンタで、森に入って盗賊に奇襲を仕掛ける。兄貴達は相手の気を引く為に、ここで火でも焚いていてくれ」

「ああ、分かった」

「それとアンタ……じゃなくて、シラハ」


 ロエンナさんが気まずそうに視線を彷徨わせながら私の名

を呼ぶ。


「なんですか?」

「その……アタシだけじゃ相手の位置が分からない。だから…だな、協力してくれるか?」

「構いませんよ」


 私が了承するとロエンナさんがホッとしたのが分かった。

 理不尽な頼みなら断わるけど、ちゃんとこちらの意思を確認してくれるなら前向きに検討しますとも。


「それでは行きましょうか」

「シラハ、気を付けてね」

「はい。リィナさん達も盗賊が攻撃をしてこないとも言い切れないので気を付けてくださいね」


 お互いに声を掛け合った後、私とロエンナさんは森の中に入っていく。

 周囲に魔物はいなさそうだね。


 私はなるべく音を立てないように歩き、その後ろをロエンナさんが付いてくる。


「あ、そうだ。盗賊達はどうします?」

「どうするって?」

「捕まえてアジトを聞き出すとか、色々あるんじゃないんです?」


 私の言葉を聞いてロエンナさんが獰猛な笑みを溢す。今の会話のどこにそんな顔する要素があったのさ!


「一人生きてれば問題ない。アタシ達の人数じゃ全員を捕まえるなんてできないからな」

「そうですか」

「あ。そうか、アンタはEランクだから知らないのか。というと人を殺した事もない?」

「ないですね。そもそも冒険者ギルドに人を殺す依頼なんてあるんですか?」

「あるさ、盗賊の討伐だってそうじゃないか。それにDランクになる時に試験として盗賊の討伐をやらされる、そこでビビるやつは万年Eランクだ。護衛の依頼がDランクからだから、人間を殺す事にビビるヤツは役に立たない」


 なるほどね。乱暴な考え方ではあるけれど、襲ってきた相手を殺すのが怖くて攻撃の手が緩む護衛なんて信用できないもんね。

 それは雇う側にとっては死活問題で、冒険者ギルドとしては信用問題になる。

 だから、そこで篩いにかけるんだ。


「アンタは出来そうかい?」

「やった事ないですけど、問題ないかと」

「そりゃ頼もしいね。ところでアンタ得物は?」

「え? あっ。あー……」

「嘘だろ…手ぶら? アンタ本当に冒険者?」


 耳が痛い!

 強引に連れて来られたとはいえ、これはすぐに新しい武器を用意しなかった私が悪い。


「ま、まあ一人くらいは無力化するので残りはお願いします」

「急に頼りなくなったね……」


 ロエンナさんが腰に提げていた二本の斧を手にした。片手で振るう為か、そこまで大きくはない。

 私が使ったら振り回されそうだけど。




「さて、血祭りの始まりだ」



 それじゃ私達が悪者ですよ、ロエンナさん……

 



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