第41話 警察犬って凄いよね

「それでは……、行きますっ」


 私は一言呟いてから茂みを突っ切ると、一人の男に殴りかかった。


「なっ?! ――っぐふ!」


 私の突きが腹部に命中すると男はくの字になって吹き飛んだ。

 念のため敵の中をそのまま突き進んで殴り飛ばした男の息を確認する。よし死んでないね。


「敵か!」

「くそ! 殺せ!」


 いきなりの攻撃に狼狽る男達が私に向かって武器を構える。

 私に気を取られてて良いのかな? 私より危ない人が後ろにいるよ。


 ガサリという音とともにロエンナさんが背後から男達に近付くと、二本の斧を頭へと振り下ろした。


「ぎゃ!」

「ぐぇ!」


 男達の短い悲鳴が響く。

 うわ、頭カチ割ったよ……。グロいね。


「もう一人いやがったか!」

「ちくしょう!」


 残った二人が互いに背中を預けて私達と対峙する。


 私の方を向いていた男が動きだす。

 男の手には短剣が握られていて、それを振り下ろそうとしている。


 私が腕を掴むが、男はそのまま押し切れると考えたのか体重を掛けてくる。


 悪いね、それくらいじゃ押し倒せないよ。


 腕を掴む手に力を込めると、ボキリと何かが折れる音がした。思ったより簡単に折れたね。


 当然、私のような小娘が大の大人と力比べなんてできるわけがないので、最初から【竜気】【剛体】を使っている。


 始めに殴った男には、それなりに加減をしたけど結構派手に吹き飛んだから焦ったし、この男の腕なんて小枝を折るくらいの感覚だった。


「ぐあぁ…う、腕が……」


 腕が折れると男の手から短剣が滑り落ちる。


 私はそれを拾いあげると、男の首に短剣を突き立てた。



「ふぅ……」


 短剣を引き抜くと男が倒れる。


(思ったより、あっさりしてるなぁ……。もっと精神的にクルかと思ってた)


 私はもしかすると冷酷な人間なのかもしれない。魔物でスキル実験をしている時点で、酷い人間なのかもしれないけどね。


 私が自己分析をしていると、ロエンナさんがやってくる。

 負けるとは思ってなかったから心配もしてないけどね。


「もっと躊躇すると思ったよ」

「躊躇ったら私が危ないですから」

「それでいい」


 ロエンナさんが満足げに頷く。

 

「そんじゃ、伸びてるヤツを連れて戻るか」

「あ、この短剣とか持っていっていいですか?」

「盗賊の持ち物は倒したヤツの物だから構わないよ」

「なら、ありがたく使わせてもらいます」



 馬車に戻るとリィナさんが駆け寄ってくるけど、私の姿を見て悲鳴をあげる。


「シラハ怪我してるの?!」


 怪我じゃないんですよ。

 これはロエンナさんが盗賊の頭を割った時の血なんです。でも私が刺した男の返り血もあるから、私のせいでもある。

 大半がロエンナさんのせい、というだけだよ。


「もう少し綺麗に片付けて欲しかったですね」

「アタシの得物で上品にやれるわけないだろ」

「それもそうですね」


 私達が軽口を叩いていると、それを意外そうな顔でリィナさん達が見ていた。

 どうしたのかな。


「なんかシラハ、全然平気そうだね」

「平気?」

「シラハは人を殺すのは初めてじゃないの? 辛くない? 無理してない?」

「とくに問題はないかと……」

「そっか……。私なんてすぐに気分悪くなっちゃったもん」

「俺も気持ち悪くなったな。フィッツは吐いてたけど」

「デューク、そういう事は言うなよ」


 やっぱり皆それなりに堪えるものだよね。


「私はどこか壊れてるのかもしれませんね」

「ち、違うよ! 私そんなつもりで言ったんじゃ……」


 リィナさんが焦りだす。

 今のは私の発言が良くなかったね。さっきから考えてた事だから、ポロっと口に出しちゃったよ。


「私の心配をしてくれたんですよね? ありがとうございます。見ての通り私は大丈夫です」

「うん、分かった。でも、もし辛くなったら言ってね?」

「はい。何かあったら頼らせてもらいます」



 私達が話していると倒れていた盗賊に動きがあった。


「うっ……」

 

 盗賊が目を覚ました。

 ここからはロエンナさんとローエンさんにお任せだね。


 

 私達は少し離れたところで焚き火にあたっている。


「ほいよ。シラハ」

「ありがとうございます」


 私はデュークさんから白湯を受け取る。

 あったまるわー。


 まだ夜になると若干冷えるので温まるのは大歓迎だ。

 冷えは大敵だからね。


「あの盗賊がいれば、私って要らなくないですか?」


 私は気になった事を聞いてみる。するとフィッツさんが答えてくれた。


「道案内がどうしても必要なら、そうなるけどね。でも連れて行った先で仲間同士しか知り得ない方法で、敵の接近を知らせる方法があるかも知れないし、そういった罠もあるかも知れない。なら余計な荷物は持って行かない方がいい」


 荷物って……。言い方酷いね。


「でも、聞き出した情報が嘘って事もあるんじゃないですか?」

「それは連れて行っても、連れて行かなくても同じだよ。相手が嘘をついているかは調べようがないしね」

「俺らはシラハを信用してるから、シラハの鼻の方が信用できるってもんさ」


 デュークさんの言葉に私は照れ臭さくなる。

 私、この世界で警察犬としてやっていけるのではないだろうか。



「終わったよ」


 尋問を終えたロエンナさんがやってくる。あれ、ローエンさんと盗賊は?


「今、兄貴が森に盗賊を捨てに行ってる。戻ってきたらアジトに向かうよ」

「アジトの位置は分かるんですか?」

「おおよその方角だけな、あとはアンタ任せになる。それと人数は五十人程だそうだ」

「五十?!」


 デュークさんが盗賊の人数を聞いて驚く。

 単純に人数で割っても一人当たり八人くらい。しかも盗賊のアジトに乗り込むのだから危ないんじゃないのかな。


 私達の不安を感じ取ったのかロエンナさんが口を開く。


「基本的にはアタシと兄貴に任せてくれれば良い。アンタらは逃げ出そうとするヤツがいたら、そっちを頼みたい」

「それなら…まぁ、大丈夫か」

「だね」


 ロエンナさんが出した提案にデュークさん達が頷く。


「そんじゃ行くよ」


 近づいて来るローエンさんの足音を聞いて、ロエンナさんが動きだした。





 森を進んで行くと森が開けた場所があり、そこには古めかしい建物があった。

 どうやら、あれが盗賊のアジトみたいだね。


「本当に一発で着くとは……」

「アンタがいれば探し物に困る事はなさそうだ」


 ローエンさんとロエンナさんが信じられない、といった様子でそんな事を言う。


「あまり吹聴しないでくださいね。面倒な話が舞い込んできたら、すぐに街を出ますからね」


 一応釘を刺しておく。

 ここまでの精度だと言う事を知られてしまうと、厄介事が向こうから助走をつけて飛び込んできそうだ。


「冒険者の能力は飯の種だから広めたがるもんだろ?」

「色んな勧誘が煩わしいから、広めない人もいると聞きましたけど?」

「まあ、それは人それぞれだからな。君のような者もいるが、帝国では能力のある者は国に仕える機会を得られるから、大抵の人は自分の力を売り込むものだよ」

「私は仕官とか興味ないので」

「そうだぞ兄貴。冒険者から引き抜こうとするな」

「有能そうな人を見ると、ついね」


 ローエンさんはAランクの冒険者だって言ってたけど、国と何かしらの繋がりがあるのかな。


「さて、それじゃロエンナ」

「ああ、乗り込むか」


 二人が立ち上がる。

 ロエンナさんは先程と同じように二本の斧を。

 そしてローエンさんは右手に装飾の施された直剣を握り、左手にはこれまた立派な盾を持っていた。


 というか、どこに持ってたの? さっきまで持ってなかったよね。


 私が不思議に思っていると二人がアジトに向かって駆け出した。

 

 そしてすぐに盗賊と思しき悲鳴が響き渡ってきたのだった。

 南無南無ー。







◆ロエンナ視点


 アタシと兄貴は同時に駆け出した。


 そして両手に持っていた斧をアジトの前に立っている見張りへと投げつける。


 投げた斧は盗賊共の頭を真っ二つにする。


 こんなんで見張りとか、何の意味があるんだか。


 アタシが斧を回収している間に兄貴が入り口を蹴破って突入していた。

 アタシの分の獲物も残しておいてくれよな。


 斧を回収してアジトに踏み込むと、すでに何人もの盗賊が血に塗れて動かなくなっていた。

 早えよ兄貴……。


 アタシはすぐに走り出すと物音がする方とは逆の道を行く。

 兄貴がいるんじゃ、もうやられてるだろうしな。


 盗賊が思っていたより脆い。

 これならアタシ一人でも十分だったかも知れない。


 ただ、後でバレると兄貴に叱られる。だからアタシ一人で行く事は怖くてできない。怒ると怖いからな……。


 そんな事を考えていると物陰から盗賊が飛び出してきたから、斧で両断しておく。


 やっぱり弱い。


 コイツらがいつから、この辺で盗賊活動をしていたかは知らないが、誰にも気付かれていなかったのなら、今まで襲った相手は皆殺しにしていたはずだ。


 この程度のヤツらに護衛をしている冒険者が簡単に倒されるとは思えない。

 盗賊の数も五十を超えているなら維持する為にも、それなりには盗賊行為を行なっていたはず。


 何処からか流れてきたのなら他領のギルドから情報が流れてくる。

 魔物に襲われて護衛も含めて全滅した、という報告はあるが盗賊の報告は全くといってなかったな。


(と、イカンイカン。あまりにも張り合いがなさすぎて、つまらん事を考えてしまった)

 

 アタシは見つけた端から盗賊を斧でぶっ潰していった。


「ふぅ。こんなもんか」


 隠れているヤツがいないか確認しながら兄貴を探す。

 しかし無駄に広いな、ここ。


「ロエンナ、そっちは終わったのか?」


 広間みたいな部屋に着くと兄貴が突っ立っていた。

 返り血酷いな。アタシも人の事言えないけど……。


「終わったけど、兄貴は何してるんだ?」

「いや、奥の部屋に籠られちゃってさ。どうしようかな、と」


 兄貴が気まずそうに視線を逸らす。

 さっさと突撃したのに立て籠もられてばつが悪いんだろうけど、アタシもきっと大暴れしただろうから逆だったとしても同じ結果だったと思う。


「とりあえずこじ開ければいいんじゃね?」

「なら悪いけどロエンナ、頼んでいいか?」

「あいよ」


 兄貴が後ろに下がる。

 アタシはそれを確認して魔力を体に巡らせる。


 あまり力ずくでやると斧が傷むんだよな。しょーがないか……。

 アタシは身体強化を使い、斧を振り下ろした。


 扉が吹き飛び、部屋の奥から悲鳴が聞こえる。

 こんな部屋に逃げたのならコイツは盗賊の首領だろうに、この程度でビビるとか相手にする気も失せてくるな。


「く、くるなぁ!」


 盗賊が剣をやたらに振り回してくる。

 首領なら情報を得る為にも捕まえようかと思ったけど、コイツ殺そうかな?


「ロエンナ、殺すなよ?」

「…………わかってる」

「今の間はなんだ?」


 こういう時、兄貴はアタシの性格を知っているからやり難い。ちくしょうめ!


「とりあえず腕一本くらいはいいよな」

「良くない。血を流しすぎて死なれたら困る」

「わかったよ……」


 アタシと兄貴が部屋に入る。

 すると地面が揺れた気がした。

 

 なんだ?


「――!? ロエンナ離れろ!」

「兄貴?!」


 アタシは兄貴に突き飛ばされた。

 いきなりの行動で何が起きたかわからなかった。


 だけど、すぐにアタシを庇ったのだと理解する。

 床の一部が舞い上がり、その下から何かが飛び出してきたんだ。


「兄貴!」


 アタシは叫ぶしか出来なかった。兄貴は飛び出してきた魔物に脇腹を噛みつかれている。


「ぐっ……」


 兄貴が噛みついている魔物に剣を突き立てるが、見るからに硬そうな甲殻がそれを阻む。

 

「兄貴から離れろおぉぉ!」


 アタシは全力で攻撃するが魔物の甲殻が邪魔をして表面を削る事しかできない。しかし、意外にも魔物は兄貴から口を離す。

 

 床に倒れ伏した兄貴に駆け寄る。

 兄貴の怪我は鎧のおかげもあって深くはない。これなら体力回復薬でどうにかなる。


 アタシは兄貴を抱えて魔物から距離を取ると回復薬を飲ませる。

 そして魔物の動きに警戒する。



 ムカデのような姿……。そしてアタシの攻撃でも削りきれない硬さ。しかもあの魔物は明らかに盗賊の首領を守るようにして立ちはだかっている。

 人間の言うことを聞く魔物。厄介な……。


 

 魔物を観察していてアタシはふと気付く。

 あの程度の傷なのに兄貴が、まだ動かない事に……。


「兄貴……?」


 兄貴は信じられないくらいに顔を青くして脂汗を滲ませていた。

 あのくらいの怪我なら兄貴は顔色一つ変えない。


 なら、考えられるのは――


「毒か!」


 アタシはすぐに解毒薬を兄貴に飲ませるが、顔色が良くなる事はない。

 それどころか体がどんどん冷えている気がする。


 頭の中が真っ白になる。


 そんな中、盗賊の首領が下卑た笑いをこぼす。

 今すぐにでも、ぶち殺してやりたくなる。


「ソイツは死ぬ。お前もすぐに後を追わせてやるよ」

「テメェ……!」


 怒りで目の前が真っ赤になる。


 兄貴をこんな目に遭わせたヤツは殺す!


 たとえ毒を食らっても、アイツだけはっ!



 

 アタシは魔力を全開にして身体強化をかける。


 テメェもムカデも、ぶっ殺してやる!!




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