第26話 生存報告
「ふぁ〜あ、やっと外に出られた。部屋でゴロゴロしてるのも悪くはないんだけどねぇ〜」
私は数日ぶりに外出している。それは私を襲った覆面男が街を離れた事が確認できたおかげだ。
まぁ、私が匂い確認したんだけどね……
でも、また日向亭に迷惑をかけるかもしれないので、領主様の屋敷で寝泊りさせて貰うつもりだ。
煩いのがいるから、なるべく外にいるつもりだけどね……
さて外に出られたのだから、まずは日向亭だね。
市場を通って日向亭へと向かう。
その道中は、やけに道行く人達の視線を感じた。何かしたかな?
「あっ」
そうだ、私が領主様の娘なんじゃないか、って噂が広まってるってカトレアさんが言ってたね。
有名人の仲間入りだねっ! 嬉しくないけどっ
それに領主様の馬鹿息子のせいで、領主様絡みの人間に警戒しているのかもしれない。
ひとまず目的地を変えようかな。
私が向かった先は、革鎧や短剣を買った店が並ぶ職人通り。その通りにある冒険者が使う機能性を重視した衣服を扱っている服屋だ。
そこで、フード付きのローブを見繕う。
街中でフードを被っている人は多くはないが、居ない訳でもないので、当面はこれで視線を遮ろうと思う。
(んー……何色がいいかなぁ。お洒落したい訳でもないし……)
少し悩んで私は白いローブを選んだ。汚れが目立つかもしれないけど、私の髪の色が一番目立たないと思ったからだ。
あ、胸当ても直さなきゃ……でも持ってくるの忘れたから、また今度ね。とか言いつつ、また忘れそうだね。
そうして私は周囲の視線から解放されて、今度こそ日向亭へと辿り着いた。
日向亭に入ると朝食の時間が過ぎて、ちょうど休憩していたらしいコニーちゃんが、飲み物を飲みながらカウンターに座っていたけど、どこか元気がない様子だった。
「あ、いらっしゃい! 食事ですか?」
フードを被っているので私だと気付かないコニーちゃんが、普通に接客をしてくるので、すぐにフードを外した。
するとコニーちゃんが固まってしまった。
「えっ……シラハさん?」
「やっほー、コニーちゃんって、うひゃあ!」
「シラハさん!」
いきなりコニーちゃんに抱きつかれてしまった。私が反応できないとか、やるねコニーちゃん。
コニーちゃんの抱きつきは力強い。どこにそんな力があるのか、と思ってしまうけど震えている様子からして泣いているのだろう。しばらくは抱き枕になっていよう。
この場合は枕ではないのかな? まぁ、どっちでもいいけどね。
「シラハさん…治って良かったです……」
「ごめんね、心配かけて」
ちょっと頭を撫でてあげようかとも思ったけど、両腕ともまとめて抱きしめられてるから動けないや。
すると厨房の奥から女将さんとご主人も顔を出してくる。
「無事でなによりでした……」
コニーちゃんが抱きついているのもそのままに、二人はその場で膝をついた。うん、これは完全に誤解されているね。
「あの……もしかしなくても噂を聞いているんだと思いますけど、私はただの平民ですからね。だから普通に接して貰えると嬉しいです」
「平民って……」
女将さんが信じられなそうな顔をするけど事実だからね。私としては、その対応はむず痒いし寂しい。
「私が運ばれた状況はアレでしたけど、ただ領主様からの依頼絡みでの騒動でしたので、領主様に保護されただけです」
「そうだったのかい……」
「それより、部屋を荒らしてしまってスミマセンでした」
女将さんはまだ飲み込み切れていない様子だったけど、私は先に謝ってしまうことにした。
コニーちゃんが私の胸で泣いているから、忘れちゃいそうなんだもん!
「それについては気にしなくていい。領主様が修繕費を払ってくれたから、既に元通りだ」
「そうですか……良かった」
ご主人が部屋の状況も教えてくれた。でも営業に差し支えが出ただろうし申し訳なさが消える訳じゃないけどね。
「それより治癒師に診てもらったんだろうが、数日しか経ってないのに動いて大丈夫なのか?」
「はい。完治しましたから、もう平気ですよ」
「そうか。治癒師は凄いんだな……」
なんか治癒師の評価が上がってる気がする。領主様も驚いてたくらいだし、私が可笑しいんですよ。きっと
お金がかかるみたいだし、平民の人は気軽に治療を受けられないみたいだしね。
「シラハさんは今日から、ウチに泊まってくれるんですか?」
落ち着いたらしいコニーちゃんが上目遣いで私を見てくる。また是非とも宿泊したいところだけど、当分その予定はない。
「ゴメンね。当分は領主様の屋敷に厄介になる予定なんだ」
「そうですか……」
ああっ、明らかに落ち込んでるよ! ホントにゴメンね。
でも、まだ狙われていないとも断言できないから仕方ないの! これはコニーちゃんを危険に巻き込まない為にも譲れないっ
「また顔は出すから。ね?」
「約束ですよ……?」
「うん」
とりあえず、ここは元気に頷いておく。コニーちゃんも私が頷くとニパっと笑顔を返してくれた。よかったよ……
私は日向亭を後にして今度は冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドに入ると、冒険者の姿はあまり見えず閑散としていた。
受付も交代で休憩をとっているのか、いくつかの席が空いている。
私が中の様子を見ていると、受付嬢のアゼリアさんが手招きをしているのを見つける。
「アゼリアさん、こんにちは」
「シラハちゃんもこんにちは。宿屋の一件は聞いたわ、もう大丈夫?」
「はい。もうなんともないですよ」
「良かったわ。ギルマスから簡単に話は聞いたけど、ゴメンなさいね……」
元気な姿を見せて安心させるつもりだったのに、何故か謝られてしまった。もしかして冒険者ギルドでなにか不備でもあったのかな?
「実はシラハちゃんを推薦したのが、私とエレナちゃんなのよ……。私達が余計な事を言わなければ、シラハちゃんが危ない目に遭う事もなかったのに……」
「アゼリアさん達は私なら大丈夫と思って推薦してくれただけですし、良い経験になりました。むしろ私の事を評価してくれて嬉しいです」
「そう言って貰えると少し気が楽になるわ」
アゼリアさんの表情が明るくなる。そこまで気にしていたなんて申し訳ないくらいだ。
「そういえばエレナさんは、今日もお休みですか?」
私がエレナさんの事について聞くと、アゼリアさんの表情がまた暗くなる。何かあったのかな?
「エレナちゃんはシラハちゃんが怪我をしたと聞いてからギルドに来てないわ。シラハちゃんに怪我をさせた、って責任を感じちゃってるみたいなのよ……」
「お仕事なんですし割り切ってくれていいんですけどね……」
冒険者なんていつ死ぬかも分からない職業だ。人死を気にするなとは言わないけれど、一々思い詰めていたら精神を病んでしまう。
「あの子は受付になって表に出るようになってから日が浅いから、冒険者との距離感がまだ分からないのよ」
「そうなんですか……」
それなりに仕事慣れしてる感じだったけど、アゼリアさんから見ればまだまだなんだね。……いくつとかは聞きませんよ。命は大事にしたいので!
「アゼリアさん。エレナさんの家って何処ですか? 私、生存報告してきたいです」
「ん〜。ギルド職員の情報は教えられないのよ……。でも、エレナちゃんの事は気になるし……。ちょっと待ってて貰えるかしら?」
アゼリアさんは私の返事も待たずに二階へと上がって行ってしまったが、たいして待たずにアゼリアさんがレギオラさんと共に降りて来た。
「どうもレギオラさん」
「おお、嬢ちゃん。元気そうで何よりだ。それよりアゼリアから聞いたがエレナの様子を見てきてくれるんだって?」
「はい。私が原因みたいですし」
「いや、ギルド内の問題だから嬢ちゃんが責任を感じる必要はないんだぞ? だが、今回は嬢ちゃんが行ってくれるとありがたい。どうもエレナは嬢ちゃんを特別可愛がってるみたいだからな」
レギオラさんはそう言いながらエレナさんの家までの地図を書いた紙を渡してくれた。
せめて元気にはさせたいね。
私はお礼を言ってから冒険者ギルドを出た。
地図に従ってエレナさんの家に辿り着く。
そういえば私、知り合いの家を訪問するの初めてだ。
少しドキドキしながら玄関をノックする。
すると中から女性の声が聞こえ、すぐに足音が近くなってくる。
玄関の扉が開くと、どこかエレナさんに似た雰囲気のある女性が顔を出す。母親かな?
「あ、あの。私シラハって言います。エレナさんはいらっしゃいますか?」
ちょっと緊張でどもったけど気にしない。母親らしき女性は最初はキョトンとしていたが、すぐに顔を綻ばせた。
「あらあら可愛いお客さんね、エレナは部屋で寝ているわ。エレナのお友達?」
「えっと、冒険者やってます。今回受けた依頼で怪我をしてしまって、お世話になってるエレナさんに怪我が治ったって報告したくて、お邪魔しました」
「あら、そうなの? その歳で冒険者なんて大変ね……。あの子は身体はなんともないから、会っていってちょうだい」
もとより、そのつもりだったので断る気はない。体調不良を理由に門前払いされなくて良かったよ。
私はエレナさんの母親の案内でエレナさんの部屋の前にきた。
そしてエレナさんの母親はノックをすると、返事も待たずにドアを開ける。
「お母さん、誰か来てたの? 私、今は誰とも会いたくないから……」
エレナさんの声が布団の中から聞こえてくる。もぞもぞと動いているが顔を出す気もなさそうだ。
「そう……。それじゃあシラハちゃん、せっかく来てもらったのにゴメンなさいね」
「えっ、シラハちゃん?! ――あいた!」
私の名前を聞いた途端に布団から飛び出してエレナさんがベッドから落ちた。あれは痛そう……
「それじゃ、シラハちゃん。あとはよろしくね」
「えっ、あっ、はい……」
エレナさんの母親は私を部屋に押し込むとドアを閉めて立ち去る。押しが強いですね、エレナさんのお母さん……
私とエレナさんの二人になると、エレナさんは床に座り込んだまま私を見つめていた。
その瞳は信じられないといったような驚きが見えた。
「シラハちゃん……もう怪我はいいの?」
「はい、完治しました。領主様のおかげです」
このやり取りも何回目だろうか。
それでも皆の反応を見ていると、それも気にならない。本当に申し訳なく感じるばかりだ。
「心配かけてスミマセンでした」
「シラハちゃんのせいじゃないよ……。私が無理に引き止めて依頼を受けさせたからだよ……ゴメンね、本当にゴメンなさい」
エレナさんの瞳から涙が溢れてくる。ずっと溜め込んでたんだね……
「魔薬調査でも倒れて、その後も刺客に襲われて……。苦しかったよね、痛かったよね? 私が…私のせいで……ゴメンなさいゴメンなさい……」
ボロボロと泣き出したエレナさんが私に縋るように謝りだした。
「アゼリアさんにも言いましたけど、あれは仕事ですからエレナさんが気にする必要はないですよ。むしろ信頼して私に依頼を任せてくれたのに、ヘマしてスミマセンでした」
「シラハちゃんは悪くない! 悪いのは全部私なの……」
自分を責めつつ私に謝り続けるエレナさんに私は違和感を覚えた。
それを口に出して良いかは分からなかったが、私は思い切って聞いてみる事にした。
「エレナさんは誰に謝っているんですか?」
「えっ………」
エレナさんの動きが止まる。触れられたくないものなのかも知れないけど、今のままではエレナさんはずっと閉じこもったままな気がした。
「さっきからエレナさんは私ではなくて、違う誰かに謝ってますよね? 私を誰かと重ねていませんか?」
「そ…れは……」
掠れた声がエレナさんの口から零れる。これ以上は不味いかも……
エレナさんが俯いて、その表情は分からない。
どうしようかと思ったが、ポツリポツリとエレナさんの語り出した。
「私はね、5年前まで家族皆で王都にいたんだ。お父さんは行商人でね、よくあちこちに出かけてた。私には妹がいてね将来はお父さんみたいに色んな所に行ってみたいって言ってたんだ」
私は黙ってエレナさんの話を聞く。今はそれくらいしかできないもの。
「ある時、私の誕生日に欲しい物を買ってくれるってお父さんが言い出して、行商のついでに買って来てくれるって言ってくれたの。そして妹も私のために買って来てあげたいって言い出してお父さんと妹の二人で行商に出かけて行った」
そしてエレナさんのお父さんは誕生日プレゼントを買う為に、帰り道を変更する事にした。
その道中、二人は魔物に襲われて亡くなった。
この世界では魔物に襲われて死ぬ、なんて事はよくある事らしい。だけどエレナさんがもし違う物を選んでいたら、二人は死なずに済んだかもしれない。
自分の言葉、意見でその人が傷つくのをエレナさんは恐れるようになってしまった。
今回の件を過去と重ねてしまい、塞ぎ込んでしまったという事だ。
正直なところ、昔あった事について私から言える事はない。気にするなとも言えない。
でも、
「死にませんよ」
「え?」
エレナさんが私に顔を向ける。その顔は何を言われたか分からない、といった表情だ。
「私はこれでも丈夫なんです。治癒師の方にも驚かれるくらいに治りが早いって言われました」
「でも、冒険者は危険で……」
「はい。それでも私は色んな所に行ってみたいです。そしてその場所の特産をお土産にして、お話をしに帰ってきます。そうしたら私のお話聞いてくれますか?」
「……シラハちゃんは、この街を出るの?」
ちょっと話の持って行き方を間違えたかな? でも誤魔化したりはしないよ。
「冒険者ですからね。どこにでも行きます」
「帰ってきてくれるの?」
「約束しますよ」
「それなら……シラハちゃんのお土産話、楽しみにしてる……」
漸くエレナさんが落ち着いてくれた。良かった。私こういうの苦手だよ……。でもエレナさんの事は好きだからね。これぐらいなんてことない。
「シラハちゃん」
「なんですか?」
「今日、ウチに泊まってく?」
エレナさんが上目遣いで、私に尋ねてくる。ちょっとドキッとしたよ。
「泊まりません」
「えっ?!」
まさか断られると思ってなかった、という反応をされる。
だが断る! とか言い出すほどの度胸はないよ。
「あ、でも、今日一緒に寝ませんか?」
「泊まれないけど、一緒に寝るの?」
「はい。エレナさんと眠るまでお喋りしたいです」
「シラハちゃんのお願いだし……いいけど……」
ちょっとモジモジしながらエレナさんが了承してくれる。
そうとなれば、すぐに移動しないとね。
「それじゃ行きましょうか。エレナさん着替えてください」
「え、行くって何処に?」
「それは勿論――」
私はエレナさんに向かってニヤリと笑う。
「領主様の屋敷ですよ」
「無理無理無理! そんな、私なんかが領主様のお屋敷に行くなんて無理!」
私が行き先を告げると、エレナさんの暗かった空気が一気に吹き飛んだ。
うん。良かった良かった。
「大丈夫ですよ。領主夫妻はお優しいので」
「だからって、私がお邪魔していい理由にはならないよ!」
「エレナさんは私と一緒に居たくないんですね……」
私がショボンと落ち込んだように言うと、エレナさんが慌てだした。
「そ、そうじゃないんだよ! ただ――」
「エレナさん……今日、私と一緒に寝て欲しいです……」
「うう……。シラハちゃんズルイよ……」
私が悲しそうな表情で頼むと、エレナさんは諦めた様子で着替えだした。
ふふふ……勝ったね!
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