第25話 おしょくじー

「んにゅ……」


 頭の下に柔らかい感触がある。

 そうだ私、カトレアさんに抱きついて……


「目が覚めたかい?」

「はわ!」


 なんたる不覚! 温もりに負けて寝てしまうとは、しかも膝枕してもらってたなんてっ


「す、すすいません! 私寝ちゃって……。あぁ、日も傾いてきてる……」


 招いたお客さんの膝の上で、ぐっすりと寝るとかヤバいですね……


「気にしなくていいよ。エイミーへの誤解が解けたのなら、あたしに文句はないよ」

「そこは、まだキチンと心の整理がついている訳ではないですけど、憎いという気持ちはなくなりました」

「ならいいさ」


 カトレアさんは本当にエイミーの事が大事だったのだろう。そんな彼女に寄生して、乗っ取るしかできなかった、というのは酷い話だ。

 

「そういえば、カトレアさんは冒険者をやってるんですか?」

「そうだよ」

「なら名前はエイミーで登録されてるんですか? あれって偽名は使えませんよね?」


 私が登録した時は魔道具に手を乗せたら、名前と年齢が記されて冒険者カードが出てきた。

 だから、カトレアさんが登録をしたらエイミーと表記されてしまうはずだ。


「ああ、あれか。あたしもエイミーって名前になってたら仕方ないと思ってたんだけどね。でも、エイミーとあたしは別人だ。だから、あたしは自分で名付けをしておいたんだ、そしたらカトレアって名前で登録された」

「そんな抜け道があるんですね」

「抜け道というか、一度それと自分が認識した名前が反映されるんじゃないのかい? そうでなければアンタの名前は忌み子とか生贄になってただろうし」

「たしかに……って、それは嫌ですね」


 カトレアさんの説明で納得する。たしかにカトレアさんの身体はエイミーの肉体だけど、中身はカトレアさんだ。魔道具を使った本人がカトレアさんと思っていれば、それで通ってしまうのだろう。

 

 あれ? そうなると、もし自分が別人だと思い込んでいたら名前を変えられるのかな? それとも、もっと別の何かで判別している? ううーん、分からないね。やめやめ!


「あ、それじゃカトレアさんって今いくつって事になってるんですか?」

「18だよ」

「えっ」

「なんだい、その顔は」

「あー……いえ。カトレアさんって男の人っぽい喋り方じゃないですか」

「そうだね」

「なので、もう少し年上な印象でした」

「具体的には?」

「内緒です」


 私は口を噤むがカトレアさんが睨みを利かせてくる。私はそろりと視線を逸らした。


「でもカトレアさん、肉体年齢はもっと上のはずじゃないんですか? 私が産まれてから12年も経ってるんですし」

「そうだよ。エイミーが生きてたら30は超えてるよ」

「若いままなのはカトレアさんの力ですか?」

「まあね。必要以上にやるつもりもないけど、あたしが発生した年数を考えると少し弄る必要があったのさ」


 カトレアさんの返答で納得しつつも、使われる言葉に首を傾げた。


「発生って魔物は産まれるとは違うんですか?」

「ん? 魔物は産まれる事もあるよ。それと魔力場から発生する場合もある」

「魔力場?」

「魔力が溜まる場所だよ。人の手が入っていない所に沢山あるらしいよ。稀に人里の中でも出るらしいしね」


 いきなり街中に魔物が現れたら怖いね。外でもいきなり魔物に襲われるかも知れないって事だし気をつけておこう。


「それで、あたしの事はいくつだと思ってたんだい?」


 誤魔化せてなかった?! これははぐらかしても駄目そうだ……


「20代です……」

「嘘だね」

「あいたたたっ!」

「もっと上だと思ってただろう?」


 痛い痛いっ! カトレアさんの指が頭に減り込んでる気がする! 握力強すぎですっ


「20代後半だと思ってましたっ! ホントですっ嘘じゃないですぅ!」

「しょうがない信じてやるよ」

「あぅぅ……痛かった……」


 助かった……。本当に中身出ちゃうかと思ったよ。


「さてと、あたしはそろそろ帰るとするよ」


 カトレアさんが立ち上がり帰ることを告げる。私はそれを名残惜しく眺めていた。


「カトレアさんはどこに泊まっているんですか? またお話をしたいです」

「あたしは依頼人と一緒に日向亭に泊まってるよ」

「依頼人ですか?」

「ああ。王都から商人の護衛としてアルクーレに来たんだ。そんで明日ここを発つ」

「そう…ですか……」


 私は明らかに落ち込んだ声を出していたと思う。するとカトレアさんが私の頭をガシガシと乱暴に撫でてくる。


「そんな顔はしない! 冒険者なら色んな所にも行くから別れなんざ、いくらでもある。会いたくなれば王都にくればいい。アンタはもう自由なんだからさ」


 そうだ、私はどこに行ってもいいんだ。会いたい人に会いに行けばいいし、行きたい所に行けばいい。

 それだけの事じゃないか!


「えへへ。そうですね」


 私は笑ってカトレアさんを見送った。






 その日の夜、私は領主様から夕食のお誘いを受けた。

 断りたい所だけど、泊めてもらっているのだから一度くらいは一緒に食事をした方がいいだろう。

 そう思っていた。


「ふむ、お前がシラハか。そんな小さくても冒険者が務まるのなら楽な仕事なんだな」

「こら、父上の客に対しての口の聞き方じゃあないだろ。済まないねシラハ、弟が失礼をして」

「兄上が謝る必要ないだろ! お前、平民のくせに生意気だぞ!」


 私なにも言ってないのになぁ……。それに向こうは私の事を知っているみたいだけど、私はこの二人を全く知らない。

 たぶん領主様の息子だよね。

 

 先に食堂に移動してようと思ったら、弟くんの方に絡まれて、お兄さんの方に庇われたけど、火に油を注いだような反応だ。

 ホント私、そこにいただけなんだよ? ビックリするくらいに嫌われてるよ。


「えーと。私はここにいない方がよろしいのでしょうか?」

「当たり前だ! さっさと何処かに行け!」

「かしこまりました。それでは失礼いたしますね」


 私は踵を返して客間へ戻ろうとすると、お兄さんの方が私を呼び止めた。


「待ってくれシラハ! 弟の無礼は謝る。だから――」

「あら私は帰れと言われたから帰るだけですわ。使用人でもない身元不明の方に絡まれたのですもの、危険を避けるのは当然の事ですわ。それでは」


 ふむ、我ながら完璧だと思う。私に問題はなかった。あとは家の問題だもの。これで夕食を一緒にしなくても良いというものだ。


 その、はずだったんだけどなぁ……


「ホントにゴメンねシラハちゃん。カイラスには罰として夕食は抜きにさせたからね」

「済まなかったなシラハ、嫌な思いをさせて。ハサウェルもカイラスをきちんと抑えなきゃ駄目だろ」

「申し訳ありません、父上母上」

「まあ、ハサウェル殿もシラハが一言二言で帰るとは思わなかったでしょうし、シラハの気が短いのでは?」


 なんで客間私の部屋で領主様とアルフリードさんが食事をしてるのかなぁ! 一人でゆっくり食べられると思ったのに……


「あらあら、アルフリード様に気が短いと言われるなんて心外ですわ。私に言い返されただけで、ムキになって人の生い立ちにまで文句を言い出したのに……」

「そ、それは……。というか、その喋り方やめてくれないか? 怖いんだが……」


 酷い……。せっかく失礼にならないように喋ってたのに怖いとか!


「アルフリード殿はそれでシラハにやられてたからな。申し訳ないが、あれは見てて面白かった」

「ルーク殿……」


 アルフリードさんが領主様に笑われて落ち込んでいる。いい気味だ、ふふふ……


「ホントにシラハちゃんは物怖じしない子よね。そこも良いんだけど!」

「母上はもう少し落ち着いた方がいいと思いますよ。シラハが怯えていますよ」

「あら、ハサウェルも食事抜きにする?」

「申し訳ありませんでした!」


 仲良さそうだね。ファーリア様は優しいし、罰を与えても険悪な雰囲気にならなそう。


「それにしても、なんで私はあそこまで嫌われていたんですか? お会いした事はなかったはずですけど」

「それなぁ〜。身内の恥だから言いたくはないんだが、シラハは絡まれた訳だし話してもいいか」

「あの子はねー。アルフリード君が来る前に魔薬調査を勝手にしちゃったのよ」

「そうなんですか?」


 領主夫妻の話では、カイラスは人手を勝手に連れ出して、怪しそうという理由で何人も連行してきてしまったらしい。

 結果として何人かの売人は捕まえられたが、契約の魔道具が使われていたせいで売人は全員死亡。

 売人の警戒を強める結果になってしまったのだ。


「なるほど、アルフリード様が……いえ、なんでもありません」

「おい、ちょっと待て。今なにを言いかけた?」

「いえ何も……」


 危ない危ない。もう少しでへっぽことか言うところだったよ。アルフリードさんが悪い訳ではなかったんだね。

 あ、まだ睨んでるよ。


「おかげで関係ない者は風評被害を被るし、街の者が我々アルクーレ家を見る目が厳しくなったな」

「関係ないとは言えないですしね」

「ああ、全く頭の痛い話だ」


 領主様が大きく溜息を吐く。というか、そこまで私に話していいの? ホントに身内の恥じゃん。ただの横暴な貴族じゃん。


「それで、魔薬調査に貢献した私を一方的に恨んでいる。と言うより嫉妬している?」

「そう言うことね」


 面倒な話だよ。そもそも調査報告とか聞かせなきゃ良かったのに。いや領主一族だから無関係ってわけにはいかなかったのかな? それでも私に被害がこないようにして欲しいね。


「でも嫉妬しているにしても、何というか躾ができていない印象でしたけど……」

「ハサウェルは手が掛からなかったから、同じようにしてたらな……」

「ああ、なるほど。優秀なお兄様と比較されて捻くれてしまったと」

「私は優秀なんかじゃないよ」


 私がそれっぽい事を言うとハサウェル様が嫌そうな顔をする。この人は努力した事を才能だ、って言われることに嫌悪する人なのかな?


「ああいう人は優秀な方が努力をしている事には目を向けないものなんですよ。都合の良いものしか見えないから捻くれるんです」

「ならカイラスを鍛え直すならどうしたらいい?」

「それを私に聞くんですか?」


 なんで貴族の令息の教育方針の相談を私が受けなきゃいけないのさ。甘やかさなきゃいいんじゃないの?


「この中ならファーリア様が一番厳しくできそうですけど、どうですか?」

「私? うーん……できるかしら?」

「飴と鞭の使い方が上手そうですけどね。もし無理ならこの街から追い出して一度、見下している人達と同じ視点になってみるのもありだと思いますよ」

「か、過激だな……」


 アルフリードさんの顔が引きつっている。でもカイラスはたぶん私より年上だし、あそこまでいくとなかなか性格の矯正とかは難しい。

 なら荒療治の方が手っ取り早いと思う。まぁ、この世界じゃ最悪死ぬけどね。


「そうだ、シラハ。僕は明後日に王都へ帰るよ」

「そうですか」

「そうですかって……随分と素っ気ないね」


 アルフリードさんが少し肩を落とす。だって私としては寂しがる理由がないんだもの。


「また会えるじゃないですか。いつか私も王都へ行きますし、その時は案内とかしてくれると嬉しいです」

「あ、ああ! もちろんいつでも歓迎するよ!」


 急に元気になったよ。最初にあった頃と比べると凄い変わりようだね。


「そうだ、シラハを襲った男だが、それらしい者を見つけたんだが街の外に逃げられてしまった。すまない」

「ついでみたいに言いますね。私としては優先度高いんですが……」

「あー、食事中はちょっとな。男は治療ができなかったらしくてな。男の腕を回収した」

「はぁ」

「シラハは匂いが分かるんだろ?」

「ですね」


 なるほど、話を後にした理由がよく分かった。少なくとも食事中にする話ではないね。


「腕の匂いを確認して、シラハを襲った者と同一人物か確認して欲しいんだ」

「嫌な絵面ですね……」

「分かってる……」



 切り落とされた腕の匂いをくんかくんかするとか引くわー



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る