第24話 お母さん
「えっと、カトレアさんがパラシード?」
「そうさ」
何でもないようにカトレアさんが頷く。聞き間違いではないみたいだね。
でもカトレアさんが魔物? さっきの話では寄生する魔物とは言っていたけど、やはり見た目だけでは判別できそうにない。
「カトレアさんが、その魔物だったとして、なんでそれを私に話すんですか? 知られたらカトレアさんが危険になりますよね」
魔物か人間かを判別する事ができるかは分からないけど、この世界には魔道具がある。なら見分ける方法が無いとは言い切れないのだ。
「さっきも言っただろ? アンタがエイミーの娘なら嘘は言いたくないってさ」
「それは聞きましたけど……」
「あたしはさ、エイミーを殺したようなもんさ。でも、それはあたしの中にある本能みたいなもんでさ……どうしようもなかった」
カトレアさんのその言葉は、どこか懺悔のようにも聞こえた。私にはそれが嘘には見えなかった。
「本来あたしには人間を乗っ取るなんて力はなかった。けど、エイミーは違った」
「普通ではなかったんですか?」
「ああ、エイミーは虚弱だったんだよ。すぐに熱を出すようなヤツでね。だから、あたしが支えた」
「支え?」
「そうさ、あたし達はね自分の魔力を流して宿主の中に自分の領域を作るのさ。そして自分の手の届く範囲を伸ばしていく」
「領域……」
領域。その言葉に私は胸がザワリとした。これは単なる偶然? それとも……
「あの、その領域ってカトレアさんがそう呼んでいるんですか? それとも誰かが決めた言葉ですか?」
「ん? ああ、それはあたしが一番しっくりくる言葉を使っているだけだよ。それがどうかしたかい?」
「いえ……」
やはり偶然なのかな、と私は考える。カトレアさんの様子を見る限りでは声が聞こえるといった感じではなさそうだ。
「それで、エイミーの身体が少し丈夫になってきた頃にね。あたしにとっての誤算があったのさ」
「誤算…ですか?」
「そう、エイミーがアンタを身籠ったことさ」
「それは困るんですか?」
「困ったさ。アンタが出来てからエイミーは体調をよく崩すようになったからね」
カトレアさんは困った様に肩を竦める。どうやらエイミーは私が思っている以上に身体が弱かったらしい。
「だから結局あたしは領域を広げたものの、乗っ取るどころか身体を維持する事で精一杯だったわけさ。まあ、人間は本能で動く魔物と違って、意志を奪うのは容易じゃないんだけどね」
「それでカトレアさんはエイミーを支えてどうしたんですか?」
「結果アンタが産まれただけさ」
「他には?」
「エイミーの産後の肥立ちが悪くて、生命を維持するので精一杯だった事かな?」
「カトレアさんには得がないじゃないですか」
話を聞いている限りではカトレアさんは貧乏くじを引いただけな気がするが違うのだろうか?
「あたしは生きる為に行動しただけだよ。アンタだってそうだろ?」
カトレアさんの言葉に私はストンと納得する。ああ、確かに生きる為なら仕方がない。私にだって必死に森の中を生きた経験がある。
「ただ、あたしがエイミーを支えた結果、アンタが忌み子と呼ばれる事になったかも知れない。それについては済まなかった。アンタには恨まれても仕方ないと思っている」
「私がこの髪や瞳なのって、カトレアさんの影響なんですか?」
「そうなんじゃないのかい? そうでもなきゃ、そこまで違う色にはならないと思うけど……」
確かにかけ離れた色ではあるけど、私の容姿はもう自分の中では、そういうものだと納得しているので恨みなんてない。しかし、私の力がもしカトレアさんの影響を受けていたとしたら、有り得ないとは言い切れない。
「そうなのかもしれないですけど、カトレアさんは生きる為にした事ですし、私も産まれてませんでしたよ」
「そう……だね。あたし一人で緊張してて馬鹿みたいだね」
「そんな事ないですよ。私だって生贄としての役目を果たさなかった事を恨まれると思ってましたし」
「じゃあ、あたしらは揃って馬鹿だね」
「ですね」
そこで、私達はクスクスと笑う。お互いにとって大した事のないもので身構えていたのだから、笑うしかない。
「それで、私が生贄として離れというか物置小屋に隔離されてからはどうしてたんですか?」
「アンタが連れて行かれてからは、エイミーが塞ぎ込んでたから、とにかく維持するだけさ」
「塞ぎ込んでたんですか? なんで?」
「忌み
確かに、あの村ならそんな扱いをしそうだと納得してしまう。悪い事の理由を何かに押し付けなければいけない場所だったのだろう。なんとも居心地の悪そうな場所だ。もうないけどね。
「それに、アンタから引き離された事も原因だよ」
「え……」
思わぬ言葉に声が出る。私が塞ぎ込む理由になるのだろうか? 私の事を好いている様子なんて見た事なかったけれど。
「意外かい? 乳離れするまではアンタも家に居たんだけどね。家の中は人の目があって、アンタを可愛がることなんてできなかったのさ。……って、あれ? そういえばアンタはなんでエイミーの名前を知ってたんだい? 誰かが教えてくれたのかい?」
「あの村にそんな人いると思います?」
「いないね」
「実は私、産まれてからすぐの記憶もちゃんとあるんですよ。だから私を産んだ人がエイミーだってことも知ってたんです」
「なるほど、そりゃ凄いね。どこの子供も皆そうなのかい?」
「私が特殊なんだと思いますけど……気味悪くないんですか?」
正直、産まれた時から周囲の様子を見て、言葉を理解するとか怖い気もする。自分の子供なら別かもしれないけどカトレアさんからしたら、私は他人の子供の様なものだ。
「そんなこと言ったら、人間を乗っ取る魔物とか気持ち悪いだろうし怖いだろ? アンタはちょっと記憶力の良い子供ってだけじゃないか」
「そうですか」
カトレアさんの言葉にホッとする。生贄にされたばかりの頃は一人でも生きていく、なんて思ってたけど、今は嫌われる事に臆病な気がする。
あ、でも、喧嘩を売ってくる人は別だよ。そんな人には嫌われても構いません。
「ああ、それでね。アンタが離れに入れられていた間は塞ぎ込んではいたけど、アンタの食事は用意してたんだよ。あたしとしては休んでいて欲しかったけどね……」
「あれって私を生贄として生かす為に用意されてると思ってました」
「そのはずだったんだけどね……村の連中はアンタの食事を出すのを渋る様になってね、それでエイミーが必死になって食べ物を集めてたよ。おかげで風当たりも強くてね」
私が村にいた間は、食事が出ていたが質素で物足りなかったし美味しいとも言えなかった。
しかし、村全体から蔑まれながら何年も食事を用意するのは並大抵の苦労ではなかったはずだ。
私にはできそうもない。
なのに私はエイミーの事を、少なからず憎く思っていた。自分で産んでおきながら助けることもしない、無責任な大人だと。
しかし実際には私が閉じ込められていた数年を、カトレアさんの支えがあったとはいえ、賄ってくれていた。
エイミーは私の母親でいようとしてくれていたのだ。
「そして、アンタが生贄にされて今度はエイミーが離れに移された」
「エイミーもあそこに?」
「そうさ。どうしようもない連中だろ? エイミーもアンタがどんな風に扱われていたかは理解していたが、実際にされるのとでは違う。そしてエイミーは壊れた。心が折れちまったのさ」
カトレアさんが言うにはエイミーの心が折れた事で、乗っ取る事ができたのだとか。
エイミーの人生は報われることがなかった。周りの全てが敵で、彼女はどう思ったのだろうか。
私という存在は彼女を苦しめただけだ。
「カトレアさん」
「なんだい?」
「ちょっと目を瞑ってください」
「? わかったよ」
カトレアさんは訝しみながらも目を閉じてくれる。そんな彼女に私は近づく。
そしてギュっと抱きしめた。
「な、なんだい?!」
「ありがとう」
私が抱きつくとカトレアさんが驚いて声を上げるが、私の言葉に口を閉ざした。
私が伝えられるのはこれくらいだ。なら言葉にしなければいけない。
「ありがとう、エイミーお母さん。私を生かしてくれて。私を産んでくれて。私を愛してくれて、本当にありがとう」
いつの間にか私の瞳から涙が溢れおちる。
カトレアさんの手が私の頭を撫でてくれる。
心地良い温もりに私の意識がゆっくりと沈んでいく。
ああ、お母さんって暖かいね。
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