第23話 お茶会

「シラハちゃん、美味しい?」

「はい。とても美味しいです、ファーリア様」

「良かったわぁ。フフ……」


 どうしてこうなったのだろう……。

 たしかに紅茶もお茶請けに出されたクッキーも美味しいよ。

 でもお茶会とか緊張しちゃうよ。


 私の目の前に座っているのはファーリア・アルクーレ様。ここの領主様の奥方様ですね。


 なんで私みたいな芋娘がそんな人とお茶しているのかというと、ファーリア様が屋敷に滞在しているという女の子の冒険者に興味を持ち領主様にお願いしたのだそうだ。

 

 そして、それを了承してしまう領主様。


 こうして、私とファーリア様のお茶会が行われる運びとなってしまったのだ。むぅ……

 礼儀作法とか分からないからと断ったのだけど、そんな事で怒る人じゃないから大丈夫とか言われてしまった。

 私の断りたいという気持ちを察して欲しかったよ。


「それにしても、本当にシラハちゃんは可愛いわねぇ。ヒラミーの言ってた通りね」

「はい、奥様」


 ファーリア様が興味を持ったのはヒラミーさんのせいか!

 敵がこんな近くに潜んでいたなんて……


 お部屋に帰りたい……また襲われたら迷惑がかかるので日向亭には戻らないで、屋敷に泊まった方が良いと言われて納得したけど、こんな罠があるなんて……貴族、恐ろしい……


「そうだシラハちゃん」

「なんでしょうか?」

「ドレス着てみない?」


 いきなり何を言っているのだろうかこの人は……私がドレス? 興味はあるけど無理無理。

 だってファーリア様とヒラミーさんの目が肉食獣みたいだもん。着せ替え人形になる未来しか見えないもん。


「……無理です」

「そっかぁ。ウチには娘がいないからシラハちゃんで楽し……んんっ。少しでいいから娘がいる母親の気分を味わいたかったのだけれど……」


 今、楽しむとか、そんな感じの事を言いかけましたよね……完全に着せ替え人形にするつもりじゃないですか嫌ですよ、そんなの……


「でもシラハちゃんが嫌なら無理強いもできないものね。諦めるわ……」


 そんなに落ち込まなくてもいいのに……罪悪感が湧いてくるよ。それでも私は譲らないけどね!


「そうそう。忘れないうちにシラハちゃんに言っておかなきゃいけない事があるの」

「なんでしょうか?」


 おっとりとした雰囲気のあるファーリア様が真面目な表情になったので、私も居住まいを正す。最初から緊張して背筋は伸びてるんだけどね。


「ルークに協力してくれてありがとう。アルクーレに住む者として感謝を……。そして貴女のような子供を危険な目に遭わせてしまってゴメンなさい」

「既に報酬も貰ってますし、依頼を受けた時点で危険は覚悟してました。ですので感謝も謝罪も不要です」


 ファーリア様が頭を下げてくるが、こういった時の対応に困る。私としては依頼の事なので謝罪はいらないし、報酬を貰ったので感謝もそれで十分なのだ。


 なのに、こうした対応をしてくるのだから、領主夫妻は似た者夫婦なんだな、と笑ってしまう。


「シラハちゃん笑うととても可愛いいわ! もうウチの子供になっちゃいましょう!」

「いえ貴族とか私には務まらないので無理です」


 一瞬で真面目な雰囲気が霧散したよこの人。こんなほんわかした人が貴族してるのなら、私にも出来るかも知れないと思ってしまうが、きっと私を誘い込むための罠に違いない。


「シラハ様、そろそろお時間では?」

「あ、もうそんな時間ですか。すみませんファーリア様、私は用事があるので、これで失礼しますね」

「あら、もう? それじゃ、またお茶しましょうねシラハちゃん」

「機会があれば是非」


 ファーリア様も悪い人ではないしお茶会するのは構わないけど、滞在してる間は頻繁に……というか毎日お誘いがありそうで怖い。

 どうやって躱そうかと思案しながら私は部屋を出ると、そのまま私が使っている客間へと戻った。


 今日はこれから人と会う約束があるのだ。少し緊張している。


 しばらくしてセバスチャンさんが来客が来たことを知らせてくれた。そして一人の女性が部屋に入ってくる。


 それは私が怪我をした時に回復薬を譲ってくれたカトレアさんだ。


「私を呼んだってのはアンタだったのかい」

「すみません。本当はこちらから伺うべきだったんですけど、今は外に出られなくて……」

「なにがあったのかは聞かないけど、怪我をした娘を外には放り出せないだろうさ。親としてはね」

「親? 誰がですか?」


 私は首を傾げる。カトレアさんは何を言っているのだろうか。


「誰って……アンタは領主様の娘とかじゃないのかい?」

「違いますよ! 私は村出身の平民以下の小娘ですよ!」

「そう、なのかい? 冒険者ギルドのマスターが保護して領主様の紋章付きの馬車で運ばれて、領主様のお屋敷にいるアンタは領主様が他所で作った隠し子だって街のうわさになってるんだけど……」

「ああぁぁ……そんな噂が流れてるなんて」


 え、それはファーリア様が流したデマとかじゃないよね?

 まずは外堀から埋める的な? 下手に噂が広がったら本当に娘にされそうだよ!


「じゃあ、アンタはただの冒険者ってことね?」

「そうです……」

「なら、そういう事にしておくけど。それならあたしを呼んだ理由は? 回復薬の代金だけなら呼びつけはしないよね?」


 本当にただの冒険者なんですけどね! カトレアさんを呼んだ理由は代金以外にももちろんある。というかそっちが本題だ。

 なので先に回復薬の代金を支払っておく。精算は速やかにね。


「カトレアさんを呼んだ理由は、予想がつくんじゃないんですか?」

「エイミー……か」


 私が怪我をした時の言葉は覚えてくれてたみたいだね。私はこの人を最初エイミーだと思った。

 私の記憶にある10年前の姿と変わりがないように感じたけど、彼女は私を産んだ女性にそっくりだった。


「アンタはエイミーとはどういう関係だい?」

「…………エイミーは私を産んだ人です」

「なっ!?」


 カトレアさんが驚きの表情になる。そこまで驚く事なのだろうか? カトレアさんはエイミーの血縁関係にある人なんだろうけども私が産まれた事を知らなかった?

 それなら村が滅んでいる事も知らないのかもしれない。


「あの時の子供?! 生きて……いたの?」

「え?」


 私の事を知っている? 私が知っている限りではエイミーに姉妹はいなかったはずだし、エイミーにそっくりなカトレアさんがあの村にいたのなら私が覚えているはずだ。

 どういう事……?


「私が生きているのを不思議に思う、という事は私が死んでもおかしくない状況下にいたのを知っていたんですか?」


 私が問うとカトレアさんは目を瞑る。なにを考えているのだろうか。


「知っている。アンタが忌み子で生贄にされた事は知っている。どうやって生き延びたかは知らないけどね」


 私の心臓がドクリと脈打つ。この人もあの村にいた? なら私をどう思うのだろうか……


「私を殺しますか?」

「は? 何を言ってるんだアンタは。回復薬を譲って助けたのに殺すなんて馬鹿のやる事だよ」

「私は生贄の役目を果たしませんでした。だから……」

「くっだらないね! あんな風習になんの意味があるのさ。だいたいアンタが生贄の役目を果たそうが、あの村は滅んだよ。絶対に」


 カトレアさんが断言する。彼女の口ぶりからするに村が滅んだ理由を知っていそうだった。


「カトレアさんは村が滅んだ理由を知ってるんですか? 魔物に襲われたんだと思ってましたけど……」

「魔物…魔物ね……。たしかに魔物に滅ぼされたよ」


 カトレアさんが私の言葉を肯定する。やはり自分のせいなのかも、と思ったが次の言葉でその考えは吹き飛んだ。




「あたしが滅ぼしたんだよ」



 言葉が出なかった。

 私が予想もしていなかった回答だったからだ。


「なんで……村を?」


 どうにか気を取り直して聞き返す。少し声が震えてしまった気がする。


「どうしてって、産まれたばかりの赤子を忌み子とする、くだらない村だからだよ」

「それは私のため……にですか?」


 彼女の行動原理が理解できない。それだけのために村を滅ぼすだろうか? それなら私を連れて逃げ出す方が現実的な気がする。

 

「アンタの為じゃないよ。エイミーの為……いや、あたしの自己満足かな」


 カトレアさんが自嘲気味に笑う。やはり彼女の言葉はよく分からない。


「カトレアさんはエイミーとはどういう関係なんですか?」

「んー……難しいな。でもエイミーの娘か……なら嘘はつきたくないね」

「それはどういう……」

「あたしの話は色々と突っ込みたい事もあると思うけど、最後まで聞いてくれるかい?」

「はい」


 カトレアさんはどこか懇願するような顔で、そう言ったので私も即答した。

 疑問に答えてくれるのなら拒否する理由もない。


「まず、あたしはアンタの親の仇なんだけど、そこのところはどう思ってるんだい?」

「私は親にも村にも不要とされて生贄にされたんですし、村を滅ぼしたことについてはなんとも。むしろ私が滅ぼすつもりでしたし」


 最後まで聞けと言ったそばからの質問である。突っ込みたいところだけど、それはしない約束である。

 私の言葉にカトレアさんが呆気にとられる。


「閉じ込められて、なにも情報を得ることができなかったはずの子供が一年ちょっとで、ここまでとは……恐ろしいねぇ」


 前世の記憶持ちですから。とは言えないけど、言葉にされるとほんと奇妙な子供だよね。


「それじゃあ、もう一つ。パラシードって魔物を知ってるかい?」

「パラシード? 知らないですね」

「パラシードってのはね植物の種みたいな魔物で自分で動く事ができない、吹く風に飛ばされるしか移動手段のないヤツなんだ」

「その魔物がなんですか?」


 ここでその魔物の名前を出して、どう繋がるのだろうか。


「パラシードは付着した魔物に寄生するのさ。と言っても強い魔物に付いたら、その魔物の魔力に当てられて死んじゃうし大した力を持つ事が出来ない小物でね」

 

 カトレアさんの話ではGランク程度の魔物にしか寄生できないらしい。魔物図鑑にも載っていない魔物をよく知っているよね。


「で、ここからが本題さ」


 コホンとカトレアさんがわざとらしく咳をした。




「あたしもそのパラシードなのさ」



 え、なに言ってるのこの人。


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