第21話 懐かしい人

 身体中が痛い。

 頭から落ちたせいか視界が歪む。


 私が地面に叩きつけられた音が聞こえたのか、日向亭で飲み食いしていた人達が出てきたり外の様子を窺っている。

 周囲の建物からも人がちらほらと出てきていた。


 覆面の男は深手を負ったせいか姿を現さないのが幸いだった。今はもう抵抗すら出来ないで殺されるのは間違いなかった。


「シラハさん!」


 日向亭からコニーちゃんが飛び出してくる。瞳には涙が溢れんばかりに溜まっている。

 もしかしたら私の部屋の惨状を見たのかも知れない。


 ベッドは血塗れ、床には血溜まり、覆面の男の腕を切り落として部屋中血だらけだろうからビックリだろうね。

 ああ、部屋の弁償しなきゃだなぁ……と、私は朦朧とした意識でそんな事を考えるのだから余裕があるのかもしれない。


 コニーちゃんは泣きながら私のお腹の傷に布を当てて止血をしている。私はそんなコニーちゃんの頬に、指でそっと触れると涙を拭ってあげる。


「なか……なぃ…で……」


 心配させないように声をかけようと思ったけど、上手く声が出なかった。そしたら余計にコニーちゃんの瞳から涙が溢れる。失敗しちゃったみたい……


 日向亭の女将さんやご主人、お客さんも私を囲んで様子を見ている。女将さんは私の顔の血を拭ってくれていた。


「これを使いなよ」


 そんな人達の中から薄茶色の髪をした女性が歩み出てきて体力回復薬を差し出してきた。怪我の具合が酷いと見て、譲ろうとしてくれているのかもしれない。


「治ったら代金は頂くから気にしなくていいよ。ちゃんと適正価格分しか取らないから安心しな」


 女性は体力回復薬を女将さんに渡してから、私を見て笑う。タダで渡されるよりは料金を取られる方が安心できるし、ここにいる人達が証人にもなってくれるから大丈夫だろう。


 女将さんが私の口に少しずつ体力回復薬を流し込んでいく。身体の中にじわりと温もりが広まっていくのを感じる。

 私も念のためにと回復薬は持っているけど、実際に使うのは初めてなので新鮮だ。


 痛みが和らぎ意識が少し鮮明になったところで、女性にお礼を伝える。


「ありが…とうござい…ました。このご恩はかなら…ず……。……ぇ」

「どうしたんだい? 辛いなら無理に喋らない方がいいよ」


 私の言葉が途中で途切れた事で、女性が私の顔を覗き込む。

 ああ、やっぱり知っている顔だ。

 何故ここにいるのかは知らないけれど私は彼女を知っている。


「エイミー……ですか?」

「っ?!」


 私がその名前を告げると彼女は目を見開き、体を硬直させた。しかしすぐに気を取り直したのか表情を和らげて、それを否定した。


「あたしはカトレアだよ。そのエイミーってのはアンタの知り合いかい?」

「はい……10年くら…い会っていませ…ん」

「頭を強く打ってるみたいだし、とにかく今は休みなよ」


 カトレアと名乗った女性がそう言うと、衛兵の人が何人かやって来た。ガイズさんもいる。


 ガイズさんは倒れている私を見つけると慌てた様子で駆け寄ってくる。


「嬢ちゃん、なにがあった!」


 ガイズさんが私に詰め寄ってくるが、カトレアさんがそれを止めた。


「この子は誰かと争ったらしくて上から落ちてきたみたいだよ。まだ意識もはっきりしてないみたいだし、質問は後にしてすぐに運んで治療しな」

「そ、そうか。分かった。俺が治療院に運ぶからここは任せるぞ!」

「それには及ばん。その嬢ちゃんはこっちで預かる」


 ガイズさんが他の人に指示を出すと、それを横から止める人物が現れた。


「レギ…オラさん……」


 私が名前を呼ぶとレギオラさんは表情を暗くするが、そのまま近づいてきて私を抱き抱えた。


「シラハさんっ」

「安心しろ。嬢ちゃんは領主様の所に連れて行く。あそこなら治癒魔法を使える者もいるから大丈夫だ」

「そう、ですか……」


 私から引き離されそうになったコニーちゃんが心配そうな顔をしてついて行こうとしたが、レギオラさんの言葉を聞いて引き下がった。

 不謹慎かもしれないけど、ここまで心配してくれると嬉しいね。


「セバスチャンさん、出してください」

「かしこまりました」


 レギオラさんが近くに止めてあった馬車に乗り込むとセバスチャンさんに声をかけて、馬車が動き出した。

 というか本当にセバスチャンさんだったんだね。私の妄想ではなかったよ。


「なん…で、領主…様が私…を……?」


 私は気になった事を聞いてみた。領主様が私の手当てのために屋敷に招く理由が分からなかったからだ。


「今回の件は俺達のせいとも言えるから当然だ」

「どう…いう……」


 どういう意味なのか分からずに聞き返そうとしたが、そこで私の意識は途切れた。








◆ルーク・アルクーレ視点



 これは私の失態だ。

 先程、魔薬調査に協力してくれた冒険者のシラハが何者かに襲われたと報告が入った。詳細は不明だ。


 私はすぐにレギオラとセバスを向かわせた。

 シラハの無事を祈るしかない今、私は己の愚かさが許せなかった。


(魔薬製作所を潰したんだ。その報復があって当然ではないか!)


 今日シラハが宿に戻ると言った時、力ずくでも引き留めるべきだったと後悔している。


 アルクーレの街にいる魔薬関係者を全員捕まえられていないのに、シラハのような子供を一人にするなど何を考えていたんだと、その時の自分を殴ってやりたい。


 そこへセバスが部屋へと入ってくる。ここに来たという事はシラハは治癒師に診てもらっているのだろう。


「シラハの怪我はどうだ?」

「宿の二階から落とされ全身を強く打っているようです。その時、頭から落ちたようで意識がハッキリしていないようでした。腹部には刺し傷があり、さらにそこを痛めつけられたらしく臓腑にも損傷があるやもしれません」

「かなり抵抗したということか……」

「恐らくは……。それと凶器に毒が塗られていた可能性もあるので、そちらの解毒も併せて行っておりますが危険な状態でございます」


 シラハは毒に強いと言っていたが、どの程度かも分からないし、刺し傷から毒が入ったのなら毒の種類によってはまず助からない。

 そして襲った相手はシラハの殺害を目的にしていたはずだ、それなら致死性の高い毒を選んだはずだ。


「くそっ!」


 私が執務机を叩く。自分の無力さに嘆きたくなる。

 父上が亡くなり領主を継いでからセバスの補佐を受けながら領主を勤め上げてきたが、今回の失敗はかなりの痛手だ。


 アルフリード殿から受けた報告では、調査が進んだのはシラハの手柄としか言えなかった。

 アルフリード殿も悔しがってはいたが、シラハの事は認めている様子だった。

 可能であれば今後、王都の調査にも協力してもらおうとさえ思っていたのだ。

 シラハには悪いが、それで調査が進めば王族に対して貸しができる。アルフリード殿を補佐につければ冒険者であるシラハの功績を揉み消される事もないはずだ。


 シラハには私の力を使って守るだけの価値がある。それを除いてもあの年齢の女の子を守ることに理由など必要ない。

 

 私が項垂れているとアルフリード殿が入室してきた。

 アルフリード殿にはシラハが泊まっていた部屋を調べて来てもらっていた。


「シラハを襲った犯人を見た者はいないようです」

「そうか……現場はどうだった?」

「酷いものでした。寝ているところを襲われたようで、寝具は血塗れでした。よくあの状況から反撃できたものだと驚きました」


 報告を聞いた私はアルクーレにある門の警備を強化して、犯人に逃げられないようにするしかなかった。


 魔薬関係の案件で忙しいのが続いていたが、まだまだ休めそうにはない。

 

 シラハが受けた痛みを考えれば休む気にもなれないし、魔薬の流通に関わっていた者達を捕まえるまでは、もう油断などはしない、絶対に。






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