第20話 そらを飛びたいです

 私が魔薬の材料をいくらか把握していることを告げると、さすがに驚かれた。

 まぁ、私みたいな子供がなんで? と思われるのは仕方ない事だけどね。

 別に全部を把握出来きているわけでもないけど。


「ちょっと待てシラハ。なぜ魔薬の原料を知っている」


 領主様が少し険しい顔で聞いてくる。関係者とかじゃないですからね。


「私が魔薬を口にしたのはアルフリード様から報告されていますよね? その時に知っている匂いと味がありました。確実ではないとは思いますが手掛かりになれば幸いです」

「匂いと味か……ううむ」


 領主様が唸る。さすがに信憑性がなさすぎるかな。……うん、そんなこと言われても信じられないよね。


「えーと、匂いの方はエイチ草、エムピ草、レッドプラントの魔石ですね」

「魔石の匂いまで分かるのか?」

「はい。ただ結構匂いが薄かったので口に入れるまで分かりませんでしたけど」

「普通は分からないがな。しかし魔石か……あんな物を口にしたら毒物でなくても危険じゃないか」

「危険なんですか?」


 私が尋ねるとレギオラさんが一つ頷いたあとに説明をしてくれた。


「魔石は魔力の塊だからな。魔石は魔道具の製作に使われるし、魔法薬の場合は魔石の中の魔力を抽出して使うと聞いた事がある」


 魔石は高濃度の魔力そのものの為、そのまま口にすると拒絶反応が出るのだとか。だから魔力を抽出して、それを薄めて使うのが一般的なんだって。

 魔薬の中に入っている割合はごく僅かだから、すぐに酷い症状が出ることはないようだけど、使い続ければ危険なのは間違いない。

 どのみち魔薬を使い続ければ危ないんだけどね。


「それと味の方なんですけど……」

「そうだったな。そちらも聞かせてくれ」


 魔石の危険性の話が終わって私は話を戻すことにする。


「えーと、イバヤ茸にウロウモ茸にシクソ茸です」

「聞いたことない茸ばかりだな……珍味かなにかか?」

「食用では御座いません。今シラハ様が仰ったのは全て毒キノコで御座います」


 領主様が首を捻っていると後ろからセバスチャンさんが補足してくれる。物知りだねセバスチャンさん。


「毒キノコ? 何故シラハはそんな物の味なんか知っているんだ?」

「食べたからですけど?」

「いや何故食べる……」


 呆れ顔で何故と言われても食料事情が乏しかったからとしか言えないんだよね。でも毒キノコの方が美味しいんだよ。見た目も派手で綺麗な物が多かったんだ、口に入れたいかは別だけどね。


「私が分かるのは、それくらいですね」

「薬草も魔石も毒キノコも錬金ギルドが集めるのは不思議ありませんし、魔薬が出回り始めた頃と、それらの素材の納入量が増え始めた時期が近ければ、魔薬に使われている可能性がありますな」

「ふむ、手掛かりもないからな。調べてみる価値はあるか」


 今後の調査方針も決まったみたいだね。良かった良かった。これで私も解放されるね。


「力になれたのなら良かったです。皆様はこれから忙しくなるでしょうし、私はこれで失礼しますね」

「シラハ、ちょっと待て」

「なんでしょう?」


 さっさと退散しようと思ったけど引き止められてしまった。まだ何かあったかな?


「シラハ、君は毒が効きにくいと言っていたそうだな?」

「…? はい、そうです」


 嘘がバレたかな? 雑な嘘だとは自分でも思わなくはないけどね。


「そこで少し調べたい事がある」

「毒でも飲むんですか?」

「そんな危険な事出来るわけないだろう……安全の保障ができんよ……」

 

 また領主様に呆れられてしまったよ。領主様は苦笑しながらもセバスチャンさんに何やら指示を出すと、セバスチャンさんが水晶玉を持ってきた。

 冒険者ギルドで登録する時に使ったのに似ている気がする。


「これに手を乗せてくれ」

「乗せるのは良いんですけど、これはなんでしょうか?」


 説明もなしに何かをやらされるのは少し怖い。私の不安が伝わったのかアルフリードさんが教えてくれた。


「それは祝福の写玉と言われる魔道具なんだ。それで触れた者の祝福ギフトが分かる」

「ギフトってなんですか?」

「祝福は神々の寵愛を受けて生まれた者、もしくは認められた者に与えられる加護のことだよ」

「加護を受けるとどうなるんですか?」

「それは与えられる加護によるから、人それぞれだね」


 なるほどね。どんな力か分からないなら私も何かしら持っていても不思議じゃないね。たしかに私の力が祝福によるものだと言われた方が納得できそうだもの。

 

 アルフリードさんに説明された私はさっそく祝福の写玉に触れてみることにした。


「……」


 何も起きない。


「…………」


 反応しないけど?


「………………? あの、これで良いんですか?」

「あ、ああ……」

「何も起こらないな」

「それじゃあ、シラハはただ毒に強いって事ですか?」


 私が声をかけると三人はハッとしたように睨んでいた魔道具から視線を外して顔を上げる。

 そんな予想外みたいな反応しないでよ……結局、言い訳に使えないじゃん。

 内心でガッカリしていると、セバスチャンさんが魔道具を片付け始める。領主様達も気を取り直したみたいだね。


「シラハ、これで君にやって貰いたい事は終わりだ。帰っても良いが、まだ本調子ではないのなら何日か泊まっても構わない。ヒラミーもそのまま付けておくから屋敷にいる間は不自由はさせない。シラハは今回の件での功労者だからな」

「いえ、帰ります」

「そうか。気を遣っているのなら――」

「帰ります」

「そ、そうか」


 少し引き止められそうだったけど押し切った。人にお世話されながらの生活は性に合わないんだよね。


「それでは私はこれで失礼します」


 今度こそは、と私は応接間を退室した。

 部屋を出るとヒラミーさんが私の装備品を持って待っていてくれたので、荷物を受け取ると屋敷の外まで案内してくれた。


 屋敷を出た私は市場を通って冒険者ギルドへと向かう。道すがら屋台で串焼きなどを買い食いして食欲を満たすのも忘れない。

 なんたって三日ぶりだからね。屋台から漂う匂いに思い出したかのように腹の虫が鳴りだしたのよ。

 我慢できるわけがない。



 冒険者ギルドに着いた私は受付へと向かい依頼達成の確認を行う。


「アゼリアさん、依頼が終わったので確認に来ました」

「あら、シラハちゃん。何日か顔を見なかったけれど元気そうね、良かったわ」

「ご心配をおかけしました」

「元気なら良いのよ。依頼の方はギルマスから達成の報告がされてるから問題ないわよ、お疲れ様」

「ありがとうございます」


 私が寝ている間にギルマスがやる事やってくれてたみたいだね。まあ受付で報告できる事じゃないし当然と言えば当然なんだけどね。手間が省けたのはありがたい。


「エレナちゃんは今日お休みだから、また顔見せてあげてね。あの子も心配してたから」

「はい」


 受付にいないと思ったらエレナさんは休みだったのか。そうだよね、休みくらいあるよね異世界でも。

 冒険者ギルドがブラックな職場じゃないと安心しながら、日向亭に向かった。


「あっ、シラハさん! 三日もどこに行ってたんですか! お代は貰ってるので部屋はそのままですけど、帰ってこないなら一言くらい声かけてくれてもいいじゃないですか……」


 日向亭に入るとコニーちゃんに注意されてしまった。口を尖らせて不満そうにしているけれども、寂しそうな目をしていたので頭を撫でてあげる。

 見た目は同じくらいの大きさな私達だけど、中身は私の方が大人だからね。よしよし……


「ゴメンね。急な依頼で帰れなくなっちゃって……」

「ううぅ……仕事ならしょうがないです。でも危ない事はしないでくださいね!」


 冒険者なので危険は付きものだけど、そんなことを言ったら余計に悲しそうな顔をされちゃいそうなので、とりあえず笑って誤魔化しておく。うぅ……罪悪感が……


 部屋へと戻って荷物を片付ける。

 あ、胸当ては修理して貰わなきゃなぁ……溶けてるけど直せるのかな? 新しく買った方が安上がりかもしれない。

 明日にでも防具屋に行って聞いてみよう。今日はまだ早いけど寝ちゃおうかな、眠くなってきた。

 なんだかんだと、まだ疲れが残ってるのかもしれないね。


 寝る子は育つと言うし、おやすみなさいー。ぐぅ……







 眠っていると微かな異変に反応する。

 

 ん? なんの匂いだろ……

 人の匂いに、これはどこかで…………あ、魔薬の匂いだ。


 そこまで思考したところで頭がハッキリとして、私は目を覚ました。


 瞼を開けるとベッドの横で覆面の男が、私を覗き込むようにして立っていた。


「え……んぐっ!」


 惚けた声が出かけたところで、私と目が合った覆面の男がギョッと目を見開いた後に私の口を手で押さえた。


 すぐに抵抗しようとした私だったが、寝ていた私よりも相手の方が速かった。

 

 覆面の男の私の口を塞ぐのとは反対の手にキラリと光る物が見えた。

 

 明かりがなくても【夜目】がある私には見えてしまう。


 覆面の男の手に握られた短剣が振り下ろされるのを――――


「――っ!」


 お腹に走る痛みに呻く。

 口からゴポリと血が溢れるが塞がれたままでは、上手く血を吐き出すことも出来ずに呼吸が乱れる。

 

 お腹を刺された痛みで抵抗出来ないでいると、短剣が引き抜かれる。

 引き抜かれると同時に傷口から溢れる血が、寝具や衣服を濡らしていく。


 覆面の男は血に塗れた短剣を再度振り上げる。


「?!」


 覆面の男は何かに気付いて、私から手を離した。


(もう少し触っててくれれば【麻痺付与】で動けなくできたのに……)


 咄嗟には使えなかったが、お腹を刺されてから覆面の男に【麻痺付与】を使っていたのだけれど、効果が出る前に気付かれてしまった。

 人に使ったのは初めてだったけれど、気付かれてしまうものなんだね。


 お腹の傷はかなり深いけど【体力自動回復(中)】があれば大事には至らないと思っている。

 けれども、あのままでは首を掻き切られていたと思う。


(こんな夜更けに私の部屋に侵入したって事は、逃げても無駄だろうし、また狙われることになる……)


 なら、ここで無力化するのが一番安全だ。

 

 そう判断した私は布団を覆面の男に投げつけて視界を遮った。


(【竜気】!)


 【竜気】を使って身体能力を上げた私は、お腹の傷を押さえつつ覆面の男に飛び蹴りを放った。


「嘘……」


 私の飛び蹴りはたしかに覆面の男に届いた。

 

 だが吹き飛ばないし、倒れない。


 そして私の足も離れない。私の蹴りは覆面の男に布団越しに掴まれていた。


「力が強くても子供だな。狙いが読みやすいっ!」

「?!」


 覆面の男は私の足を掴んだまま腕を振り上げると、床へと振り下ろした。


「かはっ!」


 床板を突き破らないようにしているのか、床が抜ける事はなかったけど体を突き抜ける衝撃が頭と傷口に響いた。

 そんな私に覆面の男は足から手を離すと、傷口に向かって足を踏み下ろした。


 それも、一度だけでなく何度も何度も……


「ぁぅ……ぅ…」


 痛みで思考が纏まらないが、それでも覆面の男を見続ける。

 痛みや絶望なんて大蛇の中で何度も味わった。


(今更、こんな事で折れてたまるもんか!)


 覆面の男が右手に短剣を構える。


 お腹の傷を踏みつけた事により床に血溜まりがてきている。

 それを見て油断しているのだろうか、短剣を持つ手は未だにダラリと力が抜けている。

 それでも、部屋の物音を聞いて人がすぐに駆けつける筈だ。覆面の男もすぐに動くだろう。

 

(人が来たら、その人も殺されるかもしれない……なら今動くしかない!)


 私は痛みを堪えてガバリと体を起こして、覆面の男に向かって大きく腕を振るった。


 覆面の男は私の腕を防ごうと、短剣を持ったまま右腕を構える。


(【鎌切】!)


 私の腕は覆面の男の腕にスルリと吸い込まれ、綺麗に切り飛ばした。


「は?…………ぐああぁぁぁ!」


 覆面の男が一緒固まった後に叫び声を上げるが、それに構わず私は追撃を仕掛けようと動いた。


 しかし、それよりも速く覆面の男の蹴りが私に命中し、窓際にまで飛ばされる。


「ぐっ!」


 私が蹴り飛ばされて呻くと覆面の男が血を流しながらも素早く近づき、無事な左腕で首を締め上げてくる。


「かは……ぁ……」


 成人男性の掌は大きく、私の首を容易に絞めてくる。

 

 私も踠いてみるものの出血のせいか上手く力が入らない。


(もう一度【鎌切】……)


 今度は左腕を切ろうと腕を振るうが、危険を察知した覆面の男が私を窓へと放り投げた。

 

「あ……」


 ガシャンという音とともに私は外へと放り出された。


 当然ながら私は空を飛べない。

 

 

 客室から放り出された私は、為す術もなく地面に叩きつけられた。





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