第19話 恥じらい、なにそれ美味しいの?

「知らない天井だ……と、ここは言っておくべきなのかな……」


 目を覚ました私は覚醒しきっていない頭で、そんなことを考えていた。


「というか、ほんと、ここどこ?」


 もそりと体を起こして、私が眠っていたベッドを見る。

 ベッドは私が三人は乗っかっても余裕があるフカフカでモッフモフな柔らかベッドだ。こんな良い物に今生ではお目にかかった事がない。

 

 そもそも、なんで私はベッドで眠っていたのだろうか?

 なにやら服も着替えさせられてるし……


「あっ……」


 そうだ。私は魔薬製作所を襲撃して、白衣の男を床に叩きつけたんだ。そして、足音が聞こえたからレギオラさん達にあとの事は任せようと思ったら、声が聞こえたんだ。

 

 たしか――――



『ドラゴンパピーの成長を確認しました。

 魔石の進化が始まります。

 領域が圧迫され負荷がかかります。

 負荷に備えてください』


「え? 進化? 負荷ってなに?」


 相変わらずの一方通行に戸惑っていた私だったが、すぐに全ての思考が吹き飛んだ。


「――――っづ! ぁぁああああああああああ!!」


 身体の中から得体の知れない力が暴れ出して、全身が弾けるのではないのか、と思うような激痛に襲われた。

 その場で倒れ込み、痛みに耐えようとしたが目の前が真っ赤に染まり、そこからは何も覚えていない。

 


「意識が途切れるまでは声が何か言ってた気もするんだけどな……。なら確認するしかないか」


 私は痛かった記憶を頭の片隅に追いやり、スキルを確認することにした。


名前:シラハ

領域:〈ソードドラゴン+パラライズサーペント〉

   〈フォレストドッグ+フォレストホーク〉

    サハギン フォレストマンティス

    レッドプラント(0)

スキル:【体力自動回復(中)】【牙撃】【爪撃】

    【竜気】【竜鱗(剣)】【竜咆哮】

    【麻痺付与】【毒食】【解毒液】

    【熱源感知】【獣の嗅覚】【夜目】

    【潜水】【鎌切】【吸血】



「なにこれ……ドラゴンパピーがソードドラゴンに変わってる。進化って、そういうこと? なんかスキルも増えてるし……」


 ソードドラゴンが何かは分からないので、そちらは誰か分かる人か書庫で調べよう。

 とにかくスキルの確認をせねば。


【体力自動回復(中)】体力が回復する。


【竜鱗(剣)】竜鱗を纏う。


【竜咆哮】咆哮する。


「雑ぅ! いつもより手抜きだよ! 効果が全く分からないじゃん!」


 あまりの簡潔さに私は頭を抱える。こんな悩みを抱えているのは、きっと私くらいしかいないだろう。


「どうしよう……ここでスキルを使うのは不味いかな。【竜咆哮】は五月蝿そうだからダメだけど、【竜鱗(剣)】なら大丈夫かな? でも、ここが何処だか分からないし……」


 うんうんと唸っていた私だったが、好奇心に負けてしまった。私はベッドから降りてスキルを使ってみることにした。


「【竜鱗(剣)】」


 私がスキルを使うと【竜気】を使った時のように全身に力が駆け巡っていく。

 そして、着ていた服が爆散した。


「へ?」


 一瞬、思考回路が完全に停止した。そして一拍置いて何が起きたのか少しずつ理解していく。


「きゃあああぁぁぁーー!」


 咄嗟に出てしまった悲鳴を聞きながら、我ながら女の子らしい悲鳴をあげられるものなんだな、と的外れな感想を抱いてしまった。ちょっとくらい現実逃避をしたって良いじゃない。

 だって私の皮膚が見えなくなるほどの、鋭利な刃物の様な鱗が全身にビッシリ生えてしまっているのだもの。正直ちょっと不気味……

 そして、その鱗に内側から串刺しにされて細切れにされた服の残骸が床に散らばっている。


「どどど、どうしよう。これ元に戻るのかな……こんな姿見られたら珍獣扱いどころか魔物認定されちゃうよっ」


 軽くパニックになっていると私の悲鳴を聞きつけたのか、何人もの足音が近付いてきた。


「ま、まずい! とりあえず布団に包まるしかないっ」


 私が慌てて毛布で身体を隠すのと、部屋の扉が開くのは同時だった。


 部屋に入って来たのはアルフリードさんだった。その後ろには兵士っぽい人やメイドさんまで来ている。皆が慌てた表情だった。


 なるほど、ここは領主様の屋敷なのかな。自分以外の人が慌てているのを見て冷静になってくる私。幸いな事に身体に生えていた鱗も消えていたので、焦る必要もなくなった。服がバラバラになっちゃったから裸だけどね。


「シラハ、大丈夫か!」

「あ、大丈夫です。お構いなく」

「いや、大丈夫って……さっき悲鳴が」


 だよね……さっきの悲鳴と今の私の態度では困惑するのも無理はないと思う。

 そうこうしている内に領主様とセバスチャンさんまで来てしまった。

 皆さんの視線が痛いです……


「シラハ、製作所襲撃の際に気を失っていたと聞いたが、身体に異常はないのか? あの時なにがあった」


 どうしたものかと困っていると領主様が、私が倒れた時の事を聞いてくる。

 ただ正直に話す訳にもいかないので、どうしようかな。


「あの時は……白衣の男に変な薬をかけられて、身体中が痛くなって気を失ってしまったみたいですね」

「あの服や身体を溶かすやつか? シラハは切り傷以外に外傷はなかったと聞いていたが?」

「別の薬かもしれないですね」


 ドキリとさせられつつも、なんとか誤魔化せたと思う。思いたい……


「それでシラハ様、ここでなにがあったのですか? そこに散乱している布切れといい只事ではないようでしたが」


 誤魔化せたと思ったけど、そっちもあった……さすがセバスチャンさん。その目敏さが今は恨めしい……


「あの……実は夢見が悪くて、気が付いたら悲鳴を上げてました……。私も自分の声に驚いてしまいました。あはは……」

「なるほど……では、そちらの布切れは?」

「よく覚えてないんですけど、着ていた服を破ってしまったみたいで……スミマセン、貸していただいた服を駄目にしてしまって……」


 苦しい! 苦しい言い訳をしながら私の背中に冷や汗が伝う。視線が、さっきから皆の視線が痛いよぅ……


「という事はシラハ様は今、お召し物を着ていないのですか?」

「はい……」


 先程アルフリードさんと一緒に入ってきたメイドさんが私に確認をしてくるので、それに答えると、振り返ってパンパンと両手を叩いて皆の視線を集めた。


「まだ確認なさる事もあるかと存じますが、殿方は速やかに退室なさってくださいませ」

「わ、わかった。それでは身支度が整ったら連絡してくれ」

「かしこまりました」


 領主様達を異を唱えさせない雰囲気で追い出したメイドさん。強いね……

 そのメイドさんが領主様達が退室すると振り返り、困った表情で私を見下ろす。


「シラハ様。いくらブランケットで隠しているからとはいえ、もう少し恥じらいを持って下さいまし。すぐに仰ってくだされば殿方を、お部屋には入れませんでした」

「スミマセン……ここが何処かも分かってなくて私も混乱してて……」


 私が謝罪をするとメイドさんもハッとした顔をして頭を下げてきた。


「シラハ様が運ばれて来た事を考えれば状況の把握は難しかったですね……余計な差し出口、申し訳ありませんでした」

「謝らないでください! 私も育った環境のせいで、たしかに恥じらいとか薄いところがあるので指摘してくれるのは助かります」


 メイドさんは私の言葉を聞いて悲しそうな表情になる。コロコロ表情が変わる人だなぁ……


「今まで大変だったのですね……ですが、シラハ様がここに滞在なさってる間は、わたくしがシラハ様のお世話をさせて頂くので心配ありませんよ!」

「ありがとうございます。でも身体も問題ないですし領主様に報告したら帰りますよ」

「そうですか……」


 あからさまに残念そうな顔をされた! お客がいない方が仕事は楽なんじゃないの?!

 

「それと私には様付けしなくていいですよ。偉い人間でもないですし」

「それはなりません。シラハ様は領主様のお客様ですので、わたくしにとっては上位の方になりますので。」

「そういうものですか」

「はい。そういうものです」


 ニコリとそう言われてしまえば、強要することも出来ないので呼び方は諦めよう。そして、そのままメイドさんに服を着せられていく。他人に服を着させて貰うって、こそばゆいね……庶民派の私には落ち着かないよ。


 着替えが終わるとメイドさんが部屋の入り口を開けて、部屋の前に立っていた兵士に声をかけていた。

 たぶん領主様に連絡がいくんだろうね。

 ちなみに服は動きやすい平民が着ているような物だったので安心している。フリフリのドレスとか用意されてたら転ぶ未来しか想像できない。


「シラハ様、これから応接間へとご案内致します」

「ありがとうございます。えっと……」

「そういえば名乗っていませんでしたね。わたくしはヒラミーと申します」

「よろしくお願いします。ヒラミーさん」


 私はヒラミーさんに案内されて応接間へと到着すると、ヒラミーさんに促されて入室する。

 応接間に入ると領主様とアルフリードさんが座っていて、その後ろにセバスチャンさんが控えている。

 そして領主様の向かいに連絡を受けて来たのだろうか、レギオラさんが座っていた。レギオラさんは私と目が合うと「元気そうだな」と一言だけ告げた。

 やっぱり心配をかけてしまったみたいだね。私としてはどうしようもなかったけど、心苦しく感じる。


「お待たせしました」

「いや、構わない。さあ座ってくれ」


 私が座ると、さっそくと言わんばかりに領主様が話し始める。


「まずは魔薬製作所の襲撃ご苦労だった。あれから事後処理を進めているが、当事者からも確認せねばならない事があって気を揉んでいた」

「すみません……」

「ああ、すまない。責めているわけじゃない。三日も意識を取り戻さなかったんだ、かなり危険な事があったんだろう」

「えっ?」


 三日? 私そんなに眠ってたの? そりゃ皆が心配もする訳だよ。悲鳴が聞こえて駆け付けたら意識失ってて、そこから目を覚さないんだもの。


「どうした?」

「あ、いえ。そんなに眠ってたんですね私」

「ああ、そこも説明してなかったな。こちらも気が急いていたな。シラハが意識を失っている間に、いくらかの調査は進んでいる。一番問題だったのは錬金ギルドのマスターが加担していたことか……」

「そんな大物も関わってたんですね……」


 錬金ギルドには爪弾きにされた者同士、って勝手に親近感を覚えてたのに裏切られた気分だよ。

 私が神妙な顔で頷いていると皆が呆れた顔をした。


「他人事みたいに言ってるけどシラハが捕まえたんだからな」

「え? そうなんですか?」

「君が倒した犯人の中に白衣を纏っていたのがいただろ?」

「いましたね。人間のクズみたいなのが」

「クズって……まあ、魔薬を作ってた時点でクズか」

「それで、シラハが追った犯人はあそこに倒れていた者だけか? 他にはいなかったか?」

「隠し通路の入り口に一人、私の側に四人ですね。私が把握しているのはその五人だけです」

「そうか、良かった……」


 領主様の反応を見るに、他に逃げた犯人がいるんじゃないのかと、気になっていたようだった。

 私の倒れていた通路の奥は街の外に繋がっていたらしく、逃げ出されていたら追うことは不可能だったはずだ。


 そして私が意識を取り戻したので、他に犯人はいなかったと確認がとれて一安心、ということらしい。

 しかし他にも問題は山積みになっているとか。私には関係ないけどね。


「せめて魔薬の原料が分かれば、それらを押さえてさらに動き難くさせられるのにな」

「犯人には聞けなかったんですか?」

「奴らは契約の魔道具を使ってるからな。錬金ギルドのマスター、ハズダオル本人も魔道具を使っている為に聞き取りができないんだ」

「契約の魔道具?」


 知らない魔道具が出てきて首を傾げるとアルフリードさんが説明してくれた。


「契約の魔道具は持ち主が魔道具に何かしらの契約内容を込めて、それを縛る相手に飲み込ませるんだ。すると魔道具は体の中で効力を発揮する。契約を破れば最悪の場合死に至る。今回の場合は魔薬の製法に関する情報を口外してはならない、契約違反は死ぬ。という内容のようだ」


 なにそれ怖い! 契約じゃなくて隷属みたいなもんじゃん。ソレ

 なるほど、魔薬関係者が全員それに縛られているんじゃ調査も進まないわけだよ。

 それなら、もう少し協力してあげようかな。


「あ、でも私、魔薬の材料少しなら分かりますよ」

「ハァ?!」


 三人が驚きの声を上げる。

 あ、セバスチャンさんも目を見開いてる。

 声は出さなかったけど。くっ、やるね……



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