第18話 アルフリードの心配
◆アルフリード視点
僕はアルフリード。
オーベル子爵家の次男で騎士をやっている。騎士は国を守る誇り高い存在だ。
そんな僕だが、今は王都から馬車で三日ほどかかるアルクーレという街に魔薬調査の為に滞在している。
本来なら騎士である僕が王都から離れることはない。領内の問題は領主が自分で解決して当然だからだ。
今回は王都の魔薬調査が行き詰まっている現状を変えるため、新たな知見を得るために、こうしていくつかの街に騎士が派遣されることになった。
調査を進めるためというのは分かるのだが、実際に派遣されたのは騎士になって日が浅い者が多い。先輩騎士達は王都から動く事を嫌い、それらの役目を僕達のような新人騎士に押し付けたという事実に不満が残る。
そんな事で王都を守るとかよく言えたものだ。
だがアルクーレに来て更に不満が出てきた。
それは滞在して二週間程が経った頃に領主のルーク伯爵が、冒険者にも協力してもらおうと言い出したことだ。
調査に進展がないから手を打つのは分かるが冒険者はないだろう。冒険者なんて金さえ貰えれば何でもやる、誇りを持ち合わせていない奴らだ。
教育も礼儀もなっていないような連中だ。そんな奴らと一緒に調査なんてできる筈もない。そう思っていた。
なのに――
「お言葉を返すようですが騎士様。
先程、騎士様は礼儀と仰いましたが領主様が自己紹介をするように促したのは気付いていらっしゃいましたよね? にも拘らずそれを遮り領主様が一任した人選に不満を零すなんて…………あぁ、なるほど。騎士様の仰る礼儀とは名乗りもせずに相手に不満を吐露することを指すのですね。私知りませんでしたわ」
「なっ」
僕が子供にしか見えない冒険者が来たことに文句を言ったら、逆に僕の方が礼儀知らずにされてしまった。
カッとなった僕が言い返せば、彼女に死ねと同義だと言われて何も言えなくなった。
少し考えれば彼女のような年齢で村を出たのなら、何かしらの事情があるのは分かる事だった。にも拘らず僕は彼女に心ない事を言ってしまい自己嫌悪する。
(平民や冒険者だって、事情があるんだよな……)
王都で事件が起きても基本的には貴族が関わっていなければ騎士は動かない。
そして、どんな事情があっても貴族が害されれば平民は問答無用で処罰される。死刑か奴隷落ちか……少なくとも元の生活には戻れまい。
そんな環境に囲まれて育った僕には、平民の事情なんて考える機会なんてなかったな……
平民である冒険者に協力してもらおうと言い出したルーク伯爵といい、貴族である僕に平気で言い返したりする彼女はきっと特殊なのだろう。
だけど、もしかするとそれこそが僕に、そして王都の騎士達に足りないものなのかも知れない。
気分を害する事を言ったにも拘らず、彼女は僕と共に調査をしてくれるようだった。彼女は見た目以上に大人なのかもしれない。
しかし、彼女が調査に加わっても特に進展はなかった。
このままでは派遣された騎士の中で僕だけが、成果を出せなかったなんてことにもなりかねない。そう思うと焦りが出てくる。
そんな中、彼女からの進言で中毒者や売人に会うことになった。それで調査が進むのなら喜んでルーク伯爵に頼むとも。
中毒者に会った時には彼女がアニラという女性に抱きついていた。いきなりの事で言葉が出なかったが、すぐに気を取り直して彼女の欲求を満たすための行為ではないのか確認した。
だが彼女は振り返ることもなく、それを否定した。本当なの? 抱きつかれたままのアニラは困ってるけど本当に趣味じゃないんだよね?
その後も何人かの女性には抱きついていたけど、本当に意味はあったんだよね? と疑いたくなる。男性の中毒者には抱きついていなかったもの。
疑いの眼差しを向けたまま屋敷を出ることになってしまったが、気を取り直して調査を行う。
そして、僕はふと気になっていたことを彼女に聞いてしまった。生贄にされたという話をだ。
彼女の事情に踏み込むべきではないとは分かっているが、僕は彼女に何かしてあげたいと思った。それは彼女に対する贖罪なのかは分からないが、そうしなければと思っていた。
だが……
「それは街中で話す事じゃないですし、話す義理もありません」
と、はっきりと拒絶されてしまった。
重くなったように感じる空気の中、喋りかけることも出来ずに時間が過ぎていく。
こういう時は剣を振って気分を変えたいが、それもできない。僕はまた彼女の機嫌を損ねてしまった、と憂鬱になっていると彼女に袖を引かれた。
どうやら売人を見つけたらしい。
どうやって見分けたかは分からないが、すぐに取り押さえなければと動こうとすると彼女に止められた。
彼女が言うには大本を捕まえる為には、ここで捕まえない方がいいと言う。
それは分かるのだが売人達は警戒心が強い。魔薬をやっていない人間が接触してきたら怪しまれてしまう。
奴らは尾行にもすぐに気がつくので、売人を取り押さえるくらいしかなかったのだ。
だが彼女が今回は任せて欲しいと言うのであれば、任せても良いのかもしれない。売人を見つけたのも彼女なのだから。
だけど彼女に任せたのは失敗だったとすぐに思い知らされた。彼女は売人を信用させる為なのか、僕と売人の目の前で魔薬を飲み干したのだ。
(何をやってるんだ、君は!)
叫びたかったが、それでは彼女の作戦が無駄になる。だから今すぐにでも魔薬を吐き出させたかったが我慢した。
そして彼女は売人に製作所まで案内させることに成功した。途中の彼女は動きも言動も中毒者なんじゃないかと思うほどだったし、更に追加で差し出された魔薬まで飲んだのだから倒れるんじゃないかと思った。
それにあんな大金どうやって用意したんだ?
その後は売人から渡された魔薬を抱えながら、彼女を宿まで連れて行った。だが宿に連れて行った彼女はあれだけ魔薬を飲んだのにケロっとしていた。あれ?
彼女が言うには森の生活で毒に慣れているんだとか、そんな事があるのか? しかし彼女はさっきまでの様子が嘘のように元気だった。
僕は首を傾げつつも彼女とともに領主の屋敷に向かった。
そこから製作所の包囲、襲撃までは順調に事が進んだ。
だが、製作所の中に踏み込み何人かの犯人を捕まえたところで事態は急変した。
犯人が仕掛けを作動させたのだろうか、周囲一帯に紫色の煙が充満しだしたのだ。
そして何人かの兵士の動きがおかしくなった。
「どうした!」
「なんか……気分が高揚してきて……」
明らかに乱れた動きにレギオラが兵士に確認をすると、煙は魔薬のような物なのかも知れないと判断して、すぐに退避指示を出したのだった。
幸い暴れたりする者はいなかったので、退避はすぐに完了した。だが製作所を押さえることは出来たが、あの煙に乗じて何人かは逃げてしまうだろう。
彼女が体を張って、この製作所を突き止めてくれたと言うのに、こんな結果では彼女になんと言えばいいのか……
そこでふと、彼女が見当たらない事に気が付いた。
「おい。シラハと言う冒険者はどうした?」
僕は近くにいた兵士に問いかけると、兵士は困った表情になった。もしかして今になって彼女の体調が悪くなったのだろうか。そんな心配をしていると兵士から信じられない言葉が返ってきた。
「そ、それが、騎士殿が出てくるのと入れ替わりで、建物の中へと入って行きました」
「何故止めなかった!」
思わず大声が出てしまった。
僕の声を聞いてレギオラがやってくるが、構っている暇はない。すぐに建物に向かって走り出す。
しかし、レギオラはそんな僕の腕を掴んで引き止める。
「なにをしているんだ! 彼女が、シラハがあの中にいるんだぞ!」
「それは聞きました。しかしアルフリード殿が入っても、あの煙では追いかける事もできないし、すぐに動けなくなるだけだ」
「しかし……」
何かを言わなければと思って口を開こうとするが、僕の腕を掴んだレギオラの手にさらに力が加わった。
(そうだ。彼女が心配なのは僕だけじゃない……)
少し冷静になった僕は煙が晴れるまで、捕まえた犯人達に煙の事や残りの人数などを聞いていた。
契約の魔道具の影響で細かな質問には答えられないが、犯人はあの煙については簡単に喋ってくれた。
あれもやはり魔薬の一種のようで、あのまま中に居続ければ中毒症状が出て身動きが出来なくなるらしい。
そして犯人達は解毒薬を定期的に飲んでいるので効果がないのだとか。そこまで襲撃にも備えているとは、こちらが甘かったとしか思えない。
今はただ待つ事しかできない状況に歯痒くなる。
暫く待って煙が晴れてきた。
僕とレギオラはもう一度口を布で覆って何人かを引き連れて建物に乗り込んだ。
建物の奥へと行くと破壊された壁を見つけた。そしてその奥に続く通路。きっと彼女はここを通ったに違いない。
破壊された壁の手前に犯人が一人倒れていたので、兵士に預けて僕達は通路へと進んだ。
あの犯人は彼女が倒したのだろうか?
僕達が通路を駆けながら、そんなことを考えていた時だった。
「――――っづ! ぁぁああああああああああ!!」
通路に女性の悲鳴が聞こえた。
「レギオラ今のは!」
「ああ、嬢ちゃんの声だ!」
僕達は全速力で通路を駆けた。とにかく彼女の下に駆けつけなければいけない、としか考えが浮かばなかった。
そして倒れている者達が見えた。
倒れているのは五人。
その内の三人は蹲り服の一部が溶けて、そこから見える皮膚が焼け爛れていた。でも彼女ではない。
そして白衣を着た男が仰向けになって白目を剥いていた。叩きつけられたのか床にヒビが入っている。一体なにがあったのだろうか。
そして、その奥に虚な目で倒れている彼女を見つけた。
彼女は蹲っていた男達のように服が溶けているが、そこから見える白い肌には焼け爛れた様子は見受けられない。
床に落ちている革鎧が溶けかけていると言うのに、彼女はどうやってそれを防いだのだろうか。
しかし今はそんな事よりも、とすぐに彼女に駆け寄り抱き抱えた。
彼女の白い肌にドキリとさせられるが、とにかく彼女の容体を見なければいけない。彼女は体に幾つかの切り傷をつけられていたが、命に関わるような怪我はしていないようだった。
だが、そうすると彼女の身になにが起きたのかが分からない。どこを見ているかも分からない彼女の瞳を閉じさせると、レギオラが倒れていた男から白衣を剥ぎ取り、それを彼女に掛けた。
「この先は俺が確認してくる。アルフリード殿は嬢ちゃんを頼む」
「ああ、分かった」
普段の僕なら平民に指示される事にも、レギオラの言葉遣いにも嫌悪感を抱いたかも知れないが、今は頼もしく感じていた。
そして僕はぐったりとした彼女を抱き抱えて、来た道を戻って行った。
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