第17話 ギルドマスターの憂鬱

◆レギオラ視点


「魔薬調査のための人員を派遣……と」


 今日、俺はアルクーレの領主であるルークに呼び出された。非常に面倒なこと極まりない。

 ただ呼び出されるだけなら構わない。それなら酒の一本や二本持っていって愚痴の一つでも聞いてやればいいのだから。

 だが今回は紋章付きの封蝋で閉じられた手紙が届いたのだ。これは領主として呼びつける場合にルークが使うので、そういう時は大抵が面倒事なのだ。

 そして、それは案の定だった。


「そうだ。今まで何人かの売人は捕まえたんだが、契約の魔道具で縛られていたらしく尋問中に死んでいる」

「ああ、成る程」


 手がかりが無くなったから、更なる情報を期待したいが相手もなかなか尻尾を掴ませない。

 だから、冒険者ギルドから人を出して欲しいと。

 

 というか売人達に契約の魔道具を使っているとか、それなりに力を持った組織なんじゃないのか? 

 契約といえば聞こえは良いが、あれは一方的に従わせるような物だったはずだ。


「それで派遣する者の条件だが、悪目立ちしていて腕が立って調査も出来そうな低ランク冒険者が望ましい」

「待て待て待て、なんだその条件は! いるわけないだろ、そんなヤツ」

「だよな」


 ルークのヤツが苦笑する。分かっているなら言うなよな。

 思わずタメ口になってしまったじゃないか。

 俺はチラリとルークの隣を見遣る。そこには王都から派遣されたと言う騎士、アルフリードという男が座っている。

 この男がどんな奴かは分からないが、俺がルークと立場を気にせずに話をしていたら顔を顰めるかもしれない。

 今後の事を考えると、それは不味いので立場は弁えないとな。


「まぁ全ての条件を満たしている者が望ましいけど、今言ったものに該当する者であれば売人に引っかかるかもしれないから、そしたらあとはアルフリード殿に任せるさ」

「お任せを」


 ルークが話を振るとアルフリードが頷いた。まぁ、それで良いならギルドに戻って見繕ってくるか。


 そして俺は領主の屋敷をあとにしてギルドに帰ってきた。

 

「あー……どうするか……」


 ルークの話では低ランクであることは外せないらしい。高ランクのヤツでも魔薬を使ってた事例はあるらしいが、やはり低ランクの方が精神的に弱ってるヤツが多いらしい。

 最近のヤツは軟弱だな、って言うと年寄り扱いされるから言わないがな。


「ギルマス、どうかなさったんですか?」

「んあ? ああエレナか」

「私もいますよギルマス」

「おお。すまんアゼリア」


 俺が書類も放置して唸っているとエレナとアゼリアが書類を追加で持ってくる。二人が入って来たのにも気が付かないくらい悩んでいたらしい。

書類も山が増えてる気がするし、今日は帰れないかもしれねぇ……

 とりあえず一人で悩んでいるのも非効率だと考え、依頼内容は伝えずに条件だけ話してみる事にした。

 すると二人は顔を見合わせてから笑う。なんだ?


「ピッタリな子がいるわよ」

「ですね」

「本当か!」


 そんな条件に当て嵌まるヤツがいるとは思わなかった。たしかに冒険者全員を知っている訳ではないが。


 しかし話を聞いてみればFランクだと言う。さすがにそれでは腕の方は微妙だろうと思う。

 そんな事を言ったらエレナとアゼリアに怒られた。俺ギルマスなんだけど……


「ほら見てくださいよ! シラハちゃんが持ち込んだ時だけ素材の量が跳ね上がるんですよっ」

「魔物の剥ぎ取りも薬草の採取もしっかりしてるし、街中で襲われても返り討ちに出来るのだから申し分ないと思うのだけれど」


 たしかに聞いた限りでは見事に条件に当て嵌まる。だが提示された条件にはないが、あのアルフリードという男と組ませるのだから、ある程度の礼節を弁えてないといけない。

 

 これは一度会って確かめるしかないな。そこで俺はシラハという冒険者に会うにあたって一芝居する事にした。


「ええ?! シラハちゃんを騙すんですか!」

「ギルマスそれは可哀想では……」


 当然のように二人には難色を示されたが、それを押し通した。それくらいで騒ぎ出すようでは貴族の相手などさせられない。

 これは、その冒険者を守るためでもあるのだ。



 そして実際に会って、話してみた印象としては貴族と合わせても問題がないように感じられた。

 村出身と聞いていたわりに随分と行儀がいいのが気にはなったが、そのまま街の外まで連れて行った。


 だが、外に出てから問題が出てきた。

 今回はEランクに昇格させられるかの確認も含めていたので、俺としては森の中に連れて行きたかったが嬢ちゃんがそれを拒否した。


「私はまだFランクなので行けませんよ」

「俺がいるし黙っていればわかりゃしねーよ。みんなやってる事だぜ?」


 言い分は嬢ちゃんが正しいので、なんと説明したものかと頭を悩ませる。昇格の件は伏せておきたいので言い訳が見つからない。一応唆してみるがなんとも苦しい。


「やっぱり駄目です。でも森の近くなら良いです」


 駄目かと思ったところで嬢ちゃんが妥協案を出してくれた。なかなか柔軟に考えられるようで俺としては好ましい。


 暫く歩いて森の近くまでやってくる。

 そこで嬢ちゃんの魔物退治の仕方について聞いてみた。


「嬢ちゃんはやたらと魔物を討伐してくるって聞いたが、どうやって探してるんだ?」

「さぁ、運が良いんだと思いますよ」


 運だけで大量の魔物を狩れるわけがない。

 何かを隠しているのは間違いないが、後ろめたさがあるようにも感じられない。まぁ、犯罪紛いの事をしてなければ口を出す必要もないだろ。


 俺が念の為と思って持ってきた撒き餌を使えば魔物を集められるが、コレは魔物を間引くための物で個人での使用は基本的に禁じられている。危険だからな。


 俺はギルドマスターという立場を使って持ってきたが、一冒険者である嬢ちゃんでは所持できない。

 それに草原のような広い場所では効果も薄い。なので嬢ちゃんの魔物退治には興味があったのだが仕方がない。


 俺はポケットから撒き餌を取り出すと、それを指で砕いた。これは魔物が好む匂いがするらしく、それを拡散させる事で魔物を引き寄せるのだ。

 錬金ギルドで購入してきたが、もちろん経費だ。


 しかし、そこで予想していなかった反応があった。

 俺が撒き餌を砕くと嬢ちゃんが素早くこちらに振り返ったのだ。


(なんだ今の? 俺が撒き餌を使ったのがバレたのか?)


 内心焦りながら表情を作る。不自然じゃないよな?


「どうしたんだ嬢ちゃん」

「いえ。今、なにか……」


 嬢ちゃんは得心がいかないような顔をして言い淀んだが、すぐに表情を切り替えて森を睨み出した。

 嬢ちゃんには何が起きるか分かっているのだろうか? そんな反応を見て、俺は何も気付いていないかのように振る舞う。


「どうしたんだ? 嬢ちゃん」

「獣臭いです」

「獣臭い?」


 俺の言葉に斜め上の返答が返ってくる。魔物に囲まれれば獣臭いも分かるが今の状況で何が臭うと言うのだろうか。


「森から魔物が来ます。構えてください」

「たしかに森がざわついてやがるな。よく分かったな嬢ちゃん」

「森に囲まれて育ったので……」

「なるほどな」


 嬢ちゃんはすぐに魔物の気配に気が付いたようだった。来ることが分かっている俺ならともかく、何も知らない嬢ちゃんがこれだけ早く気が付けるのには驚きだった。


 その後は、いつでも嬢ちゃんを助けられるように気を配りつつ魔物を倒していった。

 戦いの中でフォレストマンティスが嬢ちゃんに向かった時は少し焦ったが、嬢ちゃんはそれを倒してみせた。


(少し危ういところもあったが、あれならEランクでも全く問題ないな)


 俺が嬢ちゃんに対しての評価を纏め終えて、魔物を倒したことを褒めてやると嬉しそうにするどころか睨まれた。なんでだ?


 と思っていたら助けに来なかったことに不満を感じていたらしい。甘ちゃんかとも思ったが森に連れて行くと言った以上は俺が悪いな……


 とりあえず茶化してみたりしたが嬢ちゃんからの疑いの眼差しが和らがない。

 そして止めの台詞が嬢ちゃんから齎された。


「魔物が森から出てくる前に何をしたんですか?」


 一瞬、呼吸を忘れてしまった。


 あの時なにかに気が付いた様子ではあったが、そこまでの確信はないと思っていた。

 だが嬢ちゃんは気が付いていた。これは言い逃れができないと悟り、俺は降参の意を示した。

 

 そして魔薬の件を除いて、俺は謝罪も含めて今回の事を説明していく。

 途中で嬢ちゃんには辛辣な事を言われたが、非はこちらにあるので仕方ない。激昂しないだけで評価に値する。これなら貴族と組ませても大丈夫そうだな。

 

 貴族にこんな言い方さすがにしないよな……?



 そして嬢ちゃんと一緒にギルドへと戻り、魔薬の依頼の説明も行った。途中、領主の依頼だと告げたら有無も言わさず部屋を出ようとした時には焦ったが、条件付きでどうにか引き受けて貰えた。マジよかったよ……

 

 あの嬢ちゃんは貴族も毛嫌いしてる様だったし、領主の依頼と言ったら部屋から出ようとした事と言い、ルークのヤツの隠し子とかじゃないよな?

 嬢ちゃんの反応は恐れ多いとかじゃなくて、とにかく関わりたくないって感じだったし。

 あれ? 嬢ちゃんとルークを会わせても大丈夫だよな?



 そして、嬢ちゃんを連れて俺は領主の屋敷へと行くことになった。

 騎士とはいえ他の貴族がいる所に行くのは面倒だが、これも仕事だ。我慢我慢……



 俺は嬢ちゃんと一緒にルークとアルフリードに対面した。

……のだが、自己紹介の時にアルフリードが嬢ちゃんについて苦言を呈したのだ。


 そして、その発言に嬢ちゃんの笑顔が凍りついた。


(嬢ちゃん抑えてくれよ……)


 俺は嬢ちゃんに祈った。

 すると俺の祈りが届いたのか、嬢ちゃんがふわっと微笑んだ。


(よく堪えてくれた)


 嫌な事を言われたのだ、帰ったらなにか奢ってやるくらいはしてあげてもいいかもしれない。

 そう思っていた。


「お言葉を返すようですが騎士様」


 嬢ちゃんが口を開いた。

 そこからは溜めていたものを吐き出すかのように、嬢ちゃんはアルフリードを容赦なく口撃叩きのめした。


(おいぃぃ……! 嬢ちゃん気持ちは分かるがやめてくれぇ!)


 心の中で叫んでみるものの通じる筈もなかった。

 そこへアルフリードもムキになって、村に戻るべきだと主張すると嬢ちゃんは更に爆弾発言をしてくる。


「なるほど。つまり騎士様は生贄という古臭い風習が残る村に帰り生贄にされて殺されてこい……と、そう仰るのですね」


 と、爽やかな笑顔で言うのだから女という生き物は恐ろしい……


 今のは完全にアルフリードの自業自得ではあるが、あのヘコませようには少し同情する。


 しかし、アルフリードが謝罪をすれば、嬢ちゃんもすんなり引き下がるので、それ以上揉めることもなかった。

 


「コホン……。レギオラ、面白い冒険者だな」


 コホンじゃねぇよ! お前、絶対楽しんでただろ! と言ってやりたいが嬢ちゃんとアルフリードがいる前では、そんなことも言えない。ちくしょう!


 その後は無事に話を終えて、嬢ちゃんとアルフリードは調査に向かっていった。


 俺はそのまま屋敷に残り、少しルークと話すことになった。


「いやぁレギオラ。さっきも言ったけど、面白い冒険者だね」

「いやいや、笑い事じゃねえから! あのアルフリードってのがキレてたらどうするんだよ!」

 

 ケラケラ笑うルークに俺は叫ぶ。まあコイツがそれくらいでは動じないのは分かっているが、とにかく言っておきたかった。


「そうなったら流石に止めたさ。でも彼女は本当に村の出なのか? さっきの設定といい慣れている感じだったけど」

「たぶんな。嬢ちゃんが言っていた生贄の件が本当なら村出身なんだろうが、村の名前も分からないらしいからな」

「そんな村がまだ存在してるのに驚きだな。まあ、余所者には隠しているって可能性もあるだろうけど」

「嬢ちゃんが街に来たばかりの時は、字の読み書きも出来なかったって話だし信憑性は高そうだけどな」


 俺がエレナやアゼリアに聞いた話では、最初の頃は依頼を受けずに勉強ばかりしていたと聞いたし、さっきの話も嘘には聞こえなかった。

 

「まあ、あの感じからすると触れて欲しくはなさそうだったし、生贄の話はしない方がいいだろうね」

「ああ、止めた方がいいぞ。あの嬢ちゃんは結構物言いがキツいからな」

「なにかやったのかい? レギオラ」


 ルークのヤツがニヤニヤしながら聞いてくる。

 今すぐ帰って仕事を片付けたいところだが、領主という肩書きのために自由に動けないコイツには娯楽が少ない。


 俺が溜息を吐くとルークの執事であるセバスチャンさんが、グラスを用意しブランデーを注いでいく。

 

 昔からセバスチャンさんには世話になっているし、この人が止めないのならルークの息抜きに付き合えということなのだろう。


 仕方がないので酒の肴に、先日の嬢ちゃんを連れて魔物退治をした話しでもしてやるとしようか。

 俺達は日が傾くまで語りあった。


 



 ギルドに帰ると、書類が山になっていた。


「今日も残業か……」


 


 俺の呟きが部屋に虚しく響いた。


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