第7話 初めての依頼

 私がアルクーレの街に滞在して一週間が経った。

 宿は冒険者ギルドの受付嬢エレナさんから教えて貰った日向亭に連泊している。この一週間はギルドの書庫に通い、私を孫のように可愛がってくれるおばあちゃん、ミューゼルおばあちゃんのお世話になっていたのだが、さすがにお金が心許なくなってきた。なのでなにか依頼を受けようと依頼が貼り出されている依頼ボードの前に私は立っていた。


「むーん」


 私の冒険者ランクはGランクだ。Gランクだと殆どが採集依頼で小遣い稼ぎにしかならない。なので今から頑張っても宿代を稼ぐのは厳しそうだった。


「あ、そうだ」


 金策をどうしようか考えていた私だったが、背負い袋に入れていた物を思い出して宿へと戻り、背負い袋を持って再び冒険者ギルドへやって来る。


「シラハちゃん、どうしたんです?」

「エレナさん、これの換金をお願いします」


 受付にいたエレナさんに背負い袋から取り出した魔石を渡していく。どれもこれも小石くらいの大きさだが、数はそこそこあるので宿代の足しにはなるはずだ。


「シ、シラハちゃん? ……これどうしたんですか?」

「私が住んでいた村の近くの森にいた魔物の魔石です」

「シラハちゃんが持ち出して良いものなの?」

「え? 私が狩ったものだから問題ないですよね?」

「そ、そうですか……。シラハちゃんが倒したのなら構わないです」


 私が狩った事を疑われているのだろうか? エレナさんは動揺しながらも査定をしていく。没収とかされないよね? それと魔石を出してから周囲の視線を感じる気がする。私って自意識過剰なのかな。


「えっと換金額160万3400コールになるけど、シラハちゃん大丈夫ですか?」

「えっと、冒険者ギルドってお金を預かってくれたりします?」


 エレナさんは心配そうな表情で私に確認をとってきたので、いくらか預金する事にした。たぶんだけど、お金を横取りしようとする冒険者も中にはいるのだろう。


 私は150万コールを預けて、残りの10万3400コールを受け取った。エレナさんは未だに心配そうにしているが、宿代を先払いすれば手持ちももう少し減るので、きっと大丈夫なはずだ。朝夕の食事込みで一泊4000コールなので二十泊分払ってしまうつもりだ。


 ちなみに硬貨は銅貨、銀貨、小金貨、金貨となっていて、

 銅貨一枚 100コール

 銀貨一枚 1000コール

 小金貨一枚 1万コール

 金貨一枚 10万コール、となっている。


 その上に大金貨や白金貨っていうのもあるみたいだけど、一般的に使われる事はないみたい。

 

 私は金策も終わり軽い足取りで日向亭へと向かう。その道すがら、エレナさんの心配は間違っていなかったと理解する。先程、冒険者ギルドから何人か人が出て行ったのは知っていたが、その人数より多い気がする。


 路地からガラの悪い男達が出てくる。前に四人、後ろに三人いる。周囲の人は厄介事だと理解したのか目を合わせないようにして足早に去っていく。もちろん何人かの野次馬も残っているが。


 とりあえず私は無関係な顔をして横を通り抜けようとするが、ニヤニヤした顔の男が道をふさぐ。


「なにかご用ですか?」


 分かりきってはいるが私は溜息を吐きながら男に用件を聞いてみる。


「ここじゃなんだから向こうに行こうか、お嬢ちゃん」


 ニヤついた男は路地裏を指差すが問題外だ。ついて行くわけがない。


「男性七人に路地裏へ行こうと言われてついて行く人がいると思うんですか?」

「つべこべ言わずに来るんだよ!」


 ニヤついた顔の男は短気らしく、私が拒否すると怒りながら私の腕を掴むと路地裏へと引き摺り込もうとするが、そこで私はスキル【竜気】を発動する。 私は男の腕を掴み自分の方へと引っ張る。 思わぬ力で引き寄せられた男が前屈みになる。

 そこへ私は男の顔面へと拳を打ち込んだ。


「ぼがぁ!」


 ニタついた顔の男は情けない声を上げて吹き飛んでいく。そこまで力は込めていなかったが、顔から血を流しているのを見て加減して良かったと思った。全力で殴ってたら殺してたかもしれない。

 

 他の男達は一瞬呆けていたが、すぐに気を取り直すと全員で襲ってくる。森の中で戦ったフォレストドッグと比べると動きが遅い気がする。 男達の攻撃を避けながら懐に飛び込んでは顔面を殴りつけ、顔への攻撃を防ごうとした者には股間に蹴りをお見舞いしてあげた。痛そう。

 気付けば男達は顔か股を押さえて倒れていた。


 するとそこへ門番さんと同じ格好をした人達がやってくるが、私へと向けて武器を構えられる。どうやら私が悪者と勘違いしているらしい。野次馬の人達も説明くらいしてもいいと思う。あ、顔逸らされた。


「えっと。どういうつもりか聞いて良いですか? 私、被害者なんですけど」

「通りで暴れている者がいると連絡を受けた。被害者だと? この状況で被害者面をするとはな」

「なら周りの人の話を聞けばいいのでは?」

「成る程、周囲も買収済みか。下種が」


 この人は衛兵なのかな? 人の話を全く聞いてくれないけど、どうしようか。相手が衛兵なら殴るわけにもいかないなぁ……と悩んでいると相手が動きだした。


「素手で大人を倒せるなら両腕を使えなくするぞ、見かけに騙されるなよ! 囲め!」


 衛兵の一人が他の仲間に指示を出していく。さすがに私も腹が立ってきた。


「普通は投降を促すものなんじゃないんです?」

「そうやって隙を作るつもりか、小癪な」

「あ゛?」

「ひっ?!」


 聞く耳を持たないうえに、いちいち馬鹿にしてくるので思わず低い声が出てしまった。そして囲んでいる衛兵達が短い悲鳴と共に尻餅をついてしまった。私のような女の子に凄まれたくらいで、そんなに怯えなくてもいいと思う。この街の衛兵は大丈夫なのだろうか?


 衛兵の怯え具合に若干傷付いていると、更に衛兵がやってくる。また増援か、と辟易してしまうが、やって来たのは私が街に来た時に門番をしていたナッシュさんだった。


 ナッシュさんは現場に到着すると倒れている男達を見た後に、先程まで私に突っかかってきていた衛兵を見て溜息を吐く。


「はぁ……ターロ、お前まだガラの悪い連中とつるんでいたのか」

「ナ、ナッシュさん、違うんですこれは……」


 ターロと呼ばれた衛兵はナッシュになにやら言い訳をしているが、目が泳いでいるのが丸わかりである。あの反応からするに私に絡んできた男達の仲間なのだろう。あとはナッシュさんに任せよう。


「それじゃあ、ナッシュさん。あとお願いします」

「待て待て待て! 嬢ちゃんからも話を聞きたいんで詰所まで来てもらうぞ」

「え〜。せめてお金置いてきたいんですけど」


 一言断ってから日向亭へ行き、二十日分の宿泊費を支払うとナッシュさんに連れられて私は詰所へと向かった。


「事情は分かった。周りにいた者の証言とも一致してるから嬢ちゃんはこれで帰っていいぞ」

「分かりました。それでは失礼しますね」


 私は詰所を出ると冒険者ギルドへ向かい、今度こそ依頼を受ける事にする。依頼ボードを眺めながら採取系依頼を確認していく。といっても街の周辺で採れる薬草の類ばかりで、この辺の依頼は常設依頼で現物を持ってくれば問題ないのだ。Gランクの依頼は駆け出し冒険者が魔物を警戒しながら、薬草採取をして慣れさせるのが目的なのだとか。

 

 常設依頼にある薬草を確認し終わり私はギルドから出ようとするが、エレナさんに呼び止められてしまった。手招きする彼女に近付くと、魔石の換金をした時のような不安そうな顔をしている。


「シラハちゃんはこれから街の外に行くんですか?」

「そうですよ」


 私が答えると彼女は更に困った表情になる。はて、私はなにか可笑しな事でもしたのだろうか?


「シラハちゃん、せめて防具だけでも整えてきたらどうです? そのままはさすがに危険だと思うんですけど……」

「防具……」


 ごもっともである。しかし私は今までこの格好で魔物と戦っていたのだ、今更防具とか着けるのは煩わしい。でも折角エレナさんが忠告してくれたので、一応頷いておくことにする。それを見てエレナさんも安心して私を見送ってくれた。


 そして私は今、街の外に来ている。頷きはしたものの防具は買っていない、買うとも言ってはいない。そのうち買うつもりだけど、とりあえず今日は採取をしてみたいのである。


 門番の人にも心配されはしたが、そのまま出てきた。今日はチンピラにも絡まれているので時間があまりない。街の周辺は見晴らしのいい草原になっているので、そうそう魔物に不意打ちされることもない。


 薬草採取はそれなりに手間取るかとも思ったのだが、見つけてしまえば、その匂いを覚えれば簡単に見つけられた。サクサク見つけられるので楽しくなってきた私は、日が傾くまで薬草採取に勤しんでしまった。


 集めた薬草を束にして纏めポーチへと仕舞い込み、私が背中を伸ばすとパキポキと小気味いい音がする。伸びをし終えると私は帰路についた。


 冒険者ギルドに到着すると、依頼を終えて帰ってきた冒険者で混み合っていた。私もその中へと混ざり、列を作っている受付へと並び順番を待つ。


 しばらく待って漸く私の番になったので、受付嬢さんに冒険者カードと薬草を提出する。対応してくれているのはエレナさんではないので、少し緊張している。人と接していない時間が長かったので初対面の人と話すときは、ドキドキしてしまう。街に着いたときは、お腹が減っていたのでそんな事を考える余裕もなかったけどね。


 私が緊張しているのを察したのか受付嬢さんが、私の方をチラリと見るとニコリと笑いかけてくれる。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。名前は……シラハちゃんね、薬草も丁寧に摘まれているし、一日でこんなに集められるのだもの、これからも頑張ってね」

「はい! ありがとうございます!」

「あら、可愛い」


 自分の仕事を褒められて嬉しくなった私がお礼を言うと、受付嬢さんは微笑ましいものを見るようにクスクスと笑う。ちょっと恥ずかしい。



 こうして私の初めての依頼は無事に終わったのだった。


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