第8話 衛兵と受付嬢の苦労

◆ナッシュ視点


 俺はナッシュ、この街アルクーレの衛兵だ。

 昨夜は夜番で門の見張りへと着いていた。日が昇り始める頃に交代になり、同期のガイズと軽く飲んでから別れた。


 外はいい天気で日差しが目に眩しい。こんな日は布団に包まりながら惰眠を貪るに限る。ベッドでゴロゴロしてるとオフクロにどやされるが、折角の非番なのだから好きに過ごさせてほしい。


 俺は布団に包まりながら、昨夜の見張り中にやってきた嬢ちゃんの事を思い出す。暗がりから走って現れた時は焦ったが、シラハと名乗った嬢ちゃんをガイズと二人で保護した。


 普通は日が落ちたら夜営をするものだ。辺りが見えない中で魔物に注意しながら、方角を見失わずに移動するのが難しいからだ。だが嬢ちゃんは一人で移動していた為、夜営も難しい。だからこそ夜道を強行してきたのだろうが危ないにも程がある。


 嬢ちゃんは腹が減っていたのか、ガイズが出した自分の夜食を涙を流しながら食べていた。あいつは歳の離れた妹がいるから放ってはおけなかったのだろうが、先に夜食を食べた俺は悪い事をしてしまった気分だった。


 日が昇り交代の時間になると、俺達は嬢ちゃんからの聞き取りを行うことになったのだが頭を抱えたくなった。聞けば田舎から出てきたと言うが、その村の名前は知らないというし、アルクーレに来た理由も歩いていたら辿り着いただけで街の名前も知らなかったとか。今時そんな無計画で物知らずな人がいるのだろうか?


 街道はアルクーレの領主様が領兵を使って定期的に駆除したり、冒険者が退治をしているので比較的安全とはいえ、完全ではないのだ。それなのに年端もいかない女の子が一人旅とか訳ありとしか思えない。


 年齢もサバを読んでいるとしか思えなかったが、冒険者カードを発行してみたら、本人の申告どおり12歳だったのには驚いた。嬢ちゃんは心外だと言わんばかりの表情だったが、あんなに小柄では俺達じゃなくても間違えるはずだ。


 日向亭の娘がたしか10歳だったはずだが、その娘と同じくらいの大きさだし、やっぱり小さいだろう。


 冒険者カードは発行すれば魔道具に自動的に登録され、もし他所の街に行っても情報の伝達がされるとかで、犯罪歴があるのならすぐに判明するのだが、嬢ちゃんは特に問題もなかった。


「お二人とも昨夜から色々とありがとうございました」

「おぅ、いいってことよ」

「頑張ってな」


 仕事も終わり冒険者ギルドを出ようとしたところで、嬢ちゃんが俺達二人に礼を告げる。ここまで連れてこられた奴は大抵が煩わしそうにするものだが、嬢ちゃんは本心でそう思っているようだった。少し面食らった俺達だったが嬢ちゃんに気を遣わせないように、何でもない事のようにその場をあとにした。


 夜食を食べ損なったガイズが飯を食べたいと言いだしたので、少し罪悪感があった俺は食事を奢ってやることにして、俺も軽く飲んでその日は終わったのだった。



「ナッシュさん、少しいいですか?」

「どうした?」


 それから数日して、衛兵の詰所で装備の点検をしていた俺のところに後輩のニウムがやってくる。ニウムは困った様子で周りを伺いながら俺に耳打ちする。

 

「実はターロの奴が何人か連れて、見回りに行っちまったんですよ。その前にターロとつるんでる冒険者が来てたみたいで、変なことしてるんじゃないかな、と気になって……」

「あいつは……」


 俺はこめかみを押さえる、ターロは問題ばかり起こす後輩で、悪い噂のある冒険者とよく一緒にいるのが目撃されている。とは言っても誰かと一緒にいるだけでは問題としてあげるわけにはいかないし、事を起こしても何人かいるターロの同類の衛兵達とで結託して、誤魔化しているらしくなかなか尻尾を出さない。


 なので今は周囲で目を光らせておくしかできない。


 だが今回はニウムがターロに目を付けられるかもしれないのに、こうして声をかけて来てくれたのだ、無駄にはできまい。俺は詰所にいた何人かに声をかけニウムと共に詰所を出た。


 俺達が騒ぎを聞きつけ現場に到着すると俺は目を疑った。現場にはターロの他に三人の衛兵がいるのだが、何日か前に街に来た嬢ちゃんを囲みながら尻餅をついて座り込んでいたのだ。さらに七人ものガラの悪い男達が顔から血を流すか、股間を押さえて蹲っている。


(これを嬢ちゃん一人でやったのか!?)


 俺は驚愕しながらも冷静を装い、その場を収めると嬢ちゃんに同行を求めたのだが、


「え〜。せめてお金置いてきたいんですけど」


 と、なんとも緊張感のない発言が返ってくるのだった。だが恐らくはその金がこの騒動の原因なのではないかと考え、置いてくるのを許可して詰所に付いてきて貰うことにした。


 詰所にやって来た嬢ちゃんが言うには、ターロがあまりにも話が通じなかったので凄んだら怯えてしまったと言う。


「酷くないですか!? 私みたいな女の子相手にあんなに怯えることはないと思うんですよ!」


 たしかに嬢ちゃんが凄んだくらいで腰が抜けるなんて、衛兵どころか成人した男として情けなさすぎる。そんな情けない話は置いておいて、ニウムに確認してきてもらい嬢ちゃんが纏まった金をギルドで受け取っていた事は確認できたので、嬢ちゃんの方は問題は無しと判断して解放する。ギルドではもう少し金を扱う時は気を使って欲しいものだ。


 嬢ちゃんの聴取が終わりターロ達からも話を聞くと、皆が嬢ちゃんに凄まれた時、恐ろしい威圧感を感じて生きた心地がしなかったとか言い出した。女の子相手にビビって腰を抜かした奴らが取り繕う為とはいえ、必死に言い訳しているのを見ると本当に情けなくなってくる。


「ほ、本当なんだよ! あいつはヤベェんだ!」


 同僚達が冷めた目でターロ達を見る。当然俺も呆れている。どの道あの嬢ちゃんがヤバかろうと、衛兵であるコイツらが金を奪おうとした時点で衛兵はクビで、更には衛兵という立場を使い危害を加えようとしたのだ、奴隷落ちは免れないだろう。まぁ罪状に関しての沙汰は俺達の仕事ではないので、あとは領主様の領分だ。

 

 とにかくターロの馬鹿のせいで発生した報告書を書き上げて、纏めて上にあげなければいけない。


「書類仕事苦手なんだよな……」


 今日も門番として外に出ているガイズが羨ましい。今日はあいつに一杯奢ってもらう事に決め、俺は報告書に向き合った。





◆エレナ視点


 私が冒険者の依頼受注の受付を捌き終わり、書類を纏めていると依頼ボードの前で唸っている白髪の可愛らしい少女が目に入る。


「むーん」


 彼女はシラハちゃん、一週間程前にアルクーレの街にやってきて冒険者登録をした新人冒険者です。


 シラハちゃんは冒険者があまり興味を示さない書庫へと赴き、一日中ずっと本を読んでいる。最初は依頼も受けずに書庫に籠もっているのに疑問を覚えたのだが、司書のミューゼルさん曰くシラハちゃんは文字が読めないらしくミューゼルさんに教わっていると言うのです。


 文字の読み書きは親が教えるか、読み書き計算を教える学び舎があるので、お金を払ってそこで覚えるのが普通ですが、家庭の事情があるので尋ねはしないですけども気になります。


 ミューゼルさんが凄くシラハちゃんを可愛がっていて、時折お菓子を持ってきています。書庫は飲食禁止なんですけどね……かくいう私も口止め料としてご相伴にあずからせてもらいましたけども。


 シラハちゃんは魔物と薬草、冒険者のイロハが載った本を読んでいて勉強熱心なのですが、とても荒事に向いているとは思えないので心配です。


 私が心配しているとシラハちゃんは何かを思い付いたかのようにギルドを出て行きました。出て行ったかと思うと少し経ってからシラハちゃんが背負い袋を持って戻ってきて、私の前へとやって来ました。


「シラハちゃん、どうしたんです?」

「エレナさん、これの換金をお願いします」


 シラハちゃんがそう答えると、背負い袋の中から魔石を何個も取り出してきます。


(ちょ、ちょっとちょっと! なんでこんなに魔石を持ち歩いてるんですかこの子は!?)


 私が心の中で叫んでいる間もシラハちゃんは、どんどん魔石を取り出していきます。何個あるんでしょうか……? 他の職員も冒険者もチラチラとこちらの様子を伺ってきます。シラハちゃんは背を向けてるので見えないでしょうけども、私からはよく見えます。本来は大金を扱う可能性がある場合は別室に移るものなんですが、シラハちゃんからの自己申告もなかったですし、私もこんなに魔石が出てくるとは思いもしなかったので別室は勧めませんでした。どうしましょう……


 少し話を聞いては見ましたが、シラハちゃんの持ち物だと言うのでそれ以上は追及しません。盗品かどうか判別できませんし、仮にこの量の魔石が盗まれたのなら他所の街からでも情報が流れてくるはずですので、そういった情報が届いていない以上気にする必要はありません。


 魔石を査定して換金すると160万コールでした。成人した人の月給が約20万コールなので、月給8ヶ月分の金額です。魔石を大量に出したので既に目を付けられていると思うのですが、ここで160万コール全額持たせるのは危険すぎます。


 私が大丈夫か声をかけるとシラハちゃんは、こちらの意図を汲んでくれたのか預金が出来るか確認してきます。シラハちゃんは村の出身という割には察しもよくて賢いですね。まぁ、常識知らずなところがあるので、こうやって気を遣わなきゃいけないのですけどね。


 お金を預けてもまだ10万という大金を持っているシラハちゃんをハラハラしながら見送ると、私は仕事に戻りました。朝の依頼受注の後処理が終わると時間はお昼になり、交代で食事を取ろうとしていましたが、そこへ衛兵のニウムさんがやって来ました。


「ニウムさん、こんにちは。どうなさったんです?」


 衛兵の方が冒険者ギルドに来るのは珍しいです。衛兵の方がギルドに来るのはシラハちゃんのように身分証を持たない人が身分証として冒険者カードを作る時か、冒険者が何か問題を起こした時くらいです。


 そして人を連れていないということは身分証が必要というわけではなく、冒険者が問題を起こしたということなのでしょう。そんな時に対応なんてしたくないのですが、これも仕事なので営業スマイルは崩しません。


「冒険者のシラハって子の事なんだけど……」

「シラハちゃんになにかあったんですか!?」


 思わず私は身を乗り出して聞いてしまいました。冷静に、冷静にです。ニウムさんに話を聞くと大金を持ったシラハちゃんが悪漢に襲われて、それを返り討ちにしたという話でしたが、あの12歳と言っても疑われるだけの小柄な女の子にそんな事ができるのでしょうか?


 さらには衛兵の人も悪事に加担してシラハちゃんを襲おうとしたらしいのですが、シラハちゃんには怪我がなかったそうで胸を撫で下ろしました。そしてシラハちゃんが持っていた大金は魔石を換金して得たものだという証言をして終わりました。


 私は怖い思いをしたはずだ、とシラハちゃんを心配していましたが、シラハちゃんは全くそんな素振りすら見せずに再びギルドへとやって来ると、依頼ボードを暫く眺めた後そのまま出て行こうとします。なので私は慌ててシラハちゃんを呼び止めました。


「シラハちゃんはこれから街の外に行くんですか?」

「そうですよ」


 シラハちゃんは何事もなかったかのように振る舞っています。きっと強がっているに違いないです。なので動揺しているからきっと気付けていないであろう事を私は指摘します。


「シラハちゃん、せめて防具だけでも整えてきたらどうです? そのままはさすがに危険だと思うんですけど……」

「防具……」


 シラハちゃんは今気が付いたという表情をします。そんな注意散漫なら街の外には出ない方がいいのでしょうが、今は街の中にいる方が落ち着かないかもしれません。なので私は安全に依頼をこなせるようにサポートするだけです。


 シラハちゃんは少し考える素振りを見せた後に頷いてくれました。私はそれを見て安心してシラハちゃんを見送りました。


 日暮れ頃になると冒険者の方達が戻ってきました。その中にシラハちゃんの姿を見つけます。しかしシラハちゃんは防具を身に付けておらず、周囲から浮いていました。


(防具買わなかったんですね……でも、無事に帰ってきてくれてよかった)


 忠告通りにしてくれなかった事に寂しさを覚えましたが、あまり口を出すわけにもいかないので、今は無事に戻ってきた事を喜ぶとしましょう。冒険者の列を捌き終わった私達は後処理をしていきます。もう少しで今日の仕事も終わりなので頑張ります。そこへギルド職員の先輩のアゼリアさんがやってきて一枚の書類を渡してきます。


「アゼリアさん、これは?」

「いいから、エレナちゃんも見て頂戴」

「はぁ……え!?」


 アゼリアさんに渡された書類はシラハちゃんの薬草の買取金額の明細でした。私はそれを見て驚きました。シラハちゃんが採取してきた薬草は、種類も量も昼過ぎから街を出たにしては多かったからです。


「エイチ草やエムピ草にポイゾ草をこんなに……」

「凄いわよね。摘み方も綺麗だったからサービスしちゃったわ」


 薬草摘みは大抵が新人冒険者が行うので摘み方が悪いんです。なので買い叩かれる事が多いと営業担当の人が言っていました。しかしシラハちゃんの仕事ぶりは早くて丁寧だとアゼリアさんが言っていたので安心しました。そのうえ衛兵の方が悪漢を退治したと仰っていたので、もしかすると私の忠告は余計なお世話だったのかもしれません。


 シラハちゃんが冒険者としてやっていけそうでホッとしました。私はこれからも冒険者ギルド職員としてシラハちゃんをサポートしていきたいと思いました。


 決意を新たにしていると、衛兵のナッシュさんがやって来て大金を取り扱う時は周囲に注意する様にと怒られてしまいました。他の職員の方がシラハちゃんの突発的な行動だったと擁護してくれるとナッシュさんも頭が痛そうにしていました。その気持ち分かります……私も魔石を大量に出された時はそうでしたから。



 

 シラハちゃんの行動には気をつけよう。そう思った一日でした。



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