第5話 ホッコリしました

 私が大蛇への生贄にされ、森でのサバイバルに勤しむようになってから季節は一巡りした。ここは冬でも雪が降らないらしく越冬もどうにかなり、最近は暖かくなってきていた。


 この約一年は私の寝床である大木を中心に縄張りを維持しつつ、周囲の魔物を狩っていた。決して手当たり次第ではなく、新しい魔石を手に入れるために初遭遇の魔物と食事分だけしか狩ってない。


 その成果もあり、夜になると何処からともなく現れフォレストゴブリンをくちばしで突き殺すフォレストホークという大きな鷹のような魔物や、近づいたフォレストゴブリンに巻き付きトゲを刺しその血を吸うレッドプラント、川で水を飲むフォレストゴブリンに水中から襲いかかる半魚人の魔物サハギン、うろついているフォレストゴブリンを容赦なく首チョンパするカマキリの魔物フォレストマンティスの魔石を手に入れていた。


 何故そんなにもフォレストゴブリンばかりがやられているところを目撃しているのかというと、森のことは森に住んでいる者に教えてもらおうと思ってフォレストゴブリンの後をつけていたのだけれど、追いかけたフォレストゴブリンはみんな他の魔物に襲われていた。彼らはこの森の生態系ピラミッドにおいて最下位らしい。


 そんな事があってからはフォレストゴブリンを私から狩りに行くことはしていない。向こうから襲ってきた場合は別だけどね。美味しくもないし……。


 そして魔物を倒していたせいなのか領域の空き枠が2つ増えたのだ。なのでフォレストホークとサハギンの魔石を取り込みフォレストホークからは【夜目】、サハギンからは

【潜水】というスキルを手に入れた。


 そのあとに、フォレストドッグとフォレストホークのリンクを行ってみたが、領域を確保できただけでスキルの変化はなかった。どうやら特定の魔石同士でなければ変化は起こさないらしい。


 リンクした事で領域に空き枠が出来たので、更にフォレストマンティスの魔石を取り込み、【鎌切】というスキルも手に入れた。魔石を取り込んだ私はサハギンとフォレストマンティスのリンクもしてみようとしたのだが――


『リンクできません』


 と断られてしまいショボンとしながら手に入れたスキルを確認していく。


【夜目】暗闇での視界を確保する。


【潜水】泳ぎと水中での息を止めておく時間にプラス補正。


【鎌切】鎌のように切ることができる。


「【夜目】は分かりやすいね。【潜水】は、っと……珍しくキチンと説明されてる! でも、要検証だね。

【鎌切】は……うん、試すしかないね」


 私は【潜水】の説明を見て効果が分かる説明で少し嬉しくなってしまった、今までの説明はわりと雑だったからね。しかし次の【鎌切】には優しさは含まれていなかったので、微妙なところだった。


名前:シラハ

領域:〈ドラゴンパピー+パラライズサーペント〉

   〈フォレストドッグ+フォレストホーク〉

    サハギン フォレストマンティス(0)

スキル:【体力自動回復(少)】【牙撃】【爪撃】 

    【竜気】【麻痺付与】【毒食】

    【獣の嗅覚】【夜目】【潜水】【鎌切】


 とスキルがこんな感じになった。あとずっと名前が空欄なのも嫌だったので自分の名前も考えてみたのだ。私は自分の白髪を見た時に白い羽みたいだと思ったので、白い羽という意味を込めてシラハと名付けてみた。おそらくこの世界で使われている名前には馴染まないだろうけど、私は気にするつもりはない。そもそも私が知っている名前は産みの親である母親のエイミーという名前くらいしかないのだ。


 スキルの確認が済んだ私は、手頃で近くにあった細い木へと向かうと腕を振るい手刀の要領でスキル【鎌切】を使用する。


ズバン!


 横薙ぎした手が木を通り過ぎると、時間差で木がメキメキと音を立てて倒れていく。


「お〜、さすがスキルは凄いなぁ。でもこれって【爪撃】と被っちゃってるんじゃないかなぁ」


 思ったことを口にしつつ私は歩き出す。今日はやる事があるのだ、それは村の訪問である。何度も魔物と戦い食事もしっかりと摂り、それなりに動けるようになったので、そろそろ村に顔を出そうと思っていたのだ。


 村へ行って近寄るなと言われれば二度と村へ行くつもりはない。だがもしも村の人間が私をまた生贄にするために捕らえようとしたり、殺そうとした場合は違う。以前は危険だと思い近づかないようにしていたが、自衛もできるようになったので、こちらに危害を加えようとするのなら容赦はしない。


 普通に考えれば近づかなければいいのだが、私を何年も閉じ込めた上に大蛇に喰わせるという恐怖体験をさせてくれた村の連中には未だに怒りが込み上げてくるのだ。なので私がどうするかは相手次第という事だ。なかなかに歪んでいるなぁとは思わなくもないが、こればっかりは仕方がない。気持ちの問題なのだ。


 私が復讐心を燃やしながら村に辿り着くと、村は不自然にも静まりかえっていた。


「誰も、居ない?」


 呟きながらも周囲を見回すと、殆どの建物に破損が見受けられた。私は【獣の嗅覚】で警戒しながら壊れた建物の中や村を確認すると、人骨と思しき物を幾つも発見する。


「私が生贄にされてから一年くらいの間に村が魔物に襲われたのかな?」


 村の荒れ具合から考えても一番あり得そうな可能性をポツリと口にする。一瞬、自分が生贄にならなかったから? という考えが脳裏を過ぎったが、すぐに消し去る。


(この村は私を殺そうとしたんだ、私の所為じゃない……)


 復讐する為に村へ来たというのに、村の惨状を見て罪悪感を覚えるが、それでも村の連中を弔ってあげようとは思わないのだから自分の事ながらよく分からない。


「滅んじゃってるんじゃ仕方ない、切り替えていこう! まずは替えの服だね、あと荷物を入れられる袋も!」


 私はわざとらしく明るい声を出して、鬱屈した気分を払った。そして自分の服を見る。約一年同じ服だったのだ、女子としては替えの服は欲しかったが、村には近付きたくなかったので、川で水浴びしながら服を洗うしかなかった。なので随分とボロボロになってしまっている。


 何軒も家を周り、背負い袋に数着の服と毛布や水袋、塩を詰め込み、腰にはポーチを付けナイフといくらかの硬貨を入れた。それと無事な靴も見つけたので、それも履いている。


「うわ。履き心地微妙だなぁ……まぁ、今世では初めての靴だもんね、慣れるしかないか〜」


 一通りの探索を終えた私は、一回拠点である大木まで戻ると、この一年で貯めた魔石を背負い袋に仕舞い込み、そのまま一晩休む事にする。


 復讐は果たせなかったが、もともとそれが終わったのなら旅をして、色々な所を周りたいと思っていた。あの村は随分と田舎っぽかったが、この世界は異世界だ。様々な事を簡単に調べられる前世とは違い、此処には私が知らない所が沢山あるに違いないのだ。


「どんな冒険ができるかな」


 私は遠足前の子供のように、なかなか寝付けなかった。






 翌朝になり私はまた村へと向かい、そのまま村を通り過ぎると道に沿って歩いていく。保存食の類は持っていないが、お腹が減れば魔物を狩ればいいや、と考えて新しい冒険に向かって歩いていく私。しかし、太陽が真上へと昇り、更に沈む頃に私は自分の浅はかさに気付いた。


「ま、魔物が出ない……」


 水は持っているが生肉を持ち歩くのは、お腹が無事でも前世の記憶の影響か抵抗があったため、食料と言える物は木の実くらいしか持っていなかった。なので木の実をポリポリと口に入れながら、日が落ちても歩き続けた。その甲斐もあってか、遠くに灯りが見えはじめた。


「大きな壁だ。あれ、街……なのかな?」


 私は【夜目】を持っているので、街を囲っていると思われる外壁が遠目でも分かった。この時間でも何処かしら食事処が開いているかもしれない、と私は考え空腹に抗えず走り出す。すると外壁にある通用路の門と、その門の前に門番らしき人が二人立っていた。私に気が付いた門番は慌てたように持っていた槍を構えると険しい顔を浮かべる。


「貴様、何者だ!」

「え? 旅人ですけど?」


 門番のいきなりの問い掛けに私もすかさず答えたが、どうにも警戒を解いてくれない門番さん。このままではご飯にありつけないので、私は無害アピールをする事にする。


「あ、あの。私、田舎から出てきまして漸く此処に着いたんですけど、途中で食料も尽きてしまって、お腹減ってるんです、なのでここを通してもらえないでしょうか?」


 おかしい、無害を主張しようと思ったのに空腹に負けて、ズレた事を言ってしまった。門番さん達もなにやら呆れたような顔をしてらっしゃる。


「あー……残念だが、この時間は門を開けることはできないぞ?」

「そ、そんな!? あぁ……私のご飯が……」


 私はあまりの衝撃に膝をつく。街に着いたら今世で初めてのまともな食事にありつけると思っていただけに悲しい。一晩待てば良いのだが、空腹過ぎてステイが辛い。門番さん達も困った顔を浮かべている。


「嬢ちゃん、悪いんだがそこで座り込まれると俺達も困っちまうんだ。だから壁側に寄っててくれねえか? 見える所に居れば俺達が見張りに付いてるから、そのまま朝まで寝てるといい」

「うぅ……わかりましたぁ」


 これ以上迷惑をかけるわけにもいかないので、私はトボトボと壁側に移動すると、毛布を取り出し包まりながら小さくなる。空腹のせいで、なかなか寝付けずウトウトしていると門番さんの一人が近付いてきた。


「嬢ちゃん起きてるか?」


 一瞬、寝込みでも襲いに来たのかと身構えてしまったが、門番さんは普通に話しかけてきた。門番さんの両手には湯気のたったカップと黒っぽいパンがあった。


「……?」


 意図がよく分からなかった私だったが、空腹の私の前にこれ見よがしにと良い匂いのするカップを持ってきたので、一瞬嫌味かとも思ったが門番さんはその二つを私に差し出してきた。


「お腹減ってるんだろ? こんな物しかないけど、良かったら食べるか?」

「良いんですか?!」


 聞き返しながらも私は門番さんの差し出したカップとパンを受け取っていた。そんな私を見て門番さんは苦笑していたが、私の口の中は涎でいっぱいだ。


「ありがとうございます! いただきます!」


 私はまずカップに入ったスープに口をつけた。スープは野菜の風味が効いた素朴な味わいだが、温かなスープは胃に染み渡るようだった。黒っぽいパンは多少酸味が感じられたが、麦の香りが口に広がりとても幸せだった。私が食べている様子を見ていた門番さんだったが、急に驚いた表情になり口を開く。


「じょ、嬢ちゃん急に泣き出してどうした? どこか具合でも悪いのか!?」

「え?」


 オロオロしだした門番さんの言葉で、私は自分が涙を流している事に気付いた。ただ、ここで今までまともな食事を食べたことがないと言うつもりもない。これ以上、門番さん達に気を遣わせるわけにはいかない。


「スミマセン。あまりにもお腹減ってたので嬉し泣きしちゃったみたいです。スープとパンありがとうございました」

「そ、そうか。もし調子悪かったら言うんだぞ」

「はい!」


 心配をさせないように元気に返事をすると、門番さんもホッとした様で、空になったカップを片付けに行った。どうやら門の他にも門番の詰所のような場所もあるらしく、門の横に扉が見えた。残った門番さんも、こちらをチラチラと見ながら気にしてくれていた。



 私は初めて触れる人の優しさに心もお腹もホッコリしながら眠りについたのだった。



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