第3話 いただきます!

 私は動かなくなった大蛇の体内から這い出してきていた。

無事に外に出れたのは良い。生きているって素晴らしい! と叫びたいくらいだが私は今とても困っている。


 大蛇の胃液で爛れてボロボロだった皮膚は、まだ赤くヒリヒリするが、スキルの【体力自動回復(少)】でそのうち完治すると期待している。まだ少女といえるくらいの年齢ではあるが私だって女だ、先程までは生きる事を最優先にしてはいたが流石に全身焼け爛れたような傷痕が残るのを良しとはしたくない。なのでここはスキルさんに期待しておく。


 更に生まれてこのかた切った事がなく伸ばしっぱなしになっていた髪も、胃液で大分溶けて随分と短くなってしまっているが丸坊主にならなくて良かったと心の底から思っている。


 さて、どこそこ溶かされていた私だが、今一番困っているのは服である。元々ボロを着させられてはいたが、あの胃液に浸かっていたので既に服はない。つまり裸である。


 私は転生者だからか、それなりに大人びた思考はしていると思う。だが肉体年齢に影響されているのか、外で裸という状況に恥じらいを覚えている訳ではないし、露出を嗜む性癖を持ち合わせている訳でもない。


 では、なにが問題なのか。それは――――


「さ、寒い!」 


 そう寒いのである。まだ胃液が少し身体に付着しているのもあり、風が吹くと凍えそうに寒いのだ。大蛇は私を呑み込んだあとに洞窟の中に戻っていたらしく、大蛇の中から出てくるとそこは洞窟の中で、そのうえ空気が冷たく凍えそうなのだ。私が震えながら途方に暮れているそんな時、唐突に声が響く。


『パラライズサーペントの魔石を確認しました。

 領域を確認、魔石を取り込みます。

  

 パラライズサーペントの魔石の取り込みが完了しました。

 スキル【麻痺牙】【毒食】が

 使用可能になりました』


「わっ! ビックリした……コレいきなりなんだもんなぁ」


 驚きはするものの、頭に直接語りかけられるような声には助けられたので、それ以上文句は言わない。そして冷えた身体を摩りながらスキルの確認を行う。


  名前:

  領域:ドラゴンパピー パラライズサーペント(0)

 スキル:【体力自動回復(少)】【牙撃】【爪撃】

     【麻痺牙】【毒食】


【麻痺牙】牙で攻撃し麻痺させる。


【毒食】パラライズサーペントより下位の存在の毒を無効化し消化する。


「んん? 領域の魔物名の後の数字が1から0になってるけどもう魔石を取り込めないってことかな? っと、検証できないのは置いておこっか。まずは【麻痺牙】、私は噛まれなかったけど、これのせいであのドラゴンパピーってのは抵抗出来なかったのかな? それよりこの【毒食】ってスキルは毒を食べる前提なのかな? 食べてもお腹壊さない的な? そもそも毒を食べるなんて嫌なんだけど……でももしこれが皮膚にも効果あるなら……胃液も大丈夫だったりするかも!?」


 毒ではないが、もし大蛇の胃液も無効化できるのなら、風除けに体内で休む事が可能になるかもしれない! と、いつもなら既に寝ている時間帯に眠気と寒さを耐えながら妙なテンションでそんな憶測をする私。


 寒さに耐えられなくなってきた私は、すぐに大蛇の中へと入っていく。最初に入った時は泣き叫びながらだったのに、今は自分から入っていく状況に苦笑するが今は寝床が最優先である。中に入った結果として胃液は問題なかったので一安心だ。決して寝心地は良くないが身体が睡眠を欲しているからか、すぐに眠りにつく事ができた。


 こうして私の長い一日が終わった。





 翌日、目が覚める。

 とりあえず服がないという問題もあるが、その前になにか食べたい。昨夜、大蛇のお腹の中で不味い肉を口に入れはしたがあれはノーカンだ。思い出したくもない。


 今は昼時だろうか、太陽が真上にある。動き回るなら今の時間帯が望ましいだろう。大蛇を寝床にするのもすぐに問題が出るだろう。ならどうするか、まずは手早く食事をしたい。昨日は朝食を食べてからなにも食べていないのだ、あの村では昼食など出たこともないからね! 


 そして次に着るものを手に入れたい。だがコレはとても困る。私には前世の記憶がある。あるけども動物の毛皮などを手に入れても鞣なめすとかできる訳でもない。たまたま知っていたと言って異世界で活用している場面があるが、その知識を持っている人がどれほどいるというのか。それともいつ異世界に行っても良いように、事前に知識を詰めておくのが常識なのだろうか。と言いつつも私も皮の鞣し方とかは検索した事はある、もううろ覚えどころか全く覚えていないけど。


 だいぶ思考が逸れてしまったが着るものについては、あまり気乗りはしないが村に行き服を拝借するしかないだろう。そもそも服が無くなった原因は村のせいなのだ、と主張したい。なので服も無問題である、きっと、多分。

 

 あとで全裸で森を移動しなければいけないと考えると憂鬱だが……そして麻袋を被せられていた為、村の位置も把握していない。それでもおおよその方角は分かるので、どうにかなるだろうと楽観視している。


 最後に身体を休める住処、拠点が欲しい。今いる洞窟も風除けなどを用意すれば使えなくもないが、ここに村の連中が来たらどうなるか分からない。此処に訪れた者を亡き者にするというのも私の心情としては問題ない。実際に殺せるかどうかは分からないけどね。


 だが、それで村全体で押し掛けてきたら、まあこっちが殺されるんじゃないだろうか。なので安住の地が欲しい切実に。


「よしっ! 方針も決まったしまずは……蛇を食べよう!」


 私は今しがた思い出したくもないと記憶の彼方に追いやった蛇肉と向かい合う。私としても本当は向かい合いたくはなかったが、しかし意地では腹は膨れないのだ。なのでここは意地を捨てて蛇肉を手早く食べて、服を取りに行く。そこで森の中に有るであろう山菜や木の実やキノコを手に入れて口直しをするつもりである。今の私ならきっと毒キノコだって無毒化できるはずなのだ。


「というわけで、いただきます! ……はぐ。むぐ」


 私は蛇肉を口に含む。すると昨夜のような酷い味は感じず野生味が口の中に広がりクセがなく、素直に旨いと感じた。しかし私は蛇肉を噛みちぎる事が出来なかった。


「くっ……まさかスキルを使わなきゃ噛み切れないなんて! それにしても不味く感じないのは、スキルのせいなのかな……」


 昨夜と今の違いはスキルの有無だけだ。なので考えられるのは【毒食】というスキルの影響なのだろうが、これは嬉しい誤算である。覚悟して食べようとした蛇肉を美味しく食べられるのだから。私は蛇肉で腹を満たすと村へと向かう。


 とりあえず食料探しは着るものを手に入れてからにする。手に入らなくても蛇肉があるので、今はまだそこまで気にする事もない。更に言えば今の私なら蛇肉が多少傷んでも食べられるのでは? とも考えている。我ながら異世界に馴染んできた気がする。


 その後、人と遭遇したりしないように周囲の物音などに注意しつつ、村へと着いた私は昼時で食事の為か、あまり人がいないのを見計らって服を頂戴してきたが、残念なことに靴は手に入らなかった。手頃な所に子供服はなかったので、大人サイズの服だが袖を捲ったりしておけばどうにかなるだろう。だが、大蛇の中で寝るなら服は着てられないので、やはり別の寝床が必要だろう。


 なので私は今、森の中を散策中である。もちろん村とは反対方向に向かって。なんか森の奥深くに向かっているような気もするけど、それも仕方ない。村の連中に見つかるわけにはいかないのだ。


「どこか落ち着ける所があると良いけど……あと水場も」


 今の私は大蛇の血も飲めちゃうわけだけど、あれは喉を潤すのには向かないのだ、すごく喉に絡みつく。水分補給はできたのかもだけど、今はとても水が飲みたくて仕方がない。


 あてもなく彷徨いながら歩いていたが、気が付けば陽が傾き始めていた。既に洞窟に戻れるかも怪しくなってきた頃、私の耳に微かにだが水が流れる音が聞こえてきた。その音に嬉しくなった私は駆け出し川を発見した。


 川に近づき両手で水をすくい喉を潤おしていると、水面に自分の顔が映り込む。そこで私は今生において初めて自分の顔を確認する。


 水面に映った顔では細かい所までは判別できないが、そこに映る自分の顔を見て、酷く他人事に感じられた。


「全く見慣れた感じがしない。やっぱり転生……異世界転生しちゃったんだなぁ」


 生まれてから今までで、転生したという実感はあったのだが、昨夜に初めて魔物と遭遇して生き残って私は漸く魔物ありスキルありのファンタジー的な異世界だと認識した。そしておそらくだが、きっと魔法もあるに違いない。


 そう思うと私のワクワクは止まらなかった。



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