第2話 踊り食いですか

 私は大蛇の体の中を滑り落ち、水溜りへと落ちる。


「げほ、げほっ……ここは? ――っつ!」


 周囲を確認しよう水溜りから顔を出すが、すぐに私の身体に異変を感じた。


(なにこれ身体が熱いっ! 周りの水……これが熱い? って、違うっ、痛いんだ……!)


 最初はピリピリとした刺激を感じていたが、それが段々と熱をもち痛みに変わってくる事で、漸く私は理解する。


(そうだ、ここは蛇のお腹の中! という事はコレは胃液!)


 その結論へと至り、私はすぐに落ちてきた場所を駆け登ろうとするが周囲はヌメリ、滑るため登る事は叶わない。そして時間が経つほどに皮膚は赤くなり痛みが増してくる。


「こんなんなら、一思いに殺してよっ!」 


 私はそう叫ぶが、別に死にたいわけではない。ただこんな踊り食いのように生きたまま溶かされて死ぬのを待つなんて、気が狂いそうだっただけだ。


「あいつら、絶対に許さないんだからっ……!」


 搾り出すように呟くそれは、私をこんな目に遭わせた村の人間達への憎しみだった。ただそこへ生まれただけの私がなにをしたというのか、生まれる場所を選べない私に何ができただろうか。この世の不条理さに、どうする事もできないと悟ると不意に身体から力が抜ける。


(もう、どうでも良いや……)


 ザプンと胃液の中に腰を落とす。全身が痛むがどうする事も出来ないのだ、胃液に浸かっていた方が早く死ねるのでは? と考えた結果である。


 思考も放棄し呆然としていると、不意に胃液の池に肉の塊のような物が視界に入った。


(ああ、私もああなるんだなぁ……)


 どこか他人事のように考えていると、その肉の塊から光る石が肉に包まれているのが見えた。


(あれは、なに?)


 私はざぶざぶと胃液の中を進み、その肉の塊へと近付き光る石を手に取る。それは握り拳ほどの大きさで、淡く光を放つ無色のガラス玉のような宝石だった。


(なんでこんな所に宝石が? って考えても無駄か……)


 疑問に思ったものの私はすぐにどうでもいいか、とその宝石を手放そうとする。するとそこへーー


『ドラゴンパピーの魔石を確認しました。

 領域を確認、魔石を取り込みます。』


「え? ……ちょ、ちょっと!」


 手元にあった宝石が消え、頭の中に声が響き一瞬なにを言われたのか理解出来なかったが、すぐにその言葉が私に対して告げられた言葉だと考え声をあげるが、頭の中に響く声は私の言葉には応えず、更に声が響く。


『ドラゴンパピーの魔石の取り込みが完了しました。

 スキル【体力自動回復(少)】【牙撃】【爪撃】が

 使用可能になりました』


「ま、魔石? スキル……? ってゲームとかの?」


 私も魔石やスキルくらいは知っている。前世の細かい所は覚えていないし、ゲームタイトルとかも曖昧だがRPGなどでは魔石は魔物、モンスターが持っているしスキルとかも理解できる。


「お手軽に強くなれるアレ……でしょ?」


 誰にたいして言ったわけでもないが、疑問形になってしまうのは仕方がないだろう。だってこんな状況だけど、まだよく分かってなくて混乱してるし? などと私は考えていたが、ふと変化に気付く。


「あれ? 痛みが酷くなってない」


 当然痛い事には変わりがないのだが、先程までは時間が経つ程に痛みが増していっていたのだが、今はそれがない。単純に傷が酷過ぎて痛覚が麻痺しているという可能性もあるが、赤く充血しているような皮膚がそれ以上酷くなる様子は見られない。


「つまり踊り食い死ぬ事はないってことね。……でも」


 生きたまま溶かされて死ぬ事が無くなったのは良いとしても、此処から出られない事には変わりない。そうなると次は餓死である。


「いやいやいや……私碌な食事も取らされてなかったからガリガリだから! すぐに死んじゃうから! 待って待って何か手はあるはずよ、さっき何て言ってたかな……あーもう! 手に入れたスキルって確認できないの!? ―――って、あ!」


 私が騒ぐとそれはパッと出てきた。本当にゲームかのようなウィンドウ画面が目の前に。私はそれを覗き込む。


  名前:

  領域:ドラゴンパピー (1)

 スキル:【体力自動回復(少)】【牙撃】【爪撃】


「ふむふむ、表示はシンプルね。領域って言うのが何か分からないけど、それも今は置いておいて。……そっかぁ〜、私名前ないのかぁ〜」


 今生は生まれてから誰かに名前を呼ばれるような生活を送っていなかったし、会話する事も無かったため特に気にする事もなかったし不都合もなかったのだ。なので仕方がないのだ。


「まぁ、名前もあとで。追々ね」


 とりあえずは生き残る事が重要である。スキルについては簡単な説明が表示されるだけなので、あとは使って検証するしかないようだ。


【体力自動回復(少)】体力が徐々に回復する。


【牙撃】牙で攻撃する。


【爪撃】爪で攻撃する。


「ふーむ。【体力自動回復(少)】は私の生命線で、【牙撃】と【爪撃】はそのまま牙と爪での攻撃と……どうやって使うんだろう、スキル名を口にすればいいのかな? 

【牙撃】は……この蛇のお腹の中を齧るのはイヤだから、まずは【爪撃】かなぁ?」


 スキルを使う事を決め、私は腕を振り上げスキル名を口にする。


「【爪撃】!」


 すると別の力が流れるように、何かが腕から指先まで伝わり大蛇の肉壁を切り裂き、手に嫌な感触が伝わる。


「うわぁ……きもちわる………。―――ん? きゃあ!」


 肉を裂いた感触に顔を顰めていると、不意に大蛇の体が大きく動く。中に居る私は体勢を崩し胃液の中へと倒れる。


「ケホッ! そうだよね、お腹の中を引っ掻かれたら、そりゃ痛いよね。でも、私を食べようとしたんだからお相子だよね」


 軽口を叩きながら、攻守が入れ替わった私は口角を上げ【爪撃】を再度繰り出そうとするが思い止まる。決して大蛇にたいして情けをかける訳ではない。


「このままお腹を突き破ったとしても、私があの蛇に勝てる筈がない……なら。」


 丸呑みされる前に見た大蛇は全長が見えた訳ではないが、私の様な少女など楽々絞め殺せるだろう、ならばどうするか。


「さっきの魔石の持ち主? ドラゴンパピーだったかな、それが魔物だったとしたら、この蛇も実は魔物で魔石持ちかも知れない。もしかすると魔石を取れば蛇を倒せるかもしれない! 倒せなくても魔石をさっきみたいに、こう……なんか出来るかもしれない!」


 仮定だらけではあるが、無策にやたら切り裂くよりはマシかも知れないと考え、私は落ちてきた所とは逆の方へと胃液の中をざぶざぶと進んでいく。


「頭から胃までは長い食道みたいな感じだし、あるとしたら更に奥っ! ……だといいなぁ」


 危機的状況ではあるものの、少しずつ余裕を取り戻してきた私は胃の奥へ向かい、今度こそ【爪撃】を繰り出す。


「きた!」


 二度目ともなれば、攻撃されると大蛇が暴れることは分かっていたので、胃壁へと爪を立てて踏みとどまりつつも幾度となく【爪撃】を繰り出していくが、切り裂かれる胃壁は抉れはするが変化はない。そして魔石へと辿り着く前に私に異変が起きる。


「痛いっ! あ、爪が……」


 痛みで手を止める。胃壁を覆う胃液のせいだろうか、私が指先を見ると爪が溶けかけ指が赤く爛れていた。これではそう何度も爪は振るえないだろう事は明らかだった。


「でも【爪撃】を使えば、まだ抉れる……!」


 自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、私は再び爪を振るう。そして爪が限界だと感じると一歩引き大きく息を吸う。正直言うとこの大蛇の中は臭いのでそんな事はしたくないが、気合を入れるようにして力を入れ直す。


「まだまだ! 諦めてやるもんかぁ!」


 私は叫ぶ。そして一度引いた分を踏み出し、抉れた胃壁へと顔を突っ込みながら、スキル名を口にした。


「――― 【牙撃】!」


 噛み付くと同時に口が焼けるように熱くなる。熱が痛みに変わり肉が口の中に入ると、ヌメっとして生臭くて鉄くさい酷い味がするが構わず噛み続ける。痛みと肉の不味さに涙が溢れてくるがスキルを使い続けた。


 新しい発見ではあるが言葉にしなくてもスキルは使えるらしい。そんな事が頭の片隅に浮かぶが、そんな事に思考を割いている余裕はないと思っていると、顔に固い何かが触れる。


「……あ」


 それは目指していたゴール、魔石だった。最初に見つけた淡く光るガラス玉のような魔石とは違い、それはまだ肉に包まれてはいるが黄色い魔石だった。色の違いはあるが、私はそれが魔石だと判断し両手でそれを掴んだ。


 もしこれが魔石では無かったとしたら、既に体力が尽きかけ爪も牙もボロボロな私には最早打つ手はないだろう。両手で掴んでいるのが魔石である事を祈りながら私はそれを引き抜こうと力を込める。両手で掴んだ時点で魔石を取り込めれば良かったのだが、そこまで甘くはないようだ。


「それならあとはコレを引き抜くだけ!」


 ブチブチと魔石と肉が剥がれる感触とともに、大蛇の体内が激しく揺れる。だが私も負けじと、たいして重くもないであろう体重をかけて全力で魔石を引き抜いた。


 私は引き抜いた魔石を持ったまま胃液の中に尻餅をつく。それと同時に大蛇の体内が激しく痙攣したかと思うと暫くして動きを止めたのだった。

 


 

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