とりあえず異世界を生きていきます。

狐鈴

第1話 生贄にされました

 私は周囲を見回しながら困惑していた。そもそも生まれたばかりの赤ん坊が周囲を見てその状況に困るというのが可笑しいのだが、私は「ああ、これが転生ってやつか……」と、さらりと受け入れていた。

 

 そんな赤子である私が何に対して困惑するのか。それは周囲の反応だ。おそらくは両親であろう男女も、赤ん坊である私を取り上げたであろう産婆も難しい顔をしている。


(はて? なんだろうこの空気は……)


 疑問に思いつつ首を傾げていると、そこへ腰の曲がった老人(長老的な感じ?)も部屋へと入ってきては、皆が神妙な顔を突き合わせている。しかし転生をして自意識はあるが、前世と思われる記憶は曖昧なのか、周囲で話している人の言葉も理解出来ないでいる。


 そのまま何が問題なのかも分からずに、時は流れる。そして、何が問題だったのかが少しずつ判明してくる。


 ここは排他的な村なのか(ほんの少ししか外に出た事がないので想像でしかないが)外との交流がなく、妙な風習があるらしい。そしてどうやら私は忌み子らしい。


 らしい。というのも、周囲の言葉を聞きながら少しずつ言葉の意味を理解しなければいけなかった為、なかなかに苦労したからだ。


(頑張った、私!)


 自画自賛する私。そうでもしなければ今の状況に挫けそうだったからだ……。この村で言う忌み子とは親からかけ離れた特徴を持つ子供の事を指す。どうも両親ともに薄茶色の髪に黒い瞳をしているのに、私は白髪に赤眼らしい。


(隔世遺伝ってやつかもよっ! もしくはアルビノっ)


 などと思っても伝える術がない。

 というのも乳離れするまでは山羊だか牛だかの乳を飲まされ、それからは物置小屋のような所に押し込められ、外から出られないように閂が掛けられている。木造で多少の隙間があるボロ小屋だが幼子である私が突き破るには難しい。


(というか、幼子を物置小屋に放置とか普通に死ぬわっ!)


 と、心の中で悪態をつくが、同意が得られることはないが思わずにはいられない。そして、状況を整理すべく思考する。


(つまり最初は白髪に赤い瞳で気味悪がられて、必要最低限の育児をしたら放置ね……。生まれてすぐに殺されなかっただけマシと考えるべきなのかなぁ……それでも……)


「はぁ……」

 

 溜息が出る、それも仕方が無い。なぜなら生かされているのには意味があるからだ、その理由を考えると憂鬱になる。


(生贄だなんて……)


 そう、この村の忌み子は悪き存在。それを人の手で殺めると災厄が降り注ぐと云うのだ。なので村の周囲で何かが起きた時にそれを鎮めるために供物として捧げるのだとか。それを知った時点ですぐにでも逃げ出したかったが、幼い私は仮に何処かに逃げても生きていけるはずもない。


 そして逃げ出せないまま物置小屋に閉じ込められ、数年が経っていた。周囲との接触が、ほとんどないので時間の感覚が曖昧だが、私が転生してから十年は経っていると思う。


 一向に外には出られないし誰かが会いに来てくれるということも無く、このまま物置小屋で朽ちていくのかと考えていたりしていたからだろうか、閂が外され小屋から出るように促される。


 外へと出ると陽が落ちて辺りは薄暗いが、周囲を大人達が松明を片手に持ち小屋の入り口を取り囲んでいるため、そこだけは明るかった。


(あぁ、今日がそうなんだ)


 周りの雰囲気から私は察する。ずっと一人だったからだろうか、日々感情が死んでいくように感じていたが、今ではそれに感謝している。生まれてすぐだったら恐怖に泣き叫んでいただろうから。


 そして私は縄で手を縛られ麻袋で頭を覆われた。息苦しくはあるが、もうどうでも良かった。手を縛った縄を引っ張られてそれに誘導されるように歩く。周りが見えないのでハッキリとはしないが、おそらく森の中を歩いている。


 私はボロの服は与えられているが靴は履いていないので、小枝や小石で足が痛い。どれくらい進んだのだろうか、不意に空気が変わったように感じられた。森を抜けたのだろうか? そんな事を考えていると、麻袋が外され視界が開ける。


 目の前には大きな洞窟があった。生温かいような湿った空気が肌をなぞる。その間に周囲の大人達が地面に杭を打ちつけ、そこへ私を引っ張っていた縄を結んでいく。


 それをぼんやりと見ていた私に一人の男がナイフを取り出し、私の右手の掌を切りつける。それは生贄を捧げる相手に供物がある事を示す為なのだろうか、掌から血が流れる。


「っ……!」


 唐突な痛みに苦悶の声をあげるが男は気にした素振りも見せずに周囲の大人達と森の中に引き返して行き、私だけが取り残される。そして全身にぞわりと寒気が走った。


(な、なにっ!?)


 私はそれが恐怖だとすぐに気付き、震えが止まらず足から力が抜けそうになるのを必死に堪え、すぐに杭から縄を解こうと動き出す。しかし右手を傷付けられた私が大人が固く結んだ縄を簡単に解けるはずもなかった。


 それでも噛み合わない歯を食いしばりながら奮闘していると、不意に何かが這い寄る音が洞窟の方から聞こえ、咄嗟にそちらへと視線を向ける。


「ひっ……!」


 そこにいたのは大蛇だった。未だに幼さが残る私どころか大人さえも容易に一飲みにしてしまいそうな程の大きさがある。その大蛇と目が合う、そこまでが私の限界だった。


「いやっ、いやっ……だ、誰か助けてっ!」


 涙が溢れ悲鳴をあげる。縄が解けていないにも関わらず私はその場から逃げ出そうと走り出す。縄に繋がれ距離が取れないのに取り乱し、縄が食い込み手首から血が滲む。


(なんでなんでなんで……! こんな思いするだけなら前世なんて覚えていなければ良かったのに! 怖い思いするだけじゃない!)


 私は涙を流しながら今世の不遇を呪う。逃げようとする私の足が恐怖から力が抜けその場に座り込む。そこへ大蛇はズルリと距離を詰め、その大きな口から舌を伸ばし私へと巻き付け持ち上げる。


「やだっやだよぉ……こんなのぃゃだょぉ……」


 私は懇願するような言葉を漏らすが、大蛇が聞き届けるはずもない。そしてそのまま私は大蛇の口へと飲み込まれた。


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