幼馴染は自信はないが幼馴染の謎を解く
くろこうじ
第1話
「裕翔、おはよう」
「おはよう……美月」
僕は、5日ぶりに学校に来た同級生の美月に挨拶する。
小学校からの同級生の美月は、この前お父さんを亡くし、忌引きで休んでいた。
「……突然のことで大変だったな」
「ううん、斎場でお別れした後はなんとか大丈夫。お母さんも、お父さんの仕事の関係でいつまでも落ち込んでいられないからか気丈に振る舞っているわ」
「そっか……市議会議員の家族って大変だな」
僕らが話していると、美月が登校してきたことに気づいたクラスメイトが心配そうに近づいてくる。
「みんなも心配しているだろうから行ってやれ」
「うん。裕翔、今日の放課後空いてたら一緒に帰れない?」
「わかった。どうせ顧問の谷岡先生は今日も来ないから部活さぼって一緒に帰るよ。美月は吹奏楽部に顔を出さなくていいのか?」
「大丈夫。じゃあまた後でね」
「一緒に帰るなんて中学校のとき以来かもね」
「そうだな。なんか深刻な相談には見えないけど急にどうした?」
「ちょっと相談に乗ってほしいなぁって。ほら、裕翔はミステリー研究部だし」
「そう言われてもわからん。何があった?」
すると、美月は立ち止まって制服のポケットから1本の鍵を取り出した。
「どこの鍵だか知りたいの」
鍵は、家の鍵のようなディンプルキーではなく、頭が四角い短めのものだった。
「お葬式が終わって帰った後、お母さんから渡されたの」
―お父さんは、これを美月が20歳になったら渡すんだって昔から言ってたの。自分で渡したかっただろうけれど、代わりに渡すわね―って。
「なるほど。でも、お母さんは何の鍵だか知らないの?」
「それがそうみたい。お父さんは何も言ってなかったんだって」
僕は手に乗せられた鍵を眺める。
「でも、20歳になったらって言ってたんだろ? もし場所がわかったとして今開けるの?」
―どうするかわからない。でも、とりあえず場所だけでも知りたい―と美月は言う。
「わかった。明日は土曜だしちょっと考えてみる。今日これ預かるね。明日の11時に駅前のモスドでも行こうか」
「うん、お願い」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
美月は少し遅れてモスドの2階席に来た。ブルーと白のバイカラーワンピースの美月は謝りながら席に着くとさっそくポテトに手を伸ばす。
そういえば、美月の私服姿も久しぶりに見る気がする。
「何かわかった?」
「さすがにノーヒントじゃ無理だよ」
「だって裕翔は小学校のとき私の隠された体操服を見つけてくれたじゃない」
「あれはたまたま」
―頼りにしてる―と微笑みながら言われてもあのときとは事情が違う。
「鍵の特徴からすると、建物とかオフィスとかの鍵じゃないと思う。カードキーでもないし。家に金庫とか開けられそうな部屋とかなかったの?」
「私が気づかないところはなさそう。でも、お父さんの書斎はまだ調べてないから、もしかしたら隠し通路とかあるかもしれない」
―美月の家は歴史ある日本家屋だが、さすがに隠し通路がある忍者屋敷には思えなかった―
「それはわからないけど、でもまずは書斎を調べてみようか。ほかの可能性はそれからだと思う」
「わかった。裕翔も一緒に行こ!」
おー。とでも言うかのように腕を上げる美月に言われ、僕も美月の家に行くことになった。
「ただいまー」
「お邪魔します」
「あら、裕翔君久しぶりね」
「おばさん、お久しぶりです。この度はご愁傷様でした」
「いえいえ。突然のことでびっくりしちゃったけれど、美月も塞ぎこまなくてよかったわ」
「お母さん、ちょっとお父さんの部屋に入るねー」
「散らかしちゃだめよ。あと、伯母さんが来ているから挨拶してからにしてね」
「え、伯母さん来てるの? わかった」
「待たせてごめん。伯母さんって、親身になるふりして家のこと根掘り葉掘り聞いてくるの。きっとお父さんの遺産とかにも興味があるんだわ」
書斎の中を調べながら美月は言う。
「でも、たしか遺産相続って伯母さんは関係なくない?」
「そうなんだけど、父方の家系は長男が死んだら次の年長者、今回の場合は伯母さんね、が財産を継ぐように代々なっていたみたいなの。本当かどうかわからないけど。うちだって私が音大に行ったらどうしようって言っていたし、そんなにお金があるわけじゃないんだから。」
そういえば、以前、美月の進路についても伯母がうるさいって言っていた気がする。
伯母さんの息子は優秀で頭のいい大学に行くとかなんとかで、美月の志望先のレベルを一顧だにしないで自慢してたとか。
そんなことを考えていると、裕翔は書斎の隅に置かれた錆びた折り畳み式のはしごを見つけた。
「ねえ、美月。お父さんはこのはしご何に使ってたの?」
「え、私もわからないわ」
「書斎は玄関からも勝手口からも遠いし、書斎からも外には出られないよね?」
「電球を変えるのに使っていたのかなぁ? あとは上のほうの本を取るときとか?」
「いや、本を取ったり電球を交換したりするなら脚立で十分だしそのほうが安定するでしょ。しかもこのはしごはフックが付いていてどこかに引っ掛けられるようになっている」
僕は、はしごを持って部屋のあちこちを眺めてみる。
「これ上の梁に引っ掛けられると思う」
「え、確かに屋根裏はあるけれど……裕翔気を付けてね」
「うん。ほら、ちょうど引っ掛かるようになっている。先に上に行くね」
「私も行くから待ってー」
「うわ、すごい埃だらけだ。汚れちゃうから美月は来ない方がいいと思う」
「えー、でも屋根裏に鍵で開けられる何かがあるかもしれないじゃない。何なら秘密の部屋?とかあるかも」
「いや、たぶんここにはないよ。念のため見てはみたけど」
「どうして?」
僕は説明する。
娘に鍵を渡すのであれば、わざわざはしごを使う危険な場所に行かせず安全なところに開けるものを置くであろうこと、そして、屋根裏は埃だらけで全然人が通った痕跡がなかったということを。
もちろん、美月は20歳になるまで立ち入らないだろうから最近掃除をしていなかった可能性もあるけれど、屋根裏の埃や虫の死骸などの多さは数年単位の汚れではないと思え、お父さんが屋根裏に隠した可能性は低いと思う。
その後も僕らはお父さんの書斎の中を探したが、重要な書類が入っていそうな机の中からは仕事関係のものや、
一流クレジットカード会社、市内にある大手有名デパート、市内で式典や結婚式を挙げるならここというホテルの封筒とかしか見つからなかった。
「まぁ机の中はお母さんも見てるよね。別の場所を探そっか」
「そうだね、あと1個確認したいと思っているところはあるよ」
「あ、選挙事務所とか?」
「いや、選挙事務所はずっと借りているわけじゃないでしょ? 後援会の人に託すという選択肢もあるけど、応援してくれている人の家のスペースをずっと使うのもお願いしづらいんじゃないかなぁ。で、心当たりは平日じゃないと行けないんだけど、学校をどうするかが問題だね」
「うーん……じゃあ休んじゃおっか!」
「いいの?」
「2人で学校さぼって出かけるなんて駆け落ちみたいで楽しくない!?」
「えっと、ちょっと表現が正確じゃない気がするけど」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「本日担当させていただきます橋本と申します。あいにく支店長は出かけておりますが、当行は亡くなった先生には大変お世話になっておりまして、お母様にもよろしくお伝えくださいとのことでした」
「わかりました。母に伝えます。これが母の委任状です」
「ありがとうございます。まあ先生のお嬢様ですし貸金庫の有無の確認だけでしたら委任状は不要ですよ、どうぞこちらへ」
ということで、僕らは学校をさぼって地元の信用金庫にやってきた。
僕も貸金庫の鍵なんか見たことなかったけれど、何年も大事なものを預けるのであればトランクルームか貸金庫しかないかと思ったし、お父さんが市議会議員なら貸金庫を借りているんじゃないかと思ったのだ。
あとは、お父さんの通帳はお母さんが管理していたからどこの銀行に行けばいいかが問題だったけれど、美月はお父さんが全国展開のメガバンクではなくて地元の信用金庫を大事にしていたのを知っていたので来てみた。しかし、お母さんから委任状まで取っていたなんて美月は意外としっかりしているなぁと驚いている。
お父さんのおかげなのかわからないけれど、僕も難なく応接室に通してもらえた。美月は席に着くとさっそく鍵を取り出す。
「この鍵なんですが」
「拝見します。……お嬢様、大変恐れ入りますが、この鍵は手前どもの貸金庫で使われているものではありませんで、ほかにお持ちではないでしょうか」
「そうですか……。父も何も言わずに亡くなってしまいましたので、違うのであれば大丈夫です。ありがとうございました」
「いえいえ、お力になれず申し訳ありません」
「裕翔、残念だったね」
「うん、ほかの銀行もだめ元で行ってもいいけれど、何か違うような気がするし」
けっきょく用事は30分もしないで終わってしまった。
「ねぇ裕翔、この後どうしよっか? せっかく学校休んだんだからこのまま遊びに行っちゃおっか? 新しくできたカフェ行ってみたいし」
「カフェくらいならいいけど、あんまり街をうろついてたら補導されない?」
「大丈夫だと思うけど、万一補導されたらお母さんに怒られちゃうか。じゃあ私スマホ変えようと思ってるから携帯ショップ行かない? あ!でも今日携帯の同意書までは持ってきてないからだめか……」
「あれ、美月もう18歳になってない? だったら身分証明書さえあれば1人で買えると思うけど」
「そっか、もう18歳で成人になるって変わったんだっけ。念のため写真付身分証明書も持ってきてるもんねー」
「美月がここまで用意がいいとは思わなかったよ……」
あ。――――――――――
もしかしたら……
「どうしたの?裕翔?」
「……わかったかもしれない」
「え!ほんと!?」
「うん、よければこのまま行ってみようと思う」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はい、確かにこの鍵は当方の貴重品預りで使っているものでお間違いありません。お父様からお預かりしているものを今お持ちいたします」
「やったね裕翔!すごーい!」
上品なスタッフが奥に引っ込むと美月は僕の手を握ってはしゃぎだしており、その姿を隣のおじさんが不思議そうに見つめている。
ここは市内随一のホテルで、会議やセレモニーが行われるときはもちろん使われるし、何よりこの市の成人式が行われる場所だ。
そう、美月がスマホ機種変更をしたいという話になったときひらめいた僕は、お父さんが成人になった娘への贈り物を会場のホテルに預けていたのではないかと思ったのだ。たぶん、お父さんは、成人式に出席するにあたりフロント(クローク)に荷物を預けるから、そのときに鍵を出すようそれとなく伝えてサプライズプレゼントにするつもりだったのだと思う。
今年から18歳で成人年齢となる改正をお父さんが知っていたかはわからないけれど、うちの市は以前と変わらず20歳になる年の人を対象に成人式を開くそうなので大勢に影響はないだろう。
「ねぇねぇ裕翔、何が入っているんだろう」
「え、迷わずに開けるの?」
「だってここまできて開けないなんて選択肢はないでしょ」
フロントのホテルマンから恭しく差し出された10cm四方の箱が入った袋を、美月はさっそくロビーで開けようとしている。
「これは……宝石?が入ってそう。あ、あと手紙も入ってる」
『美月へ
成人おめでとう。この指輪は、父さんのおばあちゃんがおじいちゃんから送られた結婚指輪です。おばあちゃんは、これを代々結婚指輪として受け継いでほしかったと言っていたのだけれど、若かった父さんは古臭いと思い、お母さんには頑張って働いたお金を貯めて新しく結婚指輪を買ってしまいました。
けれども、おばあちゃんが死んでからこの指輪のことがずっと心残りでいたのです。うちには男の子が生まれなかったので、女の子である美月にお願いすること、しかも、自分が守らなかったお願いを美月に押し付けてしまうことを申し訳なく思います。
少し今風にリフォームしてありますので、もしよかったら、美月が今お付き合いしている人、または将来出会う素敵な人に、この指輪も使いたいと伝えてもらえませんか。必要であれば父さんも一緒にお願いしますので、ぜひ家に連れてきてほしいと思います。
なお、今日は久々に再開した友達と会って家に帰ってくる時間も遅いと思うので父さんと顔を合わせることはないかもしれませんが、翌日以降もしばらくは手紙を見た美月と顔を合わせるのが気恥ずかしいですね。
最後に、これからも素敵な人生を送ってください。元気に育って今日を迎えてくれて本当に嬉しく思います。
父より』
……ソファで隣に座っているため、僕には手紙の中身が少し見えてしまっていた。美月をしばらくこのままにしてあげたいと思う。
10分くらい経って、美月は何事もなかったように話しかけてこれるようになった。
「裕翔、今日は本当にありがとう。」
「ううん。見つかって本当によかった」
「ねえ裕翔、この指輪どう思う?」
「古臭いとは思わない、むしろ素敵だと思う」
すると、美月はおもむろに指輪を左手にはめる。
「じゃあ、指輪をした私のことはどう思う?」
「えっと……きれいだと思うよ」
「それなら、この指輪を使い続ける私と一緒にいることもできますか?」
ロビーの照明が指輪のダイヤに反射しているのか、美月の瞳が煌めいているように見える。
難聴系主人公になったつもりはないけれど、今まで幼馴染として付き合ってきた美月の意図を図りかねる。
「……20歳まで返事は待てないかな」
僕は、小声でそう言った美月の手を取り、その手を握ったまま出口まで歩き出すことにした。
幼馴染は自信はないが幼馴染の謎を解く くろこうじ @kurokouji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます