第50話 納骨

 白骨と化したご遺体が桜小路家へ戻ってきた。という連絡を受けたのは先日のことだった。納骨をするという美波からの連絡に、ひかりと悟も鬼追村に向かい納骨の儀に参加する約束をしていた。


 あれから、ひかりと悟はそれぞれの生活に戻り、これからについてかなり真剣に話あった。結局、心配性な悟がひかりのマンションに同居する形で折り合いがつき、ひかりは一部屋を悟のために空ける準備を、悟は今いる部屋の片付けに追われていた。


「お前たち一緒に住むのか?」


 悟は退院の日を迎えていた。ニヤニヤ顔の宮古市の茶々にもめげず、退院の手続きを進める。


「警察が警護していただけないからですよ。」

「またまた…。素直に喜べ。」

「警察は暇なんですか?」

「お前な〜、人の好意は素直に受け取れ。家まで送ってやる。荷物の整理も必要だろ?」

「ありがとうございます。」


 悟が退院の手続きをしている間も、宮古市は悟をいじるのをやめない。


「宮古市さん、俺電車で帰れますから。荷物も少ないし。ちゃんと仕事してください。」

「今仕事してるんだよ。ほら乗れ。」


 半ば強制的に悟を乗せた車が、宮古市の運転で帰路に向かう。まだ痛みを感じている悟にとってはありがたい話ではあった。


「ありがとうございます。」

「素直でよろしい。」

「宮古市さん、俺のことガキだと思ってますよね?」

「違うのか?」

「もうすぐ30になるレッキとした大人です。」

「俺からしたら、まだまだ子どもだな。それに27になったばかりだろ?」

「それ、個人情報です。」


 宮古市は嬉しそうに笑う。


「今時の若い者は署内にもたくさんいる。だけどな〜。お前ほど根性のある奴に出会うことは少ないな。お前のような骨のある奴は嫌いじゃない。」

「やめてください。なんと答えればいいかわからないですよ。」

「まーそうだな。俺の息子にもお前みたいに芯の強い大人になってもらいたかったな。」

「かった? 過去形なんですね。」

「ま、色々あるさ。」


 悟はそれ以上、宮古市に詳しく話を聞くことができなかった。何か重たいものを背負っているのだろうということだけは理解できた。


「気をつけろ。」

「え?」

「また鬼追村に行くんだろ? ひかりさんだけじゃない、お前も狙われる可能性がないとは言えないだろう…。お前の葬式に出向く羽目になるのは勘弁してくれ。」

「ありがとうございます。でも俺は大丈夫です。それに宮古市さんの葬儀にだって、俺は参列したくないですからね。」

「そうだな。」


 そうこうしているうちに車は悟の住むアパートに到着した。


「送っていただき、ありがとうございます。では…また。」

「あぁ、くれぐれも気をつるんだぞ。何かあったら連絡してくれ。」

「そうなる前に宮下勇二を、捕まえてください。」

「あぁ、わかってる。」

「でわ。」


 悟がエントランスに入っていく。宮古市はその背中が見えなくなってから車に戻った。悟とはこれからも会うことになるだろう。車の中でタバコを吸いながら宮古市はそう思っていた。


* * *


 鬼追村へ行く当日。朝早く悟はひかりを迎えに車を走らせていた。

 いつもの様にエントランスの前で車を止め、クラックションを鳴らす。


『ついた。待ってる。』送信。


 メッセージはすぐに既読になった。


 あかりは直ぐに降りてきた。悟はいつものように車の前でサングラスをかけて待っている。納骨の日ということもあり、悟は上下黒のスーツ姿だった。スリムのスーツがすごく似合っている。寝癖風の髪型も今日に限ってはおしゃれに見えるから不思議だ。悟のスーツ姿は、秋子の葬儀以来久しぶりにみる。


「お待たせしました。」

「よっ。」


 二人は車に乗り込み、鬼追村へ向かう。美波の話によると、白骨を全て桜小路家で受け入れることにしたらしい。100年以上昔の骨も、咲夜胡の骨として咲夜胡の墓のそばに収めると言っていた。


「咲夜胡は、なぜ桜の下に埋められていたのでしょうか…。言い伝えによると、鬼と化した夫と心中する形で亡くなった咲夜胡は、敷地内の奥の墓に埋葬されたと聞きました。もう一人の咲夜胡は、その後どうなったんでしょう。」

「桜だけが真実を知っている…。だな。」

「そうですね。これで全てが終わったのであればいいのですが…。」


「あかりさんの症状も落ち着いている様だし、来週あたり会いに行けるよう宮古市さんに聞いてみよう。きっと会えるさ。」

「はい。」


 悟は高速道路に入り、ギアを入れた。鬼追村に行くのは何回目だろう。


* * *


 納骨は無事終わった。お坊さんが読み上げるお経が果てしなく長く感じられる。屋敷の使用人、村の人たちも参列していた。その中に菊乃たちの姿もあった。舞奈の遺骨も小夜が引き取り、今回新たに墓を用意していた。まだ墓石の準備が間に合わなかったので、簡素なものになっていたが桜小路家の墓の敷地に建てられることになった。


 ここ最近の事件のことは村中に知れ渡っている。それでも桜小路家のために集まってくれる人たちに感謝する他ない。これから桜小路家がどうなっていくのか…、ひかりが気にすることではないかもしれないが、不安を感じる。もうここは、秘密の場所でも何でもない。神秘的な場所でもなくなっていくのだろう。ひかりはそう思っていた。


 墓のそばに新しい桜の木が植えられることになり、植樹の儀式も兼ねて若い桜の木が用意された。いつしか立派な桜の花を咲かす日が来る。そしてまた歴史は繰り返されるのかもしれない。


 賑やかでかつ厳かな風景の中、ひかりのそばをお線香の香りとともに懐かしい匂いが通り抜けるのを、ひかりは感じていた。


 母の柚莉愛が、幼い男の子の手を取りひかりの横を通りすぎていく。


− お母様…。


 その先に目線を移すと、そこには長い黒髪を風になびかせ、儚く美しい女性がこちらを向いて微笑みかけていた。何度か夢で見た少女に面影がある。咲夜胡に違いない。


− 咲夜胡?


 ひかりはその光景を見つめ全を悟った。


− 私は咲夜胡の生まれ変わりじゃなかった…。だから母は、私を桜小路家から遠ざけた。守るために。私があかりを守れるように…。


 柚莉愛は優しく微笑みかけている。ひかりは自分が咲夜胡の生まれ変わりで、この世でも、あかりを苦しめていたのではないかと思って苦しんでいた。何も覚えていない、何も知らないことの罪悪感に押しつぶされそうだった。だから…、この光景を見た瞬間、フワッと心の重荷が解かれたような気がしたのだ。


『ひかり、ありがとう。もう一人の咲夜胡を見つけてくれて。これであかりも救われるわ。あなたに未来を託してよかった…。』


 柚莉愛の優しい声が心の中に呼びかけてくる。


『あなたは、あなたの信じる道を生きなさい。悲しまないで。いつもあなたのそばにいるわ。』


 そう告げると、柚莉愛と魔裟斗の姿は周囲に溶け込むように消えていった。

ひかりは溢れる涙を押さえることもせず、二人が消えた方向をじっと見つめていた。


「ひかり…。お前にも見えたのだね。」


 小夜が隣でひかりの手にそっと触れる。


「お祖母様…。」

「後で私の部屋に来なさい。悟さんも一緒に。渡したいものがあるんじゃ。柚莉愛からの最後の手紙。時が来たら渡してほしいと言われている。」


 小夜がそう告げると同時に美波が小夜に話しかける。


「小夜様、そろそろお部屋に戻りましょう。外は寒くなってまいります。お風邪をひきますよ。」


 美波はそっと小夜の膝掛けを直し、車椅子のストッパーを外す。


「ひかり、待っていますよ。」


 小夜は美波に補助されながら、屋敷の方へ去っていった。


 最後にひかりはもう一人の咲夜胡のお墓に手を合わせる。


− あなたはあなたよ。誰の代わりでもない。


「行こう。」


 少し遠くで悟が水の入った桶を持って、ひかりを待っている。


 悟は少し複雑な思いで、この納骨の儀に参加していた。舞奈の墓を作った桜小路家の寛大さに驚くとともに、勇二の母をこの地に留めておくことへの不安を膨らませていたのだ。


− きっとあいつは戻ってくる。きっと…。


 ひかりが悟の元へ駆け寄ると、悟は歩調をひかりに合わせて歩き始めた。歩くの早い!と秋子に文句を言われていた日々を思い出す。誰かのために自分を変えることができるのは、幸せなことなのかもしれない。


「お祖母様が、帰りに寄ってほしいのですって。」

「了解。ゆっくり話してくればいい。俺は待ってるよ。」

「いいえ、悟さんも一緒に来てほしいと。母から預かったものがあるんですって。」

「柚莉愛さんから?」

「はい。」

「大丈夫か?」


 ここ数ヶ月で過去の事、桜小路家のことなどの情報を一気に詰め込んだひかりを、悟は心配していた。


「ありがとう。大丈夫です。母が私に残してくれたものへの嬉しさと…、そして…、それが新たな真実だったらどうしよう…。という気持ちがぐるぐるしています。」

「正直でいいんじゃないか? 新たな真実なら、受け入れればいい。受け入れ難いことだったら、俺が全部受け止めてやるから。」

「悟さん‥。それって…。」


 悟が鼻の頭をポリポリしている。


− それって、プロポーズ…なんてことはないですね…。


 二人は小夜のいる母家へ、柚莉愛からの贈り物を受け取りに向かう。足取りは重くはなかった。

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