第49話 真実はどこにある?

− 今日もいい天気だ。


 ひかりは肩まである髪を束ね、スッキリとした気分で空を見上げていた。まだ頬には大きなガーゼがついている。あの日あかりのナイフが傷つけた傷が完治していない。


「よっ。相変わらずぼーっとしてるな。」


 ひかりが振り向くと、悟の姿がそこにあった。いつも通り歯にかんだ笑顔で、片手にほうじ茶のペットボトルを抱えている。


「変な顔して、また泣くなよ。俺が泣かせてるみたいで気まずい…。」


 悟はペットボトルをひかりに渡しながら、よいしょと言い隣に座る。少し痛みが残っているのか、脇を押さえながらゆっくりと座る。


「もう、歩いていいんですか?」

「これくらい、どぉ〜ってことはない。気にするな。」


 悟もひかりと同じほうじ茶を一口。最近悟の個室に、ほうじ茶のペットボトルが常備されている。かなり気に入ったようだ。


「悟さん…。私…。」

「またその話をする? 俺は生きてる。君もね。大丈夫だよ。ほらせっかく買ってきたんだから、飲んで飲んで。」


 悟は泣きそうなひかりの頭をくしゃくしゃと撫でる。悟の手は大きくて暖かかった。


「お二人さん、仲がいいことで。」


 宮古市はそう言いながら、悟の寝癖頭をさらにくしゃくしゃに撫でる。


「やめてくださいよ。こう見えても怪我人です。」

「それだけ話せれば、もう大丈夫だろ?」


 宮古市は、近くに置かれていた椅子を二人の近くに寄せ座り直し、にやにやしている。


「な、なんですか?気持ち悪い…。」

「いや〜お前が倒れた後のお嬢さんの慌てっぷりは相当だったからな〜。お前は幸せ者だ。」

「宮古市さん…。」


 ひかりは顔が赤くなっている。悟も鼻の頭をかきながらそっぽを向いてしまった。


「こいつは、殺しても死なんよ。大丈夫だったろ?」

「宮古市さん、そんなことを言いにわざわざ病院まで来てくれたわけじゃないですよね。」


 悟はポケットから缶コーヒーをだし、宮古市に放り投げる。それを受け取った宮古市は相変わらずニヤニヤしている。


「ま、そう言うな。色々わかったこともある。それをただで教えてやるんだ。このくらい我慢しろ。この幸せ者め。」


 何が幸せなんだか不明なところがあるが、悟は不貞腐れたようにお茶を飲む。


「それで何がわかったんですか?」

「あかりは…?あかりはどうしていますか?」


 ひかりが二人のやりとりに割って入ってきた。あんなことをされ、傷つけられ憎まれていたのに、ひかりにとってはあかりはたった一人の姉妹に変わりはない。


「桜小路あかりは、今はとてもおとなしく調書に応じているよ。まるで別人だな。精神科の先生によると、子どもの頃のトラウマが原因で多重人格を形成している可能性がとても高いようだ。」

「会うことは可能ですか?」

「いや…。まだ会えないだろう。会える日は必ずくるさ。」


「あかりさんが屋敷に戻ってきたあの日、警察はあかりさんの病室にも向かっていたんですよね?」

「あぁ、病室にいた桜小路あかりは、全くの別人だった。信者の一人が身代わりになっていて、恥ずかしいんだが…。誰も気づかなかったんだな。」

「そんなことってできるんですか?」

「担当看護師が、買収されてたんだよ。サプライズをしたいから、と言われていたらしい。」

「そんな…。」


 宮古市もコーヒーを一口のみ、ひかりと悟からの質問を待つ。


「誰が…、あかりを屋敷まで? 一人で戻ってこれる距離じゃないですよね?」

「いい質問だ。」

「もったいぶらずに言ったらどうですか?」

「お前な〜、ま…気になるよな。病院を出たのは桜小路あかり一人だった。これは病院の防犯カメラで確認ができたから間違いない。その後車に乗ってる。エムシステムでヒットしたんだが、運転していたのは…。」

「宮下勇二。」

「勇二さんが?」


「そう。宮下勇二だった。そしてもう一人の人物が車に乗ってた。」

「もう一人?」


 宮古市の眉間に皺が寄っている。不可解なことが起きてるということなのか。


「あぁ、帰りの車には宮下勇二と捜査線上に浮上していない女が映ってた。」

「女?」

「画像解析を進めてもらっているが、みたこともない女だった。」

「勇二さんの恋人とか…?」

「そうかもしれないな。色々調べてはいるよ。」


 宮古市は、飲み干したコーヒーの空き缶を持て余している。


「それだけじゃないでしょ?」


 悟は宮古市から空き缶を受け取り、話の続きを促す。空き缶は綺麗な弧を描きゴミ箱の中に投げ入れられた。


「いいコントロールだな。」

「でしょ? で…、他に何かわかったこと、ありますよね?」

「あぁ、そうせかすな。何から話せばいいか考えてるんだ。」

「日が暮れますよ。」


「お前なぁ〜」


 宮古市は苦笑しながらも、嬉しそうだ。悟のことを気に入ってるに違いない。


「あの桜の根元から人間の白骨が出てきた。大人3人と子ども1人。そのうち大人1名はかなり昔の物だった。DNAも調べているので、そのうち結果が出るだろう。」

「あそこに白骨が…。」

「桜小路あかりのDNAと比べたところ、母子関係が認められた白骨があった。おそらく行方不明の君らの母親、桜小路 柚莉愛さんと、弟の魔裟斗くんの可能性が非常に高い。」

「お母様…。」


 大丈夫か?といい悟がそっとひかりの手を握る。宮古市はそんな悟の仕草を見逃さなかった。


「お前、どさくさに紛れて。」


 ニヤニヤが収まらない。悟は慌てて手を引っ込める。


「宮古市さんがデリカシーなく、ガツガツ話すから…。少しは気を使うことも覚えた方がいいですよ。」


 悟は不貞腐れている。宮古市にはそんな感情を素直に表に出せる悟が可愛くて仕方ない様子だ。


「もう2つの白骨は‥?」

「おそらく、宮下舞奈さんだと思われる。その3体は殺害時期が、同じくらいだったらしい。」

「もう一体は?」

「それが分からないんだ。死後100年以上は経っているらしい。DNA鑑定も無理だろうな。」


 宮古市の眉間のシワが濃くなったような気がする。何か心に引っ掛かるものがあるのだろう。


「宮古市さん‥その白骨が何か気になってるんですね。」


 悟が宮古市の話の続きを促す。


「まー、そうだな。不思議なんだが‥、古い白骨の上に新しいご遺体を埋めたはずなんだ。だが‥。」


 宮古市は話ずらそうにしている。こんな歯切れの悪い宮古市は、始めてみる。


「何か?」

「いや、あの日桜の根本に飛び出していた骨がな‥古いご遺体の方の手だったんだ。土の中から手を伸ばしたような‥。」


 ひかりの足を掴んだ、という言葉が飲み込んだ。


「そのご遺体‥咲夜胡なのかも‥。」


 ひかりは離れを去るときに見た少女のことを思い出していた。語り継がれている咲夜胡には立派な墓が用意されている。ではもう一人の咲夜胡は、どうなったのか‥。鬼と契りを交わした咲夜胡‥。屋敷のものに殺され、桜の下に葬られたとしてもおかしくはない。長い間ずっと一人で‥。桜小路家を憎んだとしても仕方がないことなのかもしれない。


「今となっては調べる術がないがな。ただ言えることは‥そのご遺体、首を落とされた傷が骨に残ってた。そして肋骨辺りも。殺されたんだ。長い年月が経ち、桜の根が骨に絡んでた。」


 宮古市は、ひかりの言葉を否定はしなかった。自分の存在、生きた証の骨を見つけてもらえたことで、全てが解決したのだろうか‥。


 しばしの沈黙を破ったのは悟だった。


「そういえば…。勇二の足取りは?」


 悟が真剣な眼差して宮古市に確認する。肝心なところはここだと言わんばかりに。


「まだ何も…。車が都内に入ったところまでは確認しているんだが。」

「それじゃ…。」

「少なくとも、ひかりさんは保護してもらわないと…。」


 悟は前のめりに宮古市に懇願する。ひかりやあかりに危険が及ばないとは言い切れない。あかりは警察署の中で守られているとして…。


「病院内には、警官を配備しているので安心だが…。この後が問題だな。今日はそれも相談したいと思っていた。24時間警備をつけ続けるわけには…、行かないのだ。おそらく近い将来危険が及ばなければ、警備を解除せざる追えないだろうな。」

「職務怠慢になりますよ。」


 宮古市と悟はわかっていた。警備を半永久的につけられるわけがないと。保護システムで守られたとしても、軟禁状態で自由は奪われるだろう。


「私なら、大丈夫です。悟さんもいてくれるし、何かあれば宮古市さんもいる。勇二さんは危険な人かもしれないけど、何かあればわかります。きっと。」


 ひかりはできるだけ明るく二人にそう伝えた。勇二のことは恐怖を感じない、と言えば嘘になるが、直接手を出すことはないだろう、という自信があった。根拠はないけれど、感じるのだ。


「ひかりさん…。」

「悟さんも心配性ですね。私にはこれがありますから。」


 ひかりは携帯と悟がプレゼントしてくれた位置情報がわかるキーホルダーを見せた。ありったけの感謝を込めて微笑みかける。


 悟は何も言うことができなかった。ひかりを守れたことを誇りにさえ思える。そんな笑顔だった。


「はいはい。あとは二人で話し合え。とにかく気になることがあったら、いつでも連絡をくれ。この一件のおかげで、俺も出世しそうだしな。」


 宮古市は、豪快に笑った。


「あ、最後に言い忘れた。この件に関して、お前の妹の秋子さんの事件。」


 悟の目の色が変わった。


「あの離れの隠し部屋で見つかったんだが、音声データが残されてた。龍三と思われる男と橋本家の弁護士とのやりとり。預言者と金の流れもな。宮下勇二にとっては、保険だったんだろうが…。これで橋本も落とせるだろう。」

「その音声。」

「橋本の取り調べが終わったら、真っ先にお前に教えてやる。約束だ。」

「待ってます。」


「それと…。ひかりさんが気にかけていた、橋本の襲撃事件だが…。あれには宮下勇二が一枚絡んでいると見ている。中山智也に再尋問かけてるところだ。全貌が明らかになるのも時間の問題だな。」

「メディアが騒ぎますね。」

「それは避けたいところだろうな。ま、真実の一部がスキャンダルに報道されるんだろうよ。」


 宮古市は吐き出すようにそう呟いた。昔何かあったのかもしれない、と悟は感じていた。


「真実の全貌はお前が残せ。秋子さんもそれを望んでるだろう。」

「ありがとうございます。」


 宮古市は、じゃぁなと言い屋上を後にした。


 いい風が吹いている。ひかりは悟の肩にそっと身体を預ける。

 悟は気づかないふりをして、残りのお茶をのみ干した。

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