第47話 離れの秘密
母屋の客間から離れに向かうためには、一旦外に出る必要があった。外は今にも雨が降りそうだ。雨が降った時のために玄関に傘が用意されていた。美波が用意してくれたのだろうか。
「ご案内しますね。」
ひかりは前を歩く。母屋の裏に回る。そこから石畳が続いているのに気づく。しばらく進むと日本庭園のような庭に出る。小さな太鼓橋、前回あかりに連れられて通った道だ。その先に離れらしき一軒家が建っているのが見える。
「あれが離れ? 立派なお屋敷に見えるけど。」
悟が始めて桜小路家に駆け込んだときは山の中を通り抜けて来た。正式ルートではなかったのだ。大きいと思ってはいたが、これほど大きい敷地だとは予想外だった。
「子どもの頃、ここまで来るのは月一回でした。許された日だけ。」
「桜小路家の人にとって、特別な場所だったんだな。」
離れの玄関に着くと、美波の伝言通り離れの玄関は鍵が開いていた。
「俺が、先に行こう。」
「ありがとうございます。そのまま道なりの奥の部屋です。」
「了解。」
指紋を採取したのだろう。至る所粉っぽさが残っている。掃除を禁止されてるのかもしれない。警察庁の黄色いテープはなくなっていた。
警察も鑑識もいない屋敷は静まり返っている。
「開けるよ?」
悟はひかりに念をおし、扉を開けた。
部屋の中は静まり返っていた。龍三が使っていたベッドも、医療器機も電源が切られ部屋の端に移動されていた。それ以外は基本あのときのままだ。
ひかりは裏庭に面した障子を開ける。そこには堂々とした桜の木が、ひかりたちを出迎えた。大きく立派な桜。春はさぞ綺麗なんだろうな、と悟は思った。
縁側の右手に桜の絵が書かれた壁が目に飛び込んできた。桜の絵には何かある。
「ひかりさん、この先に何かあるのかな?」
窓を全開に開いていたひかりだったが、悟と一緒に壁の絵を眺める。
「うーん‥。分からないですが、桜の絵は私たちをどこかに導いてくれてましたよね。」
「気になるよな。」
悟はしゃがみこみ床を調べてみる。板の目に、指をそっと這わせてみる。
「蔵と同じ作りじゃないか‥。そんな簡単な話はないよな。」
今度は桜の絵を眺めてみる。悟は顎をさすりながら考え込んでいる。
「なぜここに桜なんだ?」
「桜を見るためだけの部屋だから?」
「昔、咲夜胡もここにすんでいたんだろ?」
「‥と、言い伝えられてますね。」
悟はゆっくりと壁の桜を撫でてみる。
「何かある。」
悟は少しの段差がある花びらを指で押してみた。
カチッ。
鍵が解除されたような音が聞こえた。
「悟さん‥。」
「あの箱と同じ仕掛けか。」
悟は壁をそっと押してみる。
ギギギギー。
嫌な音を建てて、壁が動いた。壁の先には渡り廊下が、続いていた。入り口からは 木々で邪魔され離れの全貌が見えていなかった。この建物にはまだ奥に部屋がある。
「なぜ、こんな仕掛けを‥。」
悟は裏側の扉も調べてみる。そこにはドアノブらしきものが着いている。
「これは‥表側の桜の鍵を解除しないとこちら側からは扉が開かないのかもしれないな。」
「そんな‥。」
ひかりは思い出していた。離れに龍三がすんでいたことを。そこに小さな男の子がいたことを。
「向こうに部屋がありそうだ。行ってみよう。」
ひかりは息をのみ頷く。
幸運なことに電気は通じていた。長い間誰も掃除をしていないのだろう、埃が厚い層を作っている。二人の足跡がくっきりと残っている。警察もこの扉の存在に気づかなかったようだ。
渡り廊下を過ぎ右手に曲がると左手に、木製の扉が現れた。牢屋のような格子状の扉。誰かを監禁するような部屋。
扉の鍵は開いていた。廊下側から南京錠がかかっていたが壊れている。
二人は無言で、そっと扉をおす。
「ここって‥。」
「子ども部屋だ。」
ひかりと悟は部屋の光景を見て息を飲んだ。
部屋の中はつい最近まで使われていたであろう子どものおもちゃが、床に散らかっていた。
電車のレール、ロボット、飛行機などの乗り物もある。
壁は青地に雲と飛行機が描かれている。そこだけ見ると裕福な男の子の部屋だ。
違和感を覚えるのは、この部屋に窓がないこと。そして子どもサイズのベッドの壁にナイフが数本刺さっていることだ。
そのナイフのひとつに女の子の写真が‥。ひかりとあかりの写真だった。ひかりは満面の笑顔を見せ笑っている。あかりは後ろを気にしているのかカメラから顔を背けている。
「あかり‥。」
ひかりは写真のあかりを撫でる。この頃のあかりは怯えたように笑わなくなった。
「ひかりさん、これは?」
悟がベッドの脇に大切に飾られていた写真立てを見つけ、ひかりに渡す。
そこには嬉しそうに無邪気に笑う男の子が二人、顔にクリームをつけて楽しそうに写っていた。
「右にいるのが、弟の魔裟斗です。」
「左が‥勇二。」
「ですね。二人とも楽しそう。」
ひかりは胸が熱くなった。無邪気に笑う二人。この幸せな時間は長くは続かない。
「二人とも楽しそうだな。」
「そうですね‥。この部屋は勇二さんが子どもの頃すんでいた場所ですね。きっと‥。」
「だから、鍵が必要だったんだ。龍三から守るために。」
悟は龍三の本質を知らない。ひかりは勇二の母親が龍三と会うために勇二を閉じ込めておいたに違いない、と分かっていた。龍三の行いを子どもに見せることは母として苦痛だったに違いない。とひかりはそう思っていた。
悟は部屋の中を一通り確認して回った。
「悟さんは、咲夜胡から始まった桜小路家のこと、槁本家との関係全てを公表するのですよね?」
ひかりは写真立てをもとの位置に戻し悟に聞いてみた。
悟は手を止めてひかりの方に振り返る。
「そうなることは嫌かい?」
「嫌というより‥、桜小路家の一連の話は、女性誌が好みそうな話が多いいのかな?と思って‥。その‥。悟さんには秋子と同じような社会性のある記事を書いてもらいたいな‥なんて勝手に思っていて‥。」
ひかりの言葉に悟は驚いた表情を見せた。
「あ、ごめんなさい。勝手な妄想なので、忘れてください。嫌とかじゃないので‥。」
ここで話すことじゃなかった‥とひかりは落ちていた野球ボールをいじる。気まずい。
悟はひかりの手からボールを受け取り、ぽ~んと上に投げては掴む。
「ひかりさん、ありがとう。」
悟はボールをパーカーのポケットに入れ、反対側の手で鼻の頭をかく。
「俺は小説家にはなれないよ。」
悟はボソッと呟き部屋をあとにする。
「なりたいとも思ってない。さぁ、行こう。」
悟のはにかんだ笑顔が、ひかりを不安から解放する。ひかりは指輪をそっと撫でた。
二人は来た道を引き返す。
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