第46話 桜小路家の朝食
客間に戻ると、すでに悟が椅子に座ってひかりを待っていた。テーブルの上にはサラダ、スープ、スクランブルエッグにベーコン、ヨーグルトなどホテル並みの朝食が準備されてる。
悟は部屋に用意されていた服が気に入らなかったのか、昨夜と同じ服を着ていた。鼻筋の通った凛とした顔立ち。見慣れたはずなのにどこか新鮮で、ちょっと眠そうな顔でスマホをいじっていた。寝癖の髪も悟のトレードマークなのかもしれない。
「おはようございます。」
「あ、おはよう。早かったんだね。眠れた?」
「はい…。まぁ〜それなりに。ちょっとお祖母様に色々お話を聞きたくて早起きしちゃいました。」
「そっか。」
「何か気になることでもありました?」
ひかりは悟の向かい側に座りながら尋ねる。
「いや、どうして?」
「真剣にスマホを…。」
「あ、ごめん。なんでもないんだ。仕事の依頼が入ってないか確認してただけ。何もなかったんだけどね。」
美波が部屋に入ってきた。手には暖かいコーヒーをトレーに乗せている。いい香りだ。
「コーヒーでよろしかったですか?」
「もちろんです。ありがとう。」
美波がコーヒーを用意してくれている間、ひかりと悟は朝食を摂り始めた。どれもホテル並みの美味しさだ。特にパンは最高だった。
「お祖母さんは何て?」
「特に何も…。私の子どもの頃の話がほとんだったので…。お祖父様のこともあまり多くをお聞きすることもできませんでした。」
ひかりは美波がいるこの場所で、自分の生い立ちや離れのことについて悟に話すことは控えた。なぜそう思ったのかはわからない。でも自分の心の中にしまっておくのが正しいと思えたのだ。
「そうか…。」
空気を察したのか、何かあればお呼びください。と言い、美波は部屋を出ていった。
悟はコーヒーを飲みながら、宮古市からのメッセージについて考えていた。
勇二はここに戻ってくるつもりなのだろうか。と。
勇二のことはひかりには話すのはやめよう。と悟は決めていた。これ以上ひかりを不安にさせたくないと思ったのだ。
「実は、君に見せたいものがあるんだ。」
悟はジーンズのポケットから紙切れを取り出す。端の方がボロボロになった黄ばんだ紙。和紙よりは丈夫な紙質に見えた。
「昨日持ち出した資料の中に、双子の咲夜胡の話があったのを覚えてる?」
「もちろんです。」
「その資料の最後の方、何も書かれていないページに張り付いていたんだ。これが…。」
悟は取り出した紙をひかりに渡した。
紙にはこんなことが書かれていた。
『こちらの咲夜胡は、とても不思議な力を持っている。人が考えていることや、未来を言い当てる。時に不気味さを感じるが、この力を世の人のために使うことを誰かが主人に提案してしまったらしい。生かしておいたことに対してお叱りを受けたが、これからは、生きることを許されたと言えよう。ある程度の自由を与えることにする。と仰せつかったのだ。皆にも伝えよう。太陽と月の様な対照的な二人だが、二人はとてもよく似ている。この決断が、恐ろしいことに繋がらなければ良いのだが、私は恐ろしさを隠せない。咲夜胡が恐ろしい。』
よく見ると、紙はちぎられた後が見てとれた。書いては見たものの、日記として残すことは躊躇したと言うことなのか。
「悟さん、これって…。」
「うん、色々な解釈はできると思うんだけど、本当に未来を見通す力のあったのは、妹の咲夜胡の方だったのかもしれないな。それを大人たちは利用したんじゃないか。とも読み取れるね。」
「そうですね…。決して表に出ることはなく、大人たちに利用される人生を歩んでいたのかもしれない…。悲しい話ですね。」
「そうだな。」
少し冷たくなったコーヒーは、苦味を増した様な気がした。
「これから…。離れに行ってみようと思います。桜を見ておきたいと思って。」
「桜?」
「はい。離れから見える桜が、すごく立派で。」
「大丈夫? その…。」
そこは勇二に傷つけられ、怖い思いをした場所だ。できれば行かせたくはない。
「悟さん。お気遣いありがとうございます。私なら大丈夫です。もう一度調べておきたいんです。それに…。それに今回は悟さんも一緒なので、怖くありません。」
本当は怖くて仕方がない。でも行かなければならない。悟はひかりの気持ちを察していた。
「そうか…。わかった。じゃ…行ってみよう。」
「ありがとうございます…。美波さんに伝えておきますね。警察と鑑識さんが入られてから入室できないみたいなので。念の為許可を。」
ひかりは、美波に連絡をしている。その隙に悟は宮古市にメッセージを送った。
『これから桜小路家の離れに向かいます。勇二の姿は確認できず』送信。
『了解。今我々も向かっている。無理しないように。 宮古市』
『あかりさんは大丈夫ですか?』送信。
『警官が張り付いている』
すぐに返信がきた。何事もないとしても、宮古市が来てくれるなら心強い。
「入口の扉を開けておいていただけるみたいです。今日は小夜お祖母様を病院に送り迎えするらしく、留守にするのでご自由にって。」
「いつ戻ってくるんだ?」
「夕方には戻れそうだから、鍵はそのままにしておいてほしいと言っていました。」
「了解。行き方はわかる?」
「もちろんです。ここからは近いですよ。」
夕方までこの屋敷の人間は外出している。会ったことのない人は残っているのかもしれないが、人気のない屋敷は不気味だ。悟はブルッと武者震いを覚えた。
まだ午前中だというのに、外が急に暗くなってきた。雨が降るのかもしれない。
夏の終わりにもなると天気は落ち着くはずだが、今年は異常気象なのか雷雨やゲリラ 豪雨が多発している。
「行きましょう。」
ひかりの声は天気とは対照的に晴れやかだった。
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