第45話 小夜の告白
美波はすでに起きていた。朝からしっかりスーツ姿で出迎えてくれた。
「おはようございます。その服お似合いですね。」
「おはようございます。着替えを…。ありがとうございました。」
「いいえ。ゆっくりできましたか?何か足りないものなどありましたら、お申し付けくださいませ。」
美波は部屋の中の植物に水をあげる手を止め、控え目にそう言った。
「ありがとう。実は‥、美波さんにお願いがあるんですが…。」
「はい。なんでしょう?」
「小夜お祖母様にお話を伺いたいのですが、お目覚めでしょうか?」
「先ほど、お食事も召し上がられていますので、大丈夫だと思います。ご案内いたしましょうか? ひかり様のお食事はどうなされますか?」
お腹が空いていないと言うと嘘になる。
「先に、お祖母様に会いたいと思っています。可能ですか? 食事は悟さんも一緒で大丈夫です。」
「承知いたしました。では、ご案内いたしますね。」
美波はひかりを連れ、長い廊下を歩き始める。角を曲がると左手は庭に面した縁側になっており、ガラス張りだ。右手は障子で閉ざされた部屋が続く。中は見えない。
さらに角を曲がったその先に、小夜の部屋と美波の部屋がある。
「こちらになります。」
「ありがとう。」
「戻り方はわかりますか?」
「はい。お気遣いありがとうございます。大丈夫だと思います。道に迷ったら連絡させてくださいね。」
「もちろんです。 それでは…。」
美波はまだやることがたくさんある、と言わんばかりに去っていった。いつものルーチンワークがあるのだろう。
「お祖母様、ひかりです。」
「どうぞ。」
小夜の声が聞こえた。ひかりは失礼します、と背筋を伸ばし部屋の中に入った。
部屋の中は洋館の様な作りになっており、部屋の中で美波の部屋と行き来できるように扉がついていた。ひかりが入ってきた入口と相対する壁の部分が障子でできており、庭に面した障子は開け放たれていて、開放感のある部屋になっていた。外の光も部屋に差し込んでいる。
ベッドの脇には、薬が乗っている棚と車椅子が置かれている。本が好きなのだろう。大きな本棚も置かれていた。
「お祖母様。おはようございます。お加減いかがですか?」
「ひかり…。近くに…いらっしゃい。」
自動で動かせるベッドの角度を上手に調整しながら小夜はひかりを手招きする。
「分かっていますよ。あかりのことを聞きにきたのでしょ?」
ひかりはそっと小夜の手を取り頷く。
「あかりはまだ意識が戻らない状態が続いています。担当の先生からは、いつ目覚めても良いはずなのに、と‥。」
今度は小夜が頷く番だ。
「あれには、申し訳ないことをしてしまった。龍三や勇二の行いを知っていたのに、止めなかった。それが…、あかりに定められた運命だったから。」
「お祖母様?」
ひかりの手を握る小夜の手に力がこもる。
「それを聞きにきたんじゃろ?」
「ごめんなさい。辛いことを聞いてしまって…。」
「謝る必要なんてありゃしない。もう知っているんだろ? 母のことも。」
「はい…。」
「辛い思いをさせてるのは、わたしらの方じゃ。」
小夜は何から話してよいか言葉を選ぶように、庭の芝生を眺める。
「咲夜胡の話は聞いたね?」
「はい。昨日…。あの洞窟にも行ってきました。」
「そうか…。ではそこで何があったかも察したんだろうね。」
「はい…。」
聞きたいことは山ほどある。でもひかりは黙って小夜が話すのを待った。
「この指輪…。咲夜胡の手紙もみたんだね。」
「お祖母様も知っていたのですか?」
「あれは元々離れの部屋にあったものでな。舞奈があまりにも不憫で、外からの手紙をあの箱に入れて渡したんじゃ。」
「咲夜胡様の手紙も、お祖母様はご覧になられたのですか?」
小夜は小さく頷く。
「では、お祖母様が咲夜胡様の願いを叶える…?」
ひかりは少し混乱していた。自分に宛てた手紙だとばかり思っていたから。
「私は、あの手紙を読んだ。」
小夜はもう片方の手でポンポンとひかりの手に優しく触れた。子どもの頃よく同じようにしてくれたことを思い出す。
「そして…。みなかったことにして蓋を閉じたんじゃ。」
「ど、どうして?」
「それがすべきことだと思ったからな。咲夜胡の生まれ変わりはわたしたちではない。そう思ったんじゃ。私に与えられたのは、鬼と契りをかわすこと。」
「そんな…。」
「私には大きな力はなかったんだよ。お前も覚えているだろう? だから私の母も次へ繋ぐため、鬼との交わりを承諾し、お前たちに未来を託したんじゃ…。」
ひかりは驚きのあまり声を発することができなかった。
「お母様も、知っていたのですか?」
ひかりの問いかけに、小夜の言葉がつまる。
「話して聞かせた‥。残酷なことよ‥。柚莉愛は運命に逆らおうと、もがいていた。見ていてあわれでしかたがなかった‥。鬼の血を引き継いだ柚莉愛は、お使い人の力を持っていた。紅夜様より偉大だったかもしれん。そしてお前たちが産まれた。」
ひかりは急に不安になった。もしかして自分達の父親も龍三なのか‥。
それを察した小夜が優しくひかりの髪を撫でる。
「お前たちは、柚莉愛と篤郎さんとの間で誕生した子。龍三は、関係ねぇ。安心しなされ。」
「お祖母様‥。」
「さて‥何が聞きたい?」
「お祖母様。私は、あかりを‥あかりの背負った心の傷を癒したい。それが桜小路家の呪縛であるなら、解放してあげたい。」
「ひかり‥。」
「あかりも、咲夜胡様もそれを望んでいる。そう思うのです。」
小夜の顔が、厳しくなった気がした。
「柚莉愛の望みではないとしてもか? 柚莉愛は、お前だけは桜小路家と関わらず、普通の人生を歩んで欲しいと願っていた。だから柚莉愛は、柚莉愛の役割を受け入れた。お前たちを守るために‥。」
「でも、でもあかりも‥、お祖父様に‥。」
「そうだな‥。守ってやれんだった。でも、ひかり‥。お前だけは‥。」
「分かっています‥。分かって‥。でも‥。」
お前は優しい子、と言い小夜はひかりの手を優しく握り返す。
「お前の覚悟が本物であるなら、離れに向かいなさい。桜がお前を導くじゃろう。信じる道を進みなさい。お前が、お前だけが光。」
「お祖母様‥。ありがとう。」
小夜は少し疲れた様子で笑顔を浮かべる。
「少しつかれたようじゃ。休むとしよう。」
「ありがとう。お祖母様。私戻ってこれてよかった‥。」
小夜の目にうっすら涙が光った。
ひかりはそっと小夜の部屋から離れ、来た道を戻る。
悟と朝食をとったら‥、離れに向かおう。
ひかりは悟にメッセージを送る。
『おはようございます。朝ごはんです。』送信。
すぐに既読になった。
咲夜胡からのメッセージが、まだ離れにはあるかもしれない。
『桜が散り急ぐのは、鬼に見つからないため。』
夢の中の少女の言葉が、ふと浮かんで消えた。
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